基本書の「行間を読む」こと(転貸料債権の物上代位を例に)

基本書は「行間を読む」作業が必要である、と司法試験界隈ではよく言われる。
もっとも、筆者はイマイチこの言説の意味が理解できていなかったし、漠然と「書いていない内容」を他の基本書や学者論文から補強する必要がある、といったイメージをしていた。

ところが先日、もしかするとこれが「行間を読む」ことなのではないか、と思うに至ったので共有したい(全くの見当違いである可能性も多分にあるし、それは筆者の文章読解能力が著しく低いことが要因であるようにも思われるため、できる限りの予防線を張っておくことを許していただきたい)。

以下は、標題のとおり【転貸料債権に対する物上代位の可否】に関する記述である。

債務者が賃借人、転借人と通謀して、賃借人に低額の賃料を約束し、転貸借では通常の賃料を約束し、実際には賃借人はダミーであり、賃借人の通常の賃料が債務者に支払われている場合には、例外の余地を残している(最判平12・4・14…)。抵当権者には、賃料債権への物上代位に基づき、314条の転貸料債権の先取特権の行使、または613条の賃借人の転借人に対する直接の賃料債権の行使が認められているが、上記ダミーケースに対処できない。

平野裕之『コア・テキスト民法 エッセンシャル版』217頁

(引用文を打鍵している間もこれは単なる読解力の問題なのではないか、と一抹の不安があるが、このまま書き続けることとする。)

引用文が示す内容は以下のとおりである。
転貸料債権については、原則として、①抵当権者が抵当目的物の所有者に対して有する賃料債権への物上代位権を行使すること、②転貸借契約により、賃貸人は転借人に対して直接賃料を請求することで事案解決が図られ、例外として、③抵当不動産の賃借人(転貸人)を所有者(設定者)と同視することが相当な場合に、転貸料債権を物上代位することができる。

①は、まず、抵当権者は抵当目的物の賃料債権に対して物上代位できる(もっとも、371条の制限は受ける)。次に、その賃料債権は不動産賃貸に関するものであるため、転貸借契約がある場合には転貸料債権に対して先取特権を有する(314条後段)。その結果、抵当権者は転貸料債権に対しても賃料債権に対する物上代位権をもって行使できる。

ここで標記論点に対する疑問が生じる。なぜ転貸料債権に対する物上代位権の行使なる論点が生じるのか。その答えは引用文にあるように「債務者が賃借人、転借人と通謀して、賃借人に低額の賃料を約束し」た点にある。

確かに、①の場合に抵当権者は転貸料債権に対しても先取特権を媒介として物上代位することができる。しかし、その限界は媒介とされた賃貸借契約における賃料額である。すなわち、賃料が不当に低額である場合には、その不当に低額な賃料額でしか転貸料債権を物上代位することができない。
判例はこのようなダミーケースに対応すべく、抵当権に基づく物上代位として、直接転貸料債権を取る法律構成を採ったのである。この構成による限り、物上代位の限界は抵当権の被担保債権額にまで及ぶ。

したがって、標記論点の問題の所在は、上記ダミーケースの場合にのみ顕在化するため、一般論として【転貸料債権に対する物上代位の可否】を論じる必要性はない。

以上の「行間」を理解した上で、もう一度引用文を読んでみる。

債務者が賃借人、転借人と通謀して、賃借人に低額の賃料を約束し、転貸借では通常の賃料を約束し、実際には賃借人はダミーであり、賃借人の通常の賃料が債務者に支払われている場合には、例外の余地を残している(最判平12・4・14…)。抵当権者には、賃料債権への物上代位に基づき、314条の転貸料債権の先取特権の行使、または613条の賃借人の転借人に対する直接の賃料債権の行使が認められているが、上記ダミーケースに対処できない。

平野裕之『コア・テキスト民法 エッセンシャル版』217頁

お分かりいただけただろうか。文章に全て「明示」されていることが。
すなわち、筆者の単なる読解力不足である。

得られた知見は①通常、物上代位は元となる被担保債権の限度額でのみ可能であること、②そうであるからこそ標記論点が顕在化すること、である。論証集には「低額の賃料」が設定されている事案類型に限られる、と加筆しておく。

自分の能力の低さに驚きつつ筆を置くこととする。

                                  以上

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