旧薬事法違憲判決の読解

保護領域

 憲法22条1項は、何人も、公共の福祉に反しないかぎり、職業選択の自由を有すると規定している。職業は、人が自己の生計を維持するためにする継続的活動であるとともに、/ 分業社会においては、これを通じて社会の存続と発展に寄与する社会的機能分担の活動たる性質を有し、各人が自己のもつ個性を全うすべき場として、個人の人格的価値とも不可分の関連を有するものである。
 右規定が職業選択の自由を基本的人権の一つとして保障したゆえんも、現代社会における職業のもつ右のような性格と意義にあるものということができる。そして、このような職業の性格と意義に照らすときは、職業は、ひとりその選択、すなわち職業の開始、継続、廃止において自由であるばかりでなく、選択した職業の遂行自体、すなわちその職業活動の内容、態様においても、原則として自由であることが要請されるのであり、したがつて、右規定は、狭義における職業選択の自由のみならず、職業活動の自由の保障をも包含しているものと解すべきである。
旧薬事法違憲判決

 憲法22条1項にいう「職業」とは、人が自己の生計維持するためにする継続的活動をいい、分業社会に一員として社会的機能分担の活動たる性質を有する一方で、個性を発揮するという点で人格的価値とも不可分の関連を有するものである。そこで、「職業選択の自由」には、狭義の職業選択の自由のみならず、職業活動の自由が含まれる、と解する。
※「職業…の選択」(狭義の職業選択の自由)=職業の開始、継続、廃止において自由
※「選択した職業の遂行自体」(職業活動の自由)=職業活動の内容、態様において自由

 「職業本質論を展開した上で、そうだとすると職業の選択だけを保障すというのはおかしくて、当然職業を選択した後の活動についても憲法ランクの保障が与えられなければならない」
 (最高裁の職業本質論は、)「尾高邦雄の『職業社会学』(岩波書店,1941)をベースにしたもの」
石川健治=山本龍彦=泉徳治「【座談会】『十字路』の風景-最高裁のなかのドイツとアメリカ-」『憲法訴訟の十字路-実務と学知のあいだ-』〔石川健治発言〕(弘文堂,2019)

制約

-不在-

正当化

α-1.判断枠組み(立法府の責務と権限(権力配分論))

 もっとも、職業は、前述のように、本質的に社会的な、しかも主として経済的な活動であつて、その性質上、社会的相互関連性が大きいものであるから、職業の自由は、それ以外の憲法の保障する自由、殊にいわゆる精神的自由に比較して、公権力による規制の要請がつよく、憲法22条1項が「公共の福祉に反しない限り」という留保のもとに職業選択の自由を認めたのも、特にこの点を強調する趣旨に出たものと考えられる。このように、職業は、それ自身のうちになんらかの制約の必要性が内在する社会的活動であるが、その種類、性質、内容、社会的意義及び影響がきわめて多種多様であるため、その規制を要求する社会的理由ないし目的も、国民経済の円満な発展や社会公共の便宜の促進、経済的弱者の保護等の社会政策及び経済政策上の積極的なものから、社会生活における安全の保障や秩序の維持等の消極的なものに至るまで千差万別で、その重要性も区々にわたるのである。そしてこれに対応して、現実に職業の自由に対して加えられる制限も、あるいは特定の職業につき私人による遂行を一切禁止してこれを国家又は公共団体の専業とし、あるいは一定の条件をみたした者にのみこれを認め、更に、場合によつては、進んでそれらの者に職業の継続、遂行の義務を課し、あるいは職業の開始、継続、廃止の自由を認めながらその遂行の方法又は態様について規制する等、それぞれの事情に応じて各種各様の形をとることとなるのである。それ故、これらの規制措置が憲法22条1項にいう公共の福祉のために要求されるものとして是認されるかどうかは、これを一律に論ずることができず、具体的な規制措置について、規制の目的、必要性、内容、これによつて制限される職業の自由の性質、内容及び制限の程度を検討し、これらを比較考量したうえで慎重に決定されなければならない。この場合、右のような検討と考量をするのは、第一次的には立法府の権限と責務であり、裁判所としては、規制の目的が公共の福祉に合致するものと認められる以上、そのための規制措置の具体的内容及びその必要性と合理性については、立法府の判断がその合理的裁量の範囲にとどまるかぎり、立法政策上の問題としてその判断を尊重すべきものである。
旧薬事法違憲判決

 「規制措置の具体的内容」と「その必要性と合理性」は、①比較衡量により判断されるが、②その検討と衡量は第一次的には政治部門が行うべきであるため裁判所はその判断を尊重すべきであるものの、③「合理的裁量の範囲」を逸脱したと認められる場合には裁判所が比較衡量の妥当性を審査する(それが「事の性質」によることは後述)。

※なお、本判決では、「職業は、前述のように、本質的に社会的な、しかも主として経済的な活動であつて、その性質上、社会的相互関連性が大きいものであるから、職業の自由は、それ以外の憲法の保障する自由、殊にいわゆる精神的自由に比較して、公権力による規制の要請がつよく、憲法22条1項が「公共の福祉に反しない限り」という留保のもとに職業選択の自由を認めたのも、特にこの点を強調する趣旨に出たもの」と判示し、二重の基準論を展開しているようにも見える。しかし、あくまで職業選択の自由は人格権から導かれていることに留意すべきである。江藤祥平は、「最高裁は…薬事法判決における人格権アプローチにより、(二重の基準論とは)別の形で私的な自由を展望していた…。すなわち、同判決は、『職業が「分業社会」における「社会的機能分担の活動たる性質を有し、各人が個人の人格的価値とも不可分の関連を有する』と述べることで、ドイツ流の人格権アプローチに踏み込んでいる。それは二重の基準が前提とする自由競争的な社会とは違い、分業により各々の個性が育まれる有機体論的な社会をイメージしたものである。実際、薬事法判決ではその甲斐あって、経済的自由に対する制約であるのもかかわらず、違憲判決が導かれている。二重の基準論とは全く別の形で国家権力を抑制する可能性がそこには現れている。」として、最高裁において二重の基準論を実践的に採用されていないことを示唆する。

α-2.判断枠組み(裁判所における合憲性判断枠組み)

 しかし、右の合理的裁量の範囲については、事の性質上おのずから広狭がありうるのであつて、裁判所は、具体的な規制の目的、対象、方法等の性質と内容に照らして、これを決すべきものといわなければならない。

 職業の許可制は、法定の条件をみたし、許可を与えられた者のみにその職業の遂行を許し、それ以外の者に対してはこれを禁止するものであつて、右に述べたように職業の自由に対する公権力による制限の一態様である。このような許可制が設けられる理由は多種多様で、それが憲法上是認されるかどうかも一律の基準をもつて論じがたいことはさきに述べたとおりであるが、一般に許可制は、単なる職業活動の内容及び態様に対する規制を超えて、狭義における職業の選択の自由そのものに制約を課するもので、職業の自由に対する強力な制限であるから、その合憲性を肯定しうるためには、原則として、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要し、また、それが社会政策ないしは経済政策上の積極的な目的のための措置ではなく、自由な職業活動が社会公共に対してもたらす弊害を防止するための消極的、警察的措置である場合には、許可制に比べて職業の自由に対するよりゆるやかな制限である職業活動の内容及び態様に対する規制によつては右の目的を十分に達成することができないと認められることを要するもの、というべきである。
 そして、この要件は、許可制そのものについてのみならず、その内容についても要求されるのであつて、許可制の採用自体が是認される場合であつても、個々の許可条件については、更に個別的に右の要件に照らしてその適否を判断しなければならないのである。
旧薬事法違憲判決

※判断枠組みは、「一般に許可制は、」から始まっており、許可制度の合憲性の判断枠組みについて①狭義の職業選択の自由に対する強力な制限であるから、②原則として、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置でなければならず、③さらにそれが消極目的である場合には、許可制に比べて職業の自由に対するよりゆるやかな制限である職業活動の内容及び態様に対する規制によつては右の目的を十分に達成することができないと認められることを要する(LRA)としている。
※そして、許可制度の内容である個々の許可条件に関しても、個別的に判断する旨述べているが、後述のように、①狭義の職業選択の自由に対する強力な制限とは直ちにいうことができない点に注意すべきである。
⇒個々の許可条件の合憲性判断の際に「一般に許可制は…」だけでは論証に失敗していることになる。

  • 許可制度それ自体の合憲性
    ⇒「一般に許可制は、狭義における職業の選択の自由そのものに制約を課するもので、職業の自由に対する強力な制限である」から、②重要な公共の利益…

  • 個々の許可条件の合憲性
    ⇒「確かに、《個々の許可条件》は、設置場所の制限にとどまり、開業そのものが許されないこととなるものではないから、職業の開始・継続・廃止の自由を内容とする、狭義の職業選択の自由に対する規制ではない
     しかし、薬局等を自己の職業として選択し、これを開業するにあたつては、経営上の採算のほか、諸般の生活上の条件を考慮し、自己の希望する開業場所を選択するのが通常であり、特定場所における開業の不能は開業そのものの断念にもつながりうるものであるから、前記のような開業場所の地域的制限は、実質的には職業選択の自由に対する大きな制約的効果を有するものといえ、職業の自由に対する強力な制限があると認められる。そこで、②重要な公共の利益…

β.許可制それ自体の合憲性

 薬事法は、医薬品等に関する事項を規制し、その適正をはかることを目的として制定された法律であるが(1条)、同法は医薬品等の供給業務に関して広く許可制を採用し、本件に関連する範囲についていえば、薬局については、5条において都道府県知事の許可がなければ開設をしてはならないと定め、6条において右の許可条件に関する基準を定めており、また、医薬品の一般販売業については、24条において許可を要することと定め、26条において許可権者と許可条件に関する基準を定めている。医薬品は、国民の生命及び健康の保持上の必需品であるとともに、これと至大の関係を有するものであるから、不良医薬品の供給(不良調剤を含む。以下同じ。)から国民の健康と安全とをまもるために、業務の内容の規制のみならず、供給業者を一定の資格要件を具備する者に限定し、それ以外の者による開業を禁止する許可制を採用したことは、それ自体としては公共の福祉に適合する目的のための必要かつ合理的措置として肯認することができる…
旧薬事法違憲判決

※ここでは従前の判決(薬局の開設許可につき昭和41年判決、参照必要はない)が引用されており、先例に従った判断をしている。もっとも、答案では論証すべきである(LRAの基準)。

γ-1.許可条件の合憲性判断の枠組み

 そこで進んで、許可条件に関する基準をみると、薬事法6条(この規定は薬局の開設に関するものであるが、同法26条2項において本件で問題となる医薬品の一般販売業に準用されている。)は、1項1号において薬局の構造設備につき、1号の2において薬局において薬事業務に従事すべき薬剤師の数につき、2号において許可申請者の人的欠格事由につき、それぞれ許可の条件を定め、2項においては、設置場所の配置の適正の観点から許可をしないことができる場合を認め、4項においてその具体的内容の規定を都道府県の条例に譲つている。これらの許可条件に関する基準のうち、同条1項各号に定めるものは、いずれも不良医薬品の供給の防止の目的に直結する事項であり、比較的容易にその必要性と合理性を肯定しうるものである(前掲各最高裁大法廷判決参照)のに対し、2項に定めるものは、このような直接の関連性をもつておらず、本件において上告人が指摘し、その合憲性を争っているのも、専らこの点に関するものである。それ故、以下において適正配置上の観点から不許可の道を開くこととした趣旨、目的を明らかにし、このような許可条件の設定とその目的との関連性、及びこのような目的を達成する手段としての必要性と合理性を検討し、この点に関する立法府の判断がその合理的裁量の範囲を超えないかどうかを判断することとする。
旧薬事法違憲判決
 薬事法6条2項、4項の適正配置規制に関する規定は、昭和38年7月12日法律第135号「薬事法の一部を改正する法律」により、新たな薬局の開設等の許可条件として追加されたものであるが、右の改正法律案の提案者は、その提案の理由として、(❶)一部地域における薬局等の乱設による過当競争のために一部業者に経営の不安定を生じ、その結果として施設の欠陥等による不良医薬品の供給の危険が生じるのを防止すること、及び(❷)薬局等の一部地域への偏在の阻止によつて無薬局地域又は過少薬局地域への薬局の開設等を間接的に促進することの2点を挙げ、これらを通じて医薬品の供給(調剤を含む。以下同じ。)の適正をはかることがその趣旨であると説明しており、薬事法の性格及びその規定全体との関係からみても、この2点が右の適正配置規制の目的であるとともに、その中でも前者がその主たる目的をなし、後者は副次的、補充的目的であるにとどまると考えられる
 これによると、右の適正配置規制は、主として国民の生命及び健康に対する危険の防止という消極的、警察的目的のための規制措置であり、そこで考えられている薬局等の過当競争及びその経営の不安定化の防止も、それ自体が目的ではなく、あくまでも不良医薬品の供給の防止のための手段であるにすぎないものと認められる。
 すなわち、小企業の多い薬局等の経営の保護というような社会政策的ないしは経済政策的目的は右の適正配置規制の意図するところではなく(この点において、最高裁昭和45年(あ)第23号同47年11月22日大法廷判決・刑集26巻9号586頁で取り扱われた小売商業調整特別措置法における規制とは趣きを異にし、したがって、右判決において示された法理は、必ずしも本件の場合に適切ではない。)
旧薬事法違憲判決

※主たる目的、副次的・補充的目的の区別を確立しておかないと答案は書けないが、赤坂幸一は『憲法判例の射程』において、「この点に関する議論の蓄積は少なく…『それを、いかなる資料に基づき、いかにして法廷に顕出すべきかについて明確なルールが確立していないのが現状』(野坂泰司『憲法基本判例を読み直す』294頁)だとされる」と、お手上げ状態である。もっとも、判例は「改正法律案の手案者」の主張をそのまま認定していると読めるため、問題文中に誘導がなされる
と考えられる(後日、司法試験の問題を確認する)。

 また、一般に、国民生活上不可欠な役務の提供の中には、当該役務のもつ高度の公共性にかんがみ、その適正な提供の確保のために、法令によつて、提供すべき役務の内容及び対価等を厳格に規制するとともに、更に役務の提供自体を提供者に義務づける等のつよい規制を施す反面、これとの均衡上、役務提供者に対してある種の独占的地位を与え、その経営の安定をはかる措置がとられる場合があるけれども、薬事法その他の関係法令は、医薬品の供給の適正化措置として右のような強力な規制を施してはおらず、したがつて、その反面において既存の薬局等にある程度の独占的地位を与える必要も理由もなく、本件適正配置規制にはこのような趣旨、目的はなんら含まれていないと考えられるのである。
旧薬事法違憲判決

※許可制度のうち、狭義の許可(私人の自然の自由を一度全面的に禁止した上で、個別に解除するもの)と公企業特許(通常の私人がもともと自然の状態で有していない権利が、国家から特定の詩人に特別に与えられるもの)を区分し、後者について事案類型を区切っている。両者の区別は私人がもともと有している権利か否かである。ただし、行政法学者の木村琢磨は「現在の判例は…伝統的な図式に忠実ではない。…判例上、許可と特許の区分は相対化しており、結局は個別法の解釈によることになる。しかも、特許の前提となっている《国家の独占的経営権》という考え方は、現行憲法上の営業の自由の原則…に反する、という批判があり、特許という概念自体に疑問が提起されている」としている。木村拓麿『プラクティス行政法』(信山社,2022)89-91頁

 次に、前記…の目的のために適正配置上の観点からする薬局の開設等の不許可の道を開くことの必要性及び合理性につき、被上告人の指摘、主張するところは、要約すれば、次の諸点である。
 薬局等の偏在はかねてから問題とされていたところであり、無薬局地域又は過少薬局地域の解消のために適正配置計画に基づく行政指導が行われていたが、昭和32年頃から一部大都市における薬局等の偏在による過当競争の結果として、医薬品の乱売競争による弊害が問題となるに至つた。これらの弊害の対策として行政指導による解決の努力が重ねられたが、それには限界があり、なんらかの立法措置が要望されるに至つたこと。
 前記過当競争や乱売の弊害としては、そのために一部業者の経営が不安定となり、その結果、設備、器具等の欠陥を生じ、医薬品の貯蔵その他の管理がおろそかとなつて、良質な医薬品の供給に不安が生じ、また、消費者による医薬品の乱用を助長したり、販売の際における必要な注意や指導が不十分になる等、医薬品の供給の適正化が困難となつたことが指摘されるが、これを解消するためには薬局等の経営の安定をはかることが必要と考えられること。
 医薬品の品質の良否は、専門家のみが判定しうるところで、一般消費者にはその能力がないため、不良医薬品の供給の防止は一般消費者側からの抑制に期待することができず、供給者側の自発的な法規遵守によるか又は法規違反に対する行政上の常時監視によるほかはないところ、後者の監視体制は、その対象の数がぼう大であることに照らしてとうてい完全を期待することができず、これによつては不良医薬品の供給を防止することが不可能であること。
旧薬事法違憲判決

※論点の整理

γ-2.目的審査

 薬局の開設等の許可条件として地域的な配置基準を定めた目的が前記…に述べたところにあるとすれば、それらの目的は、いずれも公共の福祉に合致するものであり、かつそれ自体としては重要な公共の利益ということができるから、右の配置規制がこれらの目的のために必要かつ合理的であり、薬局等の業務執行に対する規制によるだけでは右の目的を達することができないとすれば、許可条件の一つとして地域的な適正配置基準を定めることは、憲法22条1項に違反するものとはいえない。
旧薬事法違憲判決

※ここでは、目的審査において、目的が、①公共の福祉に合致しているか否か、②それ自体として重要な公共の利益といえるか、を判断する。ここでも、許可制度それ自体の判示と同様、答案では論証すべき箇所である。なお、「重要」か否かは、立法目的に設定された公益の重要性が、制約される職業選択の自由の重要性に匹敵する程度まで認められるかにより判断される(尺度における重要性の審査、ただし、目的それ自体の絶対的重要性を判断すると考えることも可能である(芦部は「基本的な憲法価値の制限を正当化するほど重大な価値を有する公共目的出なければならない」として、絶対的判断を基礎としている。)。もっとも、この絶対的判断は論証が難しい。具体的には、どのような場合に重要性が認められるのか、やむに止まれぬ目的との区別をどう考えるか悩ましい。)。

 小売市場事件判決や酒類販売業免許制事件判決をふまえれば、規制目的が「重要」かは、狭義の職業選択の自由を制約してまで達成しなければならない目的といえるか(言い換えれば、新規参入を規制し既存の業者の独占的利益が保護されたとしてもやむを得ない特別の事情があるか)を規制ごとに検討するというのが最高裁の態度であるように思われる。
木下昌彦ほか『精読判例憲法[人権編]』471頁

γ-3.手段審査(適合性審査)

 問題は、果たして、右のような必要性と合理性の存在を認めることができるかどうか、である。
薬局等の設置場所についてなんらの地域的制限が設けられない場合、被上告人の指摘するように、薬局等が都会地に偏在し、これに伴つてその一部において業者間に過当競争が生じ、その結果として一部業者の経営が不安定となるような状態を招来する可能性があることは容易に推察しうるところであり、
旧薬事法違憲判決

※規制がない場合、すなわち、自由にどこでも薬局を開設できる状態下では、薬局の偏在→過当競争の発生→経営の不安定となる状態を招来する可能性があることを認定している。そうすると、害悪の発生源(自由に開設可能な状態)から経営の不安定(害悪)に至る可能性は認められる。次に検討するのは、その害悪発生の蓋然性、すなわち、どの程度の確率で害悪の発生源から害悪が発生するのかという因果関係の問題である。これは手段適合性審査の第1要素である。

現に無薬局地域や過少薬局地域が少なからず存在することや、大都市の一部地域において医薬品販売競争が激化し、その乱売等の過当競争現象があらわれた事例があることは、国会における審議その他の資料からも十分にうかがいうるところである。
旧薬事法違憲判決

※合憲性を認める方向性の事実

 しかし、このことから、医薬品の供給上の著しい弊害が、薬局の開設等の許可につき地域的規制を施すことによつて防止しなければならない必要性と合理性を肯定させるほどに、生じているものと合理的に認められるかどうかについては、更に検討を必要とする。
 薬局の開設等の許可における適正配置規制は、設置場所の制限にとどまり、開業そのものが許されないこととなるものではないしかしながら、薬局等を自己の職業として選択し、これを開業するにあたつては、経営上の採算のほか、諸般の生活上の条件を考慮し、自己の希望する開業場所を選択するのが通常であり、特定場所における開業の不能は開業そのものの断念にもつながりうるものであるから、前記のような開業場所の地域的制限は、実質的には職業選択の自由に対する大きな制約的効果を有するものである。
旧薬事法違憲判決

※判例は、「適正配置規制は、設置場所の制限にとどまり、開業そのものが許されないこととなるものではない」とし、許可条件について、狭義の職業選択の自由に対する制限とは直ちに認めらないとする。しかし、「特定場所に開業の不能は開業そのものの断念にもつながりうるものであるから、前記のような開業場所の地域的制限は、実質的には職業選択の自由に対する大きな制約的効果を有する」として、後述のようにLRAの基準を適用していることから、職業の自由に対する、強力な制限の類型として処理している。許可条件の場合、かかる条件を満たさない限り許可がなされることはない以上、事前規制たる側面を有する(狭義の事前規制は許可制度そのものだと考える)ことを考慮して、「単なる職業活動に内容及び態様に対する規制を超えて、…、職業の自由に対する強力な制限である」、と論証したものと読める。
該当部分は手段適合審査で論じる内容ではなく、判断枠組みの定立で書くべき内容である。

※なお、ここでよく参照される、いわゆる「ドイツにおける段階理論」について、石川健治は「『職業の自由』の審査に際しては、『職業活動』の内容・態様に対する事後規制(A)に比べて、『職業選択』に対する事前規制(B)に対する審査密度を厳格にし、さらに(B)の内部においても、(1)資格制などの主観的な許可要件による事前規制よりも、(2)距離制限のような客観的な許可条件による事前規制に対する審査密度を厳格にすべき」とする(石川健治「30年越しの問い-判例に整合的なドグマーティクとは-」法学教室332号62頁)。

γ-4.手段審査(規制の必要性(=相当性),LRAの存在)

 被上告人(県側)は、右のような地域的制限がない場合には、薬局等が偏在し、一部地域で過当な販売競争が行われ、その結果前記のように医薬品の適正供給上種々の弊害を生じると主張する。
 そこで検討するのに、まず、現行法上国民の保健上有害な医薬品の供給を防止するために、薬事法は、医薬品の製造、貯蔵、販売の全過程を通じてその品質の保障及び保全上の種々の厳重な規制を設けているし、薬剤師法もまた、調剤について厳しい遵守規定を定めている。そしてこれらの規制違反に対しては、罰則及び許可又は免許の取消等の制裁が設けられているほか、不良医薬品の廃棄命令、施設の構造設備の改繕命令、薬剤師の増員命令、管理者変更命令等の行政上の是正措置が定められ、更に行政機関の立入検査権による強制調査も認められ、このような行政上の検査機構として薬事監視員が設けられている
 これらはいずれも、薬事関係各種業者の業務活動に対する規制として定められているものであり、刑罰及び行政上の制裁と行政的監督のもとでそれが励行、遵守されるかぎり、不良医薬品の供給の危険の防止という警察上の目的を十分に達成することができるはずである。
旧薬事法違憲判決

※薬事法及び薬剤師法の規制という既存の法律の存在を認定している。これがLRAである。そして、このような「刑罰及び行政上の制裁と行政的監督」により、「不良医薬品の供給の危険の防止という…目的を十分に達成することができるはずである」として、代替手段の目的実現度を肯定的に捉えている(し、それで済むなら開設規制がない以上、制約強度も低い)。

もっとも法令上いかに完全な行為規制が施され、その遵守を強制する制度上の手当がされていても、違反そのものを根絶することは困難であるから、不良医薬品の供給による国民の保健に対する危険を完全に防止するための万全の措置として、更に進んで違反の原因となる可能性のある事由をできるかぎり除去する予防的措置を講じることは、決して無意義ではなく、その必要性が全くないとはいえない
しかしこのような予防的措置として職業の自由に対する大きな制約である薬局の開設等の地域的制限が憲法上是認されるためには、単に右のような意味において国民の保健上の必要性がないとはいえないというだけでは足りず、このような制限を施さなければ右措置による職業の自由の制約と均衡を失しない程度において国民の保健に対する危険を生じさせるおそれのあることが、合理的に認められることを必要とするというべきである。
旧薬事法違憲判決

※LRAによる目的実現度が開設規制により得られる目的実現度よりも若干低いことを論じている。ここで注意したいのはあくまで行政上の監督体制と開設制限とを比較しているだけで、行政上の監督体制によりどこまで目的実現度が認められるのかはまだ論証されていない。

γ-3.手段審査(適合性審査)

 ところで、薬局の開設等について地域的制限が存在しない場合、薬局等が偏在し、これに伴い一部地域において業者間に過当競争が生じる可能性があることは、さきに述べたとおりであり、このような過当競争の結果として一部業者の経営が不安定となるおそれがあることも、容易に想定されるところである。
 被上告人(県側、このような経営上の不安定は、ひいては当該薬局等における設備、器具等の欠陥、医薬品の貯蔵その他の管理上の不備をもたらし、良質な医薬品の供給をさまたげる危険を生じさせると論じている
確かに観念上はそのような可能性を否定することができない
しかし果たして実際上どの程度にこのような危険があるかは、必ずしも明らかにされてはいないのである。被上告人の指摘する医薬品の乱売に際して不良医薬品の販売の事実が発生するおそれがあつたとの点も、それがどの程度のものであつたか明らかでないが、そこで挙げられている大都市の一部地域における医薬品の乱売のごときは、主としていわゆる現金問屋又はスーパーマーケツトによる低価格販売を契機として生じたものと認められることや、一般に医薬品の乱売については、むしろその製造段階における一部の過剰生産とこれに伴う激烈な販売合戦、流通過程における営業政策上の行態等が有力な要因として競合していることが十分に想定されることを考えると、不良医薬品の販売の現象を直ちに一部薬局等の経営不安定、特にその結果としての医薬品の貯蔵その他の管理上の不備等に直結させることは、決して合理的な判断とはいえない殊に、常時行政上の監督と法規違反に対する制裁を背後に控えている一般の薬局等の経営者、特に薬剤師が経済上の理由のみからあえて法規違反の挙に出るようなことは、きわめて異例に属すると考えられる
 このようにみてくると、競争の激化―経営の不安定―法規違反という因果関係に立つ不良医薬品の供給の危険が、薬局等の段階において、相当程度の規模で発生する可能性があるとすることは、単なる観念上の想定にすぎず、確実な根拠に基づく合理的な判断とは認めがたいといわなければならない。
旧薬事法違憲判決

※適合性審査の第1要素(害悪の発生源と害悪との間の因果関係)を否定している。適合性審査の第1要素は《規制がされない場合》の因果関係であり、ここでの法的評価は「単なる観念上の想定にすぎず、確実な根拠に基づく合理的な判断とは認めがたい」である。
※余談であるが、このように、第1要素が問題となっている判例として、①泉佐野市民会館事件の《明らかに差し迫った危険》、②岐阜県青少年保護育成条例事件における伊藤正己裁判官補足意見の《科学的証明》、③よど号ハイジャック事件の《相当の蓋然性》、④岐阜県青少年保護育成条例事件における伊藤正己裁判官補足意見の《社会共通の認識》などがある。それぞれの関係は①>②>③=④である。

 何らの弊害もなく国家が経済市場に干渉することは許されないのであり、それを違憲立法審査に反映させた場合、干渉の正当性を問う以前に弊害・危険の存在・程度を審査する方が理に適っている
大野悠介「《自由な経済活動に起因する弊害》と憲法22条1項」慶應法学41(2018)88頁
 なお、医薬品の流通の機構や過程の欠陥から生じる経済上の弊害について対策を講じる必要があるとすれば、それは流通の合理化のために流通機構の最末端の薬局等をどのように位置づけるか、また不当な取引方法による弊害をいかに防止すべきか、等の経済政策的問題として別途に検討されるべきものであつて、国民の保健上の目的からされている本件規制とは直接の関係はない。
旧薬事法違憲判決

γ-4.手段審査(規制の必要性(=相当性),LRAの審査)

仮に右に述べたような危険発生の可能性を肯定するとしても、更にこれに対する行政上の監督体制の強化等の手段によつて有効にこれを防止することが不可能かどうかという問題がある。
 この点につき、被上告人は、薬事監視員の増加には限度があり、したがって、多数の薬局等に対する監視を徹底することは実際上困難であると論じている
 このように監視に限界があることは否定できないが、しかし、そのような限界があるとしても、例えば、薬局等の偏在によつて競争が激化している一部地域に限つて重点的に監視を強化することによつてその実効性を高める方途もありえないではなく、また、被上告人が強調している医薬品の貯蔵その他の管理上の不備等は、不時の立入検査によつて比較的容易に発見することができるような性質のものとみられること、更に医薬品の製造番号の抹消操作等による不正販売も、薬局等の段階で生じたものというよりは、むしろ、それ以前の段階からの加工によるのではないかと疑われること等を考え合わせると、供給業務に対する規制や監督の励行等によつて防止しきれないような、専ら薬局等の経営不安定に由来する不良医薬品の供給の危険が相当程度において存すると断じるのは、合理性を欠くというべきである。
旧薬事法違憲判決

※仮定的に手段適合性審査を乗り越えたとしても、LRAが認められることから結局違憲である、という判示である。

 本件では、行政上の監督体制などの既存の代替手段を強化することで、十分実効性を確保できることが認められ、代替手段によって防止しきれない危険が相当程度において存するとはいえないとされている。これは、問題となっている法律から既存の代替手段へと制約強度が引き下げたとしても、その代替手段の範囲内で、問題となっている法律と同程度の目的実現度を確保できないわけではないので、問題となっている法律から代替手段への制約強度の減少量に比して目的実現度は減少しないと判断した…
伊藤健『違憲審査基準論の構造分析』(成文堂,2021)231頁

γ-5.その他の県側の主張に対する手当て

 被上告人は、また、医薬品の販売の際における必要な注意、指導がおろそかになる危険があると主張しているが、薬局等の経営の不安定のためにこのような事態がそれ程に発生するとは思われないので、これをもつて本件規制措置を正当化する根拠と認めるには足りない。

 被上告人は、更に、医薬品の乱売によつて一般消費者による不必要な医薬品の使用が助長されると指摘する。確かにこのような弊害が生じうることは否定できないが、医薬品の乱売やその乱用の主要原因は、医薬品の過剰生産と販売合戦、これに随伴する誇大な広告等にあり、一般消費者に対する直接販売の段階における競争激化はむしろその従たる原因にすぎず、特に右競争激化のみに基づく乱用助長の危険は比較的軽少にすぎないと考えるのが、合理的である。のみならず、右のような弊害に対する対策としては、薬事法66条による誇大広告の規制のほか、一般消費者に対する啓蒙の強化の方法も存するのであつて、薬局等の設置場所の地域的制限によつて対処することには、その合理性を認めがたいのである。

 以上…までに述べたとおり、薬局等の設置場所の地域的制限の必要性と合理性を裏づける理由として被上告人の指摘する薬局等の偏在―競争激化―一部薬局等の経営の不安定―不良医薬品の供給の危険又は医薬品乱用の助長の弊害という事由は、いずれもいまだそれによつて右の必要性と合理性を肯定するに足りず、また、これらの事由を総合しても右の結論を動かすものではない。

 被上告人は、また、医薬品の供給の適正化のためには薬局等の適正分布が必要であり、一部地域への偏在を防止すれば、間接的に無薬局地域又は過少薬局地域への進出が促進されて、分布の適正化を助長すると主張している。薬局等の分布の適正化が公共の福祉に合致することはさきにも述べたとおりであり、薬局等の偏在防止のためにする設置場所の制限が間接的に被上告人の主張するような機能を何程かは果たしうることを否定することはできないが、しかしそのような効果をどこまで期待できるかは大いに疑問であり、むしろその実効性に乏しく、無薬局地域又は過少薬局地域における医薬品供給の確保のためには他にもその方策があると考えられるから、無薬局地域等の解消を促進する目的のために設置場所の地域的制限のような強力な職業の自由の制限措置をとることは、目的と手段の均衡を著しく失するものであつて、とうていその合理性を認めることができない

 本件適正配置規制は、右の目的と前記…で論じた国民の保健上の危険防止の目的との、2つの目的のための手段としての措置であることを考慮に入れるとしても、全体としてその必要性と合理性を肯定しうるにはなお遠いものであり、この点に関する立法府の判断は、その合理的裁量の範囲を超えるものであるといわなければならない。

 以上のとおり、薬局の開設等の許可基準の一つとして地域的制限を定めた薬事法6条2項、4項(これらを準用する同法26条2項)は、不良医薬品の供給の防止等の目的のために必要かつ合理的な規制を定めたものということができないから、憲法22条1項に違反し、無効である。 
旧薬事法違憲判決


参考文献

本文中の他、
・伊藤健『違憲審査基準論の構造分析』(成文堂,2021)94-106頁、228-231頁。なお、伊藤は上述の適合性審査における第1要素を目的審査における「実現の必要性」と整理しているが、本判決の該当部分はあくまで適合性を否定したと論じるのが学説の共通認識であると思われるため、反映させていない。
・木下昌彦ほか『精読判例憲法[人権編]』(弘文堂,2018)461頁-477頁〔片桐直人執筆〕
・上田健介「20.職業選択の自由」曽我部真裕ほか『憲法論点教室』(日本評論社,2020)149-156頁
・清水潤「19.経済的自由の限界」山本龍彦=横大道聡『憲法学の現在地』(日本評論社,2020)245-257頁
・赤坂幸一「16.職業の自由」横大道聡ほか『憲法判例の射程』(弘文堂,2020)183-192頁
・曽我部真裕「職業の自由」法学教室496号(2022)60-68頁
・木下昌彦「法律案の違憲審査において審査基準の定率は必要か-2020年度司法試験論文式試験【憲法】における出題形式の問題点-」法学セミナー797号(2021)48-55頁
・判例の引用の一部は、京都産業大学の基本判例集(http://www.cc.kyoto-su.ac.jp/~suga/hanrei/hanrei-top.html#shinkyou)を利用させていただいた。

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