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#271 「バイエルほか事件」東京地裁

2010年10月27日に配信した「会社にケンカを売った社員たち」第271号で取り上げた労働判例を紹介します。

■ 【バイエル(以下、B社)ほか事件・東京地裁判決】(2008年5月20日)

▽ <主な争点>
退職年金制度の廃止と一時金支給への変更の有効性等

1.事件の概要は?

本件は、B社に雇用されていたXが、同社との間に退職金を終身年金の方法で支払うことを約束した後、同社を退職したところ、B社がXの在籍していた部門をL社に譲渡し、L社は退職年金制度を廃止したため、XがB社らに対し、退職金を終身年金の方法で支払う義務があることの確認を求めるもの。

2.前提事実および事件の経過は?

<B社、L社およびXについて>

★ B社は、ヘルスケア製品、農業関連製品等の輸入、製造および輸出を含む販売、日本における同社グループの株式取得、保有等の事業を営んでいる。同社は平成15年7月、化学品部門を分離独立させ、C社を設立した。さらに1年後、C社の化学品事業に加えて、B社の業務内容であったゴム事業部および樹脂事業部等を統合させ、L社を設立した。

★ L社は、化学工業製品の製造販売輸出入およびその代理業等を営んでいる会社であるが、17年1月にドイツの株式市場に上場し、同社はこの時点でB社のグループ会社ではなくなり、日本においても別会社としてそれぞれの事業を営んでいる。

★ X(昭和17年生)は、昭和44年3月にB社と労働契約を締結して入社し、平成14年7月31日に退社した者である。Xの退職時の給与収入は、1135万9400円、月額では66万8200円で、賞与は年間で給料の5ヵ月分の額であった。

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<本件年金制度廃止に至った経緯等について>

★ B社における退職金支給制度は、就業規則の定めにより、一時金もしくは年金として支給されることになっていた。Xは勤続20年以上で退職したので、同制度では、死亡するまで退職年金を受給できるとされていた。Xは退職にあたり、年金支給制度を選択し、上記退職日の翌日から月額23万0960円の年金を受給している。なお、14年8月から17年6月までの累計受給額は808万3600円である。

▼ C社およびL社の設立にあたり、当該事業部門および当該事業の管理部門に従事していた者は設立された別会社に移籍することとなった。移籍に伴い、年金受給者および年金受給待期者(60歳定年前に退職した者)は、それぞれ退職時に所属していた事業部門により、分離独立した会社が年金受給義務者となる措置がとられ、その結果、年金の管理責任、年金資産がそれぞれ分離独立した会社に移管されている。

★ Xは退職時に化学品部門に所属していたことから、年金支給義務者はL社となったが、B社らは年金受給者らにその時点で通知し、その承諾を求める手続を行っていない。

▼ B社グループは財務上年金制度を維持することが困難と考え、17年3月から年金受給者および年金待期者に対し、退職年金支給制度を廃止し(以下「本件年金制度廃止」という)、終身支払うべき年金を一定の基準で計算した額を一時金として支給することとしたい旨の申入れを行った。同時に説明会を数回開催し、関係者の理解と協力を求めた。

★ なお、一時金として支払う金額は次の基準により計算した額とするものとした。

(1)受給者(待期者については60歳以降受給予定年齢から起算した額)が現在受給している(または受給予定の)年金を国民の平均余命まで受給したと仮定して、年金受給総額を算出する。

(2)将来受給する額を現在価値にひき直すにあたり、運用利回りを民事法定利率あるいは年金制度上の想定利回り4%でなく、諸般の事情を勘案して1.5%とする。

(3)一時金のうち、M信託銀行に預託している金額と(1)および(2)で計算した額との差額を会社負担分として加算して支給する。

▼ Xについては、上記支給基準に従い、次のとおり一時金として支払うことを提案した。

(1)支給総額 5163万3174円
支給一時金は、割引率1.5%による「年金現価」相当額であり、「年金現価」とは、将来支給されるであろう年金総額を割引率や死亡率等をベースに、数理的手法を用いて現時点の価値にひき直して評価した額をいう。

(2)支給総額の内訳
在職中に会社が積み立てた掛金に相当する部分 3253万1550円
本人掛金分 263万3150円
会社が追加支給する額 1646万8474円

▼ B社らの上記提案に対し、Xは同意しなかった。L社の受給者には一時金として受領することが、年金と比較して税務上の不利益があることを主な理由に一時的に受領を拒否した者がいた。そのため、L社は理解と協力を求めて協議した。Xおよび他の1名を除き、他の者は会社の提案に同意したが、XらについてはM信託銀行は掛金に相当する額を、各会社は追加支給額をそれぞれ供託した。

▼ Xは、M信託銀行が供託した3516万4700円については供託日翌日の17年11月18日、会社の上記追加支給額から源泉税等を控除した上で供託した1317万4780円については、18年1月、供託金の還付手続を行い、全額受領している。

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<B社の年金規約について>

★ B社の年金規約(以下「本件規約」という)には次の規定がある。

第45条(規約の改廃)
会社は、一般情勢の変化、会社経理内容の変化または社会保障制度の改正等を慎重に考慮の上、必要と認めるときは標準給与および退職時本給の上限の変更、その他この規約を改正もしくは廃止することができる。

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