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小さな男の子の勇気

ママ、ママ…

ふと目をやると、小さな男の子が不安そうに母親の名前を呼んでいた。
私は不思議に思い、周囲に目をやった。

…迷子かな?

その子は俯きながら母親の名前を呼び続けており、
下りのエスカレーター付近から動き出せずにいたようだ。

エスカレーターの前で悲痛に訴える小さな男の子を放っておくわけにはいかない。

私の心は語りかけて来た。

あの子を、救え。
れふとの心

私は男の子に問いかける。

『どうしました?大丈夫ですか?』

すると男の子は一瞬私を見て、すぐに目を下にやった。

下りのエスカレーターを降った先には小さな女の子と、
手をつないでいる女性がこちらを見ていた。

なるほど、エスカレーターに乗る勇気が出なくて、
ご家族が先に降りてしまったんだ。

私は男の子に微笑みながら話しかけた。

『怖くはないですよ。この中年と一緒に乗れば、きっと大丈夫です。』

そう私が告げると、男の子は私の左手を握りしめてきた。

『いい子です。よし、行きましょう。』

せーの…。

手を繋ぎ、ぴょんと跳ねるように
小さな男の子と中年はエスカレーターに飛び乗った。

声は出していなかったが、男の子は笑顔を私に見せた。

『ほら、大丈夫だったでしょう?これでご家族のところに行けますね。』

私も笑顔になった。
力を込められた男の子の右腕からは、
確かな達成感を感じ取れた。

無事下に降りる事ができ、乗る時と同じように

…せーの。

と、掛け声をかけてエスカレーターを飛び降りた。

ママ!

母親のところへ男の子は駆け出した。

良い事した時と同じような心持ちになり、
私は自然と笑顔になった。

男の子が母親の元へたどり着き、飛びつこうとしたその時、
母親は男の子へこう、告げた。




待ちなさい!!




……え?


母親はポーチから小瓶のようなものを取り出し、
男の子はミストをたんと、たんと浴びた。

特に、右手を重点的に。

母親の言いたいことは十分に理解している。
しかしどうしても、私の心が何度も、何度も叫ぶのだ。

今日は、このまま、帰れ。
れふと心

と。


『あの…なんだか、すみません…それでは…』


私は仕事でミスをしてしまった時のような、
小さな、意図せぬ犯罪を犯してしまったような気持ちで踵を返し、
そのまま店を後にした。

『今日の夜ご飯は、コンビニで買おうかしら…』



あの日以来、私はダイエーに行っていない。
なぜだか、心がキュッとなるからだ。

ただ、それでもあの母親は正しい行動をしたと私は理解している。
あの行動は絶対に、正しい。

正しい。



ぃや正しいけど。



あの日セブンで買ったおでんは、久々で美味しかったですが、
少しだけ塩気が強く感じました。


それでは、皆様本日もどうか良い夜を。

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