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雪の日と直立不動のその刹那

雪が降ると思い出す。

幼い頃、思いがけない雪のサプライズに歓喜し、
悴む手の痛みも気にせず、
雪だるまを作ってみたり、雪合戦をしてみたり。

小さな小さな鎌倉しか作れずに、
誰も入れないよこんなの。
なんて、笑い転げたあの日。


それが今ではどうだろう。

大人になると雪なんて移動しにくくなるだけだし、
次の日の事を懸念して、いつもより早く起きなければ。
そんな心配ばかりが目立つようになってしまった。

いつの間にか、雪が綺麗で楽しいイベントでは無くなってしまっていた。


そんな私が忘れることができない雪の思い出ある。


あれは確か、忘年会をした帰り、酔い覚ましと雪が止む事を願って、
そんな思いから友人と喫茶店へ行き、
コーヒーで暖を取りながら、音もなく降り注ぐ雪を眺めていた。

雪、止みそうにないね。

ふと友人が、少しだけ名残惜しそうに呟いた。

ああ、そうだね。
止みそうにもないし、今日はもうタクシーで帰ろうか。
ロータリーまで、送るよ。


私は椅子の背もたれを肘置きのようにして、
雪の具合を確かめながら友人にそう伝えた。

喫茶店を出て、ロータリー下にあるタクシー乗り場までの、
そのほんの数分間、私は友人と足取りを確かめながら、
ゆっくりと、ゆっくりと今を楽しむように歩いていた。

タクシー乗り場へ繋がるロータリーの階段へ差し掛かり、
まだ酔いも回っていたのか、私は少しだけ浮世離れした気持ちでいたのかもしれない。



本当にれふとさんっていつもそうだよね。
後先考えずに行動しちゃうところがあるって言うか…

いやぁ、そんな事言ってもあの時は仕方がなかったんだよ。
私だってあんな選択をしたかったわけじゃなかったんだ。

難しい旨を伝えたにも関わらず、無理難題を言ってくれるものだよね。
そんな期日で仕上げるだなんて常人には無理に決まっているのにね。
それをさもあたたたたたたたたた…


…。


…え?


隣にいたはずの友人がそこにはおらず、
私は現状を把握出来ませんでした。

「れふとさん!大丈夫!?」

ふと右後ろ、1M程頭上に、友人が心配そうな顔をして私の安否を叫んでいました。

…なるほど。
手すりを持ったその手を軸に、直立不動状態のまま
階段を7,8段程、滑り落ちていたのか。

えっ、なんで痛い痛い怖いどこも打っ…
はっ…痛いっ、
どうし、えっ痛いあっ?確かに痛いっ

…あと、よく見たら友人笑い堪えてる。



状況を理解した途端、極度の緊張から解き放たれた為か、
首と腰に鈍痛が襲いました。

「初めて見ました…15段くらいある階段を3歩で降りきる人…」

雪の神秘的なムードは一瞬にして無となり、
友人は涙目になりながらタクシーへ乗り込んで行きました。

痛みと、切なさと、ほんの少しの悔しさから、
私はうっすらブルースリーっぽい表情で、タクシーが見えなくなるまで、
手を振って見送りました。



痛みと、切なさと、ほんの少しの悔しさからか、
その日私は初めて、声にならない吐息が音もなく流されていく、
そんなお風呂に入りました。


明日はいつもより早起きします。
それではまた、雪の日の階段付近でお会いしましょう。

お休みなさいませ。

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