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🇲🇽古代メキシコへタイムスリップ🇲🇽💫💫💫~vol.1 アステカ文明~

先週末の日曜日。2023年9月3日。
この日が「古代メキシコ展」東京国立博物館での最終日でした!

いざ、出発🌈

上野駅前(^^♪ 立派な木~ 人がいっぱい~😊
上野公園にはなんと噴水がヾ(≧▽≦)ノ
大雨でマンホールの下から水が溢れ出すのを見て以来の噴水🤣
テンション上がりました~🤗
東京国立博物館内にある表慶館、ライオンの阿吽像を横目に進みます💕
良いお天気🌈
平成館に到着👍

入場です🌈

2019年11月のメキシコシティーの画像も交えながら~\(^o^)/

メキシコ到着
メキシコシティー
この日は死者の日の式典が行われていた。リメンバーミー💀
🌸メトロポリタン大聖堂🌸
16世紀アステカ帝国を滅亡に追い込んだスペインのエルナン・コルテスの命によって建てられた巨大建造物。  
🌸テンプロ・マヨール🌸
アステカの中心都市テノチティトラン(今のメキシコシティー)の中心にあった巨大な神殿。16世紀にスペイン人によって破壊され、その上にメキシコシティーの町が建てられた。

🌈アステカ文明🌈🇲🇽


<西暦1325年~1521年>
首都テノチティトランを築き、軍事力と貢納性を背景に強国を拡大した。

 13世紀、メソアメリカ北部からメシーカ人らナワトル語を母語とする人々が、メキシコ中央高原に到来しました。その後彼らが建国したアステカ王国は、政治・経済的覇権をふるいましたが、それは都であるテノチティトランの聖なる力が、他者に激しい畏怖心を抱かせたためでした。
 都の中心に位置する大神殿テンプロ・マヨールは、当時すでに消滅していたテオティワカンの建築と絵画の様式を再現した2基の神殿に挟まれています。これにはアステカが古典期の文明との間に神話上の関係を結ぶことで、偉大な文明の守護を得るとともに、世界の継承者としての正当性を示す意図がありました。メシーカ人は武力や宗教に加え、古の文明の権威のもと統治を進めたのです。

テノチティトラン
装飾ドクロ💀
アステカ文明:1469~81年:テンプロ・マヨール埋納石室11出土
頭蓋骨を胴体から切り離し、前頭に毛を押し込み、目のくぼみに貝殻と黄鉄鉱を嵌めたマスク。死者の世界の主であるミクトランテクトリ神を表す。
シぺ・トテック神の頭像
アステカ文明:1325年~1521年:テンプロ・マヨール出土
シぺ・トテックとは「皮を剥がれた我らが主」という意味で、生贄となった人間の皮をまとう神。戦争とも関連づけられ、アステカの王達は、戦争時にはこの神に扮した。
歯状ナイフ
アステカ文明:1469年~81年:テンプロ・マヨール埋納石室6出土
生贄用のチャート製ナイフ。黒曜石などで目や歯を表し、擬人化したものが見られる👇
その多くは使われた痕跡が無く、儀礼用であった。
テクパトル(儀礼用ナイフ)
アステカ文明:1502年~20年:テンプロ・マヨール埋納石室52出土
チコメコアトル神の火鉢(複製)
アステカ文明:1325年~1521年:メキシコシティートラワク地区出土
熟したトウモロコシの女神であるチコメコアトル神を表した香炉。手にトウモロコシの穂を二重にした形の笏を握る。
夜空の石板
アステカ文明:1325年~1521年:メキシコシティー出土
夜空を主題とする浮彫りの石板。両脇には金星と星、中央には鷲と兵士が表されている。戦争や生贄で亡くなった兵士の魂は、太陽と共に天球上を旅しなければならなかった。
夜空の石板、横から。
メンドーサ絵文書(複製)
原品:1541年頃
スペイン征服後、先住民が記録した絵文書。ここにはテノチティトラン創設の場面が描かれている。岩に生えたウチワサボテンの上に鷲がとまる図像は、のちに訪れる王国の繁栄と共に、太陽神ウィツィロポチトリを表している。
男性像
アステカ文明:1325年~1521年:プエプラ州出土
褌だけを身に着けた若者の像。理想的な男性の躯体の美しさや、賢明さなどの倫理的な模範を表す。一般庶民(マセワリ)もしくは神の像であり、本来は布などの素材でできた装束をまとっていたとの説もある。
天使の街、プエプラの中心広場(^^♪
鷲の戦士像
アステカ文明:1469年~86年:テンプロ・マヨール鷲の家出土
戦闘や宗教に重要な役割を担った勇敢な軍人である鷲の戦士とみられる像。鷲の頭飾りを火ぶり、
羽毛や鉤爪の装束を身に付身に着ける。勇ましく戦死して姿を変えた戦士の魂や、太陽神の姿を表すという説もある。
トラルテクトリ神のレリーフ
アステカ文明:1325年~1521年:テンプロ・マヨール出土
大地の主という生の側面と、戦争や人身供犠という死の側面を持つ神。カールした頭髪と手足に鋭い爪をもち、歯をむき出しにした口元からは火打ち石のナイフを突き出す。
トラロク神の壺
アステカ文明:テンプロ・マヨール埋納石室56出土
雨神トラロクは太陽神ウィツィロポチトリと共に大神殿に祀られ、多くの祈りや供物、生贄が捧げられた。水を貯える壺にトラロク神の装飾があり、雨や豊穣の願いが込められたものと考えられる。
エエカトル神像
アステカ文明:1325年~1521年:メキシコシティー出土
風を意味し、生と豊穣を司る神。カワウやペリカン、クイナなどの鳥の嘴のカタチに似た赤い口が特徴である。
プルケ神パテカトル像
アステカ文明:1469年~81年:テンプロ・マヨール埋納石室6出土
リュウゼツランの発酵酒プルケは、アステカの儀礼で重宝された。パテカトルは、その発酵を促す植物オクパトリを発見した神。プルケは今も、テキーラとメスカルに並ぶメキシコを代表する地酒である。

アステカ文明:1325年~1521年:テンプロ・マヨール出土
笛はメソアメリカを代表する管楽器のひとつである。132には花と音楽の神ショチピリ、133には擬人化された花があしらわれている。
テスカトリポカ神とウィツィロポチトリ神の笏型飾り
アステカ文明:1486年~1502年:テンプロ・マヨール埋納石室174出土

以上がアステカ文明でした。
次回、テオティワカン文明🌈
続く、、、、、

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🌈🐒🇲🇽今日も最後までお読みいただき
     ありがとうございました🇲🇽🐒🌈✨

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