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店長が愕然『本革』と『合皮』の秘密

よいしょと…

また、がんばっちゃったな…
看板を手作りしちゃった…

世界一小さいとはいえ、お店だからな…
やっぱ看板は必要だったな…

ああ…
お店っぽくなってきた…

一句できた…

俺の店
俺の革靴
俺、うっとり

ああ…
もう1杯やりたくなってきた…

でもなんか、センスない看板だな…
いかがわしいお店みたいだ…

熱意を赤系の文字で表現したつもりだけど…

これでなぁ…
売上があればな、いうことないけどな…

まだ、売上0円だしな…

そもそもが、革靴でうっとりする人っているのか…
コンセプトってのを間違えているのか…

大体にしてというか、普通に考えて、革靴でうっとりするためにお金払う人などいないのではないか…

さっそく失敗しているのか…

オリジナル商品だって試作品だしな…
大変なんだよな、あれつくるの…

それを考えると、勝手にお客さんがきて、お金だけ置いて、さっさと帰ってくれるってのが1番いいんだけどな…

いやちがう…!
このお店は、そんなではいけない…!

革靴のよさ、皮のエイジングのよさ、この完成されたフォルム、このあくなき艶、経年の光沢、こういった魅力を…

あ!
いらっしゃいませ!!

どうぞ。
お客様。

こちらを、ご覧になってください。
当店、世界一小さな革靴ショップですので。

まずは、ごゆっくり。
本日は黒靴で揃えてみました。
どうぞ、うっとりしてくださ、え?

え?
なんですか?

本革と合皮の違い?
教えてくれ?

ええ!
どうしたんですか!
やぶからぼうに!

といいますと、お客様。
うっとり、されないんですか?

しない?
うっとりなんてどうでもいい?
早く本革と合皮の違いを教えてくれ?

わかりました!
まずは落ち着いてください!

あのね、お客様。
合皮もいいんですよ。
どんどんと進化してますから。

ものの本には、本革は指先のしっとり感がちがうなんて書いてありましたが、そんなしっとり感なんてどうだっていいです。

そうじゃないですか?
いちいち指先で感触を確かめます?

それに、私も実際に試してみましたけど、本革も合皮も変わらないですよ。
正直いって。

あ、ちょうどバッグもあるんで。
どうぞ、触ってみてください。

しっとりでいえば、むしろ合皮のほうじゃないですか?

うっとりでいえば本革ですけど。
まあいいや。

ですので、お客様。
違いをはっきりいいます。

本革だっていう自己満足なだけです。
本革だと値段が高いですからね。

でもね、お客様。
本革ってのは耐久性があるんです。

コスれたりヨレたり、そういったのに強いんです。
合皮だと角が擦れて、なんやらパリパリと剥がれてくるんですよね。

ほら、これ見て。
こういった角から劣化していくんです。

だから長くガンガン使おうと思ったら本革です。
ええ。

たくさん買って持ちたいとか、少しだけ使うとか、見栄えがわるくなったら捨てるとか、そういった扱いだったら合皮でいいでしょうね。

私も、合皮でも、色がよかったから買って使ってますから。
はい。

でも、気に入ってきたころにボロくなるんですよね。
となると、やっぱ本革がいいなってなるんですよ。

それに、本革のほうが水に強いですね。
湿気にも。

はい?
なんて?
革は水に弱いと聞いたことある?

お客様。
失礼ですが。
それをおっしゃられた方は、昭和の世代じゃないですか?

やっぱり。
それは、合皮のことを言っておられます。
昔の合皮は質がわるかったんです。
はい。

本革は、今も昔も水に強いですよ。
現に、私の革靴たちも、何十回も雨でズブ濡れになってますけど、水拭きだって何千回もしてますけど、10年も20年も使えてますから。

水が染みたからといって、どうこうないです。
本革の靴は、水洗いだってできますから。

だからって、ジャブジャブと使って放置はいけないですよ。
日常で使うのだったら問題ないということです。
ええ。

でもね、お客様。
バッグはともかく、革靴に限っては本革のほうがいいです。

とくにこれからの季節。
蒸れがちがう。

なんでかっというと、本革と合皮では製法がちがうんです。

本革はステッチド製法。
合皮はセメンテッド製法。

糸縫いと接着のちがいですね。

こちら、ご覧になってください。
本革のステッチドです。
専門のミシンで縫うんですけどね。

で、この縫い目が通気の役割をしているんです。
空気が通るんです。
履くとわかります。

それに本革は、汗を吸って蒸発させます。
はい。

嘘だと思ったら、革靴を水でビダビダに浸してから履いてみてください。
今の季節だったら、30分くらいで履いたまま乾きます。

はい?
でも革靴は蒸れる?

ですから。
今、それを話しますから。

あのね、お客様。
蒸れるのは、合皮のセメンテッド製法だからです。

セメンテッドってのは、ビターッと密封されるんです。
ビニール袋に足を入れているようなものですよ。

そりゃ、真夏のガンガン暑いときだったら本革のステッチドでも蒸れますよ。

でもそれだって、あのセメンテッドで密封された汗ビダビダの不快感まではいかないです。

ほら、これ。
モカシン縫いなんかは、中を覗いてみればわかりますけど、縫い目から光が見えますから。

本革のステッチドは、通気があるんです。
ええ。

私も、雨の日に履こうと思って、合皮のセメンテッド製法の靴を1足買いました。

けど、暑さの蒸れと、密封された蒸れってちがうんです。
結局は、合皮のセメンテッドは履かなくなりました。

はい?
じゃあ、雨の日はどうすればいいのかって?

そこは、いろんな靴がありますから。
雨の日は、服装と靴を変えるのがいいんじゃないですか。
はい。

それに、すべてのセメンテッド製法は、ソール(靴底)がスポンジです。

スポンジソールは張替えができない。
とても10年も20年も使えないです。

それなので、革靴に限っては本革がいいです。
合皮の靴だって、安くても1万くらいはするんですから。

もう1万、2万かな、そのくらい足せば、本革の革靴が買えますので。

はい?
でも夏に蒸れるのがいやだ?

お客様。
なにをいってるんですか。
それだったら、夏はビーチサンダルで過ごせばいいじゃないですか。

でも、それでいいんですか?
大人の男として。

あのね、どんなに高級な革靴でも、たまに履いていたらオシャレとは言われないんです。

たとえ安い革靴であっても、いつも履いているからオシャレだと、上質な大人だと、そう評されるんじゃないですか。

え?
おわかりいただけました?
あ、いや、ありがとうございます。

つい私、いえ、申し遅れました。
店長の西田と申します。

いやぁ、熱弁してしまって。
張りきっちゃった。
まことにお恥ずかしい。

でもさすが、お客様!
ちがいがわかる男!

え?
じゃあって?

ちょちょちょ、ちょっと、お客様!
待ってくださいよ!

オリジナル商品もありますんで!
まあ、見てやってください!

え?
またきます?

わかりました!
もう買ってくださいとはいいません!
1000円だけ置いてってください!

ちょちょちょ、お客様!
1000円!

帰っちゃった…
なんだったんだろう、あの人…
つむじ風みたいな人だ…

まあでも…
最後は、押し売りみたいになっちゃったしな…

近所の八百屋が「買わなくてもいいから1000円だけ置いてって!」って叫びながらスイカを売っていたから真似したんだけど…

よくよく考えみると…
八百屋と革靴ショップはちがうしなぁ…
スイカを売るようにはいかないな…

また失敗したのか…
お店ってむずかしい…

それにしても…
このお店には変わった人ばかり来るんだよな…