4. Joy

今回は楽しい話題に触れます。そして今回でラストです。

まかない、試食、料理の話

レストランで働いている時の唯一の至福の時間はまかないや試食を食べている時、そして料理の話を聞いてる時です。

まかないはシェフが余った食材やまかない用に買った食材で作ります。僕がシェフのまかないで1番好きだったのは人参のサラダとサツマイモのパテ?みたいな料理でした。シェフはフランスに30年以上住んでいて、フレンチガストロノミに和のエッセンスを足している料理人なので、今まで味わった覚えのない味からどこか懐かしい味まで、まかないを通して様々な味を窺い知ることができました。

①どの料理もとても美味しく、②常に疲労で空腹であったため、さらに、③Zさんから「まかないをたくさん食べたらシェフは喜ぶと思うよ」と最初に言われたことにより、最初の頃のまかないではかなりの量*を食べていました。初期に大食いキャラが確立してしまい、途中でその期待を裏切る訳にもいかないので、時に苦しくて動けなくなるほど食べたこともありました。食べてる瞬間は数少ない幸せな時間でした。

*シェフの2倍、Zさんの5倍くらい。ちなみにZさんはとても少食。

先に”試食”と書きましたが、調理して余った食材などをシェフから頂けることがあります。乳飲み仔牛、ウサギ、ピジョン(=鳩)、イベリコ豚、ハマチ、各種フォン(=出汁)などなど。日常生活でも、下手するとレストランでも食べることのできないものを味わいました。味覚の開発が進んだような気もします。

「フランスではうさぎは日常で食べる」、「鍋底のフォンドボーが1番旨い」、「日本では野菜の火入れを弱くして素材の味を味わうが、フレンチでは火入れの弱い野菜を出すと青臭いと言われる。しっかりと火を入れてドレッシングで食す」、「並べてあるパンが裏返ってるなんてありえないぞ」、「フランスの家庭では...」、「パンが焼けたかどうかは振った時の音を聞けばわかる*」。シェフとの会話の7割は説教もしくは怒号でしたが、時折シェフが語る、実体験を交えた料理と食文化のショートレクチャーはとても面白かったです。鍋底のフォンドボーは、今思い出すだけでも唾液が出てくる、旨味と優しさが共存した奇跡の味でした。

*パンは毎日自家製のものを6種類ほど焼いていました。焼くのも毎日の仕事の一つで、焼け具合をチェックする時にシェフは「パンを振って音をきけ、焼けてたらスーっと音がする」と言っていました。ただ、焼けたてのパンはそもそも熱すぎて持つこともままならなかったので僕には不可能でした。ちなみにこのパンもとても美味しいです。日本人の僕ですら、これなら米と変えてあげてもいいかなと思えるくらい美味しかった。。
余談ですが、食べる前と食べた後で世界が変わる食べ物が存在すると思うようになりました。強く記憶に残る食べ物や美味しくて感動したものを想像して欲しいです。その食べ物を知った後だと、次に似た食べ物を食べた時必ずそれが比較対象に出てきたり、写真フォルダでそれを見た時に味がうっすらと想像されるかと思います。僕にとってそれが鍋底のフォンドボーでした。

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(↑パン)

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(↑噛んでも噛んでもずっと味が出てくるピジョンの肉。味わい深いという言葉がぴったり。)

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香り

フランスに滞在している時、基本はレストランで働いていたので、パリに行く機会は3回しかありませんでした。一度目はフランスに来た次の日、二度目はレストランで働いて1週間経ったあとの月曜定休日、三度目は帰国する日です。

二度目にパリを訪れた際、自転車を使ってパリ中を走り回りました。

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↑ウィンドウショッピング。フランスでは男女が若者から高齢者まで手を繋いだり組んだりしてることが多かったです。

パリでは香水を買おうと決めていました。ただ、ロクシタンと今まで持っていたジバンシーの2つしかブランドを知らなかったので、香水詳しそうな友達に聞いてお勧めしてもらったところに行きました。

好きな食材はダントツでサツマイモですが、好きな果物はイチジクとパッションフルーツです。真っ先に入ったロクシタンでイチジクの香水を店員さんから猛プッシュされました。とても好きな香りでしたが、嗅げば嗅ぐほど「これなら本物のイチジクの方がいいな、食べられるし」と思い、そのことを店員さんに告げて去りました。今思い返すと、香水屋で"実際に食べられる方がいい"とか絶対言っちゃダメな言葉の一つですが。

このアカウント名がbulyになってて、???と思われたかもしれませんが、これは香水ショップの名前です。ここは店構えが荘厳な感じで、店員さんが非常に情熱的な方でした。このお店の成り立ちからコスメティック用品の変遷、それぞれの香水に紐づけられた像など、濃厚な講義を聴けました。もはや一つの観光スポット or アトラクションになるレベルでした。ライバル店も比べた結果やはりここの香水が一番良かったので一つ買いました。食べたり、音楽を聞いたり、運動したりなどストレス解消や安らぎを得る方法は色々あると思いますが、香りもその一つであることを発見しました。

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↑店の外観、ビートルズっぽい。

↓中の様子、ハリーが杖を買った店のような雰囲気

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香りといえばもう一つ。某所でたくさんお世話になったJさんが、出国前に「良いノートを持って行きなよ、一生の思い出になるよ」と仰っていました。それを受けてしっかりめのノートを持って行き、逐一レストランの指示などをメモっていました。ペンが一本折れるくらいハードにメモっていましたが、丈夫なノートはなんとか乗り切ってくれました。この助言は本当にありがたかったです。

このノートは、殴り書きしまくり、汚れが付き、なんと言っても少し臭います。今でも若干のオマールの匂いとレストランの掃除用洗剤の匂いがします。深爪した箇所や傷付いた部分に洗剤が染み込んで痛かったことが思い出される。。

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このnoteも終盤なので、一層取り止めのないことですが一応書いておきます。

神に祈る時間が増えた

レストランで働き始めて神に祈る時間が増えました。突然敬虔になったわけではありません。神頼みというやつですかね。複数の重い皿を棚の上の方に載せる時に「落ちませんように...!」、繊細で壊れやすい食材を盛る時に「崩れませんように...!」。頼むばかりで上手くいってもあまり感謝しなかったですが、あの節は大変お世話になりました。

食べること

僕の場合は、結局食べることが原動力になるのだなと改めて感じました。レストランでもハウスでも、向こう2年分くらいは怒られたんじゃないかというほど怒られましたが、やはり美味しいまかないだったりたまに頂けるワインだったりを味わえた時に、かなり容易く、それらの疲労が癒えました。

フランス全土のレストランは土曜日(3/15)で営業を停止したため、翌日の日曜日は働いているレストランでは片付けのみでした。そしてその翌日の月曜日に帰国する予定でした。片付けが終わった日曜日、ハウスに戻った時の時間は午後4時でした。本当は隣町のレバノン料理を食べたかったのですが、レストランは閉まっています。ただ、フランスの国民食であるパンだけは通常通り売っていると聞きました。そのため、今日と明日(日曜と月曜)はできる限りパンを食べようと決めました。日曜日は既に夕方だったため、近場で一番栄えてそうなベルサイユまで自転車で行くことにしました。

片道45分とgoogle mapが言っていたので、それを信じました。ただ、ベルサイユまでの道はほぼトレッキングコースでした。大きな森がいくつもあり それを抜けなければいけません。結局ベルサイユに着くまで1.5時間かかりました。せっかく来たんだからと思い、ベルサイユのパン屋全てを回りました。クロワッサンやデニッシュ系のパン、ケーキなど計6個食べました。量的には右腕のひじから下くらいの量ですかね。アンパンマンでもパンの部分は顔だけなので、体に占めるパンの割合はアンパンマンといい勝負です。

ベルサイユからの帰り道がとても過酷でした。帰りは違うコースで帰ろう、せっかくならセーヌ川沿いを下っていこうなどと考えたことが大きな失策でした。帰りも似たような森を抜けなければいけないのですが、森に街灯などはなく暗黒です。森に入って5秒ぐらいして、これは無理だと感づきました。google先生に他の道を聞くと、ほぼ同じような広さの森Bもしくは森Cを通り抜ける道を提案されました。

意を決して目の前の森Aに入ることに決めました。久々に純粋な暗さによる恐怖を感じました。17年ぶりくらいでしょうか。それに加えて、道はほぼぬかるんでおり、大きな水たまり(=ほぼ沼)もありました。森の真ん中まで来たところで電波が届かなくなり、小さめのパニックに陥りました。

落ち着こうと思い、Spotifyでダウンロードしていた音楽をとりあえず流すと、一曲目に普段なら好きなゾクゾクする系の音楽がかかってしまい、とても焦りました。落ち着いて、落ち着いて、これならいけると思った選曲、ミスチルをかけました。

2回目に沼にハマった時は、「あれっ、今何してるんだっけ」と考えてしまい、パンを買いに行ったことを後悔しました。

そして、そろそろトイレにも行きたいな..という生理状態でもありました。生理状態は心理状態に影響を受けるんでしょうか。帰国2日前、社会人生活を目前にして、人間の基本的な尊厳をうっかり失うところでした。ミスチルでなんとか正気を保ったおかげで無事森を抜け出し、近くのスーパーへ寄ることができました。

森を抜けた時、星がとても綺麗でした。

と今更言ってもあまり格好がつかないですね。

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↑ベルサイユへの道、というか森(行き)

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↑尊厳を懸けて食べに行ったパン。FLANはプリンをぎゅうぎゅうに押し固めた、子供の夢のようなパンでした。

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↑森を抜けた所(帰り)

ハウスに着いた時「もうパンは懲り懲りだ!」と思いましたが、次の日やはりどうしても食べたくなり、一件だけパリのパン屋に立ち寄り4つほど買って空港で食べました。


チーズ

チーズはフランスの文化の一つです。日本で言うところの米や大豆、もしくはその両者を合わせたぐらいの勢力じゃないかと感じました。レストランでもチーズは常にあります。

ホールを担当しているMさんは余った残った食材をよく僕にくれる優しい方です。(優しさ故に起こった事件もありましたが。) 彼女は「フロマージュ!*」と言ってチーズとワインをくれることがありました。チーズだけくれることもありました。日本で食べる大概のチーズは好きですが、フランスの特定のチーズだけはあまり香りが好きになれませんでした。何回かチーズをもらいましたが、その度に「フランスの文化を息をとめながら飲み込むのは申し訳ないな」と思いながら食べていました。

*余談ですが、フロマージュはチーズとワインの組み合わせのことだと思っていました。ある時、チーズだけ渡されて"フロマージュ!"と言われた時、ワインはどこだ..?!と思ったことがあります。本当はフロマージュはチーズ単体を指すらしいです。ワイン+料理=マリマージュらしいです。

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最後に

日本に帰って3、4日が経ちました。幸いにも体調は良好です。”毎日限界まで働いて、その後たまにワインを嗜んで、次の日も朝早くから働き始める”という生活が本当に存在していたのかすら疑わしいほど平和です。

既に超長文ですが、最後に2点ほど書きます。料理人という職人の世界への畏敬の念と、コロナに対してです。

正直レストランで働くまでは、裏側であそこまで過激に、命をすり減らすレベルで働かれていることは想像が付きませんでした。時間や労働量といったインプットと それに対する金銭的な対価だけで考えると割に合わないことの方が多い気がします。

これから先、レストランで美味しいものを食べたら、一緒に行った人だけでなく、是非お店の人にも美味しかった旨伝えて欲しいなと個人的に思っています。職人のシェフなら美味しいものを作ることが当たり前と思っていたり、そもそも既に何回も美味しいと言われてきてるかもしれません。ただ、"美味しいものを作ること"このために人生を捧げている人のことを考えると、言い過ぎて悪いことは決してないように思います。

現在、フランスではコロナの対応として、レストランを含む商業施設が営業できない状態です。3/16から施行され、1ヶ月ほどこの状態とのことです。マクロン大統領の発表の中継をキッチン内のテレビで見ていました。その翌日からは営業停止だったため、翌日は営業は行わず在庫の整理をしました。"自然災害でないため各種保険が適応されないのではないか”、"そもそもお客さんが来なくて売上がたたない"といった会話を、シェフが中継を見てやって来た隣のイタリアンの店長としていました。このようなカオスの状態でもシェフは翌日の在庫整理の時には普段と同じテンポで指示を出していました。その日は唯一シェフから怒られなかった日でした。

飲食業界に限らず政府から十分な支援がなされることを願っていますが、フランスに根付いている美食の文化があれば、コロナが収束した頃にお客さんはまた殺到してくれるのではないかと思っています。それまでどうか店をたたまずにいて欲しいです。

色々落ち着いた頃に、もしパリ近郊に行く機会があれば是非レストランの方に立ち寄ってみてください。どれも最高に美味しいものばかりです。


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