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第3号被保険者制度(3号年金)を批判する・その6〜「女性の貧困元年」2

前回は、3号年金が採択された1985年を「女性の貧困元年」と喝破していた女性研究者がいたことについて語りました。
今回はこれまでに書いた内容を踏まえながら、私の思いをぶつけていきたいと思います。


3号制度を糾弾する

3号年金は、言うまでもないことですが制度自体が非常に不公平ですよね。

「3号は国民皆年金実現のため、支払い能力のない主婦を取りこぼさないために必要だった」なんて説明が今もされていますけど、これまでに見てきた通り、制度の制定当時から働く女性から反対の声は強くあったし、はなから不公平だったんですよ。

3号制度が執行された前後の主婦加入者の推移ですが、旧制度で自主的に国民年金に加入していた主婦の数は745万人。新制度で3号となったのは974万人差し引き約230万人。(下図参照)

年金に未加入だった230万人のために、加入済みの745万人も含めて保険料を全額無料にしてしまった。こんな始まりのトンデモ制度他にありますかね。
5年ぐらいの移行期間を設けて、その間だけ無償にするといった程度ならわかりますよ。でも40年間も続いてますからね。

「230万人の主婦を強制加入させることは難しかった」と言うのなら、なぜ「国民年金加入者の4分の1を占めていた745万人の主婦分を一気に支払い免除にして、空いた穴を厚生年金から拠出して補填する」なんていう暴挙の方は可能だったのでしょうかねえ。

2号の夫を持つ妻だけが年間約20万円(2024年現在)の年金保険料支払いを他人に押し付けることができる謎制度。10年加入していたら200万円の支払いを免除されることになりますからね。車が買えますね。

実質的には1号制度を無償で利用できる制度なんだから、「3号制度」と分けて言うんじゃなくて「1号無償枠」とすればいいのに。せめて2号の給与明細には厚生年金の枠内に「3号分」として項目を分けて負担金額を記載すべきですよ。

3号制度は労働現場を歪めた

私がこの制度で負の影響が最も強いと思っている部分は、多少は働いても夫に扶養されているとみなす、としたところにあります。

3号主婦労働者がどれだけ得しているかは、時給で考えると分かりやすいかと思います。
額面時給1000円だと、2号は手取り時給800円になります。3号は所得税を払っていたとしても960円ほどです。同じ額面1000円の時給で同じ仕事をしていても、手取りは1時間あたり160円も違うんですね。

まあ、この辺はそもそも時給千円の労働者から20%も差っ引くっていうのがおかしいのもあるんですけど、3号労働者は同じ時給で働く他の労働者よりも税金払ってる痛みがはるかに弱いというのは、かなり問題です。

低賃金で働く主婦が、なぜか年収1000万円の男にかかる重税に怒って、「低賃金労働者は税金ほとんど払ってない受益者だ」と言って低収入者や生活保護受給者に憎悪を向けたりしている。

あれは自分には痛みがないからなんですよね。
自分よりも夫にかかる税金のほうに遥かに強い痛みを感じている。

3号制度は、日本の女性をがっつり分断しました。

もし、せめて「1円でも働いて稼いだら3号の資格を失う」という制度だったら、日本の労働環境は今頃どれだけ違っていただろう。収入をわざと抑えて働くような人たちが大量にいない社会だったら今頃女性の地位はどうなっていただろう。

3号制度が利用できる年収上限は130万円です。「年収の壁」と言われているので、そのルール内で働く主婦を個人的に「壁主婦」と呼んでいます。

最低賃金に連動した職場で働く女性ならば大なり小なり見覚えがあるのではないでしょうか。やたら真面目にせっせと働くのに賃金アップを積極的に望まない女性たち。

大体主婦ですよね。というか賃金アップを望まない人を主婦以外で見たことはないです。

前回挙げた15年前の匿名女性の言葉をもう一度。

大卒後1年正社員で働いて病気になって以来、ずっと非正規で働いている。大手スーパーでパート雇用されていた時、残業や日曜の割り増しをカットすると言われて反発を感じたが、パート仲間の主婦は「時間が増えると103万円以上になるから、かえってよかった」と。夫が正社員の主婦に「本当にあなた大変よね、生活があるから」と言われると、「お前が年金払わないから私が払うんだよ!」と怒りがわく。女性同士のネットワークは組みたいけど、正直、夫に養われている人との共闘は難しい。

『女たちの21世紀 No.57 2009年3月号』p.10 「会場の声」より

私も似たような言葉は直接耳にしたことありますけど、給料下がって「かえってよかった」って、なんなんですかねほんとに。

給料が下がるとかえって安心する壁主婦の最大の関心である「壁」には、所得税と扶養控除に関係する103万円の壁や150万円の壁もありますが、今の労働現場的には、3号年金の130万の壁の影響が一番大きいかと思います。

年間130万円を超えて稼ぐと、3号から抜けないといけなくなる。
だいたい160万円以上稼がないと、手取りが「年収130万円の3号」の手取りを超えないようです。夫に養われた年収130万円の主婦と、年収160万円の人の手取りがほぼ同じだなんて本当におかしいです。

私が「3号主婦は別世界の住人だな」と思って距離を置いたのは、働き始めてすぐでしたが、(『女はいいのよどんな職にでもつけるから。でもちゃんとした職につかないといけない男の人は大変よ~』なんて言われたことは一度や二度じゃありません)、はっきり怒りを抱いたのは最低賃金の上昇を邪魔する姿を見たときです。

特にTwitterで見かけた姿は強烈でした。
東京の最低賃金が900円行くか行かないかだったころ。地方は600円台のところも残っていました。そんな低時給の時分ですら、
最低賃金を上げたら主婦が働く時間を制御しないといけなくなって、働ける場所が限られてしまう。まずは年収の壁の拡大が先だ!配偶者控除枠と3号枠を200万円にしろ!主婦を大切にしない社会で誰が産むか!
というツイートにいいねが万単位。年収200万円稼ぐ主婦を「扶養されてる」と判定して優遇し続けろと?
しかも全女性の代表であるかのように発言していたので、強い怒りが燃え上がりました。

非正規雇用者はボーナスも退職金もなく、フルタイム働いてもまともに生活できない時給だというのに、賃金の上昇を大声で邪魔する同僚がいる
そんな労働者があらゆる労働現場に浸透して全体で何百万人もいる社会って他にありますかね?いったいどこの国の陰謀ですか。どこの星から来たエイリアンの侵略ですか。

もし、せめて3号制度が「1円でも稼いだら資格がなくなる」という制度だったら。

日本の末端労働現場は歪んでいます。
生活可能なレベルの時給を得ていないのに、自分の現在の生活にも将来にも何の憂いもない主婦労働者、いっぱいいますよね。一方、全く同じ職場同じ給料で、いつ住まいを失うかわからないまたは自立できずに悩んでいる独身女性が混在している。

女性が多い末端労働現場では主婦が強いから、非正規労働者が多いどの現場でも、まるで誰も低賃金でも生活に全く困ってないような空気じゃないでしょうか。

単身の非正規雇用の女性が透明化される一番の弊害は、女性労働者の低賃金の状況を訴えても「いや主婦だからでしょ?性差別ではないでしょう」と言われるだけで終わってしまうことです。
ワーキングプアが問題視され始めたのが男に非正規労働が広まってからだったのは、もともと女の権利が見過ごされがちという以上に、膨大な壁主婦が実態を隠していたからなのは間違いありません。

壁主婦、いなくなってください。お願いします。

働くならちゃんと、自分と同僚の働きに見合った給料はいくらなのかぐらいは、真剣に考えてください。

最低賃金は基本的人権です。また、ほぼイコールで女性に向けて保証された賃金でもあります。
女性の基本的人権を無視して家父長制ボーナスを受け取るのはやめてください。

特にタイミングが悪かった就職氷河期世代は、就職時には「こんな時ですから仕方ないですよ」と男女雇用機会均等法も反故にされて、今よりもだいぶ最低賃金が安かった時代からずっと最低賃金スレスレの給料で働き続けている女性が無数にいます。

女性が女性の貧困化を望むグロテスクな社会はもう終わりにしましょう。

3号制度が始まって以来約40年の洗脳は、社会として致命的です。
「稼ぐのは男」という価値観を、数十年にわたって国の制度で正解としてきてしまった。

洗脳は単身女性にも及んでいますから、だいたいアラサーぐらいになると男への忖度が板についてきて「女はいいけど男性は稼がないといけないから〜」なんてことを言うんですよね。
ちょっと言葉で言い表せないぐらいの絶望を感じます。

日本女性が総じて忖度が強くて男社会に物申せなくなっていことにも、3号制度の影響は確実にあると思います。

3号の存続を望んでいるのは誰か

壁主婦が3号を無くしたくないと思っているのは当然として、3号制度を追ってTwitterを見ていて驚いたのが、3号を無くすことに抵抗している主流がリベラル左翼・フェミニストの人たちだということでした。

もちろん、3号のスタートこそ女性の貧困元年だと見抜いた女性もフェミニストですから、廃止に反対しているのはあくまでも一部のフェミニストですが。ボリュームはかなり大きいですね。

女性蔑視の家父長制ボーナス制度を、普段は平等や社会正義を理念とする人たちが支持して、「3号を廃止したら女性差別を深める!ますます産まなくなる!」と言っている。いったいどんな倒錯でしょうか。
「子持ち女性はこんなに苦労している」という話の時に必ず引き出されるシングルマザーのことすら透明化していますしね。

まあリベラル左翼男は比較的収入の高い、2号既婚男ばかりなんでしょうけど。フェミニストにも主婦が多いんでしょう。
家父長制内で妻が有利になる模様替えしか望まないフェミニズムなんてウンザリですよ。「僕たちを甘やかしてくれるかあちゃんと娼婦」としてしか女性の存在を認めないリベラル左翼男も消えてください。

3号制度を通じて、日本のゆがみを嫌というほど見せつけられました。
専業主婦にボーナスを与えつつ、単身女性の生活基盤を破壊して自立を阻止する。

1985年に3号制度が採択された際の首相は中曽根康弘ですが、戦時中に従軍慰安所作りに奔走した人物でもあります。
自分の政権が通した制度が、永遠の敵であるはずのフェミニストに熱く支持されることまで予想していたかどうか、盛大に国葬された墓の下でさぞやほくそ笑んでいることでしょう。

さいごに。「分断」とは。

日本は、フェミニストも含めて全体的に、独立独歩で生きようとする女性へのリスペクトがないと思います。
「結婚出産しない人生も不正解ではないですよね〜」程度の扱いで、多様性を認めたことに安心して終わっている。
それもまた男に養われる女を国をあげて正解としてきた負の遺産ではないでしょうか。

15年前の匿名女性の声を再度引用します。

大卒後1年正社員で働いて病気になって以来、ずっと非正規で働いている。大手スーパーでパート雇用されていた時、残業や日曜の割り増しをカットすると言われて反発を感じたが、パート仲間の主婦は「時間が増えると103万円以上になるから、かえってよかった」と。夫が正社員の主婦に「本当にあなた大変よね、生活があるから」と言われると、「お前が年金払わないから私が払うんだよ!」と怒りがわく。女性同士のネットワークは組みたいけど、正直、夫に養われている人との共闘は難しい。

『女たちの21世紀 No.57 2009年3月号』p.10 「会場の声」より

本当にその通り、家父長制ボーナス制度の既得権者との共闘なんて、無理ですよね。

「女同士で分断したら男の思う壺だ。女性の地位を上げるために何もできなくなってしまう」とはよく言われますが、分断はするだけのものではなくて気付くものでもあります。

日本の女性間の分断はすでに40年前からされているんですよ。3号をめぐってこれから新たにするのではありません。
そしてそのことに一度気付いた女性はもう後戻りはできないでしょう。

3号制度の廃止が実現したら、その時こそ、日本の女性が独立独歩で歩む元年になると思います。

願わくば、3号の廃止は、女性が自ら選び取った結果であるようにしたい。
女子差別撤廃条約と男女雇用機会均等法が40年もの長きにわたって骨抜きにされてきたことに、はっきりノーを突きつけましょう。
女性自らが立ち上がることなしには、女性の地位は絶対に上がらないのですから。

ここまで読んでいただいて、感謝です。
次回は、3号制度批判の最終回になると思いますが、3号擁護の声をQ&Aの形で反論してまとめたいと思います。

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