番いたがりと産みたがりの価値観で出来上がった世界の中で(1)
「いい人はいないの?」
「子供欲しくないの?」
多様性やハラスメントの概念が浸透してきてから、結婚出産の希望を聞かれる機会は以前に比べたら減ってきていると感じますが、それでも世間はまだまだ「女は男を求めて子供を産みたがるもの」という価値観で動いています。
冒頭のような質問も、されたことがない女性のほうが稀なのではないでしょうか。
例えば、子連れと会って子供が打ち解けてきたなと思うと、すかさず子供の母親から、「子供が欲しくなったでしょう」と、100%の確信を持った表情で聞かれる。
「そんなわけないよ(笑)」と首を大きく横に振りつつ苦笑で返すのが常なのですが、そうすると悲しみを込めた表情を返されてしまいます。
私の場合は、産みたくない理由よりも結婚したくない理由を説明する機会の方が多いです。
なぜかというと、男と付き合うことを完全拒否しているからですね。
「子供が欲しいだろう」とくる前に大抵「いい人はいないのか」という質問がきます。その時点で全否定するから、なぜ番いたくないかを説明する機会にはふんだんに恵まれてきました。産みたくないことを説明する機会のほうは、子持ちの知り合いに対して以外はあまりなかったと思います。
そしてその経験から一つはっきり言えることは、番いたがりには何を言っても無駄ということです。
私も二十代後半ぐらいまでは、言えば通じるだろうと素朴に信じていたのですが、どんなに言葉を尽くして比喩を駆使して説明しても、「そうは言ってもいつかいい人が現れたら〜」という魔法の言葉で全てが打ち消されて、「自分では気付いていないけど心の底で素敵な男性を心待ちにしている女」にされて終わりです。
「結婚しないって言ってる子こそ早く結婚しちゃうんだよね」なんてしたり顔で言われたことも一度や二度ではありません。何を言おうが結局は「この人自身は気がついていないが」ということにされてしまうからお手上げです。
まあ、とはいえ。
と、しばらく経ってから気付いたのですが、私自身が、「普通、女は結婚出産なんてしたいとは思わないもの」だと、大人になるまでずっと信じてたんですよね。
もちろん「優しい彼氏がほしい」「結婚はしたい」「子供欲しいと思ってる」と言っていた同級生はたくさんいました。でも私はそれを、見るからに男好きな少数以外は大人ウケを狙って言ってるんだなと解釈してたわけですよ。
上の世代はみんな結婚しなきゃ生きていけなかった人たちだから、上の世代の価値観に合わせていれば世間受けする。でも私の世代はもうそんな縛りから解き放たれているのだから、結婚とかいう屈辱的な不自由を本気で自らの人生に課す様な真似はしないだろうと。
しかし実はみな本気で番いたがっていた。それを知ったのは、成人後に続々と同級生たちが番っていったのを見てからですね。
驚天動地でした。今でもはっきり覚えています。
「周りの人みんな実は火星人だと気付いた時のようだった。」これは私がいかに男と番う気がないかを説明する時によく使った比喩です。
結婚出生賛美で溢れる中での圧倒的マイノリティにして、この思い込みですからね。
これがマジョリティ側だったら。想像してみただけでも、私のような人間が本当に存在しているということを知らせること自体が無理だとわかります。
人は生理的に理解できるものしか理解できないんですよね。
「血が通った言葉」という比喩がありますが、その意味するところに通じているでしょうか。
人は己の血肉で理解することしか理解できない。論理で理解なんて到底無理なんですよ。自分が生理的によいと感じることを唯一の軸にして世界観が構成されている。
だから番いたがりは、男がいらないと言う女性については「見てろ、いつか好みの男に出会ったら心変わりするし、年齢重ねて孤独が身に染みてきたら寂しさに襲われるよ」という理解が「真実のもの」になるわけですね。
ただ、マイノリティ側はそれだけでは終わらない。
マジョリティは、自分の生理感覚と世界の価値観が一致しているから、異質なものの存在は、情報として知ってはいても感覚理解的にはフィクションの域を出ません。
それに対してマイノリティは、自分の生理感覚とは異なる価値観で出来上がっている世界を生きているので、自分とは異質な生理感覚を持つ人間がいることを肌身で理解させられます。
それにしても、自分の生理感覚が否定されない世界ってどんなだろう。
自分が属せなかった世界の形として、そのことをよく想像します。
番いたがり産みたがりにとってのこの世界は、私の感覚に置き換えれば、
「女は男と付き合いたいとか子供が欲しいとか思わないのが言うまでもなく通常運転。どのエンタメを見ても『いい男』の話なんか一切しない。多様性を理解する一環として、産みたい番いたい狂人のことも『そんな考え方もあるんですね』と理解してあげる」
いいなあーーこんな世界がよかったなあ
「彼氏なし子供なしで年齢重ねる女は虚しい」という価値観が、女体を獲得したい男が作り出した虚構ではなく、そう信じてその通り生きている女が無数にいるだなんて、誰が信じますかね??
この世界は長らく「番いたがり」と「産みたがり」の価値観だけで出来上がってきました。
男なんかいらないし自分の遺伝子入りの子供が欲しいとも思わない女が本当にいる。その事実がようやく認められ始めてきているでしょうか。
世間の価値観の変化よりも、男子供なしで生きる女性の歩むスピードの方が速いのは確実ですね。
この世界を牛耳るトチ狂った価値観なんか気にせずに歩んでいきましょう。