個人的呪術廻戦試論

勅使川原真衣さんの新著『働くということ』を昨日から読み始め、宿儺のことを思わずにはいられない。
(サムネ詐欺みたいで恐縮ですが、こちらの本の感想は絶対また後日!)
おじさんになってこんなにも毎週楽しみにしている漫画が出来ると思わなかった『呪術廻戦』。
作者の体調不良で2週も休みで、どう生き抜こうか今週よと、ちょっとした絶望感の中過ごしている。
後追いも良いところで、今年中に完結するらしいので完結したらまとめて全巻買おう。
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個人的にマッチョで強さで争う世界観に真新しさはないのだけど「呪い」という呪術を「縛り」という自己制限を課せば課すほど強くなるところが面白くて、ハマってしまった。
今、ジャンプでの連載では、最強の呪いの自己制限増し増しマッチョ野郎「宿禰」と主人公たちが日本の未来をかけて最終決戦中だ。
強いヤツは片っ端から退場していき、呪術廻戦のアニメでは一番の人気キャラも容赦なく敗れた。
主人公虎杖は宿儺との因縁どころか、呪い増し増しマッチョ野郎の生まれ変わるための器として、実験材料のようにこの世に誕生したことが後半分かる。
宿命的な関係にある宿禰をぶっ飛ばすためだけに虎杖は強くなろうとする(が、人の力を借りないと勝てない)のだけど、彼を助けようと強くしようとすると、関わる仲間は死んだり傷ついていく。
AKIRAの金田(虎杖)と鉄雄(宿儺)のパワーバランスはそのまま関係性が反転しているような物語は、これ?どこに着地するのか、強さのインフレと縛りや自己制限による能力主義の向かうディストピア漫画として、楽しみにしている漫画だ(性格悪い読み方笑)。
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「愛などくだらん」と言い捨て、他者のことを「暇つぶしとして丁度いい」と言う宿儺は、人も者も壊すことか、利用することしか出来ない。
しかし最強のマッチョ宿儺は孤独も感じないほど、壊す対象である人に共依存の関係しか作れないことを気づいていない。
その共依存のためには自分を呪物化して千年も待ってしまったりする。
強いヤツの中には宿儺に挑み殺されることで満足したり評価され癒されているような者もいて、自滅的な共依存関係に陥っていたりする。
メタ的言えば倒せない対象には、相手もその者もそうなる「しかない」のだ。
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呪術廻戦の宿儺は、満身創痍になりながらもその中で勝ち続けるために縛りを重ねていくが、個人が強くなろうとすることで逆に苦しく傷つき勝ちきれないことにイラついくことを、誰かを倒せないことだと勘違いしている共依存的な悲しいマッチョだ。
マッチョが強いという構造は本来ディストピアな未来しか生まないのだということを呪術廻戦は意図的に描いているような気してしまう。
呪術廻戦の主人公虎杖が、どうやら自己犠牲で解決しようとしているところも窺え、最終回までどう転がるか、(何を楽しみ読んでいるだと言われそうだが)最後まで見届けたい。

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