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エキサイティング・バンキシー・アート:上位存在の饗宴

「芸術というのはなにも実際の形に残る作品ばかりではない。巷ではハイクとかいう言葉のアートが流行っているようだが」

バンキシーは語った。水文明全体を見下ろす巨大な塔——レッドシック・タワーの最頂部で。タワーは遥か上空に浮かんでおり、透明化しているため普段は誰にも勘付かれない。
バンキシーのいる、ガラス張りの広大な部屋はたった1人には持て余すように見えるが、バンキシーのスケールと比べると随分ちっぽけなものだった。もちろん私と比べてもだけれど。

「アートというのは所詮自己の発露さ。けれど自分なんて、心なんてその時々でカンタンに変わるものだ。それを切り取って、磔にして永久保存するなんて、僕には少々無粋に思える。『茶々入れるお前の方が無粋だろ』とNapo獅子-Vi無粋には5・7・5で返されたけどね」

「ふうん、それで?」

私はあくび混じりに尋ねた。芸術家というのはどれも偏屈で話が長い。

「つまりだ。本物のアートとは、人の活動そのものなんだ。それは記録には残らないが、記憶には残る…これぞ真の芸術、完全無欠!二度と味わえない一度切りの美しさ!さぞ鮮やかに心に刻まれるだろう。既存の芸術などは何度も見られ、評価され、弄ばれ…最後には無味乾燥となって新たな作品に流されていく…。それに比べ『心』の芸術のなんと至高たるか!そんなこといってたら創作意欲が湧いてきたあああ!!強者と織りなす戦いのセッション!!久しぶりに腰を上げて挑んだジャシンとの戦いは非常に良かったなあ!それなのにバクテラスの野郎ォォ!!僕の作品を邪魔しやがってええええ!!!許せねぇうおおおお!!」

『マスター。感情が『ヤバ』に成りすぎてタワーの透明化が不安定ガオ』

彼は想像よりも偏屈だったみたいだったが、突如虚無から現れたライオン型のロボットに話しかけられると、バンキシーはハッと我に返った。

「失礼。『人格プロジェクター』が誤作動してまだ見ぬ僕が現れてしまったみたいだ」
「嘘つけ」
『マスターは自らの芸術を邪魔する者に敏感ガオ』
「説明ありがとうレオジンロ。君はタワーの透明化を安定させてくれないか」
『ガオガオ(了解)』

レオジンロというクリーチャーはまた、空間に溶け込むように消えてった。

「最近はレオジンロも自主的にハイクをラーニングしていてね。『♪限りなく 透明に近い このワタシ』とか、『♪顔透ける 遁走グッバイ スパイラル』とか、勝手に詠むんで中々興味深い」
「よく分かんないハイクだなぁ…。それで、結局私に話って何?できれば私はさっさと取り掛かりたいんだけど」

すると、バンキシーは指を鳴らした。内装が変化し、和室とサイバーを折衷した独特の雰囲気になる。真っ黒いふかふかのソファも質量を伴って現れた。

「わーい」

私はそこに深々と座り込んで、机に飾られたガ:ナテハもちもちぬいぐるみを抱き抱えた。

「兎にも角にも、ここはなんだかんだ僕の芸術のためには必要なんだ。だからあなたをお迎えにあがったんだよ、この世界を魔導具の実験台にされる前にね。仙界一の天才、ミロク」

……

ミロク。五龍神が世界を統治していた大昔から生きていて、クロスギアやドラグハート、アーマード・ドラゴンやキング・コマンド・ドラゴンの鎧、ナイトの魔弾など、世界に多大な影響を及ぼす遺物を複数の世界を跨いで生み出し続ける上位存在。

『それで、申し開きは?』

そんな素晴らしい大天才である私は、屈辱の説教を受けていた。長いこと正座しているため運動しなれない足が痺れ始めている。

『いやあ、出来心というかぁ…抑えきれない私の天才性が暴れたというかぁ…』
『そんな理由で世界が滅ぼされたらたまったもんじゃないのう』

チャキッと音がして、ザンゲキ・マッハアーマーの刃が向けられた。びくっと猫のように私の背中が震える。なんて物騒な女なんだ!
私のしたことといえば、精々次元クロスギアをサムライたちに提供してあげたのと、強制的に別世界に送って戦わせた程度だろうが!!

『いいかの?歴史は地続きであり、些細なことで全てが崩れてしまう危険性を孕んでいるのじゃ。ドキンダンテがやって来た時の最悪の大混乱を忘れたか?今回は私が戦いを収めたから良かったものの、一歩間違えれば…』

この偏屈な芸術家並みに話の長い女は姉のマロク。癪なことに、私の作品を扱う才能や、戦術、歴史の知識に関しては私より秀でていると言わざるを得ない。妹のムロクは知らんふりしてどっかに出掛けてしまった。

『分かったって。要するに、実験は迷惑かけないとこでやれってことでしょ?』
『あのなぁミロク、私はお前のそ…』
『お得な話が聞こえたなぁ~!!』

声と共に私たちは首を上にあげ、驚きで目を見開いたのちうんざりして目を細めた。空間を破って乱入して来たのは、クソガキのサファイア・ペンダットだ。おおよそアホみたいな嘘をよく吐いて場を掻き乱し、最後にはなんだかんだ逃げ延びる。彼はふよふよとゆっくり落ちてきた。

『おいペンダット、今は大事な…』
『ばん!!』

ペンダットが杖を振りかざすと、『夢幻の無』が開いてマロクを呑み込んだ。

『な!!おまえぇぇぇ…』

姉の怨嗟の声は面白かったが、あの程度で閉じ込めることはできないだろう。後が怖い。

『フッフッフ…実験しまくりたいけど厄介な姉が鬱陶しい!そんなキミにザ・朗報、このボクペンダットがちょ~どいい世界をご紹介!』
『まるで信用ならないんだけど』
『安心してよ、ボクがこれから紹介する世界は——』




『…ふむ…』

私はその説明を聞いて、少しはペンダットを信頼する気になった。

『で、どこなの?』
『今なら紹介料、次元のオールイエス一つきっかり!』
『やっぱそれが欲しいだけじゃん!』
『まあそんなこと言わずに。ボクとキミだけが得するってことさ、約束するよ』

ペンダットがどこからともなく出した契約書に渋々サインし、オール・イエスを手放した。するとすぐさま『イセカイ・プログラム』で作られたポータルが開く。オール・イエス、見事で美しい造形がかなり気に入ってたんだけどなあ。

ポータルから一歩踏み出す。そこは水文明の上空であり、カツオの飛行船が飛んだり下はいくつものスパイラルに人が集まったりしていた。なにやら祭りが開催しているみたいだ。私はスカイ・ジェットを足場に、空を闊歩し品定めする。誰に使わせるのがいいかな。

『ようこそお越しいただいた』

何者かの声。真正面から聞こえるが、そこには何もない。

『立ち話…いや、浮き話もなんだから、あちらに移動しようか』

思考が回る前に、私はなにかの背中に乗っていた。そして得体の知れない声の主の透明化が解ける。

『僕はバンキシー。全世界最高の芸術家だ』
『…はっ、厄介だね』

ペンダットめ、全然丁度いい世界じゃないじゃん。誰にせよ上位存在を出待ちするクリーチャーなんてロクなものではない。私を乗せた鷹型のクリーチャー…トリノドミノが羽ばたく。私はあれよという間に塔に連れ去られ、青い天蓋へ翔けていった。

……

私は仙界一の天才、という二つ名を呼ばれちょっと得意になった。

「ふふん。そこまで分かってるならむしろ協力してくれない?作ったばかりで試したいドラグハートにクロスギアがいくつもあるの。良い相手を探してたのよね」

私は背中の巨大アームにいくつもの武器を出現させ、構えを取った。バンキシーは相変わらず涼しげな顔で立っている。顔はフードでよく見えないけど。

「それは願ってもないことだ。でも残念ながら僕らの力を全力でぶつけ合えばここらはただじゃすまない」

バンキシーは再び指を鳴らす。その手にはカードの束が握られていた。すぐさま解析したところによると、全部で40枚ある。同時に私たちを挟んでテーブルが出現し、そこにバンキシー得意の魔盤が展開された。

「これはこの間倒されたクリーチャー、COMPLEXを解析して作ったカードだ。1枚1枚がクリーチャーの力の結晶で、それがゲームとして落とし込まれている。また、特定のクリーチャーや呪文、魔導具のデータを思い描けば自動的にカードになる。好きなようにデッキを組んでくれ」

気がつけば、私の手元にもう一つのデッキが握られていた。そして私の持っていたクロスギアやドラグハートも、瞬く間にカードと化していく。

「…マルバス理論とミスティック想像立体構造、それにビジョン型タマシードの超応用ってことね。やるじゃん」
「これで勝負といかないかい?僕としても、あなたと良い芸術が奏でられるなら万々歳だ。僕が勝ったらこの世界から退いて貰うけど」
「悪くないね」

私は記憶をまさぐってカードを生み出す。ニョライ、ジュウベイ、試したい次元クロスギアに私自身。

「そうだ、まだゲームの名前を決めてなかったなぁ。名前は…」

「デュエル・マスターズ」

昔私が開催した大会の名前。告げると、バンキシーはにったりと笑った。

「素晴らしいね。それじゃ、決闘と行こう!」

デュエル・マスターズのルールがビジョンとなって頭に流れ込む。お互い、魔盤の上に5枚のシールドを展開し5枚カードを引く。
私はルールを理解すると同時に頭の中でシュミレーションを繰り返した。このゲーム、中々面白い。キャッチコピーをつけるなら、「ハゲしくアツかりしカードゲーム」といったところだろうか。

カードの裏、青い下地に黄色いエフェクトの上に、赤い文字が入る。「Duel Masters」。

声を合わせて言った。

「「デュエマ・スタート!!」」

……

Volzeos-Balamordがモモキングに討たれ、鬼の歴史と龍の歴史の衝突からしばらく。
龍魂珠は宿主を求めて彷徨っていた。だが、行けども行けども人影はない。ここは「煉獄」。闇と炎の渦巻く地の底。世界から分断された次元牢は、歴史に干渉することを許さない。操るクリーチャーがいなければ龍魂珠もクルトと差して変わらず、ただマナの濃い方へ流されていくのみ。悠久の時を少しずつ削って深く深く、煉獄の底の底と呼べるところまで来た時、「それ」は姿を現した。

『この煉獄に訪問者か?さぞ邪悪な者だったのだろうな』

邪神M・R・Cロマノフ—またの名を、キング・ロマノフ。体は呪いで三つに引き裂かれ、それぞれが魔銃マッド、ロック、チェスターを持って佇んでいる。凶悪かつ最悪のマナを体内に湛え、煉獄を支配するロマノフの始祖。

龍魂珠の反応は速かった。

ロマノフは自らの胸にネジが打ち込まれていることに気が付いた。胸だけじゃない。腕も、足も、バラバラになった体全てに痛々しい冒涜の傷跡が刻まれていく。そして成す術もなく、三つの体の傷跡同士が接続されていった。

ロマノフの胸に空いた丸い黒穴に、龍魂珠はゆっくりと近づいていく。その体を支配し、自らが煉獄の王となるために。再びクリーチャーワールドに侵略し、全ての歴史を塗りつぶすために。一度ロマノフ1世や、キング・ロマノフに匹敵する英雄たちを支配したことのある龍魂珠にとって、それはとても簡単なことに思えた。一つ誤算があるとすれば——。

『ククク!素晴らしい、その力!!』

キング・ロマノフが、龍魂珠と同種の「概念に干渉する力」を持っていたことだ。そして遥かな時を超えて、上位存在にすら対抗し得る力を蓄えていたことだ。

声が煉獄に響くと共に、ロマノフの全身のネジは弾け飛んだ。そして不用意に近づいてきた龍魂珠を鷲掴みにすると、マッド・ロック・チェスターの弾倉にねじ込む。龍魂珠の最期の抵抗、マッド・ロック・チェスターから異常な熱が発される。それは通常のクリーチャーなら100万回死んでもおかしくない滅亡の熱気だったが、煉獄の最深部からすればむしろ心地よい程度のものでしかなかった。熱はすぐに収まって、マッド・ロック・チェスターと龍魂珠は同一となった。ロマノフの歴史は、デリートとリアニメイトの歴史。龍魂珠の支配は、始まりのロマノフには通用しなかったのだ。

『クリーチャー同士を繋げる力…!素晴らしいぞ!私はこれにて完全なキング・ロマノフとして蘇る!』

キング・ロマノフはかつてゴッド・リンクを利用した復活を試みたが、あくまで不完全な者同士で力を補い合うだけで完全とは程遠かった。しかしディスペクターはクリーチャー同士を繋ぎ止め、それぞれのマナを合成し一つの存在として顕現させる力。これまでとは比べ物にならない、魔銃本来の強さが引き出される。

『待っていろ...!邪眼騎士団が再び地上を支配する時だ!!』

魔銃から龍魂珠の力が流れ込み、キング・ロマノフは遂に完全復活を成した。彼にとって、もはや煉獄の封印は封印足りえなかった。

……

「私のターン!『ミロクの弟子ニョライ』召喚!」

ミロクの弟子 ニョライ 水文明 (2)

クリーチャー:スターノイド 1000+
パワード・ブレイカー
バトルゾーンに自分のクロスギアが3枚以上あれば、このクリーチャーのパワーを+5000する。
自分のクロスギアが出た時、カードを1枚引く。
自分のクロスギアを、コストを支払わずに自分のクリーチャーにクロスしてもよい。

カードが魔盤に置かれると、ニョライがビジョンになって空中に浮かんだ。

「僕のターン。呪文『八頭竜 ACE-Yamata/神秘の宝剣』の下面を唱える。デッキから『メヂカラ・コバルト・カイザー/アイド・ワイズ・シャッター』をマナゾーンに置いてターンエンド」

「そんなにちんたらしてて大丈夫?もう決まっちゃうよ!私は『アクア・ジゲンガエシ』を召喚!その効果で手札からクロスギアを場へ!さあ来い…『超銀河剣 THE FINAL』!!」

超銀河剣 THE FINAL 闇文明 (10)

クロスギア:サムライ
これをクロスしたクリーチャーのパワーは+12000される。
これをクロスしたクリーチャーが攻撃する時、その攻撃の終わりまで、そのクリーチャーに「G・ブレイカー」を与えてもよい。(「G・ブレイカー」を得たクリーチャーは、相手のシールドをすべてブレイクし、その攻撃の後、自分のシールドをすべてブレイクする)

魔盤に現れるは、銀河を裂く最強の剣。黒く貪欲なマナが唸りをあげる。ミロクの長い年月作ってきた中でも一、ニを争う程のお気に入りだ。

「ニョライの効果でクロスコストはゼロ!という訳でニョライにクロス!そのまま攻撃~!」

ニョライが銀河剣を握ると、その強大すぎる力は統率される。これによって、全てを壊す破壊の剣は相手を確実に仕留める最凶の武器になった。世界すら紙切れ同然に思えるほどの。

「芸術はTHE FINALだ!ニョライ、やっちゃえ~!!」

一閃。バンキシーの前に展開された5枚のシールドは、一薙ぎに砕かれた。飛び散ったシールドの破片は、すぐにビジョンとなって質量を失う。

銀河剣の脅威はこれで終わらない。この後自身のシールドまでも全てブレイクし、その中のシールド・トリガーからさらにアタッカーを展開する。これは相手のシールド・トリガーの処理の後に行われるため、相手はダイレクトアタックを防ぐのが非常に困難だ。バンキシーのシールドチェック。

「シールド・トリガー、『バンキシーの魔盤』」

バンキシーの魔盤 水/火文明 (5)

呪文:マジック・ソング
S・トリガー
自分の山札をシャッフルし、上から1枚目を表向きにする。そのカードがクリーチャーでなければ手札に加える。クリーチャーなら出し、「スピードアタッカー」を与える。次の相手のターンのはじめに、そのクリーチャーを手札に戻す。

「それ1枚で防ぐのは中々厳しいんじゃな~い?」

「そうだね。結構ピンチでわくわくするよ」

空中に浮かんだバンキシーのデッキが、自動的に高速でシャッフルされる。そして1枚目のカードが裏向きのまま魔盤上に置かれた。バンキシーの口角が自然と上がる。汗などかく体ではないが、手に汗握るような心持ちになる。

「でもこんな局面にこそ、最高のアートは生まれるものさ」

露になっていく、その1枚。

「…おいで。『大樹王 ギガンディダノス』!!」

大樹王 ギガンディダノス 闇/自然 (12)

クリーチャー:ジャイアント・ドラゴン/不死樹王国 50000
ワールド・ブレイカー
このクリーチャーが出た時、相手は自身の手札をすべてマナゾーンに置く。
自分は、このクリーチャーよりパワーが小さいクリーチャーに攻撃されない。
<フシギバース>[闇/自然(14)]

出現するは、破壊と再生を繰り返す不死の巨竜。身に纏う木の根がミロクの手札を絡めとり、マナゾーンに縛り付けた。

「はあ~!?ギガンディダノス!?」

叡智は大地へ封じ込められ、さらに場のクリーチャーは生命力を奪われ攻撃もままならなくなった。

「誰だよ十王の知識を教えたの!あなたとは世界が違うでしょ!!」

バンキシーはフッフッフと不敵に笑い、左手にかかった鎖を手前に出して見せた。

「世界を移動する力が封じられようと、他次元にちょいと干渉することはできる」

空へ向けた左手のひらに浮かぶのは、真っ黒な無の象徴、ゲンムエンペラーの姿。

「ぐぬぬ~ミスティの野郎かよ!余計なことしてくれたわね!」
(野郎とは失敬な。レディに失礼ですよ)
「うわっ直接脳内に!」

サファイア・ミスティ——叡智の神格サファイア・ウィズダムの妻であり、世界を監視し、時に綴る上位存在。彼女がこちらの世界にやって来た際にバンキシーが接触し、協議の末、彼女のお気に入りである∞龍ゲンムエンペラーの疑似生体フィギュアとミスティ・レポートの一部を交換した。かなり久しぶりにゲーム・コマンド以外の形に残るものを作ったな、とバンキシーは軽く回想する。芸術品ではないので、彼のポリシーにはギリギリ反していない。

「いややっぱり若干屈してしまった感じがあるな…思い出したらかなりムカつくなっ!!あのミスティときたら恍惚とした表情でゲンムエンペラーの長話を聴かせやがって!!挙句この僕にフィギュアなんてちゃちなもんを作れって芸術家の足元見過ぎだろうがああああ!!やっぱ権力ってクソだ!!」
『マスター』

唐突に現れたレオジンロが宥める。

「はっ…失礼。人格プロジェクターが作動していたようだ」

そろそろその言い訳キツくなってきてない?

「まあいいやしょうがない…G・ブレイクで私のシールドを全てブレイク!」

ミロクのシールドが派手に吹き飛ぶ。

「シールド・トリガー!『爆殺!! 覇悪怒楽苦』『神影剣士ジュウベイ』」

爆殺!! 覇悪怒楽苦 火文明 (9)

呪文
スーパー・S・トリガー
相手のクリーチャーを、コストの合計が8以下になるよう好きな数選び、破壊する。
S-自分の山札の上から5枚を見る。その中から、火の進化ではないクリーチャーを1体、バトルゾーンに出してもよい。そうしたら、相手のクリーチャーを1体選び、その2体をバトルさせる。残りを好きな順序で自分の山札の一番下に置く。

「スーパー・ボーナスで山札の上5枚を見て…出すのは『仙界一の天才 ミロク』!」

仙界一の天才 ミロク 光/火文明 (5)

クリーチャー:スターノイド/マシン・イーター 5000
このクリーチャーが出た時、または自分のターンのはじめに、自分のクリーチャーを1体選ぶ。その後、その選んだクリーチャーよりコストが小さいウエポンまたはクロスギアを1枚、自分の超次元ゾーンから、その選んだクリーチャーに装備またはクロスして出す。
自分の他のクリーチャーに、クロスギアがクロスされているかウエポンが装備されていれば、相手はこのクリーチャーを呪文で選べない。

ビジョンに幼女のような見た目のロボット、ミロク本人が映し出される。彼女がマシン・アームから電流を迸らせると、その手には燃え盛る剣が握られていた。

「『将龍剣 ガイアール』をジュウベイに装備。さらにジュウベイの効果で『次元のイモータル・ブレード』を出す!これによってジュウベイはスレイヤー化、ガイアールの効果でギガンディダノスと強制バトル。やっちゃえー、ジュウベイ!」

ビジョン上、ジュウベイがミロクに蹴られギガンディダノスに突っ込まされる。巨竜の体表にある木々に炎が移り、彼もろとも爆発四散した。

「ジュウベイ、ありがとう…!」「合掌だね」

アタッカーが尽きたためミロクのターンは終了。

「これでスピードアタッカーが出なければ…!」
「『芸魔隠狐 カラクリバーシ』召喚」
「ぎゃああああ!!」

決着。

魔盤が閉じるや否や、ミロクはソファに転がって拗ね始めた。

「納得できないな~運だけでしょ、ギガンディダノスなんて都合よく出しちゃって」
「フフフ。こういうことがあるから戦いのアートは甘美なのさ。テンションは最高潮に、浮足立つような高揚感!一回きりだからこその輝きさ」
『ケーッケッケ!勝ちは勝ちだゼ、オジョーサン!!』

具現化したカラクリバーシが高らかに笑うので、ミロクはかちんときた。

「っていうか!そのゲーム・コマンドは形に残る作品ってやつじゃないの!?」
「彼らは戦いというアートを作るための…いわば画家における筆や絵具のようなものさ。ま、僕の愛すべき芸術の一つではあるけどね。それじゃ約束は守ってくれるかな」
「ぬぬ~…分かったわよ。全く、話が違うよペンダット…」
「やっぱりペンダット君の差し金だったか。大方クロスギアか何かと引き換えにこの世界を紹介して貰ったんだろうけど、残念だったね」

サファイア・ペンダット——サファイア夫妻の息子であり、『嘘』をつかさどる上位存在。
ミロクは彼の言葉を思い出す。
『ボクとキミだけが得するってことさ、約束するよ』
憎たらしさが増してきた。『次元のオール・イエス』なんてあげるんじゃなかったな。

「まあ約束は守るけど」
「ささやかに感謝しておこう。とはいえ折角来たことだし、お茶でもしていってよ。何なら僕のアートを少しだけ見せてあげようか。一回きりだけれどね」

……

そこから先は凄かった。

バンキシーがリアルタイムで作るビジョンとゲーム・コマンドのパフォーマンスの数々は、確かに彼が革命的芸術家であることを確信させると共に、同じモノを作る者として感心せざるを得なかった。ほんのちょっとだけどね。

カラクリバーシが噴出した氷柱と炎弧が、派手にキラキラ舞い散ったところで部分的に時が停止。その奥から盛大に現れたカクメイジンが、炎と水で作った龍型のマナを色合いから質感まで変幻自在、縦横無尽に動かす。さらに空間内の重力がオフになり、ゲーム・コマンドの共演を自分も飛び回りながら堪能し尽くした。突然落ちた後床を突き抜けて異空間に行ったり、景色が四季に変わって花びらが舞い散る、猛スピードで炎のわっかをくぐり続けたりするくらいは序の口。最後には私自身が龍の背に乗って駆けまわった。言うまでもなく、どんなアトラクションよりも、他のどんなドラゴンの背よりもエキサイティングだった。私にもっと語彙力があったなら、「すごー!」「わー!」以外のリアクションをとれたのかもしれない。

『ガガガガ。どうぞミロクさん』

太っちょなアーマロイドみたいな見た目をしたドラゴンのゲーム・コマンドが、龍頭の形をした両腕を器用に使ってお盆をテーブルの上に乗せる。

「ありがとうチャトランガ。下がっていいよ」『ガガガガ(了解)』

お盆にあるのは、湯呑みに並々と注がれたお茶、そして饅頭。とはいっても、お茶は香りこそ芳醇だけど色は透明に限りなく近く、水面が揺れると美しい宝石のように虹色が乱反射した。饅頭はクリアな青で、中に包まれた艶やかな餡が透けて見える。

「いっただっきまーす」

饅頭を一口で頬張って…涙を流した。いや、私のサイボーグな体に涙腺なんてないけれど、気持ち的には泣いた。

なんて素晴らしい食べ物なんだろう。それは大して食に頓着の無い私でも分かる圧倒的なおいしさを持っていた。餡はかすかに海の香りを内包した、柔らかい甘みのある飛び切り上等なものだ。しかしそれ以上に特筆すべきはクリアな皮。そこには音楽があった…仄暗い海の底に響き渡る、ロックながらどこか侘び寂びのあるエレキギターの音色。心に流れる音楽に合わせて、皮は口の中で自然に弾け、シュワリと溶けていく。溶けた皮は餡と混ざり合い、筆舌に尽くしがたいセッションを奏でた。

思わずお茶をあおる。そして戦慄、いや…旋律した。これは水文明の最も純粋な水そのものを、『歴史』で熟成させたものだ。長い年月を凝縮させた一口の、なんと豊かなことか。濃密でかつさっぱりとした、シンプルだが複雑な一杯。それは饅頭に込められた音楽と一体となって、神々しいライブ会場となった。

「一句詠もうと思うの」
「何だい急に」
「♪お茶と菓子 超おいしいよ バンキシー」
『下手くそガウね』
「なんだとぉー!?」

演舞後にくつろいでいた狼型のゲーム・コマンド、ヘルギャモンに辛辣なツッコミをされてしまった。

「まあまあ、彼女なりに気持ちを現そうとしんだよ。下手くそだけど」

余計な世話だよ。

「まあいいや。一応めちゃくちゃ美味しかったよ。甘味処でもやったら売れるんじゃないの?」

「僕はあくまで孤高のアーティストだからね。食事も戦いと同じ…記憶に残る芸術とはいえ、僕のアートを大衆に大盤振る舞いする気はないよ。どこか遠くの時空で、ちょっと気が変わった僕がやってるかもね。もっと別の時空じゃ、僕は水槽の中の脳みそだったりして」
「イメージつかないね」
「ふふ、どんな僕だろうときっと素晴らしいよ。なんせ僕の作る芸術なんだから、たとえ相容れなかったとしてもそれはそれでその時空は最高に決まってる!僕は僕の最高に世界を染め上げるってだけさ、折角自由な力を与えられているんだし」

観光の分で、私はそんなに悪い気分じゃなくなっていた。むしろ少し惜しいとさえ思った。またしても反芻される、ペンダットの言葉。










『その世界、近々滅ぼされるんだ。復活したキング・ロマノフによってね』











「案じなくてもいいよ、ミロク」
「あん?」
「この世界の行く末。むしろ僕はあなたに感謝すらしているんだ。あなたがポータルを開けたおかげで、僕も向こうへ干渉できた」

ミロクは、僕が何を言っているんだかよくわからない様子だった。

ポータルの反応が出た時、僕は透明化を起動しながらトリノドミノでそこに向かった。閉じるまでは一瞬しかないから、長い芸術家人生でもかなり難しい仕事で興奮したよ。とは言っても、やったことはシンプル。手の中の小さなゲーム・コマンドたちをポータルの向こうへ投げ入れたのだ。あとは僕の芸術たちがやってくれる。

「そろそろ来ると思うよ」

噂をすれば、だ。部屋の天井にミニサイズの「門」が開いた。

「うぇ!?眩しっ」

ミロクが驚く。天井に張り付いたヘブンズ・ゲートの「鍵」が回され、光が溢れる。人型のクリーチャーがつま先からゆっくりと降りてきて、しまいには浮遊したまま彼は全身を顕現させた。羽織ったフード付きのローブが軽くたなびく。彼は僕を偉そうに見下ろして声を放った。

「私、降臨。君かな?妙なクリーチャーたちで私のペンダットへボコボコに落書きをつけた後果し状を送りつけて来たのは」

天から降り注ぐような、心に直接響く重厚な低音声。叡智の神格、サファイア・ウィズダムは眩い光と共に現れた。後光が彼に影を差す。たっぷりと余裕気にポーズをとった後、背後から光の演出用に呼んだ龍聖霊ウィズダムフェウスを天門へ帰らせた。

「いかにも。お初にお目にかかります、あなたがサファイア・ウィズダム様?」
「私はぜぇ〜んぜんお初でもおっぱっぴーでもないけどねぇ。どっちかといえばお久かな?世界渡航犯罪者バンキシー君」
『マスター』
「分かってるよ」

僕の僅かに立ち昇る怒りを察知したのか、レオジンロが速攻でフォローに入る。大丈夫だ、この程度で怒るほど僕の器は狭くない。あの頃の僕が尖っていたことも事実だし、今は甘んじて受け入れ…るとでも思ったか!!

天門が閉じる。と同時に、天門の光で隠されていたかなり重めのタライ(withコジェリデコレーション)をウィズダムの頭目掛けて落とした。

「おやおやお怒りかな?意外と陰湿なんだねバンキシー君」

彼は華麗にタライをキャッチすると、右手の人差し指の上でくるくると回してみせた。

「やはり世界を飛び回るのは大事だな。色んな世界を見て知見を深めてこそ常に余裕を、引いては上位存在としての格を保てるというものだよ」
「でもミスティが別居決め込んだ時かなり落ち込んでたよね?バイバイアメーバとか、やるせなさがなんちゃらとか」
「今日のテーマは…猫鍋と洒落込もうかな?」
「猫じゃないし!仙界一の天才だもんね!!」
「天才ぃ?これがホントの猫被りってね」
「にゃあ〜!?」

ミロクとウィズダムがおおよそ上位存在としての格を保てているとは思えない言い争いをする。

「本題に入ろう。僕があなたを呼んだのは他でもない…煉獄の件についてだよ」

僕の言葉を聞くと、二人の動きが止まった。内、ウィズダムはふっふっふと僕よりもかなり陰湿であろう笑い方をした。

「ふっ…ふっふっふっふっふ!申し訳ないがね、『あれ』は既に決定していることなんだ。助けを求めたいのならばシノビにでも頼むといい」

『あれ』。ミロクは再三ペンダットの言葉を思い返す。

『キング・ロマノフが復活しそうだからね、手頃なとこに煉獄を移してその世界ごと封印する予定なんだ。ま、簡単に言えばキング・ロマノフ再封印ために、世界を生贄にするって話だね。ボクはパパから聞き出したその予定地を紹介してあげようというワケ。ね、悪くないでしょ?』

「よく考えてみればかなり悪いけどね…」

ミロクは一人ごちた。

ウィズダムの反応は想像通り。後は、こちらの作戦にどこまで引き込めるか、だ。

「いいや、どうしてもやめて貰わなくちゃいけないんだ」

僕はそう強く言った。手のひらを宙に向けると、キューブ状のビジョンが浮かぶ。キューブの縦横に細かく線が等間隔に入り、出来たマス目が凹んだり伸長したりして形を変える。最終的にその形状は、アカシック・タワーと寸分違わず同じになった。

ウィズダムの眼光が鋭く光った。

ウィズダムが回していたタライが、こちらに物凄い勢いで投げられる。咄嗟に避けると、タライは風を切り裂きながら僕の首元を掠め、その次の瞬間、彼は僕に肉薄していた。

「悪巧みが得意だねぇ」

ウィズダムの左手がビジョンに触れ、それを掻き消す。そのまま光が閃いたかと思うと、僕の体のすぐそば、大量の十字架が密集して突き刺さり動きを完膚なきまでに封じてきた。だが、計画通りだ。僕は宣言する。

「もう遅いよ」

室内の色が真っ赤に変わる。ガラス張りは透明度を著しく落とし、照明は薄くなる。

ウィズダムはバックステップで僕から距離を取って、自身の足元に右手をかざした。何度も拳を握ったり開いたりするが、虚しく空回る。

「ヘブンズ・ゲートが開かない…う〜ん、やってくれたね」
「フフッ…既にタワーは閉ざされた。次元干渉も含めて、ここから出る手段は一切無い」

僕について回る忌々しい拘束具も、解析してしまえば優秀な武器に変わるものだから面白い。
すかさず僅かなスペースから小さなバルバトチェスを出し、一気に巨大化させた。

『バオ〜ン!!』

鳴き声と共に、十字架が砕け飛び散る。

「…それで?この程度のことで私が要求を呑むと思っているのかな?キング・ロマノフは…恐らく誰にも止められない。今頃ウキウキで邪眼のディスペクターを量産し、『これぞ真の邪眼騎士団だ!!』なんて息巻いているところだろう。私の白騎士すら吸収されたのだから、その力は並大抵ではない。下手すれば全世界が滅んでしまう、これは必要な犠牲なんだよ」
「そもそも、元凶マッド・ロック・チェスターを作ったのはそこのミロクさんでしょ?それがキング・ロマノフを産み出した訳だ。仙界の問題をこっちに持ち込まれる筋合いはないんだけどな」
「ぎくっ…いやいや、呪って力を与えたのはイデア・フェニックスでしょ!?私は悪く無い」
「結局水かけ論だねぇ、水文明だけに」
「別に上手くないよ。…じゃあ」

そう言ってウィズダムの前に展開したのは、先ほどミロクとの戦いに使ったのと同じ、魔盤。

「これで白黒つけるっていうのはどうかな?」

僕は懐からデッキを取り出した。

「…ほう…ふふっ、自分有利の勝負に持ち込むつもりか」

おちゃらけた言動で騙されそうになるが、腐ってもサファイア・ウィズダム。一挙手一投足の威厳、圧力は僕の胆力をして冷やっとするほどだった。勝負を蹴られ、さっきみたいな肉弾戦に変われば、勝ち目は薄い。だが…。

「私だってデッキくらい持っているのだよ!君よりずっと前に開発していたのだあ!!」

ウィズダムは勢いよく自らのデッキを突きつけた。

「話が早いね!」
「覚悟しておきたまえ!キング・ロマノフに習って…今日のテーマは、ディスペクター。これで勝負といこう」

「「デュエマ・スタート!!」」

「えぇ…」

あまりにも急な流れに追いつけず、ミロクは困惑の声を漏らすが、二人にはまるで届かなかった。

……

暗かった。冷気がひんやりと首元を撫で、枷に繋がれた四肢が震える。ぴちゃん。水が滴って反響した。深い深い深海の檻の中。

『母なる海へあまり深く潜り過ぎてはいけない。封印されし別の星のバケモノに、ぱっくり喰われてしまうから』—古来より水文明に伝わる言い伝え

笑い話だ。オレはここでは獄中のバケモノ。時折、身体を捻って拘束具からの脱出を試みる。拘束具からは鎖が伸び、その鎖の先は透明になってどこに繋がれているか分からない。恐らく、別の次元のとんでもないところだろう。そこから力を送り込んで、オレを捕らえている。
ぴちゃん。水滴が地面を鳴らす。狭い世界に、辛気臭い音が走る。いくら身をよじっても、鎖を引っ張っても、じゃらじゃらと金属が擦れて鼓膜を不快に震わすのみだった。ぴちゃん。また音が鳴る。うるさい。ぴちゃん。ぴちゃん。

ぴちゃん。

それが自然に起こった音でないことに、その時ようやく気がついた。檻の前に、何かが立っている。形容しがたいシルエットの『何か』には四肢があった。生物には見えない。角ばった卵型の中心部に、四肢と背中・肩にごちゃついた機械を搭載したロボット。心臓部がコックピットになっているのか、そこに誰かが乗り込んでいる。細い目が光ってこちらをじっと見つめている。ぴちゃん。ロボットが僅かに位置を調整して、こちらにコックピットを近づけた。

『…オレになんの用だ』

そう絞り出した。永らく喋っていないから、声が少し上擦った。それが愉快だったのか、小さな搭乗者は笑った。

『ニヒヒ。やっと見つけたよ』

その特徴的ないやらしい笑い声には心当たりがあった。サイバーロードがそんな笑い方をしていた筈だ。

『アンタは誰だ。どうしてここに来た』
『どうして?と聞かれたら、答えてあげようジ・アンサー!とは言っても、単純な興味さ。この世界にツインパクトと種族の種を撒き終わったところ、物騒な噂を聞きつけたもので』

「世界」。そんなスケールの大きな言葉を平然と使い、こんなところまでやってくるヤツにまともな者はいない。恐らくは、オレの最も嫌いな種類のクリーチャー…上位存在だ。いつも偉そうにふんぞり返って、オレをこんなところに閉じ込めたのと同種の。

『…帰れ』
『ニヒヒヒ、まさかあ。もうちょっと眺めさせてよ、噂の引退芸術家バンキシーくん』

名前を呼ばれ、マナがいきり立つ。オレを見世物にするようなその物言いが、オレの神経を逆撫でしていく。

『そう殺気立たないでよ。そうだ、あれやってよ、芸術は爆発だー!っての』
『オレはそんなんじゃない。引退もしていない…こんな風になっちまったから、一時的に活動を停止しているだけだ』
『まあ確かに、引退した芸術家ってよりかは現役の囚人だもんね。ニヒヒ』

生け好かないサイバーロードは、強固な檻を軽々と捻り壊し、暗い牢内をライトで照らした。くっきりと映し出される。オレの姿、内部に散乱する様々な物品の残骸。

『へー、興味深いなあ』

ロボットの右アームが手を伸ばし、作りかけのそれに触れようとしたため、オレは僅かな足の可動域から考えられる、最大威力の蹴りをぶつけた。ゴン、と鈍い音がして、それきり。

『触んな。それはオレの作品だ』
『触っちゃうよ〜。えーとこのガラクタは…何?人格プロジェクター?人格を投影する機械?何のために』
『芸術には心の理解が最重要だ。それに、オレはここを出たら芸術のための道具を作らなきゃならねぇ。そいつらに人格を与えて自立行動させるんでな』
『はぁ、殊勝なもんだね』
『アンタはなんなんだ。こんなとこに来て、何が目的だ?』
『さっき言ったでしょ、興味本位…いや、もうちょっと突っ込んで答えてあげようか。笑わないでね?』

ロボットのアームは腰に手を当て、コックピットを上に傾け胸を張っているようなポーズをとった。

『世界を救うのさ!!』

ぴちゃん。冷たい空気が牢獄を覆った。

『おい、なんかいえよ!このボクさま、アカシック・ゼノンの崇高なる目的だぞ!』
『どうせロクな方法をとらないんだろう。種族選別とか、強制進化とか』
『そうそう。全生物滅亡計画を立てたり、世界をゼロにしたり』
『想像より迷惑だった…』
『とはいっても!前者は裏斬隠やらエンペラー・アクアの敗北やらで頓挫したし、後者はもう諦めたよ!デ・スザークのゼニス化は上手くいくと思ったんだけどなぁ…完全なゼロ化があんなにも難しいとは』
『…一体何を根拠に、そんな迷惑を慈善行為だと言い張ってんだ?』
『それを言うならキミだってそうでしょ。何を根拠に、世界を渡り歩いて迷惑かけるのを芸術だって言い張ったワケ?結局ここに幽閉されちゃってるし』
『芸術に理解のない奴らが思ったより多かった。それだけのことだ』
『独りよがりだね〜』

そう言うと唐突に、ロボットは細いビームを掃射した。オレの体を避けるように円形に放たれ、後ろの壁が砕ける。破片が背中にぶつかった。

がしゃがしゃ、と地面に垂れ下がったのはオレを拘束していた鎖だった。オレは状況が理解できずに、突然自由になった手のひらを見つめている。

『いいかい?ボクさまがキミを助けたのは偶然じゃない。これからキミが最高の芸術家として名を馳せるのも、ジャシンたちとセレスたちが襲って来るのも必然のことだ。そしていつしか復活したジャシンがCOMPLEXを倒すのも、それを解析して煉獄の外の世界のゲームをキミが編み出すことも。ミロクがデュエル・マスターズとそのゲームに名を付けるのも。そしてキング・ロマノフの復活すら偶然じゃない。全ては一本の線で繋がり、審判の日に交わっている。運命の大爆発から始まったこの大きな戦争は、アカシック・レコードにしっかり全て記されている』
『…何を言ってんだ?訳が分からない』
『いつか分かるさ。ニヒヒ』

アカシック・ゼノン。そう名乗った彼はオレに背を向けた。

『ま、ボクさまから最後に一つ言うなら…そうだ。人格プロジェクターなんてものがあるなら、ボクさまみたいなお淑やかで高貴な性格になればいいのにね』
『それは勘弁だ。オレは下品に笑いたくないからな、ヒヒニって』
『逆逆。ニヒヒヒヒ〜って大きく笑うの!大いなる使命に相応しく』

ゼノンが手のひらをかざすと、空間に円形のポータルが開く。彼は飛び込んで、最後に手を振った。

『バイバ〜イ。頑張ってね』

オレは晴れて自由になった…と言いたいところだが、ゼノンがわざと手首に残した拘束具は世界の移動を妨げる。実に不愉快だ。この世界で生きていくしか、道は残されていない。獄中で少しずつ、ほんの少しずつ作っていたガラクタを掻き集め、オレは歩き出した。ぴちゃんと、湿った音がした。

……

魔盤がテーブルから拡大し、広大な部屋はマス目で仕切られたフィールドに変化した。ぴったり40枚のデッキのビジョンが互いの手元に置かれ、5枚のシールドが魔盤上にデカデカと展開される。

「先攻は私が貰おう!」

ウィズダムは「地龍神の魔陣」でマナ加速してから「支配の精霊ペルフェクト/ギャラクシー・チャージャー」の下面を唱え、山札の上から3枚を表向きにしてエンジェル・コマンドを全て回収する。「サファイア・ウィズダム」と「鎧道接続キング・マルバディアス」が相手の手札に加わり、早くも切札をその手に握った。

対して僕は「配給の超人/記録的剛球」から「八頭竜ACE-Yamata/神秘の宝剣」とマナブーストを繋げる。

「私のターン。アジサイ-2を召喚!」

ウィズダムは山札の上2枚を、手札とマナに振り分ける。お互いに準備は万端だ。

「先に動くのは僕だけどね!呪文、『バンキシーの魔盤』!」

僕のデッキが魔盤上に裏向きのまま展開され、カード同士がぐるぐると複雑に混ざり合ってから再び合一する。そして開戦を告げる1体目のクリーチャーが現れた。

「おいで。『竹馬の超人 フレンド・ジャイアント』!」

竹馬の超人 自然文明 (7)

クリーチャー:ジャイアント 11000
W・ブレイカー
このクリーチャーが出た時、自分の山札の上から2枚をタップしてマナゾーンに置く。

テイクバック・チャージャー 自然文明 (3)

呪文:ジャイアント・スキル
コスト3以下のエレメントを1つ選び、タップして持ち主のマナゾーンに置いてもよい。
チャージャー

魔盤に繰り出したのは、ツインパクトカードの上面のクリーチャー。

「はずれね」

観戦していたミロクが呟く。確かに、他のクリーチャーたちと比べるとそう強力ではない。

「はずれかどうかは、やってみないと分からないよ」

竹馬の超人が手に持った一対の竹馬を地面に叩きつけると、そこからマナが生まれマナゾーンにカードが落ちる。度重なるマナ加速と合わせて合計8マナ。次には9マナに到達する。

「なるほど」

ウィズダムは顎に手を当てて唸った。切札であり私自身のカード、「サファイア・ウィズダム」を対策しているようだ。

「全く、どんな縁かな。ブラックモナークが生み出したCOMPLEX。それがまさか、煉獄の外の世界と同調するとは」
「…ブラックモナークがCOMPLEXを生み出した?」

僕はウィズダムの言葉に反応する。

「ブラックモナークは随分前に亡くなったと聞いているけれど」
「ハッ!ヤツが死ぬことなんてないさ。悪魔神と聖霊王、ブラックモナークと私の代理戦争は痛み分けで終わったがね、『バロム』の力は未だに復活を繰り返している。白騎士もアルカディアスもとっくに絶えたこの時代に、だ。ヤツは一体となって勝ち逃げしただけなのだよ…闇文明そのものとね」

ブラックモナークの巨大な遺体が闇文明に突如現れた日、さすがの私も驚いた。しかしさらに奇妙だったのはヤツの死亡以後、闇文明は衰えるどころか目覚ましい発展を続けていることだ。当然隅から隅まで調べた。その結果、もっと信じがたい事実が判明した。

「考えただけで気が滅入るよ。モナークの力が、新章世界全体を覆う闇文明に、この世界の深淵に、イデア・フェニックスに、そして煉獄のキング・ロマノフにまで届いているとは。敵も味方も関係なく、闇文明という概念を持つだけでモナークの腹の中だ。ドキンダンテによる一時的な復活はチャンスだったんだがな。COMPLEXの起源はね、他文明にまでヤツの手を広げるためのシステムだ。増長した深淵は殿堂王来空間に繋がったし、ペンダットまで『モナークの力はお得だね』って闇文明に肩入れする始末…教育に悪いんだよ教育に!」

ウィズダムはこめかみに手を当て、天を仰いだ。

「苦労人だね〜」

僕はミロクの野次を無視して、ゲームを再開する。

「『バンキシーの魔盤』によって出たクリーチャーはスピードアタッカーを得る。行っておいで、サファイア・ウィズダムに攻撃!」
「はぁ…その上こんなところに閉じ込められては、妻子に合わせる顔が無いねぇ」

指の隙間から、ウィズダムの眼光が僕を射抜いた。

「しかも、のこのこと攻撃して来るような者に、だ」

竹馬の超人のW・ブレイク。砕けたシールドから、S・トリガーのマークが閃く。2枚ともだ。

「くっ…」
「バンキシー君、私を少々舐めすぎではないかね?私はサファイア・ウィズダム。叡智の神格にして、奇跡を操りし大老だ」

眩い光と共に、「門」が開く。

「S・トリガー1枚目、サイバー・ブレイン。手札を3枚補充だ。そして2枚目、ヘブンズ・ゲート!」

門の中から飛び出したのは、王家と道化のディスペクター。

「さあ奇跡よ、矮小な者どもを屈服させたまえ。『鎧道接続キング・マルバディアス』!そして『Disコットン&Disケラサス』」

鎧道接続 キング・マルバディアス 光/闇/自然 (7)

クリーチャー:ディスペクター/エンジェル・コマンド/デーモン・コマンド/アンノウン 9000
EXライフ
W・ブレイカー
このクリーチャーが出た時、自分の山札の上から5枚を見、コスト6以下のディスタスを2枚まで出す。残りを好きな順序で山札の下に置く。
相手の多色ではないカードを使うコストを2多くする。

「まだまだ続くよ?マルバディアスの効果で出すのは、『霊宝ヒャクメ-4』『Disアイ・チョイス』その効果で、マナゾーンの『サイバー・ブレイン』を唱える。またまた3枚ドローだ」

それだけではない。ヒャクメとコットン&ケラサスによってマナも爆発的に伸びている。

「ターン終了。相手ターン開始時、魔盤の効果で出した竹馬の超人は手札に戻る。…おかえり」
「そしてさようなら、だね。マナチャージはしない。まず『五番龍レイクポーチャーParZero』!」

手札を2枚補充する、ジャストダイバーのブロッカー。「こっちの世界には便利なクリーチャーがいるものだね」とウィズダムはこぼした。

「唐突だが、ここでショーはフィナーレだ。呪文、『母なる聖域』ヒャクメ-4をマナに引っ込めて、マナからキング・マルバディアスの上に進化」

ビジョンが構築されていく。幾何学的な紋様の入ったパーカー。金と蒼の面。フードの隙間から振り乱す長髪。荘厳さを感じさせる出立ち。

「喝采せよ。降臨、『サファイア・ウィズダム』」

サファイア・ウィズダム 光/水文明 (9)

進化クリーチャー:エンジェル・コマンド/スターノイド 15000
進化:自分のエンジェル・コマンド1体の上に置く。
T・ブレイカー
相手がクリーチャーを召喚した時または呪文を唱えた時、カードを2枚引く。
相手は、自分の手札の枚数以下のコストを持つクリーチャーを召喚できない。
相手は、自分の手札の枚数以下のコストを持つ呪文を唱えることができない。

その輝きは、いかなる反逆をも封殺する。

「私で攻撃!」

ビジョンのウィズダムが杖を振りかざす。光が部屋に満ちる。かと思うと、すでに僕のシールドは3枚、塵になっていた。

「シールドチェック」

◎。『バンキシーの魔盤』、『ミステリー・キューブ』。

それを相手に見せて宣言しようとするが、体を動かそうと思う前に異変は起きた。加えたシールドに「×」の模様が貼りついて、青白く光る。それだけではない。手札のカードのほとんどに神々しい封殺の模様が浮かび上がる。

「封じさせて貰ったよ。君は私の手札の枚数以下のコストの呪文・クリーチャーを使えない。分かりやすく言ってあげようか?私の手札は9枚。君のデッキの、コスト9以下のいかなるカードも使えないのだよ」

当然、僕のデッキにタマシードやフィールドが入っている訳もないため、シールド・トリガーは完全に使えない状態にある。僕のシールドは2枚、相手の攻撃できるクリーチャーはあと3体。

「『アジサイ-2』、『コットン&ケラサス』でシールドブレイク」

シールドチェック。1枚目、失敗。

「返せるトリガーもないだろう?これにて終幕だ」
「…まあ待ってよ」

シールドチェック。

「とびきり面白いものを見せてあげるからさ」
「ほう。ここからどうしようと言うのかね?」
「シールドトリガーはない」

2枚目、◎。

「けど、ガードストライクだ。おいで、『芸魔隠狐カラクリバーシ』!」
『ケ〜ッケッケッケ!!』

カードから飛び出したカラクリバーシの残像が光弾を打ち、最後の『Disアイ・チョイス』をスタンさせた。

『惜しかったナ、オジ〜サン!』
「お爺さんとは失敬な!お爺様と呼びたまえ」
「敬称は大事だもんね」

存在感の薄れた仙界一の天才が、ここぞとばかりに茶々を入れる。

「ともかく、あなたの攻撃はしのいだよ」
「そのようだねぇ。ここからどうにかできるとも思えんが」

僕のターン、ドロー、マナチャージ。僕の使えるマナは9マナ。そして相手に9コスト以下のカードの使用を禁じられていて、シールドとクリーチャーは0。相手のシールドは4枚、クリーチャーは4体。

「ここから面白いものを見せてくれるというのかね?」

ウィズダムは意地悪く笑う。

「ああ、勿論。芸術家のプライドに賭けて、二言は無いさ。その前にお礼を言っておこう」
「お礼?」

僕は1枚のクリーチャーを魔盤に叩きつけた。

「バカスカ攻撃してくれて、ありがとう」
「まさか…」

青い魔盤が赤黒く点滅する。「鬼タイム」発動の証。

「ラスボスの力、侮らない方がいいよ。おいで、『鬼ヶ覇王ジャオウガ』!!」

鬼ヶ覇王 ジャオウガ 闇/火文明 (10)
クリーチャー:デモニオ/鬼札王国 17000

<鬼タイム>自分と相手のシールドの数が合計6つ以下なら、このクリーチャーの召喚コストを5少なくする。
スピードアタッカー
T・ブレイカー
このクリーチャーは、召喚されたターン、離れない。
このクリーチャーが出た時、クリーチャーをすべて破壊する。

黒く染まった魔盤を、巨体が金棒のついた足で踏み鳴らす。ジャオウガは、敵も味方も全てを支配する。

ジャオウガが立ち上がって咆哮を上げると、衝撃波でディスタス達は呆気なくポリゴンになって消し飛んだ。そしてウィズダムとジャオウガは、ビジョン上で対峙する。
ジャオウガが地面を蹴る。姿が消える。衝撃波がもう一度起こった。展開された円形のバリアとぶつかったのだ。バリアは瞬く間にひびが入って砕け、鬼の大きな手のひらが内部にいるウィズダムの頭を鷲掴みにした。閃光が走り、数十本のビームがジャオウガの腹に撃ち込まれるが、悪鬼は掴んだ頭を支点に体を大きく捻って避ける。そのままウィズダムの頭蓋を地面へ叩きつけ、足の金棒で力の限り、一発蹴り込んだ。派手な炸裂が起こる。

「やれやれ。あまり気分の良いものではないね」

本物のウィズダムは肩をすくめた。

「僕はこれでターンエンド。下手に攻撃して、あんな奇跡がまた起きたら大変だ」
「そうか。実につまらん選択だ」

ウィズダムの眼がギラリと光った。

「バンキシー君、君の本気はこんなものではないだろう?私のデッキにスピードアタッカーがいないからってその陳腐なプレイ、面白くもなんともないぞ?折角デュエルを受け付けたのに、そんなのでは興醒めだ!舐めた輩には…モナークの言葉ではないが、圧倒的な力で叩き潰そう!!」

魔盤にカードが置かれる。

「レイクポーチャー、また出番だ!2枚を手札に加え、手札から『黒智縫合レディオブ・ローゼルド』を公開!同じ10コストのジャオウガを、君の手札へ!」

そしてまた、あの門が開く。

「呪文ヘブンズ・ゲート!さあもうひと頑張りだ、『マルバディアス』それに『支配の聖霊ペルフェクト』!マルバディアスの能力で『ヒャクメ-4』『コットン&ケラサス』再展開!」

一瞬にして、総勢5体のブロッカーが盤面に並び、さらにシールドも5枚に回復する。しかも『ペルフェクト』『マルバディアス』と離れないブロッカーがいるため、今度はジャオウガでは解決できない。

「ちょっと不敬な『エンジェリック・ウィズダム』ってところかな?さあ、さあさあさあ!私のターンは終了だよ。君の芸術はどこまで抗えるかな!?」
「うえぇ…どう、バンキシー?」

ドローする手に力が籠る。

「まずいに決まってるじゃないか」

それでも。

「いや、だからこそ。美しい芸術が花開くんだ!ドロー!」

この盤面を耐えることは難しい。耐えたとして、『サファイア・ウィズダム』の進化速攻で決着をつけられてしまう。このターン中に勝つしかない。そのためには、道筋は一つしかない。

……

『バンキシー様。今日はUta-Awase Fesがあるのジェ』

小柄なムートピア、コジェリがタワー内で話しかけてきた。彼女には外界の情報収集や足のつかない作品発表のために手伝って貰っている。芸術をやろうとすれば、完全な世捨て人にはなれない。

『あぁ、別に僕は興味ないからいいや。ぜひ楽しんで来てよ。確か君、Einek'Reine アイネクライネのマネージャーもやってたんだっけ』
『そうでコジェ。一応チケットを取っておいたのジェが…』
『いいって。言葉の祭典なんて、僕からしたら反吐がでるよ。ハイクだったら尚更だ』

何年前か忘れてしまうくらい前、ジャシンがやってくるよりも前のことだ。火文明と自然文明にまたがって、ドラゴンを統べる王「ボルシャック・ドラゴ大王」が支配していた。その未だ嘗てみない強敵に僕は嬉々として挑み、何度も負け、最後にはゲーム・コマンドのドラゴンにして最高傑作、「芸魔王将カクメイジン」を開発し勝利を納めた。その戦いっぷりは自分からしても見事なもので、今思い返してもあの時の高揚感は忘れられない。敗北したドラゴン側すらも僕を認めるほどだった。だが、それに影響されたどこかの凡夫がそれをハイクに残した。しばらく後、古い文書を漁るのが好きなどこかの物好きがそのハイクに魅了され、そこからハイクが広まった。冗談じゃない、僕の完璧なあの芸術が、あんなにも…ふざけるな!
とはいえ、今の世代はそんな起源とうに忘れている。後に残ったのは寄り合って騒ぐだけのお祭りハイク文化。あんなものに熱狂する人々の気が知れない。

コジェリは業務——Fesの熱狂を対ジャシン魔力砲のエネルギーに利用するための裏工作——の報告を済ませると下へ帰っていった。僕は手のひらに乗ったゲーム・コマンドたちを眺めている。

近いうち、この世界は滅ぶ。最期に僕は、キング・ロマノフと戦うつもりだ。どこまで行っても僕は芸術家をやめられない。どうせなら、最高の作品を作りたいじゃないか。あのジャシンや暴竜爵の力を借りてもいい。きっと素晴らしいセッションになるだろう。

「なんなら、勝っちゃったりして」

から笑いしながら、ドラゴ大王の時に思いを馳せる。龍幻郷からやって来たあのドラゴンの強さは別格だった。僕も、体がボロボロになっていくのだって気にせず、ただその戦いをどっぷり楽しんだ。下の音楽が、風に乗ってここまで響く。ここからは少ししか聞こえないが、それでも鳴っている拍手の音。歓声。遠くからやって来る。あの戦いの最中の熱狂を思い出した。記憶の中の、激しく熱く滾った気持ち。あの祭りに参加している人たちは、あの時の僕みたいに天にも昇る気分でいるのだろうか。一人一人が、この世界を全身全霊で楽しんでいるのだろうか。

「人の心なんてすぐに移ろってしまう」

意図せず、口に出していた。それを言葉にして固定しようとする、こんな祭りはくだらない。

けれど、時々寂しくなる。水文明で僕だけが、この熱狂の外にいる。そして、時々考える。ゼノンがこの世界から僕を逃さなかった意味を。別に意味なんて無いかもしれない。けど、芸術家というのは何に対しても偏屈になるものなんだ。

『マスター、お出かけガウ?』
『付いていくガオ』

立ち上がってエレベーターへ向かう僕に、レオジンロとヘルギャモンが駆け寄って来る。

「いいんだ。ここで待ってて」
『ガウガウ(了解)』
『ガオガオ(了解)』

エレベーターが空間を転移し、下へ着く。音楽が爆音で響く。人々が音に合わせて踊る。ステージの上で、水が変幻自在に踊る。僕は歩き出した。無意識に、手首の拘束具をさする。ぴちゃん。記憶の中で水滴が跳ねた。

ぴちゃん。今、ステージの水が軽く跳ねた。

……

「『バンキシーの魔盤』!」

僕は高らかに言った。

「はあ。バンキシー君はそればっかりだね。それ1枚で突破できるのかな?この布陣を」

ウィズダムの操るペルファクトの能力で、呪文・召喚の回数は合計3回までと決まっている。ガチャの連鎖はきかない。だから、1回目で引かなきゃならない。

僕のデッキが盤上に展開され、裏向きのままシャッフルされる。残り19枚のカードが、無作為に並べ替えられる。そしてその1枚1枚が僕の命運を握っているんだ。心臓が飛び出そうだ。

やがてカードは収束する。この1枚は激しく重い。ただ、何となく確信があった。

「個人的には」

捲られる、運命のカード。

「彼らの力はあまり借りたく無かったんだけどね。来い、『Kl'avia Tune クラビアチューネ』」
『いやあぁぁぁぁぁっほう!!』

Kl'avia Tune 水文明 (8) 12000
クリーチャー:マジック・コマンド・ドラゴン

ブロッカー
T・ブレイカー
このクリーチャーが出た時、次の自分のターンのはじめまで、相手のコスト7以下のクリーチャーは攻撃もブロックもできない。
相手のコスト7以下の、クリーチャーではないカードを使うコストは、かわりに8になる。
このクリーチャーは、相手のコスト7以下の、エレメントの能力または呪文によって選ばれない。

掻き鳴らされる、ピアノギターの爆音。美しさを伴った激しい演奏は、あの祭りの熱狂を思い出させる。

電撃のような音色が相手クリーチャーたちに突き刺さり、彼らは行動不能となった。

「1ターン凌いだつもりかな?その程度じゃ…」
「違うね。僕はクリーチャーの攻撃を止めたんじゃない。防御を止めたんだ!スピードアタッカーを得たKl'avia Tuneで攻撃!する時に」

Kl'avia Tuneが走り出すと同時に、魔盤が赤と青に点滅する。Kl'avia Tuneの背後に、炎のドラゴンと水のドラゴンの輪郭が朧げながら浮かび上がる。

「ほう、これは…!」
「行け、革命チェンジ!『芸魔王将カクメイジン』!!」

芸魔王将 カクメイジン 水/火文明 (7)

クリーチャー:マジック・ドラゴン/ゲーム・コマンド 10000
革命チェンジ:コスト5以上のマジック
W・ブレイカー
自分のマジックすべてに「スピードアタッカー」を与える。
このクリーチャーの各ブレイクの前に、自分のマナゾーンの枚数以下のコストを持つ呪文を1枚、コストを支払わずに自分の手札または墓地から唱えてもよい。その呪文を唱えた後に、墓地に置くかわりに山札の下に置く。

ハイタッチと共に現れた切り札、カクメイジンの攻撃をブロックできる者はいない。

「W・ブレイク!する時に…呪文を2回唱える!僕が選択するのは2回とも、墓地にある『バンキシーの魔盤』!」
「…まずいねぇ!」

デッキシャッフル、そしてデッキトップが捲られる。

「1回目。『正義帝 アイアムジャスティスイフユーウォント』!」

そして2回目。捲られる。正義と友情の輝きに導かれて。

「ラスボス、ライバルの次は主人公。ヒーローは遅れてやって来るものさ!『勝熱英雄 ジョーネツヒーローモモキング』!」

勝熱英雄 モモキング 火/自然文明 (8)

クリーチャー:ヒーロー・ドラゴン/ジョーカーズ/チーム切札 12000
<キリフダッシュ>[火/自然(6)]
スピードアタッカー
T・ブレイカー
各ターン、このクリーチャーがはじめて攻撃する時、その攻撃の後、このクリーチャーをアンタップする。
多色ではない呪文の効果、または、多色ではないクリーチャーの能力によって、相手がクリーチャーを選ぶ時、このクリーチャーは選べない。

シールドを刈り取る用意はできた。

「喰らわせろ、カクメイジン!」

甲高い咆哮と低い咆哮を同時にあげ、カクメイジンは炎と水のドラゴンの形をしたエネルギーを飛ばした。それぞれがシールドに食らいつく。

サファイア・ウィズダムのシールドチェック。

「ピンポン!◎だ。G・ストライク、『フェアリー・Re:ライフ』!」

指先から電撃を飛ばすが、その先が定まらない。

「モモキングは単色の呪文の効果では選ばれない。私に近い耐性だね」

ウィズダムが少し焦っているのを見るのが楽しいのか、含み笑いを浮かべながらミロクが指摘した。

「言われなくとも、だ!正義帝には行動不能になってもらう」

正義帝がスタンする。それとほぼ同じに、刀が煌めいた。ウィズダムのシールドが3枚纏めて一刀両断される。弾け飛んだシールドの破片が散った。

「T・ブレイカーでスピードアタッカー、自己軽減と耐性持ちの2回攻撃。ボルバルザーク・紫電・ドラゴンが地獄で泣いているねぇ」
「勝手に地獄に落とすもんじゃない。さあ、最後のシールドチェックだ」

1枚目。失敗。

「君の言っていることがわかった気がするよ、バンキシー君」

2枚目。失敗。

「一度切りの勝負。その中でしか起こり得ない攻防。まさにハゲしくアツかりしカードゲームだな、これは」

3枚目。

「だからこそ、君に敬意を表するよ。残念ながら、世界の犠牲は避けられない」

S・トリガー。ウィズダムはこのゲームで最後にプレイされるカードを盤面に置いた。

「『霊宝ヒャクメ-4』、ブロッカーだ。悪く思わないでくれたまえ」

その不可思議な見た目をしたアーク・セラフィムが降り立つと、ウィズダムのマナゾーンを潤し、バンキシーの手札を1枚奪った。

「…モモキング」

使い手の呼びかけに応え、ヒーローは再び剣を構える。

最後の攻撃。飛びかかった。
ウィズダムもまた、最後のブロックを試みた。

「ヒャクメでブロッ………?」

気が付いた時、ウィズダムは既に斬られていた。当然、あくまでビジョン。実際に斬られている訳ではない。しかし、これは紛れもなくモモキングの攻撃であり、それが通ったということはデュエルの敗北を意味する。

「よく知らないカードが出てきたら、しっかり効果を読んだ方がいいよ」

僕はウィズダムに声を掛ける。消えていく魔盤上、行動を停止したはずの正義帝がヒャクメ-4のブロックを止めていた。

「正義帝の効果。僕のクリーチャーは全て、攻撃もブロックもされない」

室内を埋めていた巨大なクリーチャーたちは消え、魔盤も同じように粒子となっていく。カクメイジンのみは縮小し、バンキシーの手のひらに戻った。

「ハッ。なるほど、一回きりの戦いの美学…か。悪くなかったよ」

ウィズダムの声が聞こえる。

……

別にこんな世界、壊れてしまっても大した問題はないと思ってたんだけどな。

僕はあの時のことを思い返す。Fesは想像以上の大盛況だった。僕は、視認者の認識に作用して適当な別のクリーチャーに見える迷彩を体にかけると、椅子を生み出して後ろの方に座った。立ち上がった観客たちの群れでろくに見えなかったが、空中に飛ばしたカメラが上から映像を僕の脳に送ってくる。

ステージ上でシャウトされ、高速ラップに乗せられ、歌われるハイクのどれも僕の心には響かない。インクを撒き散らしながら踊るドラゴンも、魂に命を吹き込むエレキ三味線も、僕に遠く及ばないと確信できる。ただ。それでも、不思議と心地いいものだった。

「ほう!そう来たか、素晴らしいねぇ!」
「イェーイ!!」
「で、なんで僕の回想に2人がいるの?」

僕は両隣で騒々しくリアクションをとる上位存在2人に声をかけた。

「そりゃあ私ら、別格だし」

ミロクが胸を張る。

「記憶の中に潜り込むくらい訳ないことなのだよ」

ウィズダムが腕を組んでふんぞり返った。

「一回きりの記憶にまで割り込まれるんじゃ世も末だよ…」

げんなりしてしまう。不貞腐れて頬杖をつくと、僕の肘に台が出現する。

「元気を出したまえ。君は私に勝ったのだ、キング・ロマノフはこっちでなんとかして見せよう」
「悪は許しがたいもんね!いい実験台にしてあげるよ。勧善懲悪だ!」
「別に君たちも僕も、善とは程遠いでしょ」
「じゃあ…勧悪懲悪?」
「語呂が悪いねぇ、芸術的に」
「そんなのを芸術にされてたまるか」

ステージではちょうど、Drache der'Zen ドラッヘダーゼンEine k'Reine アイネクライネが掛け合いをしていたところだった。

『なぜ離れ どこへ行くのか 君は今』
『すれ違い かけ違えてた』
『お互いよ 若かったのね』
『だけど今 ここに来ている』
『呼んだから 君が私を』

切なさと感動の混じる言葉の数々は、美しい調べとなって拡散される。ウィズダムたちは観客を透視しながらステージを見つめていた。

「う〜む、素晴らしい!私の若い頃を思い出す…ミスティに見せたいくらいだ。戻って来てくれるかも。特にあのアイネとか言う子、あれはいい」
「僕には理解し難いよ。どこがいいんだ」
「ハイクに習って解説するとすれば…私が叡智の神格だろう?それに対して、あの子はエッチの核心といったところか。母なる…いや、乳なる大地だ」
「ミスティが別居する理由がわかったね」

ドン引きしながら、ミロクが言った。

「まさか、ジョークだジョーク。大体、私がそんなことを素面で言うようなキャラに見えるかね?」
「素面で言ってんだろうがアンタ」

一瞬、僕の素が出てしまったがウィズダムは大して気にしていないようだ。

「ジョーク?ウィズダムのプログラムが原因でサバイバーが増殖し、危うく私の世界を壊しかけたのもジョーク?」
「サバイバーがヤバイワー、なんてな。HAHAHA!『上位存在ジョーク』だ!語呂もいい」

ウィズダムは大分年老いているようだ。体は衰えずとも、脳はあんな風に衰える。嘆かわしいことだ。

「おい!聞こえているぞバンキシー君。それに君だって、どうしてわざわざこんな世界を助けたのだね?人助けするような柄じゃあないだろう」
「頭の中に入り込めるのに、それは分からないんだね」
「記憶を読めたって、それが本人の感情にどう結びつくかは知ったことじゃない。いくら知識を探究しても、人の心は分からないものだよ」
「その結果が妻の別居に息子の反抗期だもんね」
「あ?」

ミロクの無邪気な悪口に、ウィズダムが威嚇する。おちゃらけた上位存在は置いておいて、僕は僕本来の回想に戻った。

この世界も、ハイクも、別に大したことではない。むしろハイクは偽物の芸術だ、と密かに思っているくらいだ。人々が死んで僕のアートの記憶が失われてしまうことだけが心残りだが、所詮いつかは消えてしまう。

ただ、このFesと熱狂を見て思ったんだ。ハイクは所詮偽物。だけどそれに沸き立つみんなの心は、本物だ。世界を守るつもりはないが、別にそれくらいは守ってあげてもいいか、そう考えただけだった。

「よく分からんな。やはり心というのは不可解だ」

ウィズダムが言う。僕は笑って答えた。

「だから、芸術家 ぼくたちがいるんだよ」

……

「今日の報告は以上だジェ」
「ありがとう、コジェリ。下がっていいよ」

コジェリが空間転移エレベーターで下がっていった。あれから、キング・ロマノフの話は音沙汰も無い。一応、事なきを得たようだ。

『マスター。侵入者ダル』

タワーの司令塔を務めるゲーム・コマンド、マンカラダイルが警告を発令する。全ゲーム・コマンドが僕の周囲に瞬時に招集され、警戒体制をとる。ジャシンか?

『どうも、バンキシー』

目の前に現れたのは、羽のついた拳大の球体。浮かんでおり、その中から声が聞こえる。スターノイドの通信機だ。

「みんな、警戒をといて。元の場所に帰っておいで」

そう言うと、ゲーム・コマンドは次々に了解の意を持つ声を発して姿を消した。

「ミスティか。ご無沙汰しているよ。もうフィギュアは作らないからね?」
『それは残念…まあ、いいでしょう。今日は謝罪と報告をしに参りました』
「…謝罪?」

そう、謝罪です。ミスティは続ける。

『まずキング・ロマノフの復活、あれは嘘でした』
「は?」

開口一番、とんでもない事実を突きつけられる。ミロクが進化クロスギアの暴走を知った時も、こんな気持ちだったのだろうか。

「僕は君の口から彼の復活を聞いたんだけど」
『わたしもペンダットに嘯かれたのです。息子はあの人…ウィズダムから聞いたという体で、キング・ロマノフの復活をまことしやかに各方面へささやきました。実際のところ、新しく生み出されたディスペクターはともかく、キング・ロマノフ自身が煉獄から出るのは未だに難しいようです』

僕は顎に手を当てて考えた。正直、あの色々な仕込みが全て無駄になったのは相当腹が立ったが、世界が支配される危険よりはマシかもしれない。

「じゃあ一件落着なんだ?」
『いえ、嘘によって生まれたわたしたちの畏怖が却ってキング・ロマノフに力を与え、煉獄から本当に復活する運びとなりました』
「は?」

今日二度目の衝撃。

「ペンダットさぁ…一回こてんぱんにした方がいいんじゃないかな?」
『ペンダットの嘘を他人が信じると、その想像が彼の力になります。キング・ロマノフは絶好の対象だったんでしょうね。…責任を取らせるため、来たるキング・ロマノフ討伐の際にはペンダットが前線に立つことになりました。謝罪というのはその件についてです。少々迷惑をかけました』

少々じゃないけどね。ペンダットが前線へ…それはそれで心配だ。彼のことだから、キング・ロマノフを懐柔させにかかってさらに事態を悪化させそうだ。

「ミロクやウィズダムは参加するのかな?」
『夫は一応ペンダットの後方支援、ミロクは意気揚々とクロスギアを揃えていましたが、夢幻の無より帰還したマロクによってしばらく幽閉されています』

正解な気がする。ミロクが関わってろくなことがあった試しが無い。捕まっている最中、悪びれもなく恨みつらみを吐き散らしている彼女の姿が容易に想像できた。

『そして。キング・ロマノフ討伐にはアカシック兄弟も参加します』
「…それはまた。彼らが何を考えているのか、見当は…つくけど」
『彼らは異なる歴史を自在にくっつける龍魂珠の力に興味を示したようです』

新しい命の形を模索するゼノンらにとって、喉から手が出るほど欲しい力だろう。話の大体の内容は分かった。しかし。

「ミスティ。僕に言いたいことはそれだけじゃないでしょ」

僕は覚悟を固めながら聞いた。

『はい。アナタと夫のやり取り、最後の頭の中でのこと以外は全て見ていました。夫は気分屋ですが、あんなにもゲームに熱中することは滅多にありません。しかも世界の存続がかかる大事な事案を、遊びに興じて決めることなどはもっての他』

やはり気がついているようだった。僕は今度こそ、目前まで死が迫って来ているのを感じた。なんて事ない球体の通信機が、罪状を述べる処刑人のように見える。

『アナタがタワーを操作し、夫を閉じ込めた時。夫はアナタの手にあるマス目の入ったキューブに触れました。あの時…人格プロジェクターを使って夫に人格を投影しましたね』

「…正解」

仮にも上位存在を騙したのなら、少なくとも無事に生き続けることは望まない方がいい。かつて牢獄に囚われた時、僕はそれを痛いほど思い知った。人格プロジェクターとはいえど、性格や記憶を丸っ切り変えることは不可能だ。一時的に、感情の動き方を変化させるだけ。僕はウィズダムに、いつもより熱くなりやすく、刹那主義を重んじるようにさせた。結果は成功。本人に作戦がバレることなく、この世界から撤退させた。ゲームで勝てるか否かは賭けだったが、何もしないよりよほど助かる確率は高くなる。上手く行ったと安堵したが、結局は破滅の道だった訳だ。ミスティの、いざという時の苛烈さは「13番目の計画インビンシブル・サーティーン 」の件で分かっている。僕はこっそりゲームコマンドを招集した。最期の芸術は、割りに呆気ないものになるかもしれないな。

『不問とします』

そんな風に覚悟していたから、その一言が信じられなかった。本日三度目の衝撃。

「…え?」
『そもそもの原因は、息子のあまりにも大きいやらかしです。それに、あれ程までに美しい虚無を表現できる芸術家を失うのは惜しい。よって今回は大目に見ることにしました。夫にもこの件は伏せておきましょう』

二つ目の理由が本筋な気がしたが、黙っておく。死なないに越したことはないんだ。その分多くのアートを生み出せる。今、ミスティがゲンムエンペラーの擬似生体フィギュアをどうしているのかは知らない。眺めてうっとりとしているかもしれないし、闇のマナを流して魔導具とかに改造しているかもしれない。どっちにしろ、僕の作ったものが巡り巡って僕を救う…それほど嬉しいことはない。なんて事もない!あんなもので納得して僕を救うだと!?お前たちの感性はどうなってんだ!!?

『マスター』

手元に寄せていたゲーム・コマンドが声を上げた。僕はすんでのところで、喉まで出かかった怒りを飲み込んだ。

『…何かありましたか?』
「いえ。なにも」

それにしても、キング・ロマノフの危機を退けたはいいが、出来れば戦いたかったという気持ちもあった。実のところ、ここ数日はそれでかなりモヤモヤしていたんだ。

「あ、そうだ。これを持っていくと良い」

僕は手のひらを球体の前に差し出す。起動音がして、あるクリーチャーのビジョンがそこに浮かんだ。龍を想う不滅の心、その象徴。

『これは?』
「きっと頼りになるよ。ボルシャック・ドラゴ大王のデータさ。君たちの何でもアリな力なら、龍幻郷から彼を再び引っ張り出すことも難しく無いはずだ」

暴走には注意してね、と付け加える。球体はそのデータをじっくりと検証した後、吸収して持ち去っていった。

これから、キング・ロマノフにサファイア・ペンダット、アカシック・ゼノン、そしてボルシャック・ドラゴ大王が一堂に会することになる。そこからどんな戦いが、ドラマが生まれるのか、僕はまだ知り得ない。ただ存在するのは、確信だ。その一回きりしか起こらないパーティーはきっと素晴らしい芸術になるだろう。

「楽しみにしているよ」

僕は呟く。少々疲れたため、眠ることにした。期待の高まりが抑えきれない。良い夢を見よう。一回きりの芸術的な夢なら、尚良いな。

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