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サファイア交響曲

ズバババーン!と光が弾けた。
バキュバキューン!と音が爆ぜた。

夜闇に輝く星をバックに、ボクは架空のクリーチャーたちを踊らせる。

彼らは暗い紺碧色の体に、不気味な白がグラデーションのように混ざり込んでいた。全てを滅ぼす深淵の龍。記憶を求めて彷徨う悪夢の鎧。黒い空に暗色が溶け、白い部分だけが亡霊みたいに浮かび上がるのが面白かった。
それ、闇のビームだ。ほら、かっこいい剣舞だ。ボクは指揮者のように杖を振り乱し、幻惑の世界を作り出していく。

「また作り物で遊んでいるのかねペンダット」

しかし地の底から響くような低い声が通ると、夜空はみっともなく明るみに消えて、クリーチャーたちは霧消した。

「まあそれも別に結構なことだ。真実の叡智、その探究より余程無意義だがねぇ」

その父上の言葉があまりにも淡白で、分かりきった常識を無機質に述べているかのようだったので気に食わなかった。真実?叡智?そんなものより頭の中の空想の方がよっぽど良いに決まってる。現実より嘘の方が、余程素敵で面白いじゃないか。

だから言い返したんだ。

「いいや!真実より嘘の方が有意義だ」
「ほう?中々の大口だねぇ。若々しくて素敵だ」

茶化すので、もっと気に食わない。

「いつか目にもの見せてあげるよ」

本当にできるなんて思わないまま、ボクはそう応えたたんだ。

きっと誰も覚えていないような、昔々ついた嘘の記憶。

……

「今日のテーマは、言葉の力」

城の最上部で、ウィズダムが言った。

「なぁに?唐突だね。言葉だなんて、まさかウィズダムが対話を求めるタイプだとは」

彼はボクの「ウィズダム」という呼び方が気に食わないのか、声のトーンを落とした。

「対話は知識を蓄えるための手段の一つだ、ペンダット。それ抜きにしても、言葉という概念は探求に値すると思うのだよ。例えば私は規律なく知識を求め続けているだろう?言葉が無ければ、傍目から見てただの怪物さ。お前だって、言葉がなければ嘘なんてつけないだろう」

言葉があろうが無かろうが、ウィズダムはおおむね怪物だと思うけど、確かに嘘は言葉という形式が最も一般的だ。それがなんだ、とも思うけどね。

「別にそんなもの、いくら研究したって大した得にはならないよ」
「そんなことはない、言葉に関する成果物は色々ある。こんなのとかね」

ウィズダムが人差し指を立てた。指先にあるのは、お洒落な星型のバッジ。

「なに、それ?」
「心の言葉を代わりに喋ってくれるバッジさ」
「なぁんだ、それって表層心理の言語化だろ?何の役にも立たないじゃないか。スターノイドの面汚しにだってできるよ」
「おいおい、スターマンの悪口はやめたまえ。お前だってイデア・フェニックスには敵わないじゃあないかね」

ふん。イデア・フェニックスだって?

『そんなの、騙してやるさ。そこに意志がある限り』
「え?」
『ボクは口を開いていないのに、心臓からボクの声がした。ウィズダムはふっふっふと意地悪く笑う』

「役に立ったよ、噓つき息子の教育とかにねぇ」
「いつの間に…」
『気がつけば、ボクの胸部にバッジがついていた。やっぱり怪物だね。母上にも別居されるし、話は長いし、足は臭い』

「…心から嘘をつくとは、恐れ入ったね」
『いや、普通に本心』

という嘘をつきながら、ボクはバッジを外す。

「ともかく、今日という日に相応しいテーマだろう?滅多にない祭りだからねぇ」

ウィズダムは窓を開ける。澄み渡った青空が広がり、爽やかな空気が部屋に流れ込んで来る。風は強く、陽光でぬるくなっていた。ここはウィズダムの居城の最上階。風雅なテーブルの上には紅茶の入ったティーカップが置かれ、その周りには無機質な金属のデスクの上に試験管や実験素材が散らばっている。物々しい空間と優美な世界が混ざっているため、何度来ても奇妙な感じがした。さらに奥の方には、ガラス張りの向こうにリアルの植物や生物が住む広大なジオラマがある。生体素材の研究のため、空間を歪ませて作ったらしい。だが、そんな異次元のラボも今だけは活動をやめている。外からざわついた声が聞こえる。窓に寄りかかって下を見れば、仙界中のクリーチャーが集まっていた。ファイアー・バードに、ドラゴンに、その他もろもろ。

今日は仙界の祭り。進化クロスギアの暴走による一大事…「終末魔導大戦」の終結記念。あの惨劇を忘れないように、という名目で行われていて、「魔導祭」やら「テクノ・パーティー」とか、安定しない名で呼称されている。祭りの度に、ボクらの居城は仙界へ一時的に転移してシンボルとなる。そして今回は、開祭の挨拶をサファイア・ウィズダムが務めることになった。

「分かり切ったことを繰り返し確認する演説。ウィズダムはそういうの、大嫌いだって言ってなかった?」
「だからテーマにしてみたのだよ。なるべく短く済む私らしい言葉とはなんだ?一つここで実験するとしよう」

ウィズダムは浮遊すると、壁をすり抜けて外へ出た。天に注目が集まる。彼はわざとらしい咳払いを一つ、ゴホンと払って、大声で言葉を紡ぎ始めた。


『私より知能の低い下等な皆さ~ん、ご機嫌よ~う!!』


ボクはすぐさま下へ逃げていった。

外で起きたウィズダムへの罵声と喧騒は、確かに盛大に祭りの始まりを告げたようだ。

「はぁ…やっぱりウィズダムとは関わり合いたく無かったなぁ」
『ペンダット』

声がして、ボクの目の前に拳大の球体が現れる。それは空中に浮かび、目玉のように付けられたレンズがこちらを向いた。

『侵入者を確認したわよ。"海"を渡ってこちらに来ているわ』
「ははっ。ね?ボクの言った通りだったでしょ、母上」

球体の向こうにいる母、ミスティに話しかけた。

『目的は恐らく…』
「言ったじゃないか。サファイア家の真実…それを探りに来たんでしょ」

母上は何でもかんでも喋り尽くすボクをあまり良く思わないのか、不満げな吐息を漏らした。

「祭りの混乱に乗じて、きっと彼らはこの城にやって来る。そしてボクらの『サファイア』を奪い去るつもりだよ」

城の外、ディルガベジータの弾幕攻撃が轟音を立てる。

……

昨晩、わたしが荘厳な玉座に座りながら、観察用のシー・ハッカーとコスモ・ウォーカーたちを祭りのため手元に集めていた時のことだ。

『母上〜』

人懐っこく胡散臭い声が聞こえ、スターノイドの連絡用球体が私のおひざへやって来た。

「何かあったの?またあの人と喧嘩でもした?」
『それなら幾分良かったんだけどさ、こんなものが送りつけられてきたんだよ』

球体の瞳から、空中に四角いビジョンが投影される。そこにはヒューマノイドのはがきくらいのサイズの紙が映し出されていた。手書きには見えない機械的な文字が並んでいて、わたしはその簡潔な一文を読んだ。

-明日、仙界の魔導祭にて『真実が封じられしサファイア』をいただく-

「嘘ね」

思わず口をついて出た。

『いやあ嘘じゃないよ!』

わたしは小さくため息をついて足を組んだ。

『祭りの準備中に城に届いたんだ。差出人不明。とにかく、ボクたちを狙ってる輩がいるんだって!万が一ってこともあるでしょ』
「それでわたしに連絡を?」

球体が上下に軽く振られた。首肯を示すジェスチャーだ。最初に夫でなく、わざわざわたしに言って来るところがペンダットらしい。

「それでペンダット、『真実が封じられしサファイア』って」
『城の内部に隠してあるよ。やって来るなら、迎え討つまでだね』

……

真実。わたしはその言葉が好きだ。幻想と伝承の裏に隠された、輝かしい実存。

叡智。わたしはその言葉が好きだ。深淵を照らし、真実をつまびらかにする強い力。

『この世界は素晴らしい。そうだろう?偶然と不可思議で満ち溢れている。もし暗闇が真実を覆い隠すというのなら、私はその全てを掌握して見せよう』

夫のその言葉が、わたしの心に今でも根強く残っている。『闇』が好きになった。『無』が好きになった。『深淵』が好きになった。わたしでも見通せない解せないそれらは、いくら観測しようと見飽きることは無い。しかし全ては、いつかウィズダムの元に真実が晒される。今は観測できなくとも、その奥底にある真実を夢想するだけで素晴らしく心地よいのだ。そして最後には、あらゆるものを照らしきった果てしない叡智 ウィズダムをも観測しよう。一歩離れたところで。
アナタの作るシステムの観測。それが直視するには眩しすぎるアナタを知る唯一の手段なのだから。それがいつか孤独になるアナタを独りにさせない唯一の方法なのだから。

全ての闇よ、すべからく『闇』たれ。あの人を測る物差しとなるために。

嘘。わたしはその言葉が好きではない。

真実を覆い隠すものではなく、偽の真実を以て騙すもの。あらゆる観測を無下にするまやかし。衒学的なイデアを掴み取ることは、単なる闇を晴らすことより余程難しい。

「おっ。美味しそう」

ペンダットは呑気な足取りを一つの屋台の前で止めた。屋台とはいえ大規模なもので、重厚な鉄屋根でできた店の奥には巨大な歯車や調理器具が忙しなく動いているのが見える。だがウィズダムの城付近にクリーチャーが集まっているため、そんな場所でも人影はまばらだった。陽光が柔らかく仙界へ差し込んで、屋根の下に薄い影を落とす。

「ほう。お目が高いのう小僧や」
「嘘だけどね」
「次の祭りでは小僧を遠慮なく殴れる催し物が開かれることを祈ろう」

そう言って店番をしているのはロマネスクだった。普段と違ってスマートに見える。

『あら、今日はお一人ですか?』

彼が起動する時、五色のロマネスクが必要に応じて組み換えられ、出動する。時には数色のロマネスクが同時に力を発揮する。それにも関わらず彼は今、肉体も頭も真っ赤な一つだけでできていた。

ロマネスクが私の操る球体を覗き込んだ。

「ミスティか?珍しいのお、お前がこんな目立つもので出張るのは。水文明のヤツの提案でな、儂らは分離してそれぞれの出し物で競うことにしたのだ。他の文明のロマネスクも別のところで何かやっている所だろうよ」

こうして一人店を構えるのも楽しいものだ、と火のロマネスクは笑う。

「ほれ、折角だから食べてみなさい。『ロマネスクの五色団子』だ」

ペンダットは一通り団子を眺める。香り豊かなフィオナの竹串に、上から赤、緑、白、青、黒の団子が刺されている。色合いは非常に良く、食欲を掻き立てられる見た目だ。

「折角火文明の一人だけで作っているのに他文明を意識してカラフルにしている、アイデンティティの喪失だね。まずマイナス5点」
「やはり小僧にやるべきでは無かったな…」

ロマネスクが苦い顔をした時、ひゅるる〜と風を切る間抜けな音がして、わたし達の背後で衝突が起きた。土煙が燻る。

「いてて〜!クソ〜負けちゃったか」
「良い線だったと思うのじゃがな」
「やっぱ戦術の練り込みが甘かったんじゃな〜い?」
「たわけ!こいつがもっと滑らかに動いていればこんな風には負けんかったわ」

こいつ、と言って彼女が動かしたのはクロスしたドスファングだった。他にもザンゲキ・マッハアーマーにカガヤキ・ミガタメ、そしてオール・イエスを重ねがけしており重武装だ。ペンダットは美しい造形をしたオール・イエスを物欲しそうな眼差しで眺めていた。

「まあまあ、たらればの話を考えてもしょうがないだろう。ペンダットの選択肢でもあるまいしのお」

ロマネスクがかけた声に、それもそうだね、などと言って土煙の中彼女らは立ち上がった。

「本人がここにいるのに失礼じゃない?キミたち」
「あらら。いたんだ、ペンダット」
『どうもこんにちは。ミロク、それにマロク』
「ミスティか!奇遇じゃの、こんなところで」

物々しいクロスギアの山を携えた、幼女のような姿の天才マシンイーター2人がわたし達を見た。

「キミらは何?ウィズダムにでも負けて来たの?」
「違うよ。負けたのは向こうでやってる『ムロクの天才デスマッチ』の方」

ミロクが親指で示した方向から、うっすらと遠くのスタジアムのようなものが見える。そしてそこから時々、ドラゴンやビーストフォークが悲鳴と共に空高く打ち上げられるのが見えた。

『さすが戦闘の天才』

わたしは呟く。

「物騒な催しばかりだのお」
「ホントだよ〜。もっとマシなのが欲しいよね」

ミロクがぼやいて地面に転がり、息子は嬉々として彼女の顔を覗き込んだ。

「じゃあ次回はリアルタイムで催し物を企画して、参加を募るとかどうかな?」
「悪くない案じゃがお主はロクな企画をしなさそうじゃな…」
『光と闇のロマネスクは協力して、屋外にリアルプラネタリウムを投影しているようですよ』
「儂も知っておる。それにしては空はどこも明るいままだがのお」
『夫が城で戦う時、勢い余ってほとんどの夜空を消してしまったようです。そのせいで青空にあぶれた大量の星々の光を、今は瓶詰めして売っています。全く売れていませんが』
「我が分身がそんなことに!世知辛い世の中だ…」
「というか美味しそうだねそれ!」

ミロクが指をさして飛びつく。

ペンダットは手に持った五色団子串を思い出したように見た。

「儂の自信作だ、早う食べい小僧」
「貰ったはいいけど別にいらないや。ミロク食べる?」
「わーい」

ミロクは子供らしい可愛げのある笑顔で、意気揚々と頬張る。

「どう?」
「どうじゃ?」
「どうだ」
『どうですか』


「……辛〜〜〜〜ッ!!」

ミロクが口元を抑えて苦しみ悶える。たしかに、火文明は辛い食べ物が有名だ。バッドドッグなどという殊勝なものが出回っている世界もある。

「なんだ、存外根性がないのう」
「ロマネスク」

ペンダットが彼の肩に手を置く。

「うん?」
「最高。100点!あっはははは!!」

ミロクが地面でのたうち回る姿を見て、ペンダットは愉快げに笑うのだった。夫に似た、高らかな笑い声で。

『ペンダット。そろそろ侵入者が仙界に着く頃だわ』
「ああ、そうだったね」
「何じゃ、別の用があるのか?もしやもう一人のミスティの子…」
「いや、別にそれは関係ないよ。今どこか知らないけど、あいつはあいつで好きにやってるさ」
「そうか…ムロクへ共にリベンジしてはくれんようじゃな」
「遠慮しとくよ、切実に」

珍しく本音を漏らして、そそくさとペンダットは歩き出す。そしてすぐに歩みを止めた。


『侵入者、か。それはそれは耳よりなニュースだねぇ』


目前に影がそびえ、ペンダットは思わず後ずさった。薄い青色の電磁で形どられたホログラムが構築されていく。そうして現れたビジョンから、ウィズダムはこちらに手を振って見せた。

『やあミスティ!来ていたのかね、ご機嫌よう。お互い仮の体だが、こういう逢引きも悪くないね!君さえ良ければ次の明け方食事でもどうだ?もちろん息子たちと共に、家族水入らずで…』
『遠慮するわ』
『…そう…』

私が語気を強くして否定すると、夫はしょんぼりと項垂れ、すぐに顔を上げる。忙しない人だ。

『…それで?楽しいこそこそ話の内容を聞かせてくれるかな?まあ大体見当はつくさ。侵入者という文言、わざわざ今日に限って私の城に帰ってきたペンダット。大方城へ盗人がやってくるのだろう?ここでランチにトッピングを追加だ、お前はこの事を私に話そうとしなかった』

夫はペンダットの顔を覗き込む。

『侵入者に…ブラックモナークが関わっているな?』

夫の影が、ペンダットの体に被さる。晴天は背後からウィズダムの顔を黒く塗り潰している。
ペンダットは何も言えずに、ただ父の姿を見つめていた。

『この件は私も参加させて貰おう。交渉も慈悲も厳禁だ、絶対に逃すなよペンダット』

息子はゆっくりと頷いた。

『よし』

夫は一転空を仰ぎ、陽気な身振りを伴い続きを述べる。

『話はまとまったな!さあミスティ、命知らずの盗人はどんなビジュアルをしている!?』

わたしはシー・ハッカーから送られる、ノイズ混じりの情報を自分の身にインストールした。

『悪魔龍。精霊。そして、海賊』

……

ディネロの裏で、真実の歴史を求める天使たちがいた。

「オレこそ♪オレこそ♪ヴァッルペッキュラ~♪」

オレ、真実の精霊ヴァルペキュラはゴルギーニ家の屋敷の廊下を悠々と歩いていた。今日はゴルギーニ様方が一堂に会する4年に一度のパーティー。屋敷の庭に集ったメカたちは余興のレースで自らの速さを見せつけようとうずうずしているし、オレ自身も浮き足立っている。なにせパーティー、祭りだ!言葉の響きだけで途轍もなくわくわくするものだし、敬愛するドラン様に楽しんでいただけるというのなら尚更だ。オレはドラン様たちに振る舞うエンジンオイルを準備しに、軽やかな足取りで進んでいく。

「はっ…ドラン様!」

向こうからやって来たその堂々たるお姿を目に入れるや否や、オレは反射的に跪いた。

「そう身構えなくても宜しい、ヴァルペキュラ君。折角のパーティーなのだから、今日くらいは無礼講だ」
「いえ、我が魂がドラン様に跪きたいと申しているのです。こうして仕えることこそがオレにとっての無礼講!」
「ははは、素晴らしい心構えであるな」
「して、ドラン様はどちらへ?」
「ああ。というのも、朝からリアリテルの姿が見えないのだ。前から思いつめた様子であったのだが、今日は探しても見つからない。君は彼の友人であるな、何か知っているか?」

オレの心は、こんな日でも配下のことを案じてくださるなんて...!という感動と、めでたい時に水を差すようなリアリテルの行動への辟易が等値だ。

「はい。彼は体調が優れないようなのでしばらく療養する、と言っておりました」

ありきたりな嘘をついた。「真実」の名が呆れてしまう。

「そうか、パーティーの後で見舞いにいくとしよう。感謝する」

ドラン様が十分に過ぎ去っていくのを見届けてから、オレは声をかけた。

「で、いつまで隠れてるんだよリアリテル」

すると空間がボロボロと剝がれ落ちて、実存の精霊リアリテルが姿を現した。彼はその名の通り実存を司る精霊で、存在を隠したり発見したりすることが得意だ。そして共に、ウィズダム様の元より天門を通じてこの世界へやって来た。大昔起きたと言われるゼニスの戦いを調査するためだ。

「なんだって今日は隠れてるワケ?シノビの動向が心配ならオレが…」
「私は行く」

一呼吸置いて、彼は言葉を続けた。

「ウィズダム様を、サファイア家の正義を見極めに行くのだ。もう戻ることは無いだろう」
「…はあ?」

リアリテルの姿が、ふっと消える。

「おい!待っ…」

もはや微かなマナの残滓すら感じ取れない。不意に言葉が頭をよぎる。あいつが前に言っていたことだ。

『ウィズダム様は本当に正義なのだろうか?』

妄言。オレは確か、「真実こそ正義。すなわち真実を求めるウィズダム様は正義だ」などと返した気がする。それをあいつがどう受け取ったのかは分からないが、それ以降ウィズダム様の話題は出さなくなった。元々こっちに来てからはてんわやんわで、ウィズダム様の司令はしばらく思考の外に置いていたんだ。あいつは実存にこだわっていた。自分の正義が、その人生に確かに存在していると信じて、どんな業務にも精力的に取り組んでいたんだ。それがどうして急に?

「訳が分からねぇよ…!」

嘆くことしかできない。オレの求める真実はどこだ。

……

「決心を固めたか、リアリテルよ。サファイア家の全てを暴く決心が」
「ああ。あの場所に私の正義は存在しない。真実を暴くぞ、トゥルトゥル」
「ククク。奴らの嘘は、今宵の祭りにてめでたく暴かれるであろうな。奴らの大切な、『真実が封じられしサファイア』を手中に収めることによって」
「しかし道のりは険しい。ウィズダムを避け、ミスティの目をかいくぐり、ペンダットの嘘を見破らなければならない」
「算段はついている。仙界へ辿り着くためのいくつかの方法…天門、フィオナ、イデアの海。特にイデアの海の中では、さすがのミスティも断片的にしか観測がままならない」
「だが、どのようにして行けばよい?」
「ククッ、ウィズダムを引き付けイデアを渡る最良の策がある」

「『海賊』を利用するのだ」

ディネロの裏で、悪魔龍と精霊は陰謀と計略の手を伸ばした。

……

先ほどから視線を感じる。生やさしいもんじゃねぇ。獲物を見るように鋭く、それでいて恐ろしく勘づかれにくい狩人の視線だ。

「こそこそされるのは」

腕が上がる。銃。構える時の乾いた音。追跡者の姿。

「俺の性分にゃ合わねぇぜ」

お互いに、各々の銃口を前に突きつける。ヤツの握る青きスクリュー型の銃が、心臓に触れそうなほど近い。俺の銃は、布で覆われたヤツの目と鼻の先だ。

「まずは自己紹介がスジだろ?」

ぴくりとも体を震わせずに言った。劇画的に切り取られた画面を、一陣の風がそよいでいく。睨み合い。相手は何も言わずに、面布の奥から俺の微動を捉えようとしている。

「はぁ。わかった、一旦銃を下ろそうぜ。固まったまま日が暮れちまう」

俺が銃をホルダーにしまうと、相手もあっさり銃を下ろした。顔全体を覆う布はそのまま後ろに長く垂れ下がり、剥き出しの肉体は半透明だった。彼は軽く頭を下げて、しかし隙は見せずに挨拶する。

「失礼。己を嗅ぎ回るさすらいのガンマンがいるとの噂を聞きつけ参った次第である」
「やっぱりそういう訳か。会いたかったぜ、ブルー・インパルス」

俺はその名を呼んだ。ブルー・インパルス——青のスプリガンであり水文明を守護する、『海賊』。

「己も一度お目にかかりたいと思っていた。英雄、ジョリー・ザ・ジョニーよ」

閑話休題、場所を変えよう。殺伐とした出会いの後には、和やかな言葉のやり取りが相応しい。

「俺はスプリガンを探す旅をしている。この胸の傷をつけた宿敵と、もう一度相対するためにな」

単刀直入。ガンマンが刀とは可笑しなもんだが、とにかくそう話を切り出した。

「だがアンタは違うみたいだな。根拠があるわけじゃないが、そう感じる」
「己も同じ認識である。貴方からは、闇文明の輩のような醜悪さを感じない。むしろ高貴でさえある」

高く評価してくれているみたいで喜ばしい。そういや、戦わないままに平和的な話に入ることができたスプリガンは4人目にして初めてだな。


「して、ジョニーよ。貴方たちは人の手によって生み出されし存在だというのは本当なのか?」


インパルスが神妙に聞いてくる。彼の声は強張っていた。


「…本当だ」

「…貴方のマスターがほんの子供で、その子が持つ空想を起源とするという話も?」
「ああ。全部本当だ」

カウボーイハットのつばを、右手でつまみ下ろしながらそう言った。似つかわしくない沈黙が流れる。

「ジョニー。貴方は自らの虚構性について考えたことはないか」

静けさを破った質問があまりに突拍子も無かったもんで、俺から出たのは「は?」と貫禄のない声だった。

「…貴方の姿も声も境遇も、全ては意図して作られたものにすぎない。その一挙手一投足も意識も、あらかじめ作られたイメージをなぞるだけにすぎない。ジョニー。貴方のその胸の傷は…」
「いいんだ」

ハットのつばを上げる。

「俺が旅をするのは、そんな陳腐なアイデンティティを頭の中でこねくり回すためじゃねぇ。スプリガンを探すのは、宿敵を討つためじゃねぇ。俺は純粋に知りたいんだ、この広く素晴らしい世界をな。闇文明のやつらとだって、分かり合えなくたって知りたい。戦って、知って、理解して…そうしたら」

俺は手を差し伸べた。


「友達になれるかもしれないぜ?」


ジョーは皆と楽しく暮らしているだろうか。そんな郷愁が浮かんだ。

インパルスは差し出した俺の手をしばらく見つめ、やがておそるおそるその手を握った。

「よろしくな、インパルス」
「…」

意味ありげな間を置いて、
「ああ」
と彼は返事をした。

そして俺たちは加速していく。

「突拍子も無い話になるが、己は貴方にまつわる真実について心当たりがある」
「…なに?」
「貴方の傷をつけた主は、アカデミー・ホウエイルでも分からないだろう。しかし『そこ』なら全ての真実がある」


「サファイア・ウィズダムの居城には」

サファイア・ウィズダム。それが誰なのかは微塵も知らない。だが。

「行ってみるか?」
「当然だ」

考えるまでも無かった。傷をつけた宿敵のこともそうだが、単純に未知なる場所への好奇心もある。こうして俺たちは、素晴らしく最悪な1日へ猛スピードで突っ込むことになったんだ。

「彼らの居城に行くためのヘブンズ・ゲートは、我らにはくぐれない。だが"海"なら辿り着ける。イデアの海だ」

船の支度中、インパルスはそう語り始めた。

「海と言っても、水文明に広がるようなそれではない。太古、別世界で数多の不死鳥が死する時に湛えたイデアの吹き溜まり。通常では認識も観測も困難を極め、渡航すれば様々な概念にもみくちゃにされて溶け消える。現に、何年か前無謀にも挑んでいった数人の海賊が行方不明になった。だが、イデアに負けない確固たるアイデア…信念があれば話は別である」

やがて俺たちはそこに着く。深海の奥のさらに奥に隠された、もう一つの海へ。

「ジョニーよ、準備はいいか」

そこは何もかもがめちゃくちゃな空間だった。太陽と黒い太陽が、二つの月と星々と闇と光が、絶えず衝突を繰り返す先の見えない世界。

「屁でも無いな」

俺は俺の中の最高のアイデアを思い浮かべる。

『引き金は二度引かねぇ。一発が全てだ!』
そう言って笑う、ジョーの笑顔。

たちまち偽のイデアは消えて、静かで真っ白な無色の海だけが残った。

「行こうぜ」

船が仙界を目指して出発する。インパルスが波を掻き分けながら。

そこで気がついた。

「誰かが着いて来てるぜ」

俺たちのすぐ後をぴったりついてくる誰かがいた。しかし姿は見えない。

「…ここではどうしようもない。心乱れ、再びイデアに食われぬよう集中しろ」

どれだけ経ったか分からないが、やがて光が視界を覆った。出口だ、とすぐ分かった。

光の中、透明な追跡者の姿が一瞬だけ見えて、すぐに消えた。それは龍のように見えた。



「っと」

景色が開け、安定した地面に着く。こしらえた船はどこかに無くなっちまった。それだけじゃない、追跡者の気配も消えた。

「船は仕方がない。心持たぬものはなんであれ、あの空間では耐えられない」
「そうか。しかしなんとまあ…随分と賑やかだな」

俺は絶壁の上から、スケールの大きいこの世界を見下ろす。壮観の一言だ。遠い地平線の向こうは活き活きとした緑に覆われ、出入り口と思わしき場所には巨大な神殿が見える。建物は、五色の煙を吐く工房が一際目立つ。至るところに機械や貝殻、植物などの装飾がなされ、まるで五文明の文化が融合しているように見受けられた。住人たちも、見たこともない構造のドラゴンや獣がひしめき、見るからにスケールの違うジャイアント・ドラゴン並みの巨鳥だって居た。そして出店が密集していて、楽しげな音楽や食べ物の匂いが立ち昇っている。どうやら大規模な祭りが開かれているみたいだ。旅人として心が躍る。

「それで、お目当てはすぐ近くだな」

背後、天高く聳え立つ城を見た。鮮やかなステンドグラスが碧くきらめく、今まで見た中で1番立派な城だ。

「SET:SPIRAL GATE」

インパルスは銃で城壁を撃った。着弾点を中心として円形に空間が捩れ、通り抜けられるようになる。

「さあゆくぞ、ジョニー」

その声を合図に、俺たちは素早く潜入した。向こうは丁度一階の大広間のようだ。無人なのか、明かりは無く薄暗い。


「歓迎しようか、二人とも」


突如、よく通る声とともに目も開けられないほどの閃光が降り注ぐ。何者かはまた声を発した。

「私はサファイア・ウィズダム。ここでようやく、前奏は終わりだ」

轟音が響き、光の中に2体のクリーチャーが現れる。

「これは…ヘブンズ・ゲート…!?」

インパルスが驚く中、現れたクリーチャー達は俺たちを襲った。

……

『こちらウィズダム』

盗人を待ち受ける中、連絡が入った。



『海賊どもは無事破壊した』



あっそ。

「さすがはウィズダムだね」
『まだミスティの言う龍と精霊は残っている。油断はするなよ』
「はいはい」

とは言っても、大した奴らじゃない。

「海賊を唆した後、後ろをつけてイデアの海を渡って、そのままウィズダムへのデコイとして利用する。でしょ?お二人さん、陳腐な計画だね」

ボクは何も無いところに向かって言った。


「そうか?」


おどろおどろしい声。

「貴様こそ、『真実のサファイア』の隠し場所が自らの懐中とはなんとも陳腐だ。現に」

侵入者の姿が顕になる。

「既にこうして盗まれているのだからな」

真言の悪魔龍、トゥルトゥルはそう言った。右手に、ボクが持っていたはずのサファイアを握って。
ボクより何倍もある巨体でとぐろを巻き、ボクを見おろす。確かに、いつの間にかボクの元からサファイアは消えていた。戦闘も手練れていそうだ。ここにやって来るだけのことはある。

「盗んだ、ね!それがどんなものなのか知ってるかな?お礼を言いたいくらいだよ、誘き出されてありがとうってね」
「貴様が嘘だらけであることは知っている。しかし、いやだからこそ我の権能が力を帯びる」

"真言"の悪魔龍は言葉を放つ。


「これは紛れもなく、ウィズダム共の隠してきた真実が込められたサファイアだ」

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「それでペンダット、『真実が封じられしサファイア』って」
『城の内部に隠してあるよ。やって来るなら、迎え討つまでだね』
「そうじゃなくて。『真実が封じられしサファイア』ってなんのこと?見たことも聞いたことも無いわ、そんなもの」

ペンダットは笑う。

『侵入者を誘き寄せるための、ボクの嘘だよ。真実のサファイアなんて存在しない、ただの何の変哲もないサファイア!最近物足りなくてさぁ、最高じゃない?祭りで盗人撃退!他の何よりもスリルあるアトラクションになるよ!』

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リアリテルの、存在を見つける力と隠す力。これでサファイアの在処を見つけ、逃走することは可能だ。問題はペンダットの張り巡らせた嘘。我らの目的そのものが偽であるならば本末転倒。しかし、我は真言の悪魔龍トゥルトゥル。デスシラズより産まれた我は、真実だと思うことしか喋るしかできない。

だが、ブラックモナーク様より与えられた権能。そうして口にしたことは、たとえ実際には嘘であったとしても、真実となるように世界は改変されるのだ!

「…?」

ペンダットは首を傾げる。当然だ。今意気揚々と語ろうとした嘘が、直前になって真実に変わったのだから。

リアリテルは息を潜め、我とペンダットの意識から消える。いざという時には、後ろからペンダットを倒してしまおう。上位存在と呼ばれし者共も所詮は超獣、死する時は死す。ヤツの死体は、ブラックモナーク様への捧げ物としてこの上ない!
リアリテルも簡単に騙された。我が真実しか喋れないことも起因しているのだろうが、少し言葉を選んでウィズダムへの不信感を煽るだけでここまで上手くいくとは!

「勝利のその前に、貴様らの真実を享受しよう」

我はサファイアを握り潰す。


文字、絵、人、カード、デッキ。


「…これ、は…!!」

脳が焼かれそうな衝撃に襲われる。これが。これが!サファイア家の…いや、スターノイドの知る真実!まさかこれほど…これほど甘美だとは!ここまでのものを奴らは隠し通して来たというのか!?

「ク」

込み上げる。

「ククハハハハハハ!!感服するぞサファイアよ!この余りに大きい虚構そのものを虚構として、この世界を回してきたとは!所詮我らは…貴様らを含め!遥かに次元が下の世界に生きているに過ぎなかったのだ!!」
「…サファイア家の真実はそんなんじゃないんだけど。もっとくだらない…いや、キミの真言で本当にまずい真実が、あのサファイアに宿ったのか…」

ペンダットは杖をかざす。

「やっちゃえ、ブレイタン・ガイスト」

白と紺のグラデーションを持つ巨龍の翼が広間を覆い、我を持って余りある大口を開き襲いくる。しかし。

「そんなクリーチャーは存在しない!」

我が一言そう言うと、龍は瞬く間に消えていった。

「貴様では我に勝てぬ、ペンダット!モナーク様に貰いしこの権能、貴様を滅ぼすためにある!」
「…はぁ、めんどくさいな…他にもいっぱい嘘ついたのに、それが全部本当になっちゃうよ」
「真実の中に混ぜるのが上手い嘘の方法だ。何もかも嘘だらけの貴様に勝機は無し!サファイアに込められし真実は我が暴こうぞ、この真言によって!」

"貴様では我に勝てぬ、ペンダット"。心の底から出たこの言葉で、勝利は揺るぎぬものとなった!

「まあショーダウンの前に、折角だからネタバラシを聞いてってよ。キミが手に入れた真実がどうだか知らないけど、それよりよっぽど楽しいよ」
「足掻け!貴様にはもはや騙されぬ」
「そもそもキミ、サファイアの噂をどこで知ったの?ボクが思うに、モナークのためにキミはサファイア家をめちゃくちゃにしようとした。そのためにボクらの手の者…つまりウィズダムの部下のエンジェル・コマンドに接触したんじゃないかな」
「その通り。まんまと情報を引き出した!」
「ボクは記憶をいじれる。大抵は忘れさせるものだけど、時間差で知識を思い出させることもできるんだ」
「それがどうした?何の役に立つ」
「キミは、お仲間のリアリテルからサファイアの話を聞いたんだろ?それはボクが仕込んで、ちょうどいいタイミングで思い出させた嘘なんだ。まあ今や本当になってしまったみたいだけど…。ところで、ボクじゃもうキミに勝てない訳だけど、逆説的に他の人なら勝てるんだよね?ボク以外の者…例えばウィズダムらに負ける可能性を、キミは心から捨てきれてないから」
「…それが?貴様はウィズダムのことを有り得んほど癪に思っている。だからたとえ死んでもヤツをこの場に呼ばない。最初から共に行動していなかったのが証拠だ」
「まだ分からないかなあ。時間差で思い出させた記憶は、サファイアについてだけじゃないかもしれないでしょ」

我は高揚が少しづつ引いていくのを感じた。


「さっきから、姿を現さないね?リアリテル」


まさか。

『リアリテルは最早敵となったのか——』



『声。なんだ?我の声だ。さっきから流れている、おかしい。我は口に出してなどいないというのに』

「ホントだ、意外と役に立つもんだね」

『ペンダットは綽々と語る』

「『心の声言語化バッジ』なんてトンチキも」

その言葉で、我はいつの間にかついていた足裏の星型バッジを砕いた。最悪。焦燥。我は後ろを向く。さっき言葉にしてしまった『真言』は——。

「もっともらしかったでしょ?さっきのボクの嘘は。リアリテルは正真正銘、キミの仲間だったのにね」

頭部に、固い鉄のようなものが押し当てられる感触。

「お前はペンダットキラーな力を持っていたゆえに油断した、ヤツが真実を自ら語ることなんてないのにな」

頭に接している物体は、大きな鍵のように見えた。それを持つ何者かが、言葉を話している。

「闇文明の性か、仲間への不信感を少し煽られただけで敵と断じてしまった。…ホントは全部ペンダットの嘘なのに。本当に上手い嘘の方法は、嘘の中に大嘘を混ぜることだぜ。ペンダットに代わってオレがトドメをさす…そう、オレの名は——」

薄れゆく意識の中、真実は消えていった。


「ウソつきニュースペーパー。今日のジャンケン、グーで記憶をロックだぜ」


鍵が閉じる。


「あっははは!今日のテーマは、言葉の力!哀れな悪魔龍は、自分の言葉で自らの真言を封じてしまいましたとさ。ここから得られる教訓は、『口は災いの元』ってとこかな!」
「まさにお前にピッタリの言葉だな、ペンダット!バカみたいな嘘ばっかりだし!」
「…もう消えていいよ、ニュースペーパー」
「わお!オレにも当てはまってしまったか!」

ペンダットは真言によってリアリテルと入れ替わったウソつきニュースペーパーを消す。そして、トゥルトゥルへ一瞥もくれずに次なる場所へ赴いていった。

……

「申し開きを聞いてあげようか、リアリテル」

ウィズダム様が言った。トゥルトゥルの真言で敵と入れ替わった私は、絶対に破れることのない光の檻に閉じ込められていた。こうなることは薄々分かっていたのだ。それでも、私はやらざるを得なかった。

「私は」

信じていたのです。絶対的な正義が、あなたの元に存在していることを。

大昔、私はアルカディアス様に仕えていました。我が身に余る偉大なる君主です。強力な封殺の力を持つ賢なる王であり、何よりその御心は慈愛に満ち溢れていました。正義と同胞を何よりも重んじ、一介の使用人に過ぎない私へもその愛を与えてくださったのです。私も臣下として、主を愛していました。これほどまでに素晴らしい君主は、他に存在していませんでした。

『今だけは』

頭から離れません。

『私は光文明の君主でなく、お前たちの君主として生きようと思う』

我らを救うために、アルカディアス様が闇へ身を堕とした時のことが。

悪魔の手に堕ちデス・アルカディアとなった主の、最期の姿を未だ私は知りません。記憶を失ったのです。サファイア・ペンダットの力によって。

記憶を封じられ、まっさらな白紙たる私は、長い年月を無為な作業に従事しました。再び我が正義が活気を取り戻し始めたのは、新たな場所——ドラン・ゴルギーニ様に仕えてからでした。

ドラン様の持つ慈愛は、空虚な私の心を満たしていきました。
『隠す力に見つける力。良い能力だ、ぜひ我が家で働いてくれないか』
『正義の実存、それを求めている…か。私が役に立つかは分からないが、手伝えることがあれば気軽に言ってくれ』
『おや!それはいつか失くしてしまったパーツ!見つけてくれたのか、ありがとうリアリテル君』
ドラン様の暖かい言葉に触れる度、同時に何かがちらつくのです。同じように愛を振り撒いてくれた、大切な誰かが居たような気がしてならない。けれど霞がかったように思い出せない。日に日にその違和感は大きくなりました。やがて。

『どうした、リアリテル君!?突然呻き出して』
『…いえ、大したことはありません』
『念の為医者に診て貰おうか』
『お心遣い感謝します。しかし本当に問題ないのです』
『そうか…無理はしないように』
『大丈夫です。ただ…求めていた実存を見つけただけなので』

私の力で、ついに見つけました。かつての君主、隠されしアルカディアス様の記憶を。
そして同時に絶望しました。後世にまで伝えられしアルカディアス様の記録では、主はいつだって清く美しく、神聖な揺るぎない正義を持っていました。主が魔に堕ちた記録などどこにも残っていなかった!
あの方はいつも光文明という大いなる全体の正義のために行動してきました。それを捻じ曲げてまで、アルカディアス様が私たちを救った事の意味、この裏にある重大な覚悟をよく知っています。アルカディアス様は素晴らしい君主でした。しかし聖書にあるような不動の、天上の神では決してない!あの方が悩み、悶え、自ら手を出した禁忌。そこにあったのは普通の人と何ら変わらない葛藤だったはずなのです!
次に、自分の記憶が消えていたことを思い出しました。すぐに私は、サファイア家がアルカディアス様を信仰の対象とするため都合の悪い記憶を消したのだと気が付きました。
確かにあったはずのアルカディアス様の想い。その実存が、清廉な真実に押し潰されてしまったことが、私にはどうしても耐え難かったのです。そんな折に接触して来た悪魔龍、トゥルトゥルに持ちかけられた同盟を、断るはずもありませんでした。

サファイア家に正義はない。そう思ったのです。

理解しています、これが光に仇なす重罪であることは。アルカディアス様がこんな方法を望んでいないことも、これが私の身勝手であることも。

「懺悔は終わりかね?」
「はい。どんな罪でも受け入れます」

私の頭部に、鍵の先端が触れる。

あの時。死して魂だけとなった私は、ずっと暗闇を彷徨っていた。そこで未来永劫終わることの無い苦しみを受けるのだと思っていた。暗闇がひび割れ、あなたが手を差し伸べてくれるまで。

私は手を伸ばす。アルカディアス様。

その手に触れると、主の手はボロボロと崩れ落ちる。私が愛したアルカディアス様は、最早この記憶の他にどこにも存在しないのだと知っている。そして。

「この記憶もロック完了だね」

鍵が閉まり、二度と開くことは無かった。

ドラン様。お別れも言えずに申し訳ございません。パーツは失くさないよう、大切に管理しておいて下さいね。

……

「アナタも申し開きはありますか?」

儂の目の前にいる、ミスティ本人がそう告げる。

「本来東方血土に留まるイデアの海。アナタはそれを超獣世界へ繋げ、悪魔龍たちをこちらへ呼んだ。間違いありませんね?ロマネスク…それも水龍仙の」
「…相違ない」

儂は水のロマネスク。今日に限っては他文明のロマネスクから分離して一人で活動している。

「各文明のロマネスクが分かれてそれぞれの企画を行う…つまり普段一緒にいる者たちが単独行動できることになる。その提案をしたのがアナタだと聞いた時から、怪しいとは思っていましたが。理由をお聞かせ願えますか?」
「…納得できなかったのだ」
「何に?」
「お前たち全てに!」

ミスティの動きが止まる。

「儂らが管理して来た仙界の湧き水を、ウィズダムが勝手に使ったこともそうだ。ミロクのクロスギアが世界を滅ぼしかけた時のこともそうだ!ペンダットが毎日のように真実とも嘘ともつかん噂を流すせいで、世間話の一つも信用できん!冗談ではないぞ、お前たちに我が物顔で支配されるのを許容するほど、世界というのは甘くない!」
「つまり、鬱憤が日々積み重なったということですか」
「…一言で言えばそうなる。何もかもに干渉するお前たちが気に食わないという私情も多分にある。だが、儂は今回死んでも構わない覚悟で望んだ。何千何万年ではきかない恨みは、儂でも驚くほど深かったのだ…特にペンダットは、一歩間違えれば儂たちの日常が壊れかねない嘘を平気でつく。ある時は儂らの記憶を改変しかけ、またある時はモナークの軍勢とうそぶいてトゥルースを放ち弄ばれた」
「…はぁ…」

ミスティは大きなため息をつく。

「…何だ?儂を罰するのか?」
「いえ、逆です。罰する気も失せました。息子が申し訳ありません…」

肩を落とすミスティの様子を見て、儂はむしろ驚いた。

「急にしおらしくなったのお…ここに来た時はとんでもない剣幕だったというのに」

儂は粉々にされた屋台を見回して言った。ひと段落着いたら、ここで三次元フィッシュ掬いでもしようかと考えていたのだが、それも今回は叶わないらしい。

「夫の行動に関しては、ある意味仕方のない面もあります。彼は本来、世界も宇宙も関係なく無際限に知識を求める存在。むしろ自ら心を創り、付与してからは随分大人しくなったものです。それにペンダットがあそこまで捻くれたのは、わたしたちにも一因がありますから」
「…儂こそ、申し訳ない。自らの一時の感情に任せ、ひょっとしたら世界をめちゃくちゃにしてしまう可能性もあった。実のところ、つい先程までやってしまったことへの後悔をこの身に募らせていたのだ」
「いえ。そもそも侵入者を招こうとしたのはペンダット自身です」

突然そんな真実を明かされるので、サファイア家との会話は心臓が持たない。

「なんだと?」
「『真実が封じられしサファイア』の噂を流し、ご丁寧に偽の挑戦状をわたしに見せてきましたよ」
「…不可解だの。わざわざ、何のために?」
「本人が言うことには、『スリルあるアトラクション』らしいですが、まず間違いなく嘘でしょうね」

ビーストフォークにつままれたような顔をした儂に、ミスティが言う。

「わたしが思うに…こっそりブラックモナークの手の者を倒し、記憶を奪う。それを見せて夫へ自慢しようとしたのではないでしょうか。『ボクはこんなにできる子なんだぞ』って」
「より不可解だ。もっと素直にやればいいものを」
「そうですね。私も強くそう思います」
「それで結局、儂をどうするのだミスティ?お咎め無しとはいかんだろう」
「はい。今決めました」

観測者は判決を下す。


「ペンダットのことを、しっかり見届けて下さい」
「…は?」
「あの子が嘘をつくのは…それを誰かに見て欲しいからに他ならない。そしてわたしと夫はそれを怠ってきたのです。あの子はまだ未熟。だからこそ、今からでもしっかり目を開いていたい。そのための眼は多いほどいい」


わたしはペンダットのつく嘘が嫌いだ。でも、ペンダットのことは愛していたいと思う。

「約束ですよロマネスク。いつでもどこでもとは言いません。例えば祭りの最中だけでもいい。ちゃんと見届けるのです、あの子の行く末を」

だから、もっと観測を研ぎ澄ます。完全な観測は、嘘のベールを美しく剥がせる。あの子の嘘も、真実も、まとめてこの目に収めよう。それを好きになれるように。

まだ時間はたっぷりとある。この話だって、まだまだ終わりからは程遠いのだから。

……

独り言をしようか!

ボクが初めて偽物のクリーチャーを作ったのはいつだったかな?10年前?100年前?昨日だったような気もするね。まあそんなことは大して重要じゃないんだけど、兎角その時はウィズダムも母上もいたく喜んだんだ。世界でも救ったのかってくらい持て囃したし、頭だって撫でられた。ただボクが思うに、あれは心からの感嘆では無かったかな。「子供にしてはすごいね」みたいな見下す気持ちが混じっていて、それはいつまで経っても何度作っても変わらなかった。理由はもちろん知ってるよ!ボクの作るクリーチャーはことごとく「偽物」だったんだ。ウィズダムだってクリーチャーを作るし、母上だって自らチューニングしたクリーチャーを使って世界を観測する。でも彼らが作るクリーチャーは全部正しい理論と技術に基づいた、立派な研究の産物だ。どれだけ掛け離れた力を持っていても、それぞれが合理的なフォルムと破綻ない体を備えていて、生物として完成されていた。一方ボクのはどうだろう?彼らはいわば、描いた絵をそのまま現実に立ち上げたような存在なんだ。内部構造は不可解で、生きる上で意味の無い器官が異常に発達していたり、関節の繋ぎ方がヘンだったりする。こけおどしだし見かけ倒し、無駄にエフェクトのかかったビームを放ったり、不必要にダイナミックな動きをしたりする。所詮は虚構の産物さ。
ボクは自分の作ったクリーチャーを「トゥルース」と名付けた。解釈はおまかせする。ある日彼らを使ってとある宗教団体の教本を改ざんしてやった。するとどうだろう、愚かなクリーチャーたちはそれを面白いほど信じて、偽りの信仰を始めた!ボクの虚構が彼らを熱中させたんだ。嘘はいい。つまらない真実よりもずっと、ずっと…。

真実を愛するあの人たちが、そんなボクを好きになるはずがないことなんて分かり切っていた。表面的に甘やかすだけで、ウィズダムたちは嘘だらけのボクを疎んでいる。

それがサファイア家の真実。くだらないな。



「貴方がサファイア・ウィズダム…だと?何を言っている!」

ブルー・インパルスが抗議した。

「そうすぐにネタバラシしないでよ!ここからが面白いんだから、さ」

ボクは二人の侵入者を歓迎した。そしてヘブンズ・ゲートによく似た模様を持つ光を消し、二人のトゥルースと共に歩み寄る。

「改めまして、ボクはサファイア・ペンダット。よろしくね、ジョリー・ザ・ジョニー」
「…こいつらは…」

ジョニーがボクのトゥルースたち…真言を失った悪魔龍と、実存を失った精霊を見た。

「ああ、気にしないでよ彼らとは」

ここでホントのホントに、前奏は終わり。







「『前回』の祭りで戦って、手駒にしたんだ」

「…前回…?」

ジョニーは不思議そう。まあ彼は特に知らない話だ、無理もない。前回開催された魔導祭で、トゥルトゥルとリアリテルがサファイアを盗みにやってきたなんてことは。
薄暗い広間がライトアップされ、祭りに相応しい豪勢な内装が照らされた。インパルスは指を差し、小声でささやく。

「ジョニー。あの装飾、イデアの海で行方不明になった海賊のものだ…!」

"現に、何年か前無謀にも挑んでいった数人の海賊が行方不明になった"

ジョニーはインパルスの言葉を反芻しているみたいだ。トゥルトゥルのデコイにされた、あの陽気で命知らずな海賊たちを思い出す。彼ら、ウィズダムにすぐ蹴散らされたけど腕は確かだったなぁ。

「それも全て、ボクが設定してあげた記憶なんだけどね。ジョニーを連れてきてくれてありがとう、ブルー・インパルス」
「…何?どういう意味だ、インパルス?」

問いかけに、インパルスは俯いて答えない。当然だ。ヤツ自身の正体について自ら話すことができないよう、ボクがチューニングしたんだから。

「シャイだなぁ、代わりに答えてあげるよ。そこにいるブルー・インパルスさんはね…キミをここに呼ぶためにボクが作った偽物なんだよ、ジョニー」

指を鳴らすと、一瞬にして城の中に海水が満たされた。

「なっ…!?」
「面白いよね。こんな何も無い虚構のクリーチャーだって、英雄を狩れるんだから」

ジョニーの機械の体は、水の中では動けなくなる。あいつの体は地面に沈み、立ち上がることができるかどうかってとこだ。これは認識に作用する、いわば偽物の海水だけど、効果は本物と変わらない。

「話が違うぞ、ペンダット!一目見るだけだと…」
「ボクのことを非難できるの、インパルス?キミだって嘘でジョニーを騙したのに?」

インパルスは言葉を失い、その間もジョニーは海水に侵食され続ける。

……

すまない、ジョニーよ。貴方に問いかけたな、"自らの虚構性について考えたことは無いか?"と。

あれは己への問いかけだったのだ。

本物のブルー・インパルスの性格、記憶を複製された分身。その役割はジョニーの釣り餌以上のものではない。己は水文明の守人でもなければ、ジョニーの宿敵でもない。所詮は偽りのトゥルースであり、この世界の何者でもない。帰るべき場所もない。海を守るのは本物のブルー・インパルスであり、己は必要ない。…だからペンダットの命令にも従った。背いてしまえば、己の唯一の存在意義を失うような気がして。

「SET:」

どこまで行っても、己は何者にもなれない。ペンダットの気まぐれで消される虚構。それでも。


"友達になれるかもしれないぜ?"


「SPIRAl HURRICANE」

己はその手を取ってしまったのだ。

銃口を起点に、海水が渦巻いていく。

「おや、楯突くの?ボクに作られた分際で」

渦は海中の旋風となり、全てを巻き込んでいく。城の内装も、沈んだジョニーの体も、己の空虚も、全てを押し流しながら。己は銃を上に掲げる。

引き金を引いた。

ザパァン!と、巻き込んだ海水がまるごと上空へ弾け飛び、ジョニーは空中へ放り出された。海水の塊はしばらく上がった後静止し、再び降り始める。チャンスは一瞬。

「聞こえるか、ジョニー!ヤツ、ペンダットはトゥルースに込めたマナを利用して攻撃する!」

ジョニーの目に光が戻り、こちらを見る。

「この海水は己を媒介に産み出されているのだ!後は分かるな、決断せよ!」

貴方の鋼の腕が、銃を構える。その目は逡巡している。大洪水が、空からもうじき我らを呑もうとしている。

「迷うな!己はいつか消される身!!今すべきことを…真実を見極めよ、ジョニー!」

直後、己の心臓は撃ち抜かれていた。ジョニーの銃口から、微かな煙が昇る。虚構のベールは剥がされ、己の体は消えゆく。

それでいい。


「…ありがとう。最期に、己を貴方の友でいさせてくれて」

遅れて降り注ぐ海水はもはや質量を持たず、己と共に朽ちていった。

……

「あ〜あ、消えちゃったか。まあ…だから何だって話だけど」

ジョニーはボクを睨みながら関節から水を排出し、立ち上がる。

「…なぜ俺をここに呼んだ?こんな手の込んだ真似をして」
「う〜ん、理由は色々!ゼロの中でも一際異質な、自由の力。キミはその貴重なサンプルだっていうのが一つ。だけど一番は…キミの成り立ちに興味があってさ!」

嬉しくて、ついつい語りたくなってしまうな。

「デュエル・マスターに創られた…それも、理論もクソもない一枚の絵から!そんな生き物がこうして気ままに生き、感情を持つなんて…あまりにも上質な虚構じゃないか!ボクは嘘で世界を満たしたいんだ。真実よりもずっとエキサイティングな嘘で!ボクを、虚構を嫌い軽視するやつらに一泡吹かせてやるんだ!」
「…そうかよ」

どうやらお喋りはここまでらしい。ジョニーは再度銃を構えた。無駄だけどね。

「やっちゃえ。トゥルトゥル、リアリテ…」

杖をかざす前に、炎が迸った。ぎゃりりと耳障りな音を立て、サーフボードに乗ったジョニーがボクの懐に潜り込む。速い。火文明の力か!銃を眼前に突きつけられる。

「引き金は二度引かねえ。一発が全てだ」

「…残念賞」

銃弾は出ない。ボクは手に持った鍵で銃口に触れていた。引き金はロックされ、もはや一発も出ない。

「怒ってる?ジョニー。それでもボクらの力には…」
「よそ見してていいのか?」

背後。わずかに、金属同士が擦れ合う音が聞こえた。何の音だ?そう思う間もなく、銃弾がボクの首元を掠めた。金の髪の毛がはらりと落ちる。

これは、インパルスに撃った弾…?今まで水のせいで音に気が付かなかったのか。跳弾して…。でもボクを外した?

そう余裕ぶって考えていたから、意識のフォーカスが遅れた。

次いで大きな金属音が響き、銃を封じた鍵が弾き飛ばされたのだ。跳弾が狙っていたのはボクじゃない!

ジョニーの引き金がアンロックされる。

「まずった」

死んだら復活が面倒なんだよなあ。銃声に、思わず目を瞑る。




「…は?」



それなのに、いつまで経ってもボクは死ななかった。
びくびくしながら目を開けると、目の前には小さく咲いた花が銃口から飛び出ている。

「今度はお前が騙されたな」

ジョニーが得意げに言った。ムカつく。

「…なんで?」
「言ったろ?引き金は二度引かねぇ。ガキを撃つ引き金は、一回たりともねぇ」

銃がホルダーに仕舞われた。

「はぁ?ガキ?ボクはお前なんかより何千倍も生きて…」
「ガキだガキ。俺が出会った頃のジョーよりずっとガキだ。肉体の話じゃねぇ、精神の問題だ」
「なんだと?ボクのどこがガキだって言うんだよ!」
「そうやってムキになるとこ。俺たちを苦しめるのを楽しんでるとこ。真実だウソだなんだとこだわってるところ」

ジョニーは背を向け、悠々と出口の扉へ向かって歩く。

「お前は虚構をバカにするヤツに一泡吹かせるとか言ってたがな。一番バカにしてるのはお前自身に見えるぜ」
「どこが!」
「じゃなきゃインパルスをあんな風に言ったりはしないだろ。心の中では、真実よりウソを下に格付けしてる証拠だ」
「はあ…?」

言葉に詰まった。

「いいか?真実とウソ、どっちが良いとか悪いとかなんて無い。ただ、良い真実悪い真実、良いウソと悪いウソがあるだけだ。たとえウソだって誰かを救えるんだぜ、俺たちジョーカーズがクリーチャーワールドで戦ったように。作られたインパルスが、俺と友になれたように。勝手に人の心を想像するなよ。お前が嫌われてるのは…察するに、お前が悪いウソばかりついてるからなんじゃねぇか?」
「…別に、そんなことないよ」
「ダウトだ、そんな面には見えないな。…これでも、俺はお前を恨んでない。インパルスを弄んだのは許せねぇが、この、仙界?だったか。まだ見ぬ場所へ連れて来てくれたことは感謝してるくらいだ」

ジョニーは振り返って言った。

「結局、お前はただ嫉妬してるようにしか見えなかったぜ。空想が起源なのに、自由に生きてる俺たちを。確かに俺たちは架空の産物…虚構なのかもしれねぇ。だけどな、どうせウソなら、より良いウソを目指すだけだ。おいとまするぜ」
「…逃げられると思ってるの?」

そう言うと、出口の扉は堅く閉ざされる。

「お前こそ、俺を追う余裕なんてあるのか?」

その時、扉にどん!と衝撃が加えられた。こっちからじゃない、外からだ。また扉がのけぞらんばかりの力で叩かれ、その間隔は短くなっていく。

「今年の祭りは前回までと打って代わって、様々な新しい試みをしているみたいだな。例えば」

ついに、扉が向こうから破られた。

「リアルタイムで催し物を企画して、参加を募るとかな」

『さあ始めるぞ皆の者!サファイア・ペンダットに恨みを晴らそうゲーム!!』

身も蓋もない名前が叫ばれ、数多のクリーチャー達が城に乱入してくる。一体誰が、こんな企画を!?…心当たりが多すぎてわからない!

……

「よう、ジョニー。全く手間かかる弟だな」

混み合う中、ぶっきらぼうな声がかかる。

「ジョルネード!やっと来たか。これはお前が企画したのか?」
「いや。アイツに持ちかけられた」

ジョルネードが親指で方向を示した先にいたのは、水のドラゴン。

「ロマネスクと申す。よろしく頼むぞ」
「アンタ…イデアの海で俺たちについて来てたドラゴンか!」
「左様だ。あの海が再び何者かによって異世界へ繋げられたと聞いてな…やはりペンダットが犯人だったか」
「つーかよ!念の為後をついて来てくれって言うから承諾しちまったがな、異世界までついていくなんて思いもしなかったぞジョニー!そこの…水龍仙のロマネスクさんが案内してくれなかったらあのめちゃくちゃな海の中でくたばってたぜ」
「ジョルネードを呼んでくれたのか…ありがとな、ロマネスク」
「礼に及ばず。約束だからのお」
「約束?」
「ああ。儂はあやつの行く末を見届けねばならん」

その瞳は、ペンダットに注力されていた。

「…そうか」
「おい、帰るぞジョニー!こんな訳の分からんとこに居られるか!」
「まあ急くなよジョルネード。せっかくここに来たんだ、少しは観光しないと損ってもんだろ?」
「はぁー。めんどくせぇ…」

俺たちはいつも通りの会話をしながら城を出る。帰ったら、本物のインパルスに会いに行こう。もちろんお前とは別物だぜ。だがそれでも会ってみたいんだ。本来のお前がどんな奴なのか、俄然興味があってな。

俺の旅はまだまだ続くだろう。

……

洒落にならない。洒落にならない!
雪崩れ込んできたクリーチャーたちはボクめがけて一直線。質量だけでも、命がいくつあっても足りないレベルだ!

「トゥルトゥル、リアリテル!」

ボクの存在を隠しトゥルトゥルに応戦させる。しかし逃げ場は無いので時間の問題だ。これが今までついた、『悪い嘘』のツケってやつなのか。

「おい、ペンダットがいないぞ!」
「隠れているだけだ。私の力で暴こう!」

グランド・アルカディアスが剣をかざすと、たちまちリアリテルの力は無力化されてしまった。考えろ。まだあるはずだ。そうだ、型破りなあの力を使ってみよう。

「時よ止まれ!」

鍵を掲げると、時計の紋様が空中に出現しクリーチャーたち全員の動きが止まった。

この術はいたく疲れるな。

「はぁ…。ボクの鍵でも時間を止めることはできないよ……止まっていると思わせることはできるけどね」

息を整える。これから来る脅威に備えて。

「でもその程度だと突破してくるヤツもいるから…ホント仙界って辟易するよ」
「うらあああああ!!」

擬似時間停止をものともせずに向かってくるのは、ミロク。

「アンタ次元のオール・イエス壊したなあああああ!私の愛するクロスギアをー!!」

ぶん投げられたガイハートが時計の紋様を貫き、停止が解ける。クリーチャーは再びボクに迫る。

「喰らえ!とっておきだあああ!!」

だがそれら全部ひっくるめて敵わない脅威。

ミロクが構えたのは、時空をも歪ませる魔弾。

「ぎゃ、超銀河弾HELL…!?やりすぎでしょ」
「問答無用!」

灼熱がボクを襲う。出力を抑えられているとはいえ、さすがに強い。死すらも、ボクの前では偽りにすぎない。もちろんこの程度ではボクは死なないし、死んだとしても生き返れる。けど、それはそれとしてすごく痛い!

「ぐっ…はぁっ…全く…」

動きが鈍る。クリーチャーたちがボクの元へ集う。もうどうやっても防げなさそうだ。

母上はこれを見ているのだろうか?どちらにしろ助けは期待できないな。むしろ密かに楽しんでさえいるかもしれない。あの人たちは、本心じゃボクをそんなに好きではないんだろう。ボクは嘘つきだし。ボクだって好きじゃないし。


"勝手に人の心を想像するなよ"


忌々しい言葉がフラッシュバックする。…ああ、なんでこんな時に!

嫌な気持ちでいっぱいだ。癪な思いが飽和して散々だ。それでもボクは頼らなきゃいけないらしい。たとえこれが偽物の希望でも。勝手にあの人たちの心を想像するのは、やめだ。

立ち上がった。




「これから言うことは、全部嘘だけど」



ドラゴンの炎が放たれる。クロスギアが喉元を捉える。二発目の超銀河弾が装填される。








「助けて欲しい、父上」
「合点承知だ!ふはははは!!」







全ての攻撃は弾かれた。英知の防壁によって。

「今日のテーマは、絶対防御。明日のテーマも、絶対防御。お前が望むのならばね、ペンダット」
「…そう。か…」

クリーチャーたちは、突然のウィズダムにたじろぐ。やる気でいるのはミロクくらいのものだ。前回の魔導祭で嫌というほど戦ったのだから、彼らはウィズダムの強さを身を以て知っているはずだ。

「私、降臨。さあどうした?せっかくの祭りなのだから、もっと楽しもうじゃないか!」

城の中が、閃光で満ちていく。

……

「おら、ジョニー。水の力だ、ありがたく使え。俺はもう帰っからな」

ジョルネードが力を分けて、速攻で姿を消す。これで水の中での活動もできるようになった。

「ここがブルー・インパルスの縄張りの近くです。本物の彼は、誰だろうと侵入者に対し苛烈ですよ。気をつけて下さい」
「了解したが…アンタ、凄い奴なんだろ。わざわざ俺たちを直接送っていっていいのか?ミスティ」
「気にしないでください、わたしは扉を使って好きな場所へワープできますから。アナタたちの物語をこの目で見てみたくなったのです。あと…これを」

そう言って彼女が懐から取り出したのは、宝石のサファイアだった。

「…これは?」
「あの時散った、ブルー・インパルスのトゥルース。彼の記憶をサルベージしたサファイアです。砕けば記憶を戻せます。使うかどうかは、アナタにお任せしますよ」

俺はサファイアをまじまじと見て、受け取った。使うかもしれないし、使わないかもしれない。どちらにせよ、それを決めるのはきっと本物のインパルス自身なんだろう。

「分かった、ありがとな」

俺はジョルネードの水の力と合わせ、ジョギラスタの能力を解放し海底へ潜った。



「ここであるか?侵入者が探知された場所は。誰であろうと追い返してやる」

声がして、何者かが歩いてくる。咄嗟に柱の裏に隠れた。後ろに揺れる面布。半透明な剥き出しの肉体。スクリューを内臓した銃。確かに、ブルー・インパルスその人だ。俺を排除する気まんまんだ、ここは様子を見て…。

「ハッ。なんて」

インパルスの前に飛び出した。コソコソするのは、俺の性分にゃ合わねぇぜ!

「よう、友よ。初めまして」
「…発見。SET:SURF SPIRAL」

結局戦うことになるんだな。それも良い!お前がどんな奴なのか、もう一度知ってやる。銃を構えた。

「引き金は二度引かねぇ。一発が全てだ!」

……

「オレこそ♪オレこそ♪ヴァッルペッキュラ~♪はぁ…」

俺はゴルギーニ家の屋敷を歩いていく。今日はパーティー。だが今回はシノビの反乱が起こってお開きだ。ジャシンも襲来してきてしまったし。

「お前が消えてから、てんわやんわだよリアリテル…」

昼だというのに、太陽が失われたためとても暗い。明かりを見つけようにも、シノビのせいで電力はめちゃくちゃで油の場所も知らないからお手上げ。

それでも、4年前よりはマシだと思えてしまう。お前が消え去ったあの日より。
他の精霊…エルラ・ルージュたちはジャシン対策に忙しいし、ジャシンに敗北したドラン様を気にかけて屋敷に残っているのは、精霊の中で俺だけだ。

「ともかく、まずは明かりだな…」
「これを使え。見つけておいたぞ」

ぽん、と火を灯した行燈が渡された。

「ああ、ありがと…って!え!?」
「なんだ?私の顔に何かついているのか?」
「何もついてねーよ!それ以上に問題だよ!」

灯りに照らされ、ぼんやりと浮かぶその姿。紛れもなく、リアリテルだった。

「今までどこ行ってたんだよ!?こっちは大変だったんだぞもう!」
「?知らなかったのか、私は他文明を旅していたのだぞ?別れ際に伝えたはずだ」
「ええ!?いや…」

記憶をまさぐってみる。確かに、そんなことを言っていた気がするな…。じゃあ今までの感情は杞憂だったのか。いやいや、そんな訳ない!なぜか記憶はそうなっているが、俺の「真実を判定する力」がこの記憶を嘘だと言っている!

「何がおかしいことがある。私は確かにここに実存しているぞ」
「…まあ、そうだよな」

俺は苦笑した。

「俺、最近気がついたんだけどさ」
「なんだ?」
「細かいことはどうでもいい性格だったわ。お前が戻ってきてくれさえすれば」
「…はは!怠けた真実だな、ヴァルペキュラ!」
「全くだ。真実の名が呆れてしまうぜ」

俺たちは、えらく久々に笑い合った。それだけで、これまでのどんなパーティーよりも楽しかったんだ。



『これで良かったの?事なきを得るような、偽の記憶をみんなに植えつけて。アナタ前から精霊を欲しがってたじゃない』
「…別に。ただ、ちょっとだけ『良い嘘』ってものに興味が湧いただけさ。ボクをして認める、随分と性悪な記憶封じの力は、裏を返せばどんな罪人も、どんな思想のクリーチャーも不問にできる力だからね。ウィズダムだって文句は無いでしょ」

暗い中、ボクはワープホールから彼らの様子を観測する。

「それと!ボクはもうそんな風には甘やかされないから。欲しいものの一つや二つ、手放すことくらいなんでもない!」

とはいえ、リアリテルのあの能力はいくらでも悪用できそうで勿体無かったな。悔しさがかなり込み上げてくる。

『ふふふ。良い嘘をついた気分はどう?』
「愉快。ボクの手のひらで踊らされていることにも気がつかず、呑気に笑ってる様子がね」

心の底から、そう言った。善行をしたところで別に特別な感慨もないや。

『他人が喜ぶことをして愉快になるのは、良い傾向ね』
「そう思いたければ勝手に思っててよ」
『そうするわ』

ボクのことをじっとり観察してくるので、母上が苦手になりそうだ。まあいいや、まだ祭りは終わっていない。ここからがラストスパートだ。

……

「もうじき夜だねぇ、ミスティよ」

城の中で、ウィズダムは囁く。

「そうね。息子たちはディナーに来なかったみたいだけど」
「二人きりだって悪くないさ!家族愛は最高のスパイスというが、私の君への愛はそれに勝るとも劣らないよ?」
「結局、明朝じゃなくて夜に食事になったのね」
「君はそっちの方が好きかと思ってね。私も嫌いではないよ、宵闇は朝焼けのプレリュードにすぎないのだから」
「…そう」
『それに星空も出て来たしね!』
「うわっ!直接来ずに覗き見かね、性が悪いぞペンダット」

ボクの操る球体に、二人は注目する。

『いや、わざわざキミたちを覗き見したいヤツなんていないって』
「まあしかし、星空は悪くないな。ミスティと見るなら尚更だ。よし、もっとお洒落にしてしまおうか!」
「……」

ウィズダムが指を鳴らすと、城の壁は透過し、透明度の低いステンドグラスは明け透けに光を通すようになった。

そしてウィズダムは目撃する。

「…おいペンダット。さすがにこれは私でも怒り心頭な感じになってきたぞ」
「星一つない、見事な曇天ですね。月すら二つとも見えないなんて」

ボクは何も答えない。

「ははあ、そういえばお前、随分前に目にもの見せてやるとか息巻いていたな?この程度で私を負かしたつもりかね?」
『そんなこと言ってたっけ?』
「ああ、確かに言った!私はお前が産まれた時から、一言一句をしっかりと記憶に留めているのだ…お前の嘘全てを看破できるようにな!お前が覚えてなくても、私だけは知ってるぞ」
「アナタだけが知っているってセリフ、なんか、ちょっと、気に食わないわね」

ミスティが口を挟む。

「みんなが知ってることは、わたしも知ってること。アナタの知識はアナタのものだけじゃないし、独占はさせないわ」
「…ミスティ…!」
『…はあ。惚気話は後にして欲しいな』

きっと、ボクが息を吐くようにする嘘の数々を、二人はご丁寧に全部看破しているのだろうな。本当、気に食わない。




どうせ見破られるのなら、もっとびっくりさせる嘘を。どうせ祭りなら、みんなが目を見張るような嘘を。どうせつくなら、よりよい嘘を。



『目にもの見せてやる』

星が一つ灯った。

「…?あれは…」

次第に、一つ一つ星が現れていく。それぞれが一等星ほどの輝きを持って豪華だ。本物の星空よりも綺麗な、幻想の星。

間髪入れずに、天の川がずらりと並んだ。けどただの天の川じゃない。

「うわー!?流れてる…実際の川みたいに!」
「こっちに来たぞ!なんて綺麗な…」

どこかで、多大な歓声が上がった。縦横無尽に動く莫大な光の粒子は、仙界中を駆け回っていく。それはボクをしても、この世のものとは思えないほど美しい光景だった。

「これって、前の魔導祭で光のロマネスクが売ってた星々の輝き?」

丘の上。ミロクがボクに聞いてきた。

「そ。ほぼ丸々売れ残ってたから、買い叩いてちょっとチューニングした」

ボクは交響曲の指揮者のように、杖をあっちへこっちへと振り続けた。こっちは綿密に流れを設定したんだ。使った星の輝きの、各々に感動させてやる。

偽りの星々はあまりに豪勢な流星群になり、仙界の地面に落ち明かりを満たしていった。

せいぜい好きに願い事を言ってね!嘘の星じゃ、どうせ叶わないだろうけど。

そうして夜空が再び真っ黒になり、ここら一帯が幸せの光に包まれた中、それは現れる。


夜に溶け込んだ中から亡霊みたいに浮かび上がる、白いグラデーション。

「え…ペンダットのトゥルース!?」
「正解!」


曇天を一閃、ズバババーン!と光が弾けた。
バキュバキューン!と音が爆ぜた。

夜闇を激しく動く星をバックに、ボクは架空のクリーチャーたちを踊らせる。禍々しい龍も、悪夢の鎧も、今はただ、キミたちを楽しませるためだけに。闇のビームに剣舞が星と共に舞い、消えては現れ、息もつかせぬ即興劇を披露する。指揮者になって杖を振り乱し、煌びやかな世界は広がっていく。

「また作り物で遊んでいるようだね、ペンダット」

球体に、ウィズダムが話しかけてきた。そして一言。

「良いじゃないか!」








「ええ…ペンダット、なんでそんなに笑ってるの?」
「いや!とても愉快でさ、ボクの嘘にクリーチャーたちの心がてんてこ舞いなのが!」
「ふーん…そう」

ミロクは微笑の入った表情でボクを見た。ボクはそっぽを向いて、顔を隠した。星はまだまだ、偽りの素晴らしい輝きを見せていた。




『良かったでしょ?ペンダットのニセプラネタリウム!今日はみんな、ボクに屈服して眠ってね!』

全部終わった後、ボクの言葉が流れた。一拍置いて、手を叩く音が鳴りはじめる。拍手だ。それを理解するまで時間がかかった。




仙界中が拍手をしている。みんな、ボクのことを嫌いなくせに。




良い嘘、か。

「ぱちぱちぱち!綺麗だったよ、ペンダット」
「はぁ〜…疲れた。もう二度とこんなのやるか。というか、この疲れの半分以上の原因はキミがHELLをぶっ放してきたせいなんだけど」
「あれで今までの所業全部ちゃらにしてあげたんだから、むしろ温情に涙して欲しいね」
「なんて身勝手なやつだ」
「その言葉、お返しするよ」

ミロクは串団子を美味そうに頬張った。

「食べる?一つあげるよ」
「じゃ、お言葉に甘えて」

ミロクが食べているのとは別の種類の、五色の団子を渡された。勢いよくかぶりついた後で気がつく。

激辛とウワサの、ロマネスクの五色団子。今年も出てたのかよ!時すでに遅し。

「どう?美味しい?」

にやけを隠しきれずに、ミロクが聞いて来た。

「…ちょうおいしい!」
「そんなに辛かったんだ…」

舌が焼ける。まずった。泣きそうだ。


全く。今日はジョニーに一杯食わされて、ウィズダムを頼る羽目になって、ミスティに鬱陶しく観察されて、リアリテルを手放して、こんな疲れる真似した挙句激辛団子を食わされた。本当に…。


「最悪だよ」

また一つ、嘘をついた。祭りはまだ終わらず、夜は更けていく。

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