あたらしいことはなにか。

昔、瀬戸内の島に住んでいたことがある。今では考えられないが、夏に雨の降らない日が続くとよく水不足になった。断水になることもしばしばで、ひどいときは1日8時間しか水が出ない日もあった。転勤族で土地に慣れない我が家も、狭い台所にどでかい貯水バケツを置いていた。父親の仕事の都合とはいえ、今思うと見知らぬ土地で主婦としてひとり奮闘していた母親のタフさには頭が下がる。

今年の首都圏は例年より雨が多い。気温もバカみたいな暑さはどこへやら、随分過ごしやすい気候が続いている。これなら大丈夫かと重い腰を上げて久しぶりに夏フェスへ参加した。ただ、日中に屋外で音楽を聴き続けられる体力には自信がなく、夜から始まる屋内フェス「ソニックマニア」へ足を運ぶことにしたのである。

開始が22時からなだけあって、未成年は入場禁止。登場するアーティスト数も少なく、ゆっくりと見て回れた。音を体全体に浴びる心地よさを忘れていた身にとって、久しぶりのライブで失っていた音楽熱を取り戻すことができた。音楽はひとつの作品を異なる形で受け手に提示できるエンターテイメントだ。再生メディアとライブ、両方を楽しめる。残念ながら、出版にはその区分けがない。紙の本だろうが電子書籍だろうが、すべてメディア上で再構築されたものを楽しんでいるに過ぎないのだ。ライブがあるからこそ、日常的に音楽を聴くモチベーションが湧いてくる。

出版業界の不振に理由は数あれど、その原因の一つは体験ベースでメディアを再定義してこなかったことにあるのではなかろうか。ようやくライツビジネスという異なるキャッシュポイントが脚光を浴びはじめたが、それも現状ただの副次的なコンテンツ利用でしかない。

この課題の答えになりうる店が、新たに池袋で産声をあげた。天狼院書店の新規店舗である。天狼院自体の説明はさまざまな場所で紹介されているので省くが、この店で行われている数々のイベントは読書という体験の意味が何なのかを深く教えてくれる。エンターテイメントに触れるお客様にはそれを求める理由があり、背景があり、文脈があるのだ。これまではメーカー側から一方的に提示するエンターテイメントしか存在していなかった。しかし、それで満足できる人は日々少なくなっている。新しい時代のエンターテイメントが何なのか、メーカー側にいる人間がどこまでトライ&エラーできるかにかかっている。

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