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ボスが描く、自分への教訓画を想う

日めくりルーヴル 2020年8月28日(金)
  『阿呆船』(1505−1510年)ヒエロニムス・ボス

8月28日の日めくりルーヴルは、『阿呆船』。
謎に包まれた画家、ヒエロニムス・ボスが500年以上前に描いた寓意画です。

2017年5月。美術鑑賞にハマってしまうきっかけとなった展示会<バベルの塔>展で初めてボス作品やボスに影響を受けた作品と出会いました。
「漫画のような絵、これが美術作品なの?」
「シュールな動物や奇妙なキャラクターが  “キモ可愛い” くて今っぽい!」
と、興味は湧いたものの、足早にお目当ての『バベルの塔』の部屋に向かったのであります。
今から考えると、25作品ほどしか現存しないボスの作品を見る貴重な機会でした。もったいないことをしました。

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1450年頃にネーデルランド(オランダ南部)で生まれたボスは、レオナルド・ダ・ヴィンチとほぼ同時代を生きた画家です。しかし彼の描き出す世界観は、誰の影響も受けていない独自のものであり、美術史上分類が困難な画家と言われています。

__作品の中には伝統的なものもあるが、ヒエロニムス・ボスが生み出した絵画は、美術史上、最も強烈で幻想性に富む。作品には、醜く恐ろしい生物であふれる気味の悪い世界が描かれ、それは中世の人々の心に取り憑いていた地獄の恐怖心を生々しく形にしたものであった__(ルーヴル美術館HPより)
ふむふむ。

彼の代表作を見てみましょう。

画像1

        三連祭壇画『快楽の園』(1510−1515年)プラド美術館

左翼は、創造主がアダムにイヴを引き合わせる真実の楽園(過去)
中央は、快楽に溺れ、欲望のままに現世を謳歌する人間。罪深い偽りの楽園(現世)
右翼は、人間が死後の世界を苦しみ抜く地獄(未来)

色鮮やかな画面に目を凝らすと、奇妙な動物、青白い人体、巨大な果物、斬新な建物や楽器など、ボスが創造した摩訶不思議な情景が展開しています。
不気味だけどユーモラス、キモ可愛いけど心が乱されるような嫌悪感もあります。

ひとつ一つの部分から構成される大作はまるで、
  文字を散りばめた文学作品のような、
  音符を並べた交響曲のような
  具材を盛り付けた料理のような(?)
そんな印象を受けます。
文字が読めなかった中世の人々に、人間の愚かさ・醜さを説く教訓画として、これ以上のものはない!でしょう。

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私はとても愚かな人間です。

幼い頃。世界は自分を中心に廻っていると信じていました…おバカですね。
学生時代。私にやり遂げられない事はない、何者にでもなれる!と思っていました…努力もせずに。
就職してから。周囲の人や環境に恵まれて与えられたポジションで、自分ほど仕事ができて他人の信頼を集められる人はいない、と勘違いしていました…天狗になっていたのですね。
人生につまずく人は、やる気や努力が足りないのだと思い込み、多くの人を傷つけてきました。

幸いにも、10年ほど前に病気をして、いろいろなことに打ちのめされました。
そして等身大の自分を見つめること、他人の痛みを理解することができるようになったつもりです。以前のような極端に愚かな考えはしないと思います。
しかし、元来調子に乗りやすい性質。
気を抜くとすぐイイ気になります。すぐ怠け者になります。

これまで観てきたギリシャ神話や聖書の一場面を描いた作品の多くは、何らかの教訓を含んでいるといいます。しかし、私には今ひとつピンときません。
神話や聖書の内容を理解していないことに加え、巨匠たちが描き出す魅惑の世界に酔いしれてしまうことが大きな原因だと思います。

しかしボスの作品は、ズドーーーンっときます。自分の愚かで醜い部分を太い木杭で突かれてしまうのです。そして それを素直に受け止めて、自分を律することができる気がするから不思議です。
私にとって 最も強烈で生々しい教訓画、それがボスの作品なのです。

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さて、本日のカレンダー『阿呆船』を見てみましょう。

画像2

ボスが教会の腐敗や道徳の乱れを風刺したと言われる作品です。

クレープ食い競争に興じる修道士と修道女、道化の衣装を着て小枝の上で酒を飲む子男、ぶら下げられたガチョウの肉を切り取ろうとする男もいます。何と愚かな。
画面右下には小舟から身を乗り出して吐く男、その反対側には水差しで青年を殴ろうとしている女も描かれおり、ちょっと嫌悪感を覚えます。
船にそびえ立つ帆先には、怪しげなフクロウのような顔がのぞき、たなびいているのは、異教徒の ’のぼり’ だそうです。
愚かな阿呆どもは、漂流する船がどこに向かっているのか知ろうともしません。
嘆かわしい…。

ふと、今の私をボスが描くとしたらどんな作品になるのか想像してみました。
面倒くさいことは見て見ぬ振り、楽な道に逃げ込んで自分の周囲だけが平和であれば良い、と ぬくぬく毎日を過ごす自分。

この阿呆船の隅で、お菓子をつまみながら絵本を読んでいる私が見えました。
想像するだけでも、ボスの絵はズドーーーンっと来ます。
いかん、いかん!
私はこの船から降りるために努力を始めます。今日から。

<終わり>


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