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蘇る!ボッティチェッリのリズム

2019年秋・ルーヴル美術館。大作に囲まれて溺れそうになった展示室を抜けて 通路に出たと思った瞬間、突然ふわ〜っと柔らかな風を感じました。
その場に立ち止まってみると、冒頭の作品がありました。

ところどころ剥げ落ちている古めかしい壁画なのに、軽やかで華やか。
滑らかな輪郭で描かれた女性たちが纏う美しい色彩のドレスや髪の毛は、空気をはらんで優しくなびいています。見ていると漆喰までも柔らかく感じられてきました。これは只者ではないぞ!と素人の私はキャプションを見て納得。

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Alessandro Filipepi dit Botticelli(1445−1510年頃)
(アレッサンドロ・フィリペピ 通称ボッティチェッリ)

ボッティチェッリといえば『春(プリマヴェーラ)』と『ヴィーナス誕生』の画像しか知らなかったのですが、「うんうん、そうそう、コレコレ!」と勝手にボッティチェッリのことを全部理解した気になったのでした。

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2021年1月の最終週は、ボッティチェッリについての推考です!
『ヴィーナスと三美神から贈り物を授かる若い女性』(1483−1485年頃)。

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画面左側には、三美神と彼女たちに付き添われたヴィーナスがいます(ヴィーナスの右肩から上部にかけて漆喰が剥がれ落ちているため、最初右腕を高く掲げているように見えました💦)。
藤色や桜色を思わせる透明感のあるドレスを身にまとい(ふわ〜っ)、
素足で軽やかに花嫁と思われる右側の女性に近づき(スーーッ)、
彼女が差し出す布の中に贈り物を授けようとしています(はらり)。
一方 画面右側の花嫁は、緋色の衣服と靴をきっちり身につけ、ヴィーナスの姿など見えていないような表情をしています(無音という音)。神聖な祝福を全身で感じ取ろうとしているのでしょうか。
右下端ではアモルが「作品の境界はココだよ!」と指し示しています(トントン)。
いろいろな擬態語での表現がピッタリ。とにかくリズムがあるのです。

『春(プリマヴェーラ)』と『ヴィーナス誕生』をウフィツィ美術館で見た人の感想を読むと、春風が吹いてきた、柔らかな風が駆け抜けた、と一様に風を感じているようです。

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私は画像で見るだけですが、
ふわーっ、サラサラ、ひゅーっ、ゆらゆら、ざざざーっ、はらはら、という音とリズムを感じ取り、そして草や木の緑の匂い、甘い花の香り、爽やかな風の匂いや懐かしい潮の匂いがしてきます。開放的な空間に広がる優美な世界に、五感が刺激され夢心地になるのです。
これぞボッティチェッリ、これぞルネサンス❗️とiPadの前で一人で盛り上がってしまいます。いつか、この絵の前に立ちたいものです。

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そんな “私が考えるボッティチェッリ” に待った!をかけられたのが、2020年<ロンドン・ナショナル・ギャラリー展>で観た『聖ゼノビウス伝より初期の四場面』(1500年)です。リズムを感じることができません。

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<ロンドン・ナショナル・ギャラリー展>予習のために投稿した記事では、自分なりに調べて “晩年のボッティチェッリは画風を変えて、ひっそりと筆を置いた” ため、と書きました。
フィレンツェを追放されたメディチ家に変わって神権政治を行おうとしたサヴォナローラの影響もあったのですね。

今回改めていくつかの資料を読みました。
ボッティチェッリは15世紀以降400年に渡って忘れられた芸術家であり、彼を再発見したのは、イギリスのラファエル前派らであること、ボッティチェッリ生前の評価は「知的で、力強く男性的」だったとも…。
あらま。何だかイメージが違います。
どういうことなの???

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本日の作品『ヴィーナスと三美神から贈り物を授かる若い女性』(1483−1485年頃)。ルーヴル美術館のホームページによれば、
この絵画は、約535年前にレンミ家・別荘の回廊に描かれたフレスコ画連作の一つで、漆喰の下から発見されたのは1873年。見つかった連作のうち、1882年にルーヴル美術館が2点を取得したそうです。
長い間壁の中に埋もれていたのですね…。

そして『春(プリマヴェーラ)』や『ヴィーナスの誕生』も、1815年にウフィツィ美術館に収められるまでは、メディチ家の食堂に飾られていたといわれているので、メディチ家とその周辺の “ごく限られた人” を除いて、一般の目に触れることはなかったそうです。

当時の一般の人々は、これらの作品を知らなかったのですね!
作品がもっと早くに一般に公開されていたならば、ボッティチェッリの研究はもっと進んで “忘れられていた芸術家” などと言われなかったに違いありません(私見)!。

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さて、『春(プリマヴェーラ)』『ヴィーナス誕生』を見ることができた “ごく限られた人” の中に含まれていたヴァザーリは『ボッティチェルリ伝』の中でこう語っています(訳:平川祐弘先生)。

(裸の婦人像もかなりたくさん作ったが)そのなかの二枚の作品が今日でもコージモ公の別荘であるカステルロに伝わっている。その一枚は『ヴィナスの誕生』で、微風にはこばれてヴィナスがキューピッドたちとともに海辺へ着くところであり、他の一枚は、ヴィナスが美の三女神によって花の冠を授けられているとことの絵で『春』を表している。この二つの作品は彼の手でまことに生き生きと優雅に描かれている

実は我々が見る『春(プリマヴェーラ)』とヴァザーリが観た『春』を表した作品は別ヴァージョン作品であるらしいのですが、『春』という題名はヴァザーリのこの記述から取ったそうです。
そして、何百年も経ってから目にすることが叶った素晴らしい作品の作者を特定するために、ヴァザーリの記述がどれ程役に立ったことか…。
そしてヴァザーリの『ボッティチェルリ伝』面白いです。

彼は自分の好きな事柄は何でもすばやく習ったが、いつも落ち着きがなく、読み書き算盤などには一向に打ち込むことができなかった

ヴァザーリの記述をそのまま鵜呑みにすることはできませんが、画家のプライベートに触れられるようなエピソードは面白いです。

サンドロのデッサンの巧みさは別格であった。それだから彼が死んだ後、画工たちは彼のデッサンを1枚でも良いから手に入れようとして、いろいろ苦心した

その後に続けて、

私は自分のコレクションの中に、彼のデッサンで見事な腕前と眼識を示す作品を幾枚か持っている

と自慢しているところが、ヴァザーリらしいですね。

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最後に、昨日の投稿・続報です。
AFPBB News によると、ニューヨークのサザビーズの競売で、ボッティチェッリの『メダリオンを持つ若い男の肖像』が9,200万ドル(約96億円)で落札されたそうです。

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いつの日か、世界のどこかでお目にかかる機会がありますように。
どんなリズムを感じ取れるのか楽しみにしています。

<終わり>

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