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どうしても見たい美術展との出会い

2017年5月に西洋絵画鑑賞を始めてから、気になる美術展にはできるだけ足を運ぶようにしています。
一方で、それ以前(全く美術に興味がなかった時代)に開催されていた美術展の情報をインターネットで得たり、古本屋さんで図録を見つけて「あの名作が かつて来日していたの⁈」とか「こんなものすごい美術展が実現していたの⁈」と驚くことがたくさんあります。

私の<絶対に見たかった夢のような美術展> 堂々の第一位(本日現在)は、1987(昭和62)年に国立西洋美術館で開催された《西洋の美術》展です。

古本屋さんで『西洋の美術 ーその空間表現の流れー』という少し地味な背表紙を見つけて、美術史か美術理論のテキストだと思って手に取りました。
「おっ、美術展の図録だ!」とズッシリ重たい一冊を手に取りパラパラと立ち読み。出展作品の画像と、冒頭の主催者あいさつ文を読んで即買いしました。

まさにその多様性ゆえに、芸術は人間の無限とも思われる創造性を明らかにし、あらゆる民族とすべての時代を超えて人間が根源的に一つのものであることを認識させるのです。___欧州評議会事務総長
この展覧会は、西洋美術の歴史において「空間」という要素がどのような展開を示してきたかを、古代ギリシャから中世、ルネッサンスを経て20世紀の現代に及ぶ多数の名作を通して外観しようという試みです。___国立西洋美術館
我が国ではこれまで、西洋の美術を紹介する展覧会が数多く開かれてきました。しかしながら、いずれの展覧会もあるものは時代や流派を区切り、あるものは特定の作家やコレクションにスポットをあてた部分的、個別的なものでした。
(中略)長い歴史をもつ西洋美術の発展を総合的、系統的にとらえたスケールの大きい展覧会を実施すべきであると考えてきました。___読売新聞社長・日本テレビ放送網会長

帰宅して図録を読んでいくと、あいさつ文の言葉は何ひとつ大袈裟ではなく、とてつもなく素晴らしい夢のような美術展が34年前の日本で開催されたことに驚かされました。今回は ◆3つのポイント◆ に絞ってご紹介します。

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◆ 出展作品 ◆
まず、出展作品のなんとも贅沢なこと!ざっと名前を挙げると、

【中世】
◉『神秘の子羊』ゲント祭壇画の模写(380×535 cm)

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↑ 模写とはいえこのサイズは大迫力だったでしょうね。図録の写真で見る限り、神秘の子羊(中央下)は、先般修復された顔に近いように思えます。模写が修復の重要な手がかりになっているのかもしれません。

◉ヤン・ファン・エイク『受胎告知』(1436年頃)グリザイユ

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↑ モノクロームで描かれたグリザイユって面白いですね。これが油絵⁈ 色彩が抑えられている分、時代を意識させない普遍性があるように感じます。
これは近いうちにグリザイユ作品について勉強せねば!

【イタリア・ルネサンス】
フラ・アンジェリコ、パウロ・ウッチェルロ、ピエロ・デッラ・フランチェスカ、
下左◉ボッティチェルリ『書斎の聖アウグスティヌス』(1480-81年頃)、
下右◉ラファエロ『受胎告知、東方三博士の礼拝、キリストの奉献』(1501-02年頃)、

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↑ ボッティチェッリにラファエロ。同じ展示室に並べられていたと想像するだけでクラクラします(笑)。

その他、ベルリーニ、ティツィアーノ、ティントレット、ヴェロネーゼなど。

【北方ルネサンス】
下左◉デューラー『瞑想する聖ヒエロニムス』(1521年)、
下右◉クラナッハ(父)『メランコリア』(1532年)など

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↑ この濃厚な並び、たまらないですねぇ。

【17−18世紀】
◉カラヴァッジオ『眠るキューピッド』(1607-08年)、

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↑ 暗闇の中で眠るキュービッド…その影と光の描写が素晴らしい✨。こんな構図でこんなキューピッドを描く発想は、カラヴァッジオにしかできないのではないでしょうか。

下左◉ベラスケス『東方三博士の礼拝』(1619年)、
下右◉スルバラン『聖グレゴリウス』(1626-27年)、

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↑ 『東方三博士の礼拝』は2018年3月《プラド美術館展》(国立西洋美術館)でしっかり観ました。
スルバランがカンヴァスに乗せた赤色、近くで見てみたいものです。

プッサン、クロード・ロラン、
◉ルーベンス『四大陸』(1615年頃)、

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↑ たくましい男性と豊満な裸婦そして動物たちが身をよじって四つの大陸を表現する作品は、鑑賞者を圧倒するパワーがあります。これぞルーベンス!

ヴァン・ダイク、レンブラント、
下左◉フェルメール『手紙を書く夫人』(1665年頃)、
下右◉ゴヤ『巨人』(1810-12年頃)、

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↑ 『手紙を書く女』は2018年10月《フェルメール展》(上野の森美術館)でお会いしました。
『巨人』は、2009年所蔵するプラド美術館によって ‘弟子の作品である’ と発表されたそうです。
その他デ・ホーホ、ティエポロ、カナレット、ヴァトー 、ゲインズバラ、など。

【19世紀】
フリードリヒ、ターナー、コロー、クールベ、マネ、ドガ、カイユボット、セザンヌ、ゴーガン、ルドン、クリムト、モネなど。

【20世紀】
ピカソ、ブラック、ドローネー、シャガール、キリコ、デュシャン、カンディンスキー、マレーヴィチ、モンドリアン、クレー、エルンストなど。

信じられない顔ぶれ。そして世界20ヵ国 約80の美術館・博物館から集められた約120作品のなんとも豪華なこと…。堂々と「これが《西洋美術の流れ》だ!」と言い切れるのではないでしょうか。
恐るべし、主催者の欧州評議会とバブル経済(笑)。

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◆ テーマ:「空間」という要素の展開 ◆

展示会は【古代】【中世】【イタリア・ルネッサンス】【北方ルネッサンス】【17−18世紀】【19世紀】【20世紀】と7部門から展開されていて、図録では各部門それぞれに長編の序文(論文)が寄稿されています。
今年の4月に <鑑賞者が創り出す絵画の空間>についてnoteに投稿したので、このテーマは非常に興味があります。
例えば、E.H.ゴンブリッチ氏『西洋美術と空間の知覚』の冒頭にはこうあります。

イギリスのことわざに「美は観者の眼中にあり」といわれるのとちょうど同じように、絵画における空間は、個々人の想像力の問題なのである。

↑ おーーーーっ。私が自力で行き着いた!と思って喜んで投稿した内容が、当然のこととして書かれています。美術を専攻している人にとっては基本の「き」が私にはわかっていないのだ…ということがわかりました(笑)。
偉そうに、“絵画における空間は、たとえ創作に携われなくとも鑑賞者が自分次第で如何様にも創り上げることができるんだ!” と大騒ぎしていたのが少し恥ずかしいです。

西洋美術史の各時代において「空間」をどのように考え、捉え、表現してきたのかを展示作品を例に挙げながら解説してくれる序文(論文)の数々は、とても貴重です✨。
ただ、専門的理論的なことを何も知らない私がしっかり読み込んで理解するには少々時間がかかりそうなので、次の機会にチャレンジします。

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◆ 二か国語の作品解説 ◆

そしてテーマ「空間」という要素の展開についての各論文はもちろん、各作品の解説も全て英文がしっかり書かれているのがいいですね。
これを元に英語の勉強ができます!

◉サンドロ・ボッティチェルリ『書斎の聖アウグスティヌス』(1480-81年頃)

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ボッティチェルリの空間描写は見事になされており、明らかにそれがこの時期の彼の最大の関心事であったのであろう。他方、神経質で波打つ線は、人物に内なる生命力を与えている。

The artist’s definition of space is extremely accomplished and clearly dominated his interests at this date, while the nervous and sinuous line gives inner life to the figure.

↑ 英文の太字部分、ボッティチェッリ作品の説明として丸暗記させていただきます。

◉アンドレア・マンテーニャ『死せるキリスト』(1480年頃)

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すぐれてドラマティックな効果は、キリストの身体の完璧な短縮からくるものであり、マンテーニャはその短縮技法においてルネッサンスのフィレンツェ画家たちが成就した遠近法への彼の熟達ぶりを示したかったものと思われる。

The highly dramatic effect is obtained through the perfect foreshortening of Christ’s body, in which the painter seems to wish to demonstrate the mastery of perspective achieved by Florentine artists of the Renaissance.

◉ポール・セザンヌ『果物、ナプキン、ミルク差しのある静物』(1880年頃)

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この作品では、幾つかの林檎と見慣れた品々が、不安定な均衡の中に収まり悪く描かれている。明確にヴォリュームを規定できる簡潔で幾何学的な形態を手がかりとして、セザンヌは遠近法の伝統的表現を動揺させる。斜めに置かれたナイフは奥行きを暗示するが、上下に描かれた林檎とテーブルの両端の切れ方は、視点の移動による空間を作り上げている。
ここにおいてセザンヌはすでに、自立した絵画構成の中における、対象のヴォリュームの抽象化に特権を与えているのである。

In the painting, some apples and familiar accoessories each stand out, precariously poised.  Using simple geometrical forms which make for the definition of volume, Cezanne overturns the traditional representation of perspective.  While the obliquely placed knife suggests depth, the piling up of apples and the interruption fo the table-adages make a spatial construction out of a succession of points of view.  The hatching indicates the vibrations of light on the milk-jug, as the brush delineates colour.
In this work Cezanne already emphasizes the volumetric abstraction of objects in an autonomous pictorial structure.

↑ セザンヌは「伝統的表現を動揺させる」「抽象化に特権を与えている」…日本語の解説も素敵ですね。
この図録をテキストにした英語の授業があったら受けてみたいです!

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今回は、一番見たい美術展のご紹介だけで終わってしまいました💦。
1987年に開催されたこの展示会に61万人以上(一日平均9千人超え!)の方々が来館したと聞いて驚いています。そんなに昔から日本人は美術展に足を運んでいたのか…。私はまだまだ ‘ひよっこ’ ですね。

そんな ‘ひよっこ’ の目下の楽しみは、古本屋さんで体験する過去の美術展との出会い です。たまりません(笑)。

<終わり>

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