店舗での転倒事故の責任

概要

・ 店舗の転倒事故すべてが店舗の責任になるものではない。
・ 店舗に責任が認められるかどうかは、その店舗で想定される来店客が、安全に過ごせるよう店舗で配慮しているか、整備しているかで判断される。
・ 店舗に責任が認められる場合でも、転倒した人の責任の分減額されることもある。

スーパーのレジ前に落ちていた天ぷらで転倒した買い物客に対する賠償責任

 昨年末に、気になったニュースがありました。
 天ぷら床放置、安全義務違反 サミットに賠償命令―東京地裁(2020年12月8日時事通信web)
 かぼちゃの天ぷらで滑ったケガに賠償命令の「サミット」 両者の言い分は(2020年12月22日ヤフーニュース、同月24日週刊新潮)

 まずは、転倒された方が無事快復されるよう、お見舞い申し上げます。
 ニュース記事の概要をみると、スーパーのレジ前通路を歩いていた買い物客の方が、通路に落ちてたかぼちゃの天ぷらを踏んで足を滑らし転倒したという事故のようです。過失割合は5割ということで、店の責任5割、買い物客の責任5割、ということのようです。
 落ちていた天ぷらは他の買い物客の方が落としたもののようですが、それでも店に5割の責任があるとされたのはどうしてでしょうか。

考え方

 コンビニやスーパーといったお店で、お客さんが転倒する事故はよく聞くところです。しかし、店内でお客さんが転んだら何でもかんでもお店の責任、という訳ではありません。
 店舗が責任を負うのは、店舗が来店客の安全に配慮すべき注意義務に違反したり(民法709条、不法行為責任)、店舗設備の設置管理に瑕疵(民法717条第1項、土地工作物責任)があった場合に限られます。飲食店などで、既に飲食物提供契約が成立しているとみられるような場合には、同契約に基づいて店舗が客に対して負う安全配慮義務違反(民法415条第1項、債務不履行責任)も考えられます。

 定義や要件はそれぞれ異なりますが、裁判所が店舗の責任の有無を判断する要素は概ね、そのお店で通常想定される来店客が店内で買い物や飲食をする上で、普通にしていれば安全に過ごせるように店舗が配慮しているか、整備しているか、という点です。
 そのため、店内の転倒事故というのはよくあるにもかかわらず、事故の責任についてはかなり事例判断、ケースバイケースとなっています。
 そこで、すべての事例を網羅はできませんが、近年の裁判例をいくつかご紹介します。

無責事例(店舗の責任なし)

・ 平成22年12月22日名古屋地方裁判所岡崎支部判決(判例時報2113号119頁)
 スーパーの店舗内豆腐売り場付近通路で38歳女性が転倒、右膝蓋骨を骨折。
 雨天で床が多少湿っていた可能性はあるものの、特に床が転倒しやすい状況になっていなかったとして、店舗の責任を否定。

・ 平成27年4月23日東京地方裁判所判決(ウェストロー・ジャパン)
 家電量販店の入口で、63歳の方が転倒。
 転んだ方は、マットの端が浮いていてそこに足が入ってしまって躓いた旨主張していたものの、マットが浮くような素材でなく、マットがそんなに浮いているのに転倒前に全く気付かなかったとは考えにくい等として、マットの設置に問題はなかったとされて店舗の責任を否定。

・ 平成29年10月6日東京地方裁判所判決(ウェストロー・ジャパン)
 大雪の日にパチンコ店入口で73歳女性が転倒して右大腿骨頸部を骨折。
 入口に足拭きマットが無く水浸しになっていたと主張があるものの、足拭きマットの納入記録から定期的に交換・設置されていたと考えられることや、従業員はマニュアルに従ってこまめに出入口付近の清掃等されていたことから、事故当時に当該出入口が水浸しになっていたとは認められず、店舗の責任を否定。

・ 平成31年1月17日東京地方裁判所判決(ウェストロー・ジャパン)
 スーパーマーケット店舗内の通路のスロープを下っていた63歳女性が転倒、右腕を骨折する等した。
 安全試験結果からは特にスロープに転倒の危険が特別大きくないことが確認され、店舗の責任否定。

・ 平成31年4月17日福岡高等裁判所判決(自保ジャーナル2044号154頁)
 (平成30年11月27日福岡地方裁判所小倉支部判決が第一審)
 スーパーマーケット店内通路の製氷機付近を歩行中の45歳女性が転倒、仙骨を骨折等した。
 転んだ方は製氷機から水が流れて床が水溜まりになっていた旨主張されましたが、製氷機に異常は確認されなかったこと、他に水たまりになっていた報告もなく、床は2週間前に滑り止め効果のあるコーティングが施されたばかりであること等から、床の水濡れによって滑りやすくなっていたとは認められず、店舗の責任否定。

有責事例(一部でも店舗の責任あり)

・ 平成23年2月3日東京地方裁判所判決(ウェストロー・ジャパン)
 スーパーマーケットの出入口の自動ドアで、前にいた買い物客に続いて入ろうとした87歳女性が、閉じてきたドアにぶつかり転倒、右大腿骨を骨折等した。
 スーパーマーケットは高齢者を含めて色々な買い物客が出入りすることを予定していること、今回の被害者の行動はそうした予定される買い物客の行動の予測の範囲内の行動であることから、自動ドアの設定不良として店舗の責任を認定。
 過失相殺無し。

・ 平成25年3月14日岡山地方裁判所判決(判例時報2196号99頁)
 ショッピングセンター内のアイスクリーム売り場前で、71歳女性がショッピングカートを押して歩行中に転倒、右大腿骨を骨折等した。
 アイスに滑って転倒したと推認できる状況であったこと、ハロウィンで人が多く、アイスが落ちて通路が滑りやすくなる可能性が容易に予想できた状況にあったとして、店舗の責任を認定。
 被害者も足元への注意が不十分だったこと等から2割の過失相殺。

・ 平成26年3月13日東京高等裁判所判決(判例時報2225号70頁)
 (平成25年9月24日東京地方裁判所判決が第一審)
 銀行の店舗出入口で57歳女性の方が足拭きマットを踏んだらマットが滑り転倒、腰部を打撲等した。
 床面の摩耗、マットの劣化で滑りやすくなっていた可能性が高いとして店舗の責任肯定。
 事故前にほかの転倒事故報告がないこと、被害者も左肩及び両手に荷物を抱えて足元が不注意となっていたことなどから4割の過失相殺。
 なお、本件は第一審では店舗の責任が否定されており、高裁で逆転有責となったものです。

・ 平成28年9月21日東京地方裁判所判決(ウェストロー・ジャパン)
 飲食店で飲食を終えて退店しようとした34歳女性が、従業員が床掃除のために撒いていた水で滑りやすくなっていた床で転倒、左膝蓋骨を骨折等した。
 床が濡れていた旨裁判所が認定、店舗の安全管理上の義務違反を認定。
 過失相殺なし。

・ 平成30年10月3日福岡高等裁判所判決(ウェストロー・ジャパン)
 (平成30年4月17日福岡地方裁判所判決が第一審)
 (令和元年6月6日最高裁判所決定で上告不受理)
 コンビニの出入口付近の床が濡れており、69歳男性が出入口から入ろうとしたところ足を滑らせ股関節を痛めるなどした。
 雨天で出入口付近床が濡れて滑りやすかったこと、店舗において出入り口付近の床の状況に特に注意を払っていた様子が伺われないこと等から店舗の責任認定。
 被害者も、店内から出入口方向に向けて設置された「スリップ注意」のスタンドに気づかず、雨の日にかかとが剥き出しタイプのサンダルを履いているのに足元に注意せず店内に足を踏み入れたことなどから4割の過失相殺。

まとめ

 以上の事例のように、常に店舗に責任が認められるものではなく、責任が認められる場合でも過失相殺されることが少なくないのです。
 傾向としては、お店に分かりやすい落ち度がある場合は当然責任が認められやすく、逆に、特別な配慮までしていなくとも、一般的なマニュアルに沿って十分整備、清掃されていれば、責任が認められることは少ない、といえると思います。

 最初に取り上げたニュースの事件では、天ぷらの落ちていた位置や状態、放置された時間などが考慮されたのではないかと思います。天ぷらが落ちていたのはレジ前通路ということですので、買い物客が良く通る場所、という点は大きな考慮要素ではないでしょうか。
 また、過失相殺5割ということで、買い物客側の責任もかなり大きいと判断されているところも気になります。控訴するような情報も入っていましたので、控訴審の判断があれば、知りたいですね。

 ただ、転倒事故があっても、わざわざ裁判にまでなる事例はごく限られており、お店が謝罪して終わったり、話し合いで解決されるのがほとんどです。
 裁判になっても裁判の中で和解することは多く、判決までいくものは非常に少数ですので、この件も控訴審で和解となる可能性は高いのかなと考えています。

 被害者にも責任が認められる要素として、足元に注意していなかったことはよく挙げられます。転んでケガをしてしまったら、お金をもらっても身体が元通りになるとは限りません。今は、新型コロナの影響で、ケガをしてもすぐに病院で治療してもらえるかもわかりません。
 寒くなっていますので、足元にはよくよくお気を付けてお過ごしください。


※ 追記(2021年8月5日)

 東京高裁に控訴されていたようで、2021年8月4日に東京高裁で判決があり、店舗の責任を認めない内容となったようです。どのように裁判所が事実を認定したか気になりますね。
 天ぷらで転倒の客、逆転敗訴 スーパーのサミット―東京高裁(時事通信2021年8月4日)

 その他、別件ですが、2021年7月28日には別のお店で転倒して骨折、後遺障害を負ったとして店舗の賠償責任を認める事件も報道されています。
 サニーレタスの水で転倒しけが 店に2100万円余賠償命じる(NHK首都圏ニュースウェブ2021年7月28日

 このように、店舗での転倒事故は個別の事情により判断が変わりやすく、安易に、転んだから責任問題だとか、ただのクレーマーじゃないか、と言えるものではないことを知っていただければと思います。
 
以上