譲渡制限特約違反の債権譲渡による契約解除(3)

本論点に関し、2018年3月30日、金融法務研究会より、「民法(債権関係)改正に伴う金融実務における法的課題」(以下「本件報告書」という。)が公表された。

https://www.zenginkyo.or.jp/news/detail/nid/9415/
https://www.zenginkyo.or.jp/fileadmin/res/news/news300360.pdf

本件報告書では、第2章「民法(債権関係)改正と債権譲渡—譲渡制限の意思表示に関する民法改正が金融実務に与える影響—」(加毛明教授)において、本論点につき、法務省の独自説(筒井=村松『一問一答 民法(債権関係)改正』164-165頁で示された見解をいう。以下、同じ。)と異なり、非常に精緻な検討がなされている。

そこで、以下、備忘録として、簡単にまとめる(以下、本件報告書の引用箇所につき、太字は筆者によるものである。)。

1. 前提の設定

まず、重要な前提として、本件報告書は、検討対象を、「シンジケート・ローン」のほか、「債権譲渡による資金調達」(具体的には「流動化」と「担保化、ABL」)に、明確に限定している(本件報告書15頁)。

2. 譲渡禁止(制限)特約の趣旨

次に、本報告書では、以下のとおり、譲渡禁止(制限)特約の趣旨について、適切な検討(具体的には、債務者の性質を明示するとともに、当該趣旨の1つとして、取引関係を望まない第三者への債権移転を防ぐ目的が明示されている。)がなされている(本件報告書17頁)。

「実務上、債権譲渡禁止特約が締結されるのは、金融機関や地方公共団体、大企業など立場の強い者が債務者である場合に多いといえる。それらの債務者が債権譲渡を制限する理由としては、債権譲渡に伴う事務手続の煩雑化を避けることや過誤払いのリスクを避けることに加え、債務者が債権者に対して有する反対債権に基づいて相殺をする期待を保護すること(とりわけ金融機関が預金者に対する貸付債権と預金債権を相殺する可能性を確保することが指摘される)、企業等である債務者が自社と取引関係を持つことを望まない第三者への債権移転を防ぐこと、などが挙げられる。債権者を固定する(債権者となり得る者を一定の範囲に限定する)という債務者の利益を保護するために、意思表示による譲渡制限が必要とされるのである。」

なお、法務省の独自説では、「債務者が譲渡制限特約を付する場合の一般的な目的、すなわち、弁済の相手方を固定する目的」などと説明されるにとどまる。

3. 譲渡人の債務不履行

また、本論点のうち、譲渡制限特約違反の債権譲渡をした譲渡人が債務不履行となるか否かについて、本件報告書は、その21頁及び26頁において、

「改正法のもとで債権の譲渡自体を禁じる債権者・債務者の合意を『譲渡禁止の合意』と呼ぶ」とした上で、
債権者と債務者の合意を解釈することによって、当該合意が譲渡禁止の合意ではなく、後述する抗弁を債務者に付与する合意であると評価されることがありうる。その場合、債権譲渡は譲渡人(債権者)の債務不履行にならない。」とし、他方で、
「当事者の合意が譲渡禁止の合意である場合には、当該債権を譲渡することは、債権者(譲渡人)の債務不履行となる。」とする。

以上のように、本件報告書においては、譲渡制限特約に係る当事者の合意内容(譲渡制限特約の趣旨・目的)が異なり得ることを踏まえた分析がなされており、かつ、その結論はいずれも適切である。

なお、法務省の独自説では、「特段の事情のない限り、譲渡制限特約違反とはならない」、「債務不履行責任は原則として生じない」と説明されるにとどまる。

ちなみに、前掲『一問一答 民法(債権関係)改正』では、当事者の合意が抗弁を債務者に付与する合意であることを当然の前提とした説明がなされており(同165頁(注2)等)、当事者の合意が譲渡禁止の合意である場合があり得ることを捨象してしまっている。

4. 譲渡人の損害賠償責任

加えて、譲渡人が債務不履行となる場合における譲渡人の損害賠償責任についても、本件報告書では、

「譲渡制限のある受働債権の譲渡によって債務者の相殺利益が侵害されたと評価される場合は限定される
債務者の損害として、特に問題となるのは、債権譲渡によって、債務者が取引関係を持つことを望まない者に債権が移転したことであると考えられる」

として、精緻な検討がなされている(本件報告書27頁)。

なお、法務省の独自説では、「債務者にとって具体的な損害を観念することができないため、譲渡人が損害賠償責任を負うことには直ちにつながらない。」と説明されるにとどまる。

5. 債務者の解除権

さらに、本件報告書では、譲渡人が債務不履行となる場合に債務者が解除権を取得するか否かのうち、(i) 法定解除権については、

「債権者(譲渡人)が譲渡禁止の合意に違反して債権を譲渡したことにより、当該債権の発生原因である契約をした目的を達することができなくなった場合に限って、法定解除権が発生する」が、「債権譲渡によって契約をした目的が達成できなくなると評価されるのは、例外的な場合に限られる

とし、また、(ii) 約定解除権については、

「債権譲渡によって約定解除権が成立する

と端的に結論付けた上で、例外的に(個別事案ごとに)

「改正法のもとで、債務者の利益保護が十分に図られているといえるのであれば、約定解除権の行使が権利濫用と評価される可能性がある

と整理されており、やはりいずれも適切な検討がなされている(本件報告書28頁)。

なお、法務省の独自説では、譲渡制限特約違反の譲渡によって債務者に具体的な損害を観念し得ないとの整理(上記4参照)を前提として、「特段の不利益がないにもかかわらず、債権譲渡を行ったことをもって契約解除…を行うことは、極めて合理性に乏しい行動といえ、権利濫用等に当たり得る」と説明されるにとどまる。

6. まとめ

以上のとおり、本件報告書における本論点の検討は、法務省の独自説と異なり、緻密かつ合理的な内容となっており、違和感がなく、大変勉強になる。

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