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スケオタ人生驚いたこと第1位:浅田真央ちゃんが好きなだけでNHKに取材された

今回はスケオタ人生驚いたこと第1位、「浅田真央ちゃんが好きなだけでNHKに取材された」話です。

浅田真央と俺

スケートの最初の推しは前回の記事でも述べた通り小塚崇彦さんですが、浅田真央さん(以下:真央ちゃん)も、母娘そろって、かなりの熱量で応援してきました。バンクーバー前の、タラソワさんに師事したあたりからのことです。

真央ちゃんのスケートの魅力は、今でも、文章で表現するのはなかなか難しいです。私のなかでは、わりとずっと未分類の「なんかめっちゃ好き」なスケーターなのです。
私の拙い言語能力で表現するならば、氷上にお花がふわっと咲いたような佇まい(これはデフォルト。特に近年はスイッチが入ると豹変する)や、スパイラルやスピンのポジションの美しさ、チョイスするプログラムの正統派感、ひたむきさ、でしょうか。
まあこれは無理やりまとめるものでもないかな、と思います。不思議だなぁ、と思いながら、かれこれ15年近く応援させてもらっています。

私は2014年の春、大学2年生への進級と同時に部活動でスケートを始めました。実はその決断の背中を押してくれたのは、真央ちゃんのソチのフリーなのです。
その頃、2年生からでもスケートを始めるか否か、かなり迷っていました。しかし、真央ちゃんのソチのフリーを見たら「あ、やらなきゃ! 挑戦しなきゃ!」と思ったんですよね。我ながら浅いです。でも、あんな試練のなかあの素晴らしいプログラムを滑りきった真央ちゃんを見たら、自分が迷ってることなんてほんとうにちっぽけだな、頑張らなきゃって思ったんですよね。

というわけで、スケートを始めたわけですが。4年生で引退するまでの3年間で、スケートの技術は、ジャンプで言えばアクセル以外の1回転ジャンプは跳べるレベルまで…というぼちぼちな感じでしたが、自分なりに頑張りました。
なけなしの上達であっても、引退まで頑張れたことや、スケートを通じて出会った仲間や競技以外(部活や試合の運営など)の経験は、私にとってかけがえのない宝物になりました。
強引に言えば、これは真央ちゃんが私にくれたプレゼントとでも言えましょう。

スケートをやっている間は、何かと真央ちゃんにちなんでいました。笑
スケート靴(ブーツ)は、真央ちゃんが使っているから、という理由でリスポート社製のものにしました。
エッジケースは、当時真央ちゃんが使っていたショッキングピンク×蛍光黄緑のケースを使っていました。(島田麻央ちゃんもおそろいで驚きました。笑
練習着は、スケーティングパンツ以外は、arenaで販売していた真央ちゃんプロデュースのブランド、maomaoばかり着ていました。
1分のプログラムではありますが、ショパンのノクターンを滑りました。
引退の衣装は、真央ちゃんのノクターンの衣装みたいにしてください! とお願いして作ってもらいました。

当時はあまり自覚がなかったのですが、傍から見ればかなりのマオタに見えたのでしょう。笑

そんなこんなで真央ちゃんへの憧れを抱えつつ、私は2017年3月に無事引退しました。

1ヶ月後、真央ちゃんも引退するとは思っていませんでした。


真央ちゃんの引退

大学院に進学したばかりの日の夜。真央ちゃんの引退のニュースが飛び込んできました。
2016-17シーズンは相当不振で、年明けの試合で見ることもなかったので、元気にしているかな、また真央ちゃん見られるかな、と思っていたあたりのことです。
虫の知らせかわかりませんが、この数日前に真央ちゃんのスパイラルが好き、というツイートでプチバズりしています(何

ああ、そうかぁ。うん、でも、あのソチの後、新しい真央ちゃんも見られて、それだけでぜいたくだったよね、長く応援させてくれて、ありがとう。
……などと思った気がします。

納得しつつも、(特)推しの引退というのは寂しいものです。
喪失感のまっただなかですが、次の日は早起きしなくてはいけませんでした。
なぜなら部活の朝練(リンクを貸し切って行う練習)に参加する約束をしていたからです。


推しの引退の翌日

朝練のことは全然覚えていませんが「真央ちゃん引退だってね~」という話はみんなでしていたと思います。
朝練が終わり、その日は講義があったので、練習着の上にジャージを羽織った「え、何年生なん?」ファッションで大学に向かいました。そして講義が始まる前にスマホをいじっていると、部活の後輩からLINEが。

「あんぬ先輩すみません。今、NHKの記者の方からうちの部活の新歓用のアドレスにメールが来ていて。浅田真央ちゃんの引退に関して、"浅田真央さんに影響を受けた人"の取材をしたいそうで、そちらの部活にそういう方はいませんかってことなんですけど……。私はあんぬ先輩が適任だと思います、いかがですか?」

え、私????

もうOGだったし、真央ちゃんが好きな後輩は他にもいたので、正直そう思いました。(声をかけたけど断られたのかもしれませんがw
でも上記のようにまあまあマオタぶりを発揮していたので、後輩ちゃんも「適任」と思ってくれたのかもしれません。

後輩ちゃんが転送してくれた「NHKの記者さんからのメール」を確認すると、まあ説明してくれた通りの旨のことが書かれていました。

まあ、人生こんなことなかなかないし、いっか!

ということで、お受けします! と返信すると、ほどなくしてNHKの記者さんから直接連絡が来ました。
うん、受けるのはいいけど、正直取材って何するの???

NHKの記者さん「できることなら、ご自宅などに伺って、取材させていただければと」

いや無理!!!!

後になって「〇〇さんが好きな人の取材」を見てみると、おうちにグッズのコレクションとかが並んでいるところをバックに話をきいているパターンが多かったので、きっとそういうのを想定されていたのだと思います。
いやでも無理だよ。母が許さないよ。てかうちをどこだと思っているの。さいたま市の端っこだよ。遠いよ。

私「いや自宅はちょっと…私がそちらに伺いましょうか…?」
記者さん「いやそれはちょっと…」

渋られるのは当たり前です。私だけ撮っても意味がないのですから。

記者さん「スケートの思い出がある場所とか、そういうのはどうでしょう?」
私「スケートリンクってことですかね」
記者さん「あ~そうそう! リンクが映るといいかもしれないです」

なんというタイミングでしょう。練習着も、靴も持っています。たまたま、朝練だったから。

私「今朝朝練だったので、靴も持っています。氷にも乗れますよ」
記者さん「それはいいですね!! ぜひ、滑ってるところとかも、撮らせてください!! リンクはどこですか?」
私「高田馬場にあるシチズンプラザです」

というわけで、(今はなき)シチズンで取材を受けることになりました。


いざ、取材――!

取材してくださったのは、首都圏ネットワークという番組を担当されていた山田大樹アナウンサーと、連絡を取っていた記者さんです。

映像の最初は、滑ってるところからにしましょう、ということで、スピンを撮ってもらいました。当社比で回っている日でほんとうによかったです。
その後、リンクサイドにいる山田アナに私が近づき、こんにちは~ってなって取材が進んでいく…って感じでした。

取材はかれこれ1時間くらいかかったと思います。テレビって作るの大変なんだな~って思いました。

私が「真央ちゃん好きエピ」を色々持っていたおかげか、取材終わりに「予想以上に浅田さんのことを好きな方からお話がきけてよかったです!」と言ってもらえました。もちろん上には上がいますが、確かに急にあつらえたにしてはそこそこよいサンプルだっただろうなと自分でも思います。

お昼過ぎに行われた取材映像は、大急ぎで編集され、夕方のニュースで放送されました。母とドキドキしながら出番を待ちました。
他の放送内容の都合とか、撮れたの確認してみたらダメダメだったとか、全然、使われないかも。使われても、30秒とかだったりして。などと思っていましたが……
意外と使われてた!!!
2分くらい、映っていました!! 短いと思う人もいるかもですが、パンピーが公共の電波に乗るのと思うと2分って結構長くないですか?

以下超ざっくりなダイジェスト。

冒頭のスピン。ぎりぎりの姿勢である。

後ろで見守っているのは同期。笑 ありがと~!


映像に使われた質問の受け答えは
・真央ちゃんのどんなところが好き?

滑りの雰囲気がかれんで 見る人の気持ちをきれいにしてくれる感じがすごく好き(小並感。顔がマジでにやけてて草。)

・真央ちゃんのソチの演技を見て、どんな影響を受けた?

迷っていたのが「やろう」という気持ちが固まった

・真央ちゃんのソチの演技のすごさは?

プレッシャーをすべて強さにして全部出し切っているところ すごく感動した(小並感ふたたび。真央ちゃんの映像と私のコメントが共演してるじゃん!!)

あとは、真央ちゃんと同じプログラムを滑ったり、衣装を寄せてもらったりして「真央ちゃん憧れエピソード」が使われました…笑

わ~~~!! 衣装の共演だぁぁ!!!

最後は、真央ちゃんに背中を押されてスケートを始めたおかげで、色々な経験ができ、人生がいい方向に変わったと思う。感謝している、みたいなコメントで終わりました。ちゃんちゃん。

もうちょっとマトモな受け答えできたかななどと思いつつ、母に「まあ急な話だったわりによくやったよ、スピンもまわってたし」と言われ、そうだな! 貴重な経験ができたな! と思うことにしました。

首都圏ネットワークは文字通り首都圏にしか放送されないので、知り合いでも見る人そんないないだろうな~と思っていましたが、埼玉在住の親戚から「テレビ見てたらあんぬちゃん出たけど!?」とか、大学の先輩から「友だちがニュースに真央ちゃん好きのお茶大生が出てたって言ってたけど、もしかしてあんぬちゃん?」などときかれ、そこそこ反響(?)があり、驚きました。


今も変わらず真央ちゃんは俺の人生のヒロイン

そしてもう6年弱が経ち現在に至りますが、私はこのことを思い出しては、ネタにしているわけです。今まさにそうしているように。笑
いや~でもほんとうに、これはなかなかない経験でしょ!
色々なめぐり合わせ(うちの大学に打診が来ていたこと、スケート靴をたまたま持っていたこと)も奇跡的だし。

くり返しになりますが、この経験も含め、スケートを始めていなかったらしていなかった、できなかったこと、ほんとうにたくさんあります。
ということで、真央ちゃんには心から感謝しています。

2017年4月当時は、真央ちゃんがスケートをもうやめちゃうのかな、と思っていましたが、その夏のTHE ICEでも、次の年から始まったサンクスツアーでも、またその後のBEYONDでも、飽くなき進化を続けている姿を見せてくれていて、真央ちゃんのオタクができてほんとうに幸せです。

真央ちゃんはずっとずっと、私の人生のヒロインです!(実はこれ、取材された時言ったんだけど、さすがに張り切りすぎたコメントだったのか使われなかった。笑

…というわけで、今回の記事はこれでおしまいです。
読んでいただきありがとうございました。

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