優しさが循環する世界が好き ニュージーランドの旅で感じたこと

ここで旅の話を書き始めて、大学の卒業旅行で訪れたニュージーランドの旅を思い出したので、今日はそこで出会った優しさについて綴ろうと思う。

友人達の大半がハワイやアメリカ本土、ヨーロッパの国々を選ぶ中、私が卒業旅行の行先に選んだのは、人間よりも羊の数が多いと言われるニュージーランドだった。4週間の旅の帰りの飛行機だけは予約して、大きく分けて2つの島からなるニュージーランドの、まずは北島のクライストチャーチに飛んだ。

クライストチャーチの後は徐々に南に向かって、より自然豊かな南島メインで旅をしたいというのが大体の旅の予想図だった。

ニュージーランドの自然は、私がその頃大好きでよく旅していた北海道の広い景色と似ていて、ひたすら広い牧草地にポプラの木が防風林として植っているのを、バスに揺られながら眺めていた。北海道と違うのは、放牧されているのが牛ではなくて羊という点だ。

ユースホステルやゲストハウスなどの安宿の魅力は、人との出会いだ。

どこも大抵男女別の相部屋だし、宿の中には旅人が集えるリビングルームがあるので、世界中から来ているオモシロイ人たちと出会える。出会う人みんなの話を聴きたい、違う国の人たちが考えてることを知りたい!と思っていた私は、とにかく行く先々で出会う人に声をかけていた。

20代の人が多かったように思うが、30代以上の旅人も結構多くいた。学生時代にはお金がなかったから働いてから休暇をとって旅するようになったと教えてくれた人、仕事を辞めて自転車で世界一周している人、行く先々でで日雇いの仕事などを続けながら世界中を旅している人など、十人十色の人生に私は魅了されていた。

そういうちょっとオモシロイ人たちとの出会いが刺激的で楽しかった。

6週間の休暇を取ってニュージーランドに来ているドイツ人の女性に出会ったときは、6週間の休暇ってなにそれ!日本じゃ絶対にあり得ない、と驚きと羨ましさでのけぞったのを覚えている。

その頃の日本では学校を卒業して就職してずっとその会社で勤め上げるのがまだまだ今よりもずっと当たり前の時代だった。日本の当たり前は、世界の当たり前ではないのだ。私が全世界だと思っていたそれは、どんなにかちっぽけだったのだろう。私はそれを肌で感じることができて幸運だったと思う。

ユースホステルに泊まっていたオモシロイ旅人達と、車の通らない夜の道路に大の字に寝転がって満点の星空の中に南十字星を眺めた夜、世界の広さと自分の小ささを感じながら、まだまだ未知の世界があるのだと思って私は静かにワクワクしていた。


念願のホエールウォッチングや、その頃流行り始めていたバンジージャンプなどの観光客らしいこともしながらニュージーランドの旅も半ばに差し掛かった頃、私は友人と共に長距離バスに乗って南島のクイーンズランドという町に着こうとしていた。車窓から見える羊を眺めたり時々うとうとと眠りに落ちたりしているうちに日はすっかり暮れていた。

クイーンズランドは南島では大きな街なので宿もたくさんあるから、着いてから宿を決めれば十分だろうと心配はしていなかった。が、バックパックを背負って町のツーリストセンターに行くと宿は一軒も空いていないと言われてしまった。野宿か?と友人と顔を見合わせたが、女子二人での野宿は避けたい。

その時、長距離バスを運転していたドライバーが背後から声をかけてきた。「泊まるところがないなら、うちに泊まらないかい?」振り向いたときの彼の笑顔が本当に優しくて、疑うの「う」の字も思いつかない私たちは「Really?Thank you!!」と言って図々しくもノエルと名乗るドライバーの家で一晩世話になることにした。

今乗ってきた長距離バスに再び乗りこんで彼の家に着くと、これまた優しそうな奥様と元気で可愛い子どもたちが迎えてくれた。

携帯電話もない頃だったから、客人が来ることなど知らなかっただろうが、奥様は私たちがゆっくり休めるようにすぐにベッドルームを整えてくれた。安宿ばかりに泊まっていたので、久しぶりに綺麗な部屋でゆっくり過ごせるのが嬉しかった。

夕飯を食べながら、「ニュージーランドで何がしたい?」と聞かれた私は「牧場を体験してみたい」と答えた。

ノエルは「それなら、うちの親戚に乳牛の農家と羊農家がいるから行ったらいいよ」と言い、すぐにその親戚たちに電話をして段取りを整えてくれた。

一緒にいた友人は他に行きたい場所があったので、1週間後にまた落ち合う約束をして彼女とは別行動することにした。そうして私は、翌日からの数日間をノエルの親戚の2つの牧場で過ごすことになった。

言ってみたら叶う。そして、困ったときには誰かが助けてくれる。思えば、私の人生はいつもそうだったかもしれない。

ノエルが連れて行ってくれた親戚の家は、羊が文字通り点々としている広い牧草地の中に建っていた。その家の主人ラスは、素人の私に羊の毛刈りを体験させてくれた。

その夜、「明日は羊を馬で追うから一緒に行こう」言われた私は「大草原の小さな家」のローラみたいだと嬉しくなって、「Yes!」と目を輝かせた。それまで引き馬にしか乗ったことがなかったのに。

翌日、馬に乗せてもらって牧草地に入る時、見渡す限りがラスの土地だと聞いて驚いた。広い。映画で見た世界みたいだ。私は走り回る馬から時々ずり落ちそうになりがら、華麗に羊を追うラスについていくのがやっとだった。その夜は全身が筋肉痛だった。

ノエルの家族は皆、突然やってきた旅人の私をとても自然に迎え入れてくれた。困っていたときに何の迷いもなく手を差し伸べてくれた。何もお返しできなくて、と言う私の心配を、ノエルたちは「そんなの全然気にしないで!」と笑い飛ばしてくれた。

この時の体験は、ずっと私の中に残っている。

助けてくれたノエルのやさしさに、私があの時直接返せるものはなかったけれど、私が誰かにそのやさしさを手渡していくことはできる。

「Pay it forward」日本語では恩送りと訳されるらしい。誰かに親切にされたら、その人に返すのではなくて他の人に返していく。恩返しは、相互通行でその中で完結する感じがするが、恩送りは広がる感じがして好きだ。やさしさの連鎖は無限大に広がっていくから、私がその一端を担えたらそれはとても嬉しいことだ。

今、私が住んでいる北海道には、夏になるとたくさんの旅人がやってくる。さすがに今年はコロナの影響で誰も来ないが。ヒッチハイクをしている旅人や、自転車で旅している人など、時々夫が拾ってきては(笑)我が家に泊まってもらうのだが、その度に私はノエルとその家族を思い浮かべ、また恩送りができることを幸せに思うのだ。世界中の人が恩送りをしたら、世界はあっという間に平和になるだろう。

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