Not so perfect days

ヴィム・ヴェンダース監督・役所広司主演の『PERFECT DAYS』は公開されて以来さまざまな反響を呼んでいる。役所広司演じる主人公の平山さんは、もっていた豊かさを捨てて東京の公衆トイレ清掃員をして生計を立て、小さいけれどメゾネットのように1階と2階のあるアパートの一戸に居を構え、古本屋で買ってきた1冊100円の文庫本と煎餅布団しかない静謐な6畳間で、本を読み、眠り、起きて、働きに出る。その姿を見て「じぶんもこうありたい。理想のいきざま」という者もあれば「そんわけあるかい。美化しすぎなんじゃ」という者もいて、どちらの言い分も、まあ言いたくなるね、と思う。

しかしわたしにはそんなことよりも猛烈に気になっていることがある。一人暮らしの平山さんのもとに、ある日ティーンエイジャーの姪っ子・ニコが家出して泊めてくれと訪ねてくる。そのさい平山さんは自分が寝起きしている2階の6畳間をニコに明け渡し、自分は1階のなんかよくわからない部屋で寝ることになる。平山さんの暮らしを綴った映画なのにその部屋はいっしゅんその時しか出てこなくて、その部屋がですね、納戸なのかなんなのか、床から天井まで、りんごの段ボールやら謎の荷物でぎゅうぎゅうに埋め尽くされているのである。そのわずかなシーンを見て、わたしは思った。

ん? 平山さん、すべてを捨ててないじゃん。

100円文庫のフォークナーやらハイスミスやら幸田文やらを読み耽り、代々木八幡で摘んできたもみじの新芽を慎まやかに育てて、ぼくはこれだけでいいんですみたいな顔をしているが、ほんとうは平山さんは、階下にはぎゅうぎゅうに詰め込まれた人生と生活の部屋をもっているのだ。理想のいきざまなのか美化されすぎなのかはわたしにはわからない、というかあんまりどちらの方向性にも感じていなくて、きれいに整えられた空間の下にぎゅうぎゅう部屋がある、それがたった一片描かれていることが、平山さんの暮らしの姿を少し不穏にしていてわたしはすきだと思った。平山さんがこのりんご箱にいったい何をしまいこんでいるのか、気になってしかたない。

そんなことを考えながら、先週の土曜日は10年ぶりくらいにリビングのキャビネットの中身を整理した。わたしは精神に落ち着きがなく、常に暇と退屈を乗り切るための何かを探しており、興味はうつろいまくるため、家にものが多すぎる。みうらじゅんを信奉しており、余計なものも捨てない、を信条としているため、10年前におまかせ引越パックを頼んださいには百戦錬磨の引越し作業員に「ものが…多すぎる……ッ!」と絶望されたものだった。それにしても、10年ぶりに整理した引き出しの中身はひどかった。なんでこんなものが入っているのか。平山さんにもぎゅうぎゅうの部屋があるくらいなんだからわたしに至ってはもうしかたがない、と自分を慰めながら、わが生活の残滓をここに晒し、これをもって供養としたいと思う。みなさんのおうちのどこかにころがっている、パーフェクトじゃない日々の残滓もぜひ教えてほしい。

①赤青えんぴつ11本
小学生の必携アイテム・赤青えんぴつ。赤ばかり減って青が残るのを不満に思っていたところ、赤7:青3くらいの比率の赤青えんぴつの存在を知り狂喜して1ダース購入。しかし急に使う時代が過ぎて11本残っている。下の子は今年高校卒業を迎える。
取捨判定:要らないけど新品を捨てる罪悪感がすごくて捨てられない

②タミヤカラー
プラモデル用の塗料である。子どもがプラモデル作りに凝っていた時期があり、じぶんも昔作ってたことを思い出して量産型ザクの古い型のプラモを買った。なぜワンオペ子育て全盛期に量産型ザクを作り塗装までできるなどと思ったのか。ザク色のタミヤカラーは蓋を開けられることもなく固まり切っていた。
取捨判定:不燃ごみ

③ハードディスク
かつてMacBook AirのハードディスクをSSDに積み換えるとめっちゃ速くなるよ、とMac好きの先輩にすすめられて素直に積み換え、取り出したハードディスク。10年中身を見なかったものはもはや不要、と判断していいものだろうか、わからない。ケースに毛筆っぽいフォントで「林檎野郎」と刻印されているのが恥ずかしすぎて直視できない。
取捨判定:直視できないため不燃ごみ、と思ったが何が入ってるかわからないのでいったん救出

④謎の錠剤
駄菓子屋で売ってるソーダラムネが苔でも生えたように緑色になっている粒がいくつか、引き出しの底から転がり出てきて心底びびる。なんだこれ怖。しばらく考えて、あ、これクロレラだ、と思い出した。友人がミジンコの大繁殖に成功したためお裾分けしてもらい、そのさいにミジンコにあげてください、と分けてもらったクロレラの粒であった。なお、わが家のミジンコは真夜中にねこが全部飲んだ。
取捨判定:ミジンコはもうとっくにいない、だから可燃ごみ

⑤刺繍糸
ワンオペ子育て全盛期には作業療法のように刺繍にハマっていた。技術はないのでバッテンだけで構成されるクロスステッチ専門である。図案があるのだが指定された色に忠実でないと気が済まない、似たような色とかを選べない融通のきかない性質のため刺繍糸が無限に増えていく。お菓子の缶いっぱいに刺繍糸が蓄積されているが、いまはびっくりするほど興味がない。
取捨判定:いきおいよく可燃ごみ

⑥ねじ
気がつくと得体の知れないねじが床に落ちてませんか。何かに使われていたものだとは理解しているからいちおう取っておくのだが、おさまるべき場所を探し当てられたことがなくただ溜まっていく。
取捨判定:家が崩壊してないからには大丈夫とみなし不燃ごみ

⑦ぐしゃりと音のする何か
整理が完了して、さあ終わり終わりと引き出しを閉めようとしたら、ぐしゃりと奥のほうで音がして何かが引っかかって閉まらない。引き出しをレールから取り外せないタイプのキャビネットのため、50センチ定規を隙間から突っ込んだり、自分の腕をねじこんで筋を違えたり、壮絶な苦闘の末ようやく取り出した。出てきたものは、体温計の空箱。誰だこんなゴミを後生大事にしまったのは。
取捨判定:ここまで迷わず捨てられるものは珍しい可燃ごみ

今日はここまで。


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