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本田創『5枚の写真から繙く暗渠スケープ』/都市のラス・メニーナス【第22回】

2020年から「路上観察の現在地を探る」として、いろいろな方をお招きして、その方が見ているものの魅力、また、どうしてそういう視点に至ったかなどを、片手袋研究家の石井公二編集者・都市鑑賞者の磯部祥行がお聞きしてきたトークイベント『都市のラス・メニーナス』主としてYouTubeで配信してきた。「ラス・メニーナス」とは、17世紀にベラスケスによって描かれた、見る人によってさまざまな解釈を生じさせる絵画。街も、人によって、まったく異なる見え方をしているはずだ。

現在、平井オープンボックスを会場として、毎月1回開催中。その第22回が2023年11月26日(日)に暗渠者・本田創さんをお招きして開催された。

中央が本田さん。左は磯部祥行、右は石井公二(写真=丸田祥三さん)

暗渠とは、地下化された水路のことだ。しかし、(すごく広い意味での)路上観察者たちには、主として「都市河川の」暗渠「だった」「空間」も含めた言葉として使われている。本田さんは、そうした意味での暗渠が醸し出す「暗渠特有の景観」「それを構成する要素」「暗渠スケープ」(暗渠+ランドスケープ)と呼ぶ。今回は、それを5枚の写真で繙(ひもと)こうというものだ。

暗渠の楽しみ方はさまざま。暗渠は日常に潜んでいるけれど、「そこが暗渠だと気づいたら終わり」ということに留まらず、見つけた暗渠の空間と時間がいかに構成されているのかを考えるための手がかりが「暗渠スケープ」だ。冒頭にその説明を丁寧に行い、因果関係をはき違えないように気をつけながら、1枚目の写真を提示する。

1枚目(写真=本田創さん)

ここには実にさまざまな景観が写し込まれている。猫に目が奪われかけるが、それはさておき、主役は蓋かけの水路。右には崖と護岸があり、そこから排水管が突き出して暗渠に落ち、手前には勝手庭がある。左は平地だがフェンスが張られている。ここは閉ざされた空間だ。ゆえに猫にとっては楽園となる。

ここは住宅に囲まれた場所。この水路は、野川に並行するような位置にある。古い地形図を見ると、野川は河川の直線化で生まれた川であり、もともとは入間川という川が流れていた。1948年の航空写真や1961年の地図を見ると、住宅は写真右側の高台のみにあり、左側は水田。この水路は高台の住宅地と川沿いの低地の水田の境界にあった。つまり、水田に入間川の水を引き入れるために、水田の外周に作られた水路だ。こうしたことを知った上で改めて写真を見ると、この暗渠周辺の時間の積み重ねや、人がどう関わってきたのかがリアルに感じられるようになる。

2枚目(写真=本田創さん)

告知画像の写真。少し古めの商店通りを暗渠が横切り、その向こうに都庁が見えている。開渠の時代には「柳橋」という橋がかかっていて、その欄干が残されている。暗渠は歩道となっているので、欄干を切り開いている。巨大な都市・新宿の近くに、いまなおある光景。

この柳橋のたもと…写真でいうと左手前(写っていない)にあったのが、

はっぴいえんどのデビューアルバム、通称「ゆでめん」に描かれた風間商店だ。それがこの場所であることを発見したのが本田さんで、いまでは広く知られるようになった。雑誌『東京人』2023年6月号「東京地形散歩」特集では、本田さんが松本隆さんを現地にご案内している。排水を考慮する必要がある作業は川沿いに立地することがある。本田さん「茹でた汁を暗渠に捨てていたのでしょうか(笑)」

3枚目(写真=本田創さん)

「水車池田米店」。ここでは「水車(米店)」「クリーニング店」が暗渠スケープである。「水車」という妙な屋号は、ここに川が流れていたころにこのお店が水車を設置していたことによる。ここは支流が合流する場所で、水量があったはずだ。「水車台帳」を見ると、堰が3尺5寸(約1m)、水車が直径1丈7尺(約5.1m)あり、水車を動力源として、米を搗いていた。一時、木綿撚掛も行っていた。水車はのちに電力によるモーターに取って代わられるが、「水車」という屋号から、そうした歴史を感じ取ることができる。

4枚目(写真=本田創さん)

暗渠の脇に崖があると、擁壁のすき間から水が湧いていることがある。暗渠スケープの一つである。本田さんはこの湧き水を1998年から撮影しており、水量とともにバケツが変化している様子も把握している。それを2023年撮影のものまで、定点観測として連続で見せてもらうと、「暗渠スケープ」も変化していくのがよくわかった。「路上観察」に時間の概念を持ち込むのは発見だった。

なお、ここに限らず、湧水量は年によって異なる。雨が多ければ増え、少なければ減る。場合によっては涸れてしまうこともある。この湧き水の動画も公開されたが、動画で記録してこそ、ドバドバだったりポタポタだったりがわかる。「水の流れ」という小さな時間を記録することで、「歴史」のような大きな時間も記録できる。

5枚目(写真=本田創さん)

渋谷の稲荷橋。その向こうにかつての東横線渋谷駅などが写り込んでいる。渋谷川の暗渠は最近の大改修で移設されており、その前にも移設されたことがあるので、都合2回、移動していることが解説される。

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これらたった5枚の写真(と補足の写真や地図、資料)でも、その解説を受けると、暗渠スケープが
景観として顕れた失われた水の痕跡
・今は見えなくなった水の空間の広がり
・それらが成り立ち、失われていった時間の奥行き
を提示してくれることがよくわかった。

今回の内容は、本田さんの新刊『失われた川を読む・紡ぐ・愉しむ 東京暗渠学 改訂版』では、解説されているだけでなく、20エリアの暗渠をたどりながら実例を挙げている。この本を読めば、「暗渠スケープ」がより強く自分の視点として定着するだろう。

イベント終了後の懇親会は、来場者全員が参加してくれた。だれもが称賛したのが、本田さんの写真だ。路上観察者たちが写真をどう考えているかは様々なので、石井が、本田さんにとって写真は「記録」か「作品」かをお聞きすると、本田さんは「発表を想定した写真は作品として撮影、そうではないものは記録性優先の写真であることも」とのこと。本田さんの作り込まれた写真には、暗渠スケープが存分に表現されている。

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