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母の声を聞く

高校に入学してから新しい友達ができた。中学生の頃の私は母の看病と死別、学校でのいじめが原因で登校拒否、看病で疲弊した家族はバラバラになり心の拠り所がなかった。それだけに親しい友達ができたことがなによりうれしかった。友達と少しでも長く居たかったため部活を諦め帰宅部に。夕飯後は友達と深夜まで電話。親に電話代が高いとよく怒られていた。

確か入学して数か月たったころだと思う。その日もまたいつものように深夜まで友達と電話。最後のほうはもう二人ともうとうとしてしまい無言の会話が続く。そんな深夜の静寂は友達の訝し気な声で一変した。

「…え?なに?」と友達。私は何を聞かれたのか分からず同じように聞き返す。「さっきあのーって言わなかった?」私は友達が寝ぼけているのかと思い。何も言ってないよ、何か聞き間違いをしたのではないの?と言っても友達は私とそっくりな声であのーあのーと呼びかける声を聞いたと主張する。

少し怖くなり、もしかしたらうちの母が早く寝なさいと言ってきてるのかもと冗談を言って電話を切った。翌日学校へ行き昨日の件を友達に聞いてみた。とても冗談を言っているように思えない。もしかしたら…やっぱり私のお母さんなのかなと思い始めてきた。うちの母は声がとても高く、家の電話に出るとたいてい母か姉に間違えられていた。そのぐらい私たちの声はそっくりだった。

友達に母の声を聞かせたら深夜の謎の声がなんなのか判明できるのではないかと家の中を見渡した。ビデオテープは父に聞かないとどれに母が写っているかわからない。少し考えて、そういえば母が以前入院していたとき家に留守番電話をかけていたようなと思い出した。苦戦しながら留守番電話を再生する。するとやはり母の声が入っていた。最後まで聞かずそのマイクロカセットテープ(※)を取り出し、オリンパスのテープレコーダーと一緒に翌日学校へ持っていった。

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※マイクロカセットテープ
コンパクトカセットを小型化したもので、体積はコンパクトカセットの約25%となっている。メモ録音や留守番電話向けの録音媒体用テープ向けとして登場。

休み時間、友達と一緒にマイクロカセットテープを再生する。テープの内容は入院前に買っておいたグレープフルーツが冷蔵庫にあるので痛む前に早く食べてしまってという他愛もないものだった。しかしいつもの母と違い歯切れが悪く、言葉に詰まるとあのーあのーという。私たちは無言で目を見合わせた。テープを聞き終わった友達はテープの声と深夜の声はまるで一緒だったと、あの声は心令ちゃんのお母さんで間違いないと言った。

このお話は母の声を友達が聞いた、ただそれだけ。そこに何の意味もない。だけど残された家族はそこに意味を見出したい。母が深夜の電話に出たようにいつも見守ってくれているといいなと思う…。

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