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音大を辞める時 わたしの自我は消えた


支配型毒親は
「あなたのためを思って」が常套句で
子どもを管理しようとする
子どもを自分の所有物だと思っている




退学話を持ちかけられてから
すべて母が主導してご挨拶や手続きが
流れ作業のようにするすると進んでいった

私は悩む間もなかった
ふわふわと夢のなかにいるような感覚で
時間が経っていった
 
まだ足掻き続けたかったのに
辞めさせられる事への逃避だ
その頃の記憶がほとんどない



「何かがおかしいと思っても【恐ろしそうなことは見たくない】とばかりに目の前にカーテンを下ろし、何も見ない道を選んだのである。」スーザン・フォワード『毒になる親』講談社


いつもそうだった
母の言葉は私にとって呪縛だった
母が決めた事を覆すどころか
反論さえできなかった

だから「見ないこと」にして
じっと嫌なことが過ぎるのを待っていた

私は完全に
母の所有物に戻った
所有物は自分の意見を持ってはいけないのだ

母に褒められる事で感じられる存在意義
それだけがすべての自分に
あっさりと戻ってしまった

そんな私は
「音大を辞めたくない」なんて言えなかった




最後のレッスンの時が来た
いつもと同じように練習して臨んだ

肩の力が抜けて
声が良く響いてる

不思議と上手く歌えたのを
今でも覚えている


レッスンの締めで先生に言われた

「やっぱり辞めるのもったいないわ。
あなたこの先伸びるわよ。
今までは何かプレッシャーがあったのかしら。
今のレッスンとても上手に歌えてたじゃない?
せめて休学にして、ほかの大学を受けてから
戻ってきてもいいのよ?」



レッスンで会心の出来だったのは
いつ以来だろう

ーー今までの努力は無駄じゃなかった
私は下手じゃなかったんだーー

そういった思いが逡巡して
私は半泣きになっていた

入学してから常にあったプレッシャーは
確かになくなっていた
もう辞めるとなっただけで
それだけでこんなに違うんだな



残念ながら休学は母が許してくれかったし
辞めたくないと言う勇気はなかった
私はもっと先生のもとで研鑽を積みたかった
でもできなかった…

音大退学は
今も後悔していることのひとつに入る
悔やみきれない出来事だった

必死で自分で掴んだ夢をも打ち砕くほど
母の呪縛は強かった


「完全主義の親の過剰な要求に悩まされる子供は、普通二通りの道をたどる。親の承認と賞賛を得るために必死で頑張るか、親の望む通りにしないように反逆するか(中略)どちらにせよ、頭のなかで鳴り続ける親の声を消し去らないかぎり、状況が変わることはない」スーザン・フォワロード『毒になる親』


私は「母の賞賛を得るために必死で頑張って」きた
音大受験で自我が芽生えたが
音大生活わずか半年で自我は消失してしまった


「音大辞めて、ほかの大学受けなさい。」

どうやらほかの大学とは
音大以外の大学を指すらしい


高校1年の時から
音大に合格するためだけに
生きてきた

ほかの大学と言われても
まったくピンとこなかった

退学してから
心にぽっかり穴があいたようになって
喪失感だけが常にあった

やっとひねり出した音大という選択肢を
突然取り上げられ
私は何も決められずにいた


「自分はどんな人間か、自分はどう感じているか、何をしたいのか、といったことを考えるのは難しいか。」
『毒になる親』スーザン・フォワードより

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