イギリスのEU離脱からみる日本
普段はあまり海外のニュースを大きく取りあげない日本ですが、今回は武漢の件もあり、世界の動きにみんなが敏感になっていますね。
その海外に関するニュースのひとつ、イギリスのEU離脱の報道について、日本とヨーロッパにおけるある大きな違いを感じる部分がありました。
それは、29日にドイツで行われた議会でのこと。イギリスのEU離脱が可決されると、議員たちが立ち上がり手をつないで、「蛍の光」をともに歌いました。
蛍の光は、元々はイギリス・スコットランドの民謡です。日本では紅白の最後に歌われたり、スーパーの閉店間際に曲がかけられたりと、終わりや別れを表すようなイメージがありますが、元の歌詞はそこまで大きく別れをテーマにしたものではなく、節目に歌ったりお互いを讃えるような内容になっています。
英語の歌詞を一部和訳すると、
『いまここに、我が親友の手がある。
いまここに、我らは手をとる。
いま我らは、良き友情の杯を飲み干すのだ。
古き昔のために』
こんな感じです。
つまりまさに、欧州の議会では歌詞のままに想いを込めて歌ったのではないだろうかと考えると、イギリスの議員の中には泣いていた方がいたというのも頷けます。
(この曲の発祥の地、スコットランドが、イギリス4つのエリアのうちで唯一最後までEU離脱に反対していた背景を踏まえると、この曲が最後に英国へ贈られたということにも感慨深いものがありますね。)
実際、イギリスにとってのEU離脱のメリット
(移民・難民の受け入れを自国で決められること、連帯責任ともいえる経済面から解放されること)
などを理解したうえでの欧州としての可決は、相手の決断を尊重して送り出すしかないという決着に至ったのだと思います。
もちろん、のちに形式として穏便にするためのパフォーマンスが含まれていないとは言いませんが、それでも愛があり、相手の決断に対して肯定的で、避難するより相手を応援したり見送るという表意を示すのは、政界うんぬん関係なく必要だなと感じたのです。
これを踏まえて日本を見つめてみると、
日本では、まだまだ新しい取り組みは批判的に捉えられがちで、いざそれが失敗すると大衆は「やっぱりね。」と、一過性のものとして我関せずなスタンスで見る割合が多いと私は感じます。
ダメになるか、良い決断になるかまだ分からないうちから、
そんなのは例にないから良くないはずだとか、リスクが多いから従来の方法をとった方がいいというのは、
やってみないと分からないから、やってみた方が得るものはあるんじゃないか?
というのが正直な感想です。
とにかく今回の欧州の議会を通して学んだのは、
せっかくの議会の場なので、ごまかして言い逃れたり言いくるめたりする時間ではなくて、お互いがある程度の本音を示し、核心をつくことを避けないことや
数世代あとの発展のために国の舵をきり、それを他者が一部分だけでも肯定的にとらえる、というあり方は、とても素敵だなと感じました。
もちろんこれは国とかの単位ではなくて、自分と相手というシンプルな感覚としても参考にできるのではないか、とも。
まぁひとまず、島国だからって自国のニュースだけで情報が満たされるのはやめようと改めて思った日でした。
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