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Lapin Ange獣医師の「ネットで見たんだけど・・」 #12: 短頭種の話

今回は少しばかりシリアスなお話です。 正直なところ,あまり触れたくない話題なのですが,獣医師として,避けて通るのはアンフェアだと思いましたので,採り上げることにしました。

「イヌ」の驚くべき多様性

地球上には,夥しい種類の動・植物が生きています。 国連の機関である国連環境計画などの研究によると,全生物種の数は約870万と推測されるそうです。 「推測・・」というのは,既知の生物よりも圧倒的に多くの未知生物が存在すると推計されるのだそうです。 先に終了したNHKドラマのモデルとなった「日本の植物学の父」牧野富太郎氏が命名した植物は,1500以上というあり得ない数ですが,それでも植物界全体から見ると極く極く一部でしかありません。 動物の中で,私たち哺乳類は約7000種が確認されており,我らがワンちゃんもそのうちの一つです。 そして,ワンちゃん,すなわちイヌ科イヌ属のCanis lupus familiaris は更に,その1つの「種」の中に700〜800の犬種があると言われており,日本でも,JAPAN KENNEL CLUB の「犬種別犬籍登録頭数2022」リストによると,137種のワンちゃんが登録されています。 もっとも,イヌは少々特殊な存在で,同一種でこれほど種類が多く,身体の大きさもバラエティに富んでいる例は他に見当たらないと思います。 いわゆる「ティーカップ」種のように犬種として未確立のワンちゃんの中には,成犬でも2kgを超えない可愛らしい子たちがいる一方で,街中で出会ったら私も一瞬たじろぐような,70kg超の大型のワンちゃんもいます。(学生時代,大学の病院での診療実習の際,指導教官から「じゃあレントゲン台に載せて」と言われたのがセントバーナードで,必死で抱え上げた記憶があります・・) 身体の大きさだけでなく,外観もバラエティ豊かで,見るからに走るのが早そうなスマートな体躯や,獲物を追って穴の中を進むのに適した体型,被毛の長さや密度にも大きな違いがありますが,そうしたバラエティの一つとして,いわゆる「短頭種」の存在があります。 

ちょっと危うい人気者

2022年に米国で登録された数が多い犬種を示したAMERICAN KENNEL CLUBの リストでは,これまで30年以上トップに君臨していたラブラドール・リトーバの牙城を崩し,フレンチ・ブルドッグが堂々の1位となり,他にもブルドッグ,ボクサー,シーズーなどの「短頭種」が上位に入っています。
日本においても,上述のJAPAN KENNEL CLUBのリストでフレンチ・ブルドッグが6位に入っている他,シーズー,パグ,ペキニーズなどが上位に見られます。 このように国内外で人気のある短頭種のワンちゃんですが,おそらく皆さんご承知のように,彼らは若干の注意が必要な犬種でもあります。
AMERICAN KENNEL CLUBのwebサイト,Brachycephalic Dog Breeds 短頭犬種の項に "A Guide to Flat-Faced Dogs" の記事が見られます。

平らな顔のイヌに関するガイド

とても広く知られ,愛されている短頭種は,米国で最も人気のある犬種に含まれています。
短頭種の犬は,吻(鼻)が短く顔が平らなことが特徴的で,それにより鼻孔,気道が狭くなります。 この犬種の,しわしわでクシャッとした顔は,近年ますます人気が高まっています。 しかし,短頭種の犬を家族に迎えたいと考えている場合は,考慮すべきことがいくつかあります。

健康への配慮
短頭種の犬は,顔と気道の独特な形状により,高温多湿の気候の中で体温を調節するのが難しいことがあります。 頭の独特の構造から,パンティング(ハァハァと呼吸すること)によって体温を下げることが容易でなく,身体が過熱し易い素因があります。 暑い気候では,冷水や扇風機,エアコンを使用することが非常に重要です。 さらに,一部の短頭種は,頭蓋骨の形状や皮膚のヒダに関連して,ある種の皮膚,目,口腔のトラブルが起こる傾向があります。
こうした懸念があるため,短頭種の犬を求める場合は,優良で責任あるブリーダーを探すことが非常に重要です。 責任あるブリーダーは健康検査を適切に実施し,健康で幸せな短頭種の犬を繁殖させます。

航空会社のフライト
短頭種は他の種類の犬に比べて,飛行機に乗った際に緊急事態に陥りやすい可能性があります。 気温や湿度に敏感なだけでなく,ストレスがかかったときや高度が変化したときに呼吸困難になることもあります。 一部の航空会社は,短頭種の安全と保護のために,搭乗を禁止または制限する規定を設け始めています。 短頭種の犬を連れて旅行を計画する場合は,事前に獣医師と航空会社に相談してください。

運動
短頭種の運動に関しては,特別な考慮事項を心に留めておく必要があります。 短頭種の犬は,運動中や運動後に体温を自己調節するのに苦労する場合があります。 どのようなアクティビティが適しているかについて,ブリーダーや獣医師に相談してください。
特に高温・多湿の環境下では,これらの犬を過度に運動させないように注意する必要がありますが,一方で,犬が健康を維持できるようにするためには,やはり運動は重要です。 短頭種の多くはドッグスポーツに優れており,高速 CAT などのペースの速いアクティビティで,喜んで競争しています。

また同サイトには,"How to Groom and Bathe Flat-Faced Dogs" なる記事も
見られたので,これも揚げておきます。

短頭種のイヌのグルーミングと入浴の仕方

短頭種の犬は,広い頭蓋骨と細長い軟口蓋を持っています。 適切なグルーミングと入浴は,犬の健康,活力,長寿に不可欠です。

顔のヒダのクリーニング
目や顎の周りの皮膚のヒダは,短頭種の犬のトレードマークであるしわを形成し,炎症や感染症に対する感受性を高めます。 その皮膚炎は,摩擦や酵母および細菌の増殖によって引き起こされる炎症状態です。 湿気,フード,汚れは細菌の増殖に最適な繁殖環境を作り出し,犬に不快感をもたらします。
感染の兆候には,赤み,腫れ,変色,臭い,放電,かゆみ等があります。
幸い,定期的な検査とクリーニングにより,感染のリスクは大幅に軽減できます。 湿らせた布でヒダの部分を拭いた後,乾いた布で余分な水分を取り除きます。 AKC公認のフレンチ・ブルドッグ審査員であるロリ・ハント獣医師は,「ヒダに赤みや炎症がある場合,乾燥を保つために酸化亜鉛ペーストを使用してください」と言います。(酸化亜鉛の摂取は胃の炎症を起こす可能性があり,繰り返し亜鉛にさらされると貧血を誘発する可能性があることに注意してください)

尾のヒダのクリーニング
一部の犬にはネジ尾があり,これは椎骨が弯曲またはねじれていることを意味します。 犬が成長するにつれて尾のヒダは深くなり,皮膚炎を起こしやすくなります。 毎日のクリーニングにより,糞便による汚染や感染を防ぎます。「尻尾が腫れているように見える場合は,余分な毛が大量にある可能性があり,その部分がハゲる可能性があります」とハント獣医師は言います。 彼女は余分な毛皮をとかすことを勧めています。

外陰部のヒダのクリーニング
一部のメス犬では,外陰部がヒダに包まれています。 外陰部のヒダも「尾と同じケアが必要です。 ヒダを持ち上げてクリーニングし,乾燥を保つために酸化亜鉛ペーストを塗るのです」とハント獣医師はアドバイスします。

眼のケア
「短頭種の犬は角膜潰瘍になりやすい」ため,目は毎日チェックする必要があるとハント獣医師は言います。 斜視,腫れ,混濁に注意してください。 目を潤滑し,ゴミを除去するために,ある程度の涙の分泌は正常です。 ただし,過度の涙はアレルギー,感染症,まぶたの異常の兆候である可能性があるため,獣医師に相談してください。

耳のケア
健康な耳はピンク色で無臭です。 犬の外耳道は,入浴や水泳の後は清潔で乾燥している必要があります。 垂れた耳は,尖った耳よりも通気性に劣る傾向があります。 耳垢や汚れの蓄積を確認し,耳の端をブラッシングして余分な毛を取り除きます。
ほとんどの犬の場合,耳掃除は週に 1 ~ 2 回で十分です。 アレルギーや耳の感染症を繰り返す犬には,より注意が必要になる可能性があります。 かゆみを軽減するために,頭を激しく振ったり,こすったりしないように注意してください。
耳掃除の際は,綿球またはガーゼと蒸留水を使用してください。 代替手段として獣医師が承認した耳洗浄剤もありますが,これらは「耳の自然なpHを乱す可能性があります」とハント獣医師は説明します。

鼻のケア
乾燥してひび割れた鼻は,単に見た目の問題だけではありません。 治療せずに放置すると,かさぶたができて,呼吸,嗅覚,体温調節が阻害されることがあります。 「かさぶたを剥がすと,その下は感染していて生々しい状態になります」とハント獣医師は言います。 彼女は,乾燥や感染症を防ぐために,週に数回塗ることを推奨しています。

ネイルケア
短頭種の犬は,足に向かって曲がる厚い爪を持つ傾向があります。 「フレンチ ブルドッグの爪の幅と厚さは,ラブラドールと同じです」とハント獣医師は言います。
爪が長いと運動性が損なわれる可能性があります。 ハント獣医師は月に2回爪を整えることを推奨しています。 先端が細い爪研ぎは,爪と爪の間の狭い隙間に入り込む可能性があります。 バリカンを使用する場合は,「爪の上下を斜めに切り,尖った部分を作るようにしてください」とハント獣医師はアドバイスします。

歯の手入れ
小型犬では歯が過密になったり,歯が移動したりする傾向があります。 犬が大人の歯と一緒に乳歯を保持しているときに過密症が発生し,その結果,歯周病や早期の歯の喪失が発生する可能性があります。
犬の年齢に関係なく,定期的なブラッシングが大切です。 ハント獣医師は言います。「自分の歯を磨くのと同じくらい彼らの歯も磨くのが理想ですが,誰もそんなことしません。 週に1回,あるいは月に1回でも行うと効果的です。」
犬用の歯磨き粉を歯ブラシ,ゴム製の指ブラシ,またはガーゼに付けます。 短頭種の犬でより顕著になる傾向がある切歯をブラッシングするときは注意してください。 歯磨きの合間には,犬に有毒なキシリトールを含まないうがい薬と水を等量混ぜた液を使用してください。 「歯肉縁の周りにスプレーすると,歯垢を形成する細菌を殺すことができます」とハント獣医師は付け加えました。

入浴
ショートコートまたはミディアムコートの犬の,入浴の前後にブラッシングして,マット(毛が絡んで団子状になること)や炎症を防ぎます。 ブラシまたはゴム歯の櫛を使用してください。 抜け毛を取り除き,古いアンダーコートを必ず抜き取ります。 換毛期には毎日のブラッシングが必要です。
活動性の低い室内犬の入浴は,2 ~ 3 か月ごとで十分です。 滑り止めのゴムマットの上で入浴させ,放置しないでください。 犬が水を飲まないように,カップを使用するか低圧に設定してください。 愛犬の被毛の種類と毛色に応じて,特別に配合されたシャンプーを泡立ててください。
ハント獣医師は,「ヒダを綺麗にし,酵母や細菌を取り除く」ためにタオルと薬用シャンプーを推奨しています。 コートを一方向にこすり,凹凸や擦り傷がないか探してください。「往復に擦ると毛幹が折れて,吹き出物ができてしまいます」と彼女は言います。
余分な水分を絞ってシャンプーを洗い流します。 タオルまたは弱めのヘアドライヤーを使用して完全に乾かします。 ハント獣医師は,皮膚が乾燥していたり​​鱗状になっている場合には,洗い流さないコンディショナーを勧めています。
ハント獣医師は「グルーミングは重要です。 グルーミングをしないと医学的問題を引き起こす可能性があるからです」と強調する。 短頭種の犬は,表情豊かな目と豊富なシワで人々を惹きつけます。 毎日の点検とクリーニングにより,その魅力を最高の状態に保ちます。

結論

短頭種のワンちゃんに関する懸念や注意点,ケアの方法に関する2つの記事を紹介しました。 これらは,短頭種の魅力である形態ゆえに発生するリスクに基づくものです。 短頭種の代表格であるブルドッグは,その名前「ブル=雄牛」+「ドッグ=犬」の通り,その昔,犬と牛を戦わせる娯楽が盛んだった頃に,牛に噛み付いた状態でも呼吸がし易い短い鼻,噛まれても深い傷を負いにくいシワシワの皮膚の犬が作られたという話が有名ですね。 この話自体,現代なら完全にコンプライアンス違反になると思いますが,どうやらこの話は,ブルドッグの起源として十分ではないようで,その時代に描かれた絵図によると,当時のブルドッグは,今ほどその特徴は顕著でなく,鼻も脚も,もっと長かったようです。 つまり,倫理的な理由から牛との戦いが禁じられ,ブルドッグが闘犬ではなくなった後にも,その特徴がさらに顕著になるように「改良」されたのが,今のブルドッグの姿で,その理由は,「人々がそれを好んだから」に他なりません。 冒頭,私が「あまり触れたくない」としたのは,このことで,ブルドッグ に限らず,他の短頭種,さらには,短頭種以外にも,その特徴が強く誇張された(「ティーカップ」などの)犬種も,私たちがそれを望んだために作られたものです。 それによって,特定の疾患やトラブルに陥り易いという素因も負っている場合があり,このことに関する捉えや考え方は様々で,腑落ちしにくい話題です。 
ワンちゃんオーナーの皆さんには,もちろん,この「改良」に対しては何の責任もなく,気にされる必要はないのですが,こうした「改良」に伴う負の面を知っている獣医師としては複雑な思いがあります。 調子が悪いワンちゃんを抱いて,不安でいっぱいのオーナーさんに「あぁ,この犬種はこの疾患に罹りやすいのですよ」と申し上げるのは,(私は)とても心苦しいのです。 みなさんが,家族として迎えた子に精一杯の愛情を注いで育て,ワンちゃんたちの幸福にひたすら貢献して下さっていることが,唯一の救いです。

雑記

上記の記事にあるように,近年,短頭種の犬の搭乗について,各航空会社が制限規定を設けています。 国内線についてwebサイトで確認したところ,以下のように案内されておりました。
日本航空:
・短頭犬であるブルドッグ,フレンチブルドッグはお預けいただけません。
・パグ,チン,ボストンテリアなどその他の短鼻犬・短頭犬,ブルドッグ・フレンチブルドッグの雑種はお預けいただけます。
全日空:
5月1日~10月31日の夏季期間は,他の犬種と比較して高温に弱く,熱中症や呼吸困難を引き起こす恐れのある「短頭犬種」のお預かりを中止させていただいております。
お預かりを中止している短頭犬種:ブルドッグ,フレンチ・ブルドッグ,ボクサー,シーズー,ボストン・テリア,ブル・テリア,キングチャールズ・スパニエル,チベタン・スパニエル,ブリュッセル・グリフォン,チャウチャウ,パグ,チン,ペキニーズ

短頭種のワンちゃんが有する呼吸器系の特徴が広く知られるに伴って,そのリスクを避けようという動きが見られるようになっており,短頭種のワンちゃんのオーナーさんには愉快でないと思いますが,英国のRoyal Veterinary College 王立獣医大学のwebサイトには,「これらの犬種(短頭種)に関わる動物福祉の問題を考慮すると,私たちのコア・メッセージは,"Stop and think before buying a flat-faced dog" である」とされています。

ただ一方で,最近,このRoyal  Veterinary Collegeとマンチェスター大学が主導した研究(Veterinary Anaesthesia and Analgesia, 2022)において,英国における犬の鎮静や全身麻酔による死亡リスクについて調べたところ,そのリスクは比較的低く,驚くべきことに、鼻の長い犬種は,中程度の鼻の長さの犬種と比較して,鎮静剤/麻酔薬に関連した死亡の確率が4倍であったのに対し,短頭種では死亡リスクの増加は見られなかったということです。

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