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しん・たま《短編・後編 -完-》

本シリーズは、心霊等、超常現象の表現を含みます。苦手な方はご注意ください。

「すっかり暗くなっているけど、危なくないかな?」
「二人ならだいじょうぶでしょ。」
前のめりになっている、まこっちゃんに引きずられるようになりながら旅館を出た。旅館の外へ出てみると、あたりは月明かりに照らされ、思ったよりも明るかったが足元は暗くてランタンの火がたよりだった。

お寺の境内へと続く門までの道のりは、直線一本道で五、六百メートルくらい。ゴールはすぐそこに見えているものの、道幅は二メートルほどしかなく、二人並んで歩くとそれだけでいっぱいだった。また、道の両側には背丈ほどの草木が生い茂っていて、うす気味悪かった。ときおり、葉っぱの間から人の顔が見えたような気もしたが、見間違いだと自分に言い聞かせるしかなかった。
少し前をみると、道の端がぼわっとやや明るく浮かび上がっている。
(なんだろう・・・)
なるべくそれを見ないようにしたが、どうしても視界に入ってくる。
それは、小さな女の子がしゃがみこんでいるような感じだった。
(いや、気のせいに違いない。)
頭の中で「気のせい」を繰り返すが、それはもう目の前だった。たまらず、左足を出して靴の先端でぽんっと突いてみると、すぅっと消えた。
あとから考えると、この行為がいけなかったのだと思う。何か得体の知れない、その怒りをかってしまったのかもしれない。

「あ、人だ。」
まこっちゃんが前方を見て、声を発した。
「お寺の方から誰かが出てきて、そのまままっすぐに走っていったよ。」
だけど、そう言われても、自分には何も見えない。
ほどなくして、お寺の前に着いた。お寺の入り口から境内をのぞき込むが真っ暗で何も見えない。そして、その反対側、人が走っていった方向を見たが、うっそうと草木が茂っていて何も見えない。
(この奥に道が続いているのかな?)
草木を分け入って、その先へ進もうとしたその時。
「あっ!」
足元が不安定になり前のめりに転倒しそうになり、すぐ横の木の枝をなんとか掴って難を逃れた。足場を確保して体勢を立て直すため、スマホのライト機能を使って辺りを照らしてみた。そして愕然とした。
「まこっちゃん・・・この先は・・・崖になってる」
「え・・・?でも、さっきの人・・・というか子どもみたいだったけど」
「うん・・・」
そこは草木の茂みのすぐ向こうが崖になっていて、とても人が駆け抜けられるような状態ではなかった。
「まこっちゃん、とりあえず一旦旅館へ戻ろう。」
「うん、わかった・・・。あのさ、こんなときなんだけど、部屋で何かあった?」
今その話をしなくても良いのに、そう思ったが、"あの影"のことを話した。

「それ、実は私も見たよ。」
ゆらゆらと揺れるランタンの灯火によって壁に映し出されたまこっちゃんの影。にもかかわらず、ゆれることなく壁にぴったりと貼り付いて微動だにしない影。右を向いたショートの髪の少女の影。
まこっちゃんも自分の後ろ、壁側を振り返った時に、それを目撃していた。

旅館に戻った二人は、やはり元の、"開かずの間" 紫雲へ入った。すでに夜も遅くなっていて、今さら部屋を替えてもらうのも迷惑だし、電気をつけたまま朝まで話をしていようということになった。
「二人で見たんだから、これは確定だよね。やばいねー。」
「どうする?合宿に参加する他のメンバーには事前に伝えておく?それとも、同じような現象が出たら、実は!という方が面白いかなぁ。」
恐怖心を抑制するためか、二人ともハイテンションになってしまっていた。そして、たわいもない話をとにかくしゃべり続けた。

「というかさぁ。なんで私の影なんだろー。ちょっと引くんだけどー。」
まこっちゃんが、つとめて陽気な声でそう言った時。
ガッシャン!と、衝立に掛けてあったハンガーが大きな音をたてて落ちた。
そう。落ちたのだ。落ちたハンガーは、右上から左下へ、二人の間をナナメに落ちていき、そのまま畳の上を転がって左の壁へ激突して、ガッシャーンとさらに大きな音を立てて止まった。
まこっちゃんは絶句し、泣きそうな顔になってこちらを見ている。
「お願いだから、話を止めないで。何か話していて。」
二人はお互いを励ますように、話し続け、その後は何事もなく朝を迎えた。
夕べの出来事については、二人とも触れなかった。時間が過ぎると、実は何事もなかったようにさえ思えてくる。そう、気のせいだったのだ。そうに違いない。

合宿の下見を終えて2、3日経った、ある日の昼下がり。
自分の部屋で、ベッドに横たわって本を読んでいると、不意にスマホが鳴った。まこっちゃんからの電話だ。
「そっちはあのあと、なんともない?」
電話の向こうのまこっちゃんの声は普段と違っていて元気がない。
「昨日の夜、金縛りにあっちゃって・・・すっごく怖かったんだけど。」
半ば、泣き声になっているまこっちゃんを、少し疲れが出ただけだ、疲れが無くなればそういったことは無くなると思う、と励まし、そして電話を切った。

まこっちゃんのメンタルが少し心配だ、今度ご飯でも誘ってみよう、などと思いながら、またベッドに横たわった。その時!
身体が動かない。声も出せない。ただ、目だけが動かせるだけだ。
焦って声を出そうとするが、まったく声にならない。いったい何が起こったのか、部屋の中をぐるぐると見渡しても、何も変化はなかった。

何とかして身体を動かそうともがいていると、両足首をがっしりと何者かに掴まれた。
おそるおそる、そちらのほう、つまり足元を見てみたが、見た目には何も変化がなかった。しかし、両足首を掴んだその手にはとてつもない力が加わっており、ぼくの身体をひっぱり上げようとしているかのようだった。

身体に力を込めて、それに抵抗した。
すると、ストンと身体が楽になった。終わったのか?そう思った、次の瞬間!
さらに大きな力が両足首に加わり、だめだ。この力には抗えない、そう観念した。
(ごめんなさい。ぼくが悪かった。)
自然と、心の中でそう叫んでいた。
そうすると、両足首が、がっしりと掴まれていた力から投げだされるように解放され、身体も楽になった。
それは、ある日の夕方、4時44分からの6分間ほどの間の出来事だった。

《あとがき》
長々となってしまいまして、申し訳ございませんでした。
最後までお読みいただきましてありがとうございました。

ふと、30余年前の出来事を思い出しまして、文字にしてみました。
「後編」の、ランタンの火 (実際には、ろうそくの火だったのですが)が灯ったくだり、以降の出来事はほぼ全て実際にあったものです。信じるか信じないかは・・・(略)