名J-POP考 余談 JーPOPは国外に通用しなかった。

経済大国のみならず文化大国としてもという願いを込めて「J-POP」というネーミングになったわけだが現実を言うと海外に通用しなかった。著作権使用許諾額というのはジャスラックが管理してていつも発表してるのだがなんと毎年199:1、つまり国内199に対して海外1で海外売上比率が0.5%という信じられない市場が音楽市場が世界1位の国日本である(ついこないだまでは音楽市場は米国に次いで日本は2位であった。まあ握手券ドーピングがもろにあるので意味のない数字なのだが)

しかし、アーティストの絶望はこんなもんではなかった。海外ヒット曲売り上げ1位は「ポケットモンスターBGM」だった年が長らく続いた時があったからだ。つまり歌ですらない。人間が歌ってる曲ですらないものが海外で一番売れてる日本の曲ということでアーティストがリストを見るたびにビリビリに引き裂くなんてのが日常茶飯だったようだ。

それだけではなかった。いつもゲーム音楽が海外1位なのである。

ファミコンというのはPSG3和音、スーパーファミコンというのはPCM8和音でとてもじゃないが音楽を表現するにはあまりにも安っぽい音しか表現できないのだそうな。CD-DA規格(音楽CD)と同じ音源になったのはPS1の時代からである。携帯ゲーム機器の場合はもっともっと後である。そんな規格の曲が1位ということは国内の全アーティストが否定されたに等しい。それは屈辱の瞬間であった。

とはいえやっとのことで「80年代シティーポップ」が欧米人から見直されて来てるのでもしかしたら「90年代J-POP」も時代が経てば海外に広まる時代が来るのかもしれない。

ではJ-POPの前身であった「シティーポップ」ってどんな曲なんでしょうかね?

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?