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戦争を経験していない人

名古屋あいちトリエンナーレで『平和の少女像』の展示が中止となる事件が起こった2019年秋。 私は小規模な地域フェスティバルに参加するために名古屋に滞在していた。 公演を無事に終え関係者達と一緒に行った食事の席に、近くで開催中のあいちトリエンナーレのプログラムに参加中の何人かのアーティスト達が同席した。 その中の一人が「若い世代の私たちは直接戦争を経験してないし、もう全て過ぎたことなので今私たちにできる楽しいことを探そう」と声をかけてきた。 おそらく少女像の展示が中断したことを念頭に置いて、韓国人である私に好意を示そうとした言葉のようだったが、「過ぎたこと」と「楽しいこと」という表現が気に障った。

毎週水曜日に日本大使館前で、日本軍性奴隷制問題解決に向けた集会が行われているが、このような状況を「過ぎたこと」と言えるだろうかとその人に聞いた。 本人は楽しく参加している芸術祭で突然中断の通報を受けた展示があるということについて、なんの不当さも感じないというのだろうか。 「あなただけが楽しければいいのか?」と言葉が出そうだったが、それは我慢した。

生まれてから今までずっと経験してきた韓国社会は言うまでもなく、10年間行き来しながら活動している日本でも「うまくやり過ごそう」という状況によく遭遇する。 私は遺伝的に怒りやすい体質かは分からないが、そのような状況をうまく乗り切った試しがない.

タクシー運転手や、駅の乗務員、親しくないアーティストはもちろん、親しいアーティストとも口論になることがあった。 その度に外国語で私の考えを正しく伝えることは容易ではなかった。 (今はコロナで行けないが)日本という国に発言しに来たわけでもなく、歌いに来た時に私はどんな態度でこのようなことに向き合えば良いのか、毎回悩む。

”イムジン河 水清く とうとうと流る
水鳥 自由にむらがり 飛び交うよ
私の故郷 南の地 行きたくても行けず
イムジン河の流れよ 恨みを乗せて流れるのか”

2017年、『イムジンガワ』の展示を準備していたナム·ファヨン作家の依頼を受けて初めて『イムジン河・臨津江(イムジンガン)』という歌を歌うことになった。『臨津江』は、1957年に作られた越北詩人朴世永作詞、高宗漢作曲の歌で、1960年代に日本のザ·フォーク·クルセイダーズというバンドが歌詞を翻案し、『イムジン河』という曲を発表した。 日本語の歌詞を作詞した松山猛は、京都の朝鮮学校で偶然『臨津江』 を聴いてザ·フォーク·クルセイダーズに紹介したという。 この曲はアルバムとして発売される前から大変人気を集めたが、朝鮮総連と南北、日本の国際情勢との圧力によって長い間日本で放送禁止曲になっていたが、2002年になってシングルとして再発売された。 『臨津江』は韓国国内でも一時禁止曲処分を受けたが、2000年からキム·ヨンジャ、ヤン·ヒウンなど多くの歌手が歌い、アルバムでも多く発売された。

私は2018年から日本公演で『イムジン河・臨津江』を歌い始め、この歌を聞きに公演を訪れる観客が増えてきた。 そして、在日僑胞、在日同胞、在日韓国人、在日朝鮮人、在日コリアンなど、さまざまな呼び方で呼ばれる「日本居住韓半島(朝鮮半島)出身」の人たちをどう呼んだらいいか悩んだ。 分断以前に存在した「朝鮮」という国から移住した後、現在も朝鮮籍で暮らしている人、大韓民国(*南韓)国籍に変えた人、朝鮮民主主義人民共和国(*北韓)のアイデンティティを持つ人、日本国籍を取得した人など、「在日」という言葉の中にも様々な集団が存在した。 また在日三世、四世になると、さらに多様な国籍と集団と文化が発生しているので、これを簡単に一つの呼称に整理することは非常に困難な問題であった(この呼称に関する社会学論文もある)。 私は在日2世であり、朝鮮籍の社会学者にどのような呼称を用いるべきか助言を求めた後、今は最も広い意味で使われるという「在日コリアン」の呼称を用いている。

『イムジン河・臨津江』が好きでよく歌っているが、依然として多くの悩みが残っている。 公演前、自らを紹介するとき「朝鮮から来ました」「(*)南韓(南朝鮮)から来ました」「韓国から来ました」のうち、どれを言えばいいだろうか。 私を説明するのにこの選択肢だけがあるわけではないが、外国で何よりも自分の国籍を正確に話すことが最も重要な瞬間が多かったからだ。

何を基準にして自己紹介をしなければならないのか。 国籍だけでなく、自分のアイデンティティもあまりにも多くの人々がどのように言えばよいのか、今日も悩んでいるはずだろう。果たしてこの世でいかなる戦争も経験したことがないと断言できる人がいるだろうか。

(*)韓国では朝鮮半島を韓半島と呼ぶ

2021.03.05 京郷新聞 『イ・ラン 歌詞・言葉』より
https://m.khan.co.kr/view.html?art_id=202103050300015&utm_source=urlCopy&utm_medium=social_share


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