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単純なバリューチェーンだけでは、三体の射撃手仮説に出てくる科学者になりかねない。

iPES FIOODの「An Invisible Crisis: New dimensions of land grabbing(見えない危機:土地強奪の新たな側面)」という記事を見て、以前から主張していたことが現実になっていることを目の当たりにして、非常に残念な思いです。(GHGクレジットやアグリビジネス、鉱山開発などで世界中で土地収奪が進み、農民や地域社会から土地が奪われるケースが増えている、と言う記事です)

といっても、まず、三体を知らない人には「射撃手仮説」の説明が要りますよね。
「射撃手仮説」というのは、話題の中国のSFである「三体」に出てくる仮説です。
ある世界で、極めて優秀な射撃手が10センチ間隔で的に当て、穴をあけているとします。(ここからはSFになるのですが)その的の表面に、2次元の世界があるとします。そこに住んでいるいる科学者がこの等間隔の穴を見て、「宇宙には、必ず10センチごとに穴が開いている」という法則を発見した、とします。しかし、それは(二次元の世界では科学的法則だと全員が思っているが)三次元の世界から見れば単なる偶然でしかなく、二次元の世界に生きている科学者にはそのことが分からない、というお話です。
人間が築いてきた科学は実は狭い領域だけでしか成り立っておらず、遥かに発展した宇宙文明から見れば無意味、というSF小説「三体」の底流をなす仮説です。
(アマゾンプライムのテンセント版で見ていたのですが、21話を見終わったところでauの無料視聴期間が突然終了してしまい、見れなくなって現在悶絶中です)

本題に戻りましょう。
2011年に正式にGHGプロトコルが発行されて以降、環境をはじめとする諸課題を「バリューチェーン」で解決することが明確に目標化されてきたため、今や「バリューチェーン」というワードを知らないビジネスパーソンはいないと思います。
前職のキリンでは、GHGプロトコルがまだβ版だった時に算出して開示したので、日経新聞1面に記事化されたこともありました(開示は担当しましたが、算出は私の成果ではありませんが)ので、私も長く携わってきました。
「バリューチェーン」という考え方は、一見、目の前に見えている直接的な環境負荷だけではなく、広く視野を広げて課題を把握して解決する良い考え方のように見えます。(実際、大きく社会課題解決に貢献しています)
しかし、残念ながら企業の取り組みは、未だ「自社のバリューチェーンの上流と下流」に留まっています。

輸送

前述のiPES FIOODの記事はそれを示しています。
遠い海外の、人が現にそこに住み、生計を営んでいる土地が、「GHGのクレジット」「生態系クレジット」「他の国の食料確保」のために、囲い込まれ、買い占められ、その場所にいた住民が入ることもできなくなっている現実がある訳です。
これはもう、完全に「植民地時代」に逆戻りです。
しかし、実際には、ここまで酷くなくても似たようなことは現実に起こっています。

こう考えると、現在の「バリューチェーン」は、三体の射撃手仮説の「二次元の世界」どころか「一次元の世界」に踏みとどまっているに過ぎないと言えます。

農業

「一次元の世界」と言う意味は、次のようにすると理解できます。

1)まず、あなたが立っている場所が、企業の事業活動場所と考えてください。
2)最初に前を見て、それが「バリューチェーンの下流」だと考えてください。
3)次に180度振り返って、後ろを見て、それが「バリューチェーンの上流」だと考えてください。

バリューチェーン

何かに気づきませんか?
そう、こういう見方しかできていないと、「バリューチェーン」は上流からあなたを通り下流に至る「直線」でしかないのです。
つまり、一次元です。
企業は、その細い線の周囲にも世界があることに気づけているでしょうか?

こうなってしまう1つの理由は、「バリューチェーン」の「バリュー」のワードにあるように思い始めています。
「企業活動なんだから、サプライチェーンではなくバリューチェーンと呼ぶべきだ」と教わった人は多いと思います。
これ、「自社のバリュー以外は関係ないからね」と言っていることと、イコールになっていないでしょうか?

当然ながら、「直接的なバリューチェーン」の周辺にも、たくさんの課題が存在するのです。
しかも、その原因を自身が作っている例も少なくないはずであり、それが自社の事業の最大の脅威となる可能性だってあるのです。

なぜ、このような「三体の射撃手仮説」以前の状態になってしまうのか?
その理由は、自社の事業が、様々な「システムの上に乗っかかっていることで活動できている」ことに気づいていないからだと推測しています。

企業で環境課題に取り組むと、例えばリサイクルでは、廃棄物を集めてくれる人、それを選別する人、再生してくれる人、再生したものを使って原料を作ってくれる人、という意識しないと見えない「静脈」があって初めてリサイクルが成り立っていることが理解できます。
自然資本関係に取り組むと、負担可能な金額で安定して供給されてくる綺麗な水(水道)や、地球という星が育んでぐれた生物や非生物があり、それを利用可能な形で供給してもらえて初めて何かが作れることが理解できます。
システムとは、自然が与えてくれる生態系サービスとそれを持続的に供給してくれる自然のシステム。さらには、それを加工して循環的に使えるようにしてくれる社会的インフラです。(食品産業では、食料システムというワードがあるので理解しやすいと思います。)
つまり、私たちは、システムの上に乗っかかっているから、事業活動が行えているのです。

ところが、「バリューチェーン」をシンプルに理解して思考が広がらないと、そのことがすっぽりと抜け落ちてしまい、一次元でしかサスティナビリティの活動ができていない、という事実に気づけないのだと思います。
「バリューチェーン」というのは、システムの上に乗っかかり続けることができて初めて機能するものなのです。

さらに、実はこういう自然がベースとなるシステムの上で営まれている事業では、自然が生み出しているものをちゃんと使うことが、システムの維持には重要なのです。使わないと、誰もそれが使い続けるためのインフラを作ったり維持してくれないからです。
システムの上に乗っかかっていることを理解し、それゆえに積極的に持続的にシステムが供給してくれるものを使う。
これでようやく、射撃手仮説の「二次元の世界」くらいには達せそうです。

私が、前職の環境報告書に乗せた「環境価値相関図」を改訂した理由はそこにあります。
また、TNFDガイダンスやLEAPアプローチのガイダンスの中で示されている自然関連の定義、依存やインパクトの考え方も、一次元的思考から脱出するのに有用だと思います。

新しい環境価値相関図

(下記の環境報告書のP11に載っています。
価値を生み出すバリューチェーンが、自然と社会というシステムの上に乗っているように修正したつもりです。)https://www.kirinholdings.com/jp/investors/files/pdf/environmental2024_02.pdf

この「バリューチェーン」と「システム」の関係性は、企業や自治体、コンサルさんにとって、ブルーオーシャンの領域だと思うんですけどね。

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