見出し画像

自称中級者による人力ボカロ中級講座

はじめに

この記事はいわゆる切り貼り人力VOCALOIDのコツを紹介するものです。すでに人力ボカロに挑戦したことがある方を対象とし、人力ボカロについての基本的な説明はいたしません。基本的な制作の手順はメカPのブロマガで解説されている内容に準拠しているので、入門者や未読の方はまずそちらをごらんください。

0. 筆者について

アイドルマスターシリーズの人力ボカロを作っています。

1. 音声素材について(2022/11/16追記)

素材にするアカペラを生成する方法として、インストによる差分抽出やSpleeterを使う方法がありますが、バックグラウンドボーカル(コーラス)が残ってしまうという問題がありました。しかし、Ultimate Vocal Removerの登場でメインボーカルだけを抜くことができるようになりました。

使い方を簡単に説明します。

  1. 「Select input」からボーカルを抽出したい音声ファイルを指定します。ファイルをウィンドウにドラッグ&ドロップしてもOKです。

  2. 「Select output」から抽出した音声を保存するフォルダを指定します。

  3. 「Choose Process Method」と「Choose 〜 Model」で抽出に使うモデルを指定します。メインボーカルだけを抜くときは「VR Architecture」と「5_HP-Karaoke-UVR」、または「MDX-Net」と「UVR-MDX-NET Karaoke」を指定します。

  4. 「Start Processing」をクリックして待ちます。VocalsとInstrumentalの2つの音声ファイルが生成されます。

私のPC(Core i5 12600KF / GeForce RTX 3060 12GB / DDR4-3200 8GBx2)では、4分07秒のWAVファイルを画像の条件で処理するのに47秒、「GPU Conversion」オンで25秒かかりました。CPUだけでも処理はできますが、8GB以上のVRAMを持つNVIDIA GPUの使用が推奨されています。

このようにしてメインボーカルだけのキレイなアカペラを生成できます。UVRだけでもクオリティは十分ですが、インストが用意できる場合は歌声りっぷでボーカルを差分抽出してからUVRでメインボーカルを抜いたほうが精度が高いように感じます。

(2023/7/30追記)

UVRでアカペラに残ったエコーやリバーブを除去できるようになりました。UVRのSettings(スパナのアイコン)にあるDownload Centerから「VR Architecture」の「UVR-DeEcho-DeReverb」モデルをダウンロードし、(4)で生成したVocalsのファイルを処理することでさらにキレイなアカペラが作れます。


2. 制作環境について

人力ボカロの制作にはREAPERなどのDAWと合わせてVocalShifterやMelodyneなどのピッチ編集ソフトを利用する方が多いですが、REAPERだけでもいろいろなことができます。

まずアイテムのピッチ操作。アイテムを選択して[Shift+9]で半音下げる、[Shift+0]で半音上げることができます。デフォルトの設定では声質が大きく変わってしまいますが、「プロジェクト設定」から「デフォルトのピッチ操作モード」を「élastique 3.3.x Soloist」に変更することで声質を保ったピッチ操作が可能です(もちろん限界はあります)。

この方法の利点は、素材にノイズが入っていても全体のピッチを均一に上げ下げできることです。VocalShifterだと素材によっては画像のようにピッチカーブがうまく解析されず音程の調整が困難になることがありますが、REAPERではその心配がありません。

画像1

次にピッチエンベロープの操作。アイテムを右クリックして「テイク」から「テイクピッチエンベロープ」を選択すると、水色の線が表示されます。ここに[Shift+左クリック]または[Ctrl+左クリック]で点を打ち、ドラッグでピッチカーブの編集ができます。

「Rolling star」の編集画面。Cメロの「仕方ないでしょ?」の部分は「か」のピッチカーブを下げて「しか\あたないでしょ」としています。

そして伸縮マーカー。これは音の長さを変える機能でVocalShiterの「TIME」に相当します。アイテムを右クリックして「伸縮マーカー」から各種操作を行います。音を伸ばすときは母音の中間あたり、音程と音量が一定になっているところだけを伸ばすと自然な音になります。伸ばしすぎると劣化するので0.5倍速くらいまでにしておきましょう。

人力ボカロで伸縮マーカーを使うときは「プロジェクト設定」から「伸縮マーカーモード」を「音階楽器向け」にしておくと、伸ばしたところにノイズが入りにくい気がします。

最後にフォルマント調整。アイテムまたはトラックにエフェクト「VST: ReaPitch (Cockos)」を適用し、Algorithmを「élastique 3.3.x Pro」に設定。あとは「Formant Shift」の値を上げ下げするだけです。VocalShifterの「FRM」とは少し異なる変化をします。Soloistによるピッチ操作が優秀なのであまり使いませんが、リフレインの片方に適用して同じ素材に変化を持たせたりすると面白いです。

上記のようにREAPERだけでも大半のことができるので、現在はREAPERだけで制作しています。

REAPERだけで制作すると素材の書き出しが不要になるというメリットがあります。その素材の前後の音を確認したり、音程を変えて切り貼りしたあとで素材となる音源を差し替えたりすることも容易です。

音声素材はプロジェクトファイルに整理してコピー&ペーストで切り貼りしています。


3. 切り貼りについて

二重母音を切り出す

「あい」や「でい」のような二重母音を含む箇所は、それぞれの音を並べるよりも「-ai」や「-ei」の音を使うほうが自然な発音になりやすいです。

「お願い!シンデレラ」でいえば「夢は夢で終われない」の「ない」、「エヴリデイ どんな時も」の「デイ」などがこれにあたります。特に英語の歌詞では「I」「my」「day」など二重母音がよく登場するので必要に応じて切り出しておくと役に立ちます。

似た音で代用する

対応する音がないときや、あっても長さが足りなかったり音程が大きく外れていたりするときは母音子音合成で作ることを考えるかと思います。しかしそういうときはまず似た音で代用できないか試してみるのがおすすめです。

たとえば「カ」と「ガ」。音声学の用語ではこの2つは同じ「軟口蓋破裂音」で、異なるのは子音が声帯振動を伴うかどうかだけです。つまり発音の方法がよく似ています。手元に音声素材があれば「カ」の音と「ガ」の音をそれぞれ聴いてみてください。「ガ」に聴こえる「カ」の音や「カ」に聴こえる「ガ」の音がいくつか見つかると思います(鼻濁音の「ガ」は除く)。

このような互換性の高い音を列挙すると次のとおりです。

・カ、キ、ク、ケ、コ ≒ ガ、ギ、グ、ゲ、ゴ

・タ、ティ、トゥ、テ、ト ≒ ダ、ディ、ドゥ、デ、ド

・チ ≒ ジ(ヂ)

・ツ ≒ ズ(ヅ)

・パ、ピ、プ、ペ、ポ ≒ バ、ビ、ブ、ベ、ボ

・キャ、キュ、キョ ≒ ギャ、ギュ、ギョ

・チャ、チュ、チョ ≒ ジャ、ジュ、ジョ

(左がいわゆる無声子音で右が有声子音。)

音を探すときはこれらの音も合わせてあたってみるとよいでしょう。このほか、子音を削ることで代用可能な音もあります。それについては2番Pの記事をご覧ください。

似た音で合成する

代用が効かないときは合成で作ります。このとき、なるべく発音の方法が似たものを使うようにしましょう。

子音は調音点(発音するときに気流をさえぎる位置)によっていくつかに分類できます。五十音を唇から声門(のど)に向かって順番に並べると、

唇音──マ行、フ、バ行、パ行、ワ
歯茎音──サ行、ザ行、タ行、ダ行、ナヌネノ、ラ行
硬口蓋音──ニ、ヒ、ヤユヨ
軟口蓋音──カ行、ガ行
声門音──ハヘホ

というグループに分かれます。調音点が同じものは発音するときの口の形が似ているためか、合成しても不自然な音色になりにくいです。素材を探すときの参考にどうぞ。

ちなみに「ウォ」も唇音で「モ」「ボ」などの合成に使えます。「お」「を」が「ウォ」と発音されることは少なくないので覚えておくと役立つでしょう。

ピッチカーブを合わせる

有声子音(ア・ナ・マ・ヤ・ラ・ワ行音と濁音の子音)は直前の母音とピッチカーブがなめらかにつながっていないと不自然になりやすいです。REAPERのエフェクト「ReaTune」やVocalShifterを見てピッチカーブを合わせましょう。

Aメロ「言いたいことは言わなくちゃ」の部分。

右側の2つが「ReaTune」のウィンドウで、表示されている赤い線がピッチカーブです。ガイドボーカルのピッチカーブを参考にしてピッチエンベロープで合わせていきます。なお、フレーズの先頭などの直前の母音とつながっていない部分はガイドボーカルと合っていなくて大丈夫です。素材のクセを生かしましょう。


4. ミックスについて

ボーカルにエフェクトをかけてインストになじませていきます。ディレイやリバーブなどの空間系のエフェクトをかけるときはボーカルを空のトラックにセンドしてそちらにエフェクトを追加するとよいでしょう。REAPERの場合はトラックの「Route」ボタンをクリックして「センドを追加」から任意のトラックに出力することができます。

マスタートラックの音量が0dBを超えるといわゆる音割れが起きるため、0dBを超えないように調整しましょう。原曲と同じくらいのバランスを目指すとよいと思います。

イコライザー

スクリーンショット (57)

REAPER付属の「ReaFir」をボーカルなどにかけて不要な低音や高音を切ります。高音を削ると耳障りなシャリシャリした音を減らせますが、こもって聴こえるようになるので注意が必要です。

ディエッサー

プリセットの「female voice (soft)」。

「SPITFISH」でボーカルに含まれる刺さるような高音を削ります。ディエッサーはサ行子音などの歯擦音を軽減するエフェクトですが、人力ボカロでは素材に由来するキンキンしたノイズも緩和される気がします。

「SPITFISH」のダウンロードはこちら。ダウンロードした「SPITFISH.dll」を「C:\Program Files\Steinberg\VSTPlugins」に配置してREAPERを再起動すると使えるようになります。エフェクトの使い方は調べてみてください。

ディレイ

スクリーンショット (125)
「Wet」-24、「Dry」-inf、「Length」1/16 notes、あとはデフォルト。

REAPER付属の「ReaDelay」でボーカルにショートディレイを追加します。ディレイやリバーブを足すことでボーカルとインストのなじみが良くなるようです。これも「ReaFir」で低音を切っています。

ステレオイメージャー

スクリーンショット (124)

「TAL-Chorus-LX」などのステレオイメージャーをかけると、音を左右に広げたり狭めたりすることができます。これをディレイやコーラスに使っています。ダウンロードはこちら

ちなみに、音を左右に広げたいときは音を複製してそれぞれのパンを左右に振り、再生するタイミングをわずかにずらす方法(ダブリングというらしい)もあります。

リバーブ

スクリーンショット (123)
「DELAY」0.04s、「DRY」0%、「WET」10%、あとはデフォルト。

「TAL-Reverb-4」でボーカルとディレイにリバーブをかけます。バラードは強めにリバーブをかけるとよいかもしれません。こちらは「ReaFir」で低音と高音を切っています。ダウンロードはこちら

*コンプレッサーについて

「ReaComp」などのコンプレッサーをかけると大きな音を小さく、つまり音量をならすことができます。一般的なDTMでは収録したボーカルにコンプレッサーをかけるそうですが、人力ボカロでは個々の素材の音量を調整することで対処できるため不要だと考えています。かけたほうがよいのかもしれません。


5. 選曲について

作りたい曲で作りましょう。

⋯⋯で終わらせてもよいのですが、もちろん作りやすい曲と作りにくい曲があります。難易度が高く、うまく作れないために作業がつまらなくなるのはもったいない。というわけでクオリティにこだわりたい人は以下の要素も考慮してみてください。

音域(キー)は適正か

ボーカルの音域が素材と大きく異なる曲で作ると、適当な素材が見つからなかったりピッチシフトで声が劣化してしまいがちです。特に原曲のボーカルが異性のときは素材の音域に合わせてキーを変えることをおすすめします。

目安としては、歌ってもらうキャラクターの声で最初から最後まで脳内再生できるようなら大丈夫です。

適当な素材を用意できるか

たとえばしっとりとバラードを歌ってもらう場合、明るく元気な歌声が素材では雰囲気が合いません。できるだけ雰囲気の近い素材を用意したほうが自然に仕上がります。

素材の声質が統一されているかどうかも重要です。複数の曲を素材にするときは歌い方や収録された時期があまり違わないものを集めましょう。1曲だけを素材にする方法もありますが、その場合は素材の少なさが課題になります。


人力ボカロ講座リンク

参考にした人力ボカロ講座などをまとめました。

ドリ音PとKenjoPによる人力講座(個人的まとめ) - Togetter
人力Vocaloid製作メモ - Togetter
人力VOCALOID講座 目次 - VCLFAN.NET(ボーカロイドファンネット)
シャニ合作音声担当者へ(制作に困ってる人いたら見て) - 乳酸菌飲料と醤油を混ぜ合わせた液体
(子音を)Cut. Cut. Cut.:人力ボカロのイロハの「ロ」 - ブロマガ
メルトの編集後記(人力編) #sm36529391 - 雑記山
人力VOCALOIDの作り方メモ(切り貼り人力ボカロ用):ブロマガ - ニコニコチャンネル
切り貼り人力 作り方まとめ - Togetter
「たべるんごのうたで学ぶ人力ボカロ講座」 みおはすさんのシリーズ - ニコニコ動画
シャニマス人力のやり方(超ざっくり) - ニコニコ動画


おわりに

人力ボカロに正解はありません。
この記事で紹介した方法にこだわらず、試行錯誤して自分に合った方法を見つけてください。質問があればコメントかTwitter(@lance2457)へどうぞ。

日本語音声についてのTipsはこちらに。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?