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人力ボカロ作者のための日本語音声講座

はじめに

この記事は切り貼り人力VOCALOIDの制作者や入門者に向けて日本語音声学の知識を紹介するものです。こちらの音声記号表を理解し、使いこなせるようになることを目標とします。

スクリーンショット (18)

この表は国際音声字母(IPA)という言語の発音を表す記号で日本語の音声を表記したもので、使いやすいように五十音図から一部の配列を変えています。以下、IPAを記述するときは [ka] のように [] に入れて表記します。

それでは順番に解説していきます。


1. ローマ字入力と発音は対応しない

まずは基本的なことから。パソコンやスマートフォンの日本語入力ソフト(IME)で使われるローマ字入力の表記は、日本語の発音と対応していないことがあります。

スクリーンショット (18-2)

誤解しやすいところを赤枠で示しました。

・ワ行の「を」の発音は「お」と同じ [o] です。(歌うときは「うぉ」[ɰo] のように発音されることもあります。)
・「し」の子音はシャ行と同じ [ʃ] で、「さ」「す」「せ」「そ」の子音 [s] とは異なります。
・「ち」の子音はチャ行と同じ [tʃ] で、「つ」の子音はツァ行(?)と同じ [ts] です。タ行の子音を [t] でそろえると「タ・ティ・トゥ・テ・ト」になります。
・「ふ」の子音はファ行と同じ [ɸ] で、「は」「へ」「ほ」の子音 [h] とは異なります。
・「じ」と「ぢ」、「ず」と「づ」はそれぞれ同じ発音で、「じ」(ぢ)の子音はジャ行と同じ [dʒ] 、「ず」(づ)の子音はザ行と同じ [dz] です。ダ行の子音を [d] でそろえると「ダ・ディ・ドゥ・デ・ド」になります。

たとえば「し」の子音と「た」の母音を合成して「さ」を作ろうとしても「しゃ」のようになってしまいます。対応する子音を覚えておきましょう。


2. 「ん」の発音

「ん」は続く音によって発音が微妙に異なります。たとえば「あ」「あどーなつ」「あこ」。これらの「」はすべて違う音です。以下のような規則で無意識に使い分けられているそうです。

・[m] [p] [b] などが続くときは [m]
・[n] [t] [d] [ɾ] [ts] [tz]などが続くときは [n]
・[ɲ] [tʃ] [dʒ] などが続くときは [ɲ]
・[ŋ] [k] [ɡ] などが続くときは [ŋ]
・[s] [ʃ] [h] [ç] [ɸ] [j] [ɰ] や母音が続くときは鼻母音(鼻にかかった母音)
・後続音がないときは [ɴ]

人力ボカロでこれらを厳密に使い分ける必要はありませんが、「ん」が出てきたらそれに続く音も参考にしてみましょう。


3. 有声子音と無声子音

子音には声帯振動を伴うものとそうでないものがあり、前者を有声子音、後者を無声子音と呼びます。表は有声子音を持つものを赤で、無声子音を持つものを青で示しています。濁音の子音はすべて有声子音だとわかります。

声帯振動というのはノドの内側にある声帯という部位の振動のことです。たとえばガ行の子音 [g] を発音するときはノドが震えますが、カ行の子音 [k] を発音するときはノドが震えません。ノドに手を当てながら発音してみるとわかりやすいでしょう。

人力ボカロで注意すべきは有声子音で、先述したように有声子音は声帯振動を伴うため、無声子音と違い音程があります。ゆえに切り貼りするときに前後の音程がなめらかにつながっていないと違和感の原因になります。特に、長く発音される [n] [m] などは音程に注意が必要です。


4. 鼻濁音

「ガ・ギ・グ・ゲ・ゴ」は [g] で表される濁音のほか、「ンガ」のように鼻にかけて発音する鼻濁音があります。伝統的な共通語では語中と語尾にあるガ行音をこの鼻濁音で発音するそうです。(近年は若年層を中心に濁音が一般化し、鼻濁音の話者は減少しているそうです。)

ガ行音を切り貼りするときは、鼻濁音の素材を語頭に持ってこないようにしましょう。また、素材にする音声がどちらで発音されているかを調べるとよいです。

鼻濁音について詳しく知りたい方はこちらの動画をどうぞ。


5. 母音の無声化

無声子音のついたイ段音やウ段音は母音がほとんど発音されない(声帯振動しない)ことがあり、これを母音の無声化といいます。たとえば「来た」は「kta」、「草」は「ksa」、「です」は「des」のように発音されます。

上記は話すときの例ですが、歌うときも短い音は母音が無声化することがあります。原曲のボーカルを聴く、自分で歌ってみるなどして確認し、無声化している(子音だけが聴こえる)ところは子音だけを置くとより自然な歌唱になると思います。


おわりに

人力ボカロは正確な発音よりもそれらしく聴こえることが重要です。上記はあくまで参考として各自で創意工夫しましょう。質問があればコメントかTwitter(@lance2457)へどうぞ。


参考文献

田中真一・窪園晴夫(1999)『日本語の発音教室 理論と練習』くろしお出版.
荻野綱男(2018)『現代日本語学入門 改訂版』明治書院.
「大辞林 特別ページ 日本語の世界5 日本語の音 - 大辞林第三版」http://daijirin.dual-d.net/extra/nihongoon.html


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