見出し画像

第14回 「YO-KING - 遠い匂い」の思ひ出

「兄者、なんやそれは」
「MDプレイヤーや」
「はあ、なんじゃそら。そんで、そこから伸びてるその紐はなんや?」
「これはな、イヤホンいうてな、耳につけたら音楽が聴けるねん」
「はあ、そらご苦労なこって」
「つけてみるか?」
「へえへえ……こんな感じでええか?」
「せや、ほな流すで」
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 サブスク時代を生きるナウでヤングな若者たちに教えよう。その昔、日本にはMDプレイヤーというものがあった。MD(MiniDisc)とは、1992年にソニーが発売した小型の光学記録媒体であり、要するにこれ↓である。

MD(MiniDisc)

 そのMDとやらを再生するのが、つまりはMDプレイヤー↓である。


MDプレイヤー

 2006年ともなれば、iPodを始めとするデジタル音楽プレイヤーが広く普及しており、MDはすでに下火となっていたが、そんなことは音楽にまったく興味のなかったおれには知る由もなく、このMDプレイヤーこそがナウでヤングな音楽再生装置なのだと思った。こうして、おれは生まれて初めてイヤホンを使用して音楽を聴いたわけだが、耳の穴に突っ込んだイヤホンから放たれた空気の振動が鼓膜を打った瞬間、おれは吹っ飛んでしまった。

なんだこれは……

脳に音が直接響いてくるぞ……

こんなすごいものがこの世に存在していたとは……

今までテレビのしょぼいスピーカーで流れていたものは音楽の完全体ではなかったのか……

 かくして、おれは中学2年の終わり頃になって、ようやく音楽に目覚めたのであった。ただ、「音楽」に目覚めただけであって、「ロック」に目覚めたわけではないという点には注意されたい。というのも、「この人は私のことを歌っている!」というアーティストに出会ったわけでも、「こんなサウンド聴いたことがない!」というアーティストに出会ったわけでもなく、単にイヤホンを通して音楽を聴くという体験に感動したに過ぎないからである。要するに、幼稚園児が「あたちはこのおうたがちゅきー」と言うようなレベルに、中学2年にしてようやく到達したというわけだ。よって、もはやなんのアーティストを聴いたのかさえ覚えていないが、ともかくおれは音楽に目覚め、それからおれは積極的に音楽を聴くようになった。

 まず、いつまでも兄のMDプレイヤーを借りているわけにもいかないので、誕生日プレゼントとしてMDプレイヤーを買ってもらうことにした。すでにiPodが第5世代へと進化していた2006年に。次に、家にあったMDを片端から聴き漁ったのだが、すぐに底をついてしまったので、自分で聴きたい音楽を手に入れることにした。

「なあ、おかん。音楽っていつもどこで手に入れとるんや」
「TSUTAYAでCDを借りてきてそれをMDに落とし込んでいるのよ~」
「TSUTAYAってなんや」
「これ↓よ~」

TSUTAYA

「ああ、あのけったいなロゴの店↑がそうなんか」
「このママンのTカードを使うといいわ~」
「よっしゃ!」

 こうして、母に代わっておれが我が家に新曲を入荷する係となった。基本的にはヒットチャートの上位を占めているシングルCDをレンタルし、そこに気に入ったアニメの主題歌などを付け加えるという形だった。この時期に気に入っていた楽曲の一つが、アニメ『銀魂』のオープニング・テーマであった、YO-KINGの「遠い匂い」である。

 よくよく考えてみると、若手のアーティストたちが主題歌を担当して『銀魂』を彩る中、YO-KINGの主題歌への起用は異彩を放っていたわけだが、ナウでヤングなおれが真心ブラザーズなどという存在を知るわけもないので、ただ純粋に良い曲だと思った。「遠い匂い」は、当時のおれの心境をイチバンよく表現してくれた曲だった。

君の後ろ姿を
ぼくは見つめていたんだ
長く長く君の背中を
ぼくは頼りにしてたんだ

YO-KING「遠い匂い」の歌詞 / 歌詞検索サービス「歌ネット」

 おれは昔から屁理屈だけは立派だが、行動力というものがまるで伴わない人間だった。後に引けなくなるだろうと思って、「おれはこれをするぞ!」と周囲に宣言するのだが、いざとなっても結局のところ行動を起こすことができず、口だけの人間になってしまうのが常であった。自分の力では行動ができないので、いつも他の誰かに期待をしていた。憧れの人の背中を見つめながら、嗚呼、おれを未知なる行動の世界へ誘ってくれと、淡い期待を寄せていた。

自分がいるところを
いつも仮の場所だと
逃げて逃げて夢の世界へ

YO-KING「遠い匂い」の歌詞 / 歌詞検索サービス「歌ネット」

 中学生の頃、おれはいつも退屈していた。時空の裂け目から宇宙人・未来人・異世界人・超能力者たちが現れ、剣と魔法の世界へと誘われることを夢見ていたが、そのような非日常が訪れることはなく、ただ延々と続く終わりなき日常があるだけだった。ここはおれの居場所ではない……おれにはなにか特別な才能があり、それを発揮できる場所がこの世のどこかに存在するはずだ……目の前の現実を現実として生きることが難しく、おれはいつも夢の世界へ逃避していた。

ああ どろり重い心引きずって
体だけは丈夫なので
今日も笑っていよう

YO-KING「遠い匂い」の歌詞 / 歌詞検索サービス「歌ネット」

 おれは昔から「信じれば夢は叶う!」といった無責任なポジティヴな態度が苦手だったが、かといって「人間なんて……」という悲観的な態度も苦手だった。どろりとした重い心を引きずりながら、身体だけは健康だしなと言って笑う……このような哀愁を帯びつつも妙なポジティヴさを感じさせる態度は、とても現実的で、おれの心情に近いものだった。

 ……というように、いくぶん己の心境に引き寄せ過ぎた読みではあるが、すべての歌詞がまるで己のことを歌っているようで、当時は非常に感情移入しながら聴いたものである。まあ、三十路を過ぎた今でも、妻に頼りっきりで、自分では行動を起こすことができず、どろり重い心を引きずりながら空想の世界に浸るばかりの毎日なので、17年前と同じように感情移入してしまうのだが。成長とは……

 おわり……と言いたいところだが、ここに挙げたのは、アニメで使用されていた一部の歌詞であり、実は2番にとても過激な歌詞があることを友人に教えてもらった。

「YO-KINGの遠い匂いって曲あるやん?」
「あるなあ」
「あれの2番の歌詞知っとるか?」
「いや、1番しか知らんな」
「実はな……セックスって歌詞が出てくんねんで!」
「セ、セックス!???????????????」

 そ、そうなのか……セックス……。思春期の若者らしく、人並みにセックスに取りつかれていたおれは、さっそくTSUTAYAで「遠い匂い」をレンタルしてきて、CDをコンポにぶち込んで再生ボタンを押した。

テレビとsexとロックンロールが
頭の中で とぐろ巻いていた

YO-KING「遠い匂い」の歌詞 / 歌詞検索サービス「歌ネット」

 本当だ……セックスって言ってる……

 セックス……

 セックス……

 セックス!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 「sexとロックンロール」なんて歌詞は、今からすればそこまで過激な歌詞でもないが、中学生男子というものはセックスという言葉を聞くだけでドキドキと興奮してしまう生き物なのである。その日おれは、ドキドキと脈打つ心臓の鼓動と、左心室から流れ来る血液によって怒張した海綿体の膨らみを感じながら、眠れぬ夜を過ごしたのであった……

おわり

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?