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第三章 主体 5〈意図〉と〈所有〉

 [〈私我〉が、実在的ではなく規範的である]ということは、規範的水準における原則である〈私我〉を核心としている以上、それを原則とする〈主体行動〉や〈生活世界〉の統一整合性である〈生活意志〉もまた、実在的水準ではなく規範的水準における統一整合性を実現することとなる。〈生活意志〉が〈主体行動〉や〈生活世界〉の統一整合性という全体的現象であるのに対して、〈生活意志〉の統一整合性を実現させしめる個別的な〈主体行動〉がある。そのような〈主体行動〉は、統一整合性として実現されるべき状況を意味の現実脈絡である〈意義〉としており、〈主体行動〉の意義は、その〈主体行動〉の〈意図(志向内容)〉であるとされる。〈意図〉は、〈主体行動〉なしにありえないものであり、〈主体行動〉の様相の一種である。そして、それは、規範的水準におけるその〈主体行動〉の位置づけを意味している。つまり、我々は、特殊個別的な〈主体行動〉そのものでも、特殊個別的なその〈意図〉でもなく、その〈意図〉の一般類型的な意味にこそ対処する。

 〈意義〉は、意味の現実脈絡であるが、一般にそれは、事実的なものではなく、未然的な可能脈絡である。

 我々は、ある人間が歩いているのを、[彼は、駅へ行こうとしている]と理解する。[駅へ行く]ことが、彼の〈意図〉である。しかし、その意図は、彼の心や頭の中に内在しているのではなく、ある人間が転ばずに歩いているという現象があり、それも、ただ歩きまわっているのではなく、ムダなく駅へ近づいて行っているという現象であるがゆえに、それを[歩く]という意志的な行動であり、かつ、[駅へ行く]という意図的な行動であるとみなす。[歩く]ことなしに[駅へ行く]ということは、ありえない。そして、我々は、ただ[彼が歩いている]という実在的水準の特殊個別的状況にではなく、また、[駅へ行こうとしている]という彼の特殊個別的意図でもなく、[相手がどこかへ行こうとしている]という規範的水準の一般類型的状況にこそ対処する。歩いているネコを長く引き止めても規範的に問題がないが、どこかへ行こうとしている人を長く引き止めるのは規範的に問題がある。列車や用事に遅れさせてしまうかもしれないからである。

 この〈意図〉は、個々の〈主体行動〉や〈生活世界〉からすれば、[〈人格主体〉によって規範づけられる]ということである。つまり、〈私我〉は、個々の〈主体行動〉や〈生活世界〉に〈意図〉として[〈私我〉の原則に基づく統一整合性のために、いかにあるべき(あってもよい/ないといけない)か]という規範を定義する。もちろん、規範を定義したからといって、それだけで自然に規範の従則が実現するわけではない。それゆえ、〈私我〉は、ただ規範を定義して、〈主体行動〉や〈生活世界〉がなるにまかせるのではなく、〈生活意志〉として〈主体行動〉や〈生活世界〉が規範を従則するようにさせるのであり、事前に準備し、過程に修正する。

 それは、ただの〈生活主体〉がそれぞれの時点でただなるようにしていくのとは、つまり、〈生活意志〉としてつねにその時点での最善を選択していくだけであるのとは異なっている。ただの〈生活主体〉は、Aの時点で、A→Bを、Bの時点で、B→Cを選択していく。すると、なぜかCが実現している。それは、A→B、B→Cという連関の必然に依存している。これに対して、〈人格主体〉は、〈私我〉として、Aの時点で、すでにCを規範として定義してしまうのであり、AからCへの移行は、選択ではなく模索であって、たまたまBを通過するにすぎない。

 ここでは、生活主体としての〈代謝〉や〈成衰〉や〈行動〉の現象に加えて、〈所有〉ということが加わる。それは、つまり、[〈意図〉として〈主体行動〉や〈生活世界〉に定義した規範を従則させる現象]であり、〈私我〉に基づく〈生活意志〉の支配である。ただし、〈所有〉は、実際に〈意図〉が現象している〈主体行動〉や〈生活世界〉だけでなく、〈意図〉が及ぶかぎりのものに及ぶ。つまり、〈所有〉は、すでに統一整合性を実現しているもの、しつつあるものはもちろん、さらには、しようとすればできるものにまで射程が及ぶ。したがって、自分の〈主体行動〉や〈生活世界〉だけでなく、〈生活世界〉に組み込もうとする他者(生活主体や人格主体)、さらには、その他者の〈主体行動〉や〈生活世界〉にまで射程が及ぶ。そして、所有される物事は、所有する〈人格主体〉に所属する、と言う。

 しかし、[統一整合性を実現しようとすればできる]ということは、二つの意味を持つ。すなわち、第一に、[規範的水準において、[してもよい]という許可規範が存在している]という場合があり、これを〈規範的所有〉と言う。しかしまた、第二に、[実在的水準において、〈主体行動〉よって実現する能力がある]という場合があり、これを〈実質的所有〉と言う。〈規範的な所有〉は、〈意図〉の能力の有無にかかわらず承認される。つまり、規範的に〈所有〉していても、実質的に〈所有〉していない物事がある。また、〈実質的所有〉は、他者の〈規範的所有〉に劣従するが、しかし、それに抵触しないかぎりにおいて、自分の〈規範的所有〉を越えて、かなり広範囲に射程が及ぶ。したがって、それは、〈意図〉の能力、および、〈主体行動〉の能力のかぎりに延長する。

 〈所有〉は、規範的/実質的に、《所有推移律》が成り立つ。すなわち、AがBを所有し、BがCを所有するならば、AはCも所有する。逆に、CがBに所属し、BがAに所属するならば、CはAにも所属する。これを《所属推移律》と言う。推移律において、その所有/所属は、規範的であることも実質的であることもある。ただし、推移律の間に一つでも規範的ではない所有/所属が含まれている場合には、間接的な所有/所属は、規範的ではない。けれども、推移律の間にいくつかの実質的ではない所有/所属が含まれている場合にも、間接的に所有する〈人格主体〉の〈意図〉の能力しだいでは、間接的な所有/所属も、実質的である。なぜなら、実質的な所有も、規範に抵触しないかぎりにおいてであるが、推移律によって規範的に所有が保証されると、障害となっていたこの規範の制限が解除されるからである。

 たとえば、姑は息子を実質的には所有しておらず、息子は嫁を実質的には所有していないとしても、姑が嫁を実質的に所有することはありうる。しかし、これは、規範的な《所有推移律》があればこそであり、息子と嫁が離婚すれば、姑と嫁は、赤の他人であり、他人としての所有の規範的制限が発生し、姑は嫁を実質的にも所有することはできなくなる。

 また、所有される物事が、やはり〈人格主体〉である場合、その〈所有人格主体〉は、《所有推移律》によって、〈所属人格主体〉の所有する物事をも所有する。けれども、その〈所属人格主体〉は、それ自体で独自の〈私我〉と〈生活意志〉および種々の〈意図〉があり、〈所有人格主体〉のそれとはかならずしも一致しない、というより、まず一致することはない。けれども、〈所有人格主体〉は、一般に、所有するかぎりにおいて、規範的に、所属する物事に規範を定義してもよいことになっている。逆に言えば、〈所属人格主体〉は、その〈所有人格主体〉に所有されるかぎりにおいて、規範的に、その〈所有人格主体〉の定義する規範を従則しないといけないことになっている。それゆえ、〈所属人格主体〉は、みずからの〈生活意志〉の統一整合性における優位規範として、〈所有人格主体〉の定義する規範を〈私我〉に取り込む。つまり、それは、主体的な〈私我〉そのものの所属であり、これを〈服従〉と言う。〈人格主体〉の所有は、実質的にはもちろん、規範的にも、〈所属人格主体〉の〈私我〉の服従によってのみ成り立つ。服従は、たんに反抗しないことでなく、主体的にみずから進んで〈所有人格主体〉の〈生活意志〉の実現に努力することである。したがって、たんに物理的に強制されている場合は服従ではない。また、〈所属人格主体〉が無能で、〈所有人格主体〉の全体的な〈生活意志〉はもちろん、自分の従則すべき規範である〈意図〉すら理解できない場合、服従することもできない。

 たとえば、奴隷は、主人に所有されているが、主人が主人であることができるのは、ひとえに奴隷が主人を主人とすることに基づいている。この場合、奴隷は、主人の意向を前提に、自分の生活の統一整合性を構成する。しかし、このことは、その奴隷が奴隷制度の精神(規範体系)に甘んじていればこそ成り立つのであり、その奴隷が別の精神に立つならば、主人がどんな意向を持っていようと、もはやそれが介入する余地はない。

 しかし、服従において、〈所属人格主体〉は、逆に、〈所有人格主体〉を所有することになる。なぜなら、その〈所有人格主体〉は、その〈所属人格主体〉を所有することにおいて、その〈所属人格主体〉を〈生活世界〉に組み込んでしまっており、したがって、その〈所属人格主体〉の〈私我〉が服従しない場合には、その〈生活意志〉としての統一整合性が、それどころか、〈人格主体〉としての連続同一性そのものまでもが、危機にさらされることになるからである。つまり、〈所有人格主体〉は、〈所属人格主体〉の〈私我〉が服従しているようにしないといけないのであり、その規範に応じて、〈所有人格主体〉は、所有する〈所属人格主体〉に所属する。このように、〈人格主体〉の所有に関しては、そこに[所有する者は所有される]という《所有反射律》が成り立つ。

 [〈所属人格主体〉が服従しているようにする]ということは、具体的にはさまざまな行動であろう。たとえば、[あまり無理をさせない]というのも、ひとつであろうし、また、[厳罰で威嚇して反逆させない]というのも、ひとつであろう。

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