見出し画像

他人から応援されるに値する自分であるか。

「他人から応援されるに値する試合ができるか。」

漫画『ちはやふる』46巻の本の帯に書いてあり、ドキッとしました。

他人から、応援したあげたいと思われる人と、

嫉妬やアンチの対象となる人の違いってなんなんでしょう。

大学時代のエピソード

私は大学時代、授業とサークルが本当に忙しく、しかし、その道を決めたのは自分自身であるため、最大限頑張っていたと思います。忙しい自慢をするわけではなく、毎日一生懸命生きていました。

しかし、サークルに所属していた時に、サークル内のメンバーに近況報告をする際に、「でも、それって自分で選んでやってるんじゃん。キャパオーバーなら減らしたら?」と心無い言葉を言われ、悔しい思いをしたことがあります。頑張りを認めてほしくて言ったわけではないのに、近況報告として話しただけなのに。サークルのメンバーは、思ったことを言っただけなのかもしれませんが、その一言に私の心はどんどん離れていきます。

結果として、何とか大学もサークルも最後までやりぬくことが出来、卒業することが出来ました。

最近のエピソード

最近、高校の友人と3年ぶりに会う機会があり近況報告をしていると、また忙しい自慢のようになってしまい、「やってしまった」と内省していました。

しかし、友人は違いました。「すごいね!!頑張っている人の話を聞くの凄い好き!めっちゃ努力をしているのが伝わってくる。」と褒めてくれるのです。

予想外でした。しかし、ふと思い返すと、高校時代の友人は近況報告を話すと必ず褒めてくれるのです。

この差ってなんだろうと母に相談すると、「努力を認めてくれる人、それが友達なんじゃないの」と言われ、目から鱗でした。

私は今まで、応援したくなる人になるために、「しんどい時でも、自分で決めたことだから大丈夫」「誰よりも努力しないと」と気負って生きてきたと思います。それが、自分を苦しめてきたのだと気づきました。

これから

母の言葉を聞いて、努力に対して、アンチや妬みを言ってくる人は、友人ではないので、近寄らなければいいのです。

その人に会うための時間やお金を、自分に投資できるし、自分も傷つかないし、一石二鳥です。

大人になるにつれて、出会いが少なくなり、過去の友人に固執しがちですが、自分のことを友人だと思ってくれる人とだけ、関係を大切にすれば良いのです。

そして何よりも、自分で自分を認めて、自分自身が「応援したいな」と思ってもらえる人であることが大切であると思います。





サポートして頂いた分、 誰かを幸せにするために、誰かを勇気づける文章投稿します。