イケメンと老人は世界を救う
いや、少なくとも私は彼らに救われた。
最初にそのミスに気づいた時、私は100%いや150%隠蔽してしまおうと考えていた。
仕事上のミスに気づいたのは忙しかった1日にやっと終わりが見えてきた午後7時過ぎ、出荷する牛たちをやっとの思いでトラックに乗せ終えた直後だった。
あ…もしかしてやってしまったかもしれない、いや!完全に間違えた。
どうしよう。
私の犯したミスはこのまま黙っていても恐らく99%誰にもバレない類いのミス。
誰にも言わなきゃ私の仕事に一点の影も落とす事なく、誰も嫌な思いをせず、何事も無かったかのように人生はスムーズに進んで行くに違いない。
しかし、残りの1%が万が一起きたとしたら、その損害は数十万円。
でもそれは万が一であって可能性は非常に低い。
仮に、もし、今から正直にミスを主人と家畜運搬のおじさんに告白したらどうなるか。
恐らく主人には最上級に嫌な顔をされ叱られる。
更に、帰ってから夜の家事やご飯支度も控えている中、それらを先送りして、ミスの処理に途方もない時間と労力を取られるに違いない。
もう帰路についている運搬のおじさんにも多大なる迷惑がかかる。
『絶対に黙っていた方が、全員幸せ。』
そう強く思いながら残りの作業を続けていた。
いつもより少し上滑りしているような、おぼつかない手付きに気づいた頃には
「今、正直に言えばまだ間に合う」
「もう済んだことだ、忘れよう」
数秒置きに自分の中の天使と悪魔が目まぐるしく囁いていた。
そんな時、先日娘から勧められて見始めたドラマのワンシーンが突然脳内再生された
【裁判官が1番やってはいけない事とは何か】
という問いに対して、とある裁判官は「間違える事」と言い切る。しかし主人公である別の裁判官(竹野内豊)はこう訂正する「間違えを認めない事」だと。
さらに、私の中の天使が1人の老人を連れてきた。彼は言う「正しい行いで成功しなさい」その老人は渋沢栄一だった。
イケメンと新一万円札の人の一言で目が覚めた私は、完全にショゲかえって静々と主人に罪を告白した。
案の定、各方面から相応のお叱りと反応を受けた。
自分を引っ叩きたい衝動に駆られた。
しかしベテランの運搬おじさんのアイデアにも助けられて、想像していたよりは良い方向でリカバリ出来た。
ミスに気づいた直後から少しずつ心の底に溜まっていった澱(オリ)のようなモヤモヤがスッキリ排出されたような気がした。
「間違えを認める」
「正しく行う」
賢人と自分の中の良心に助けられ
今回は正しくあれた。
ありがとうイケメンと老人。
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