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とくさん(母方の祖母)の記憶

母方の祖母とくさんは魔女だったんじゃないかと私は思う。



小さい頃、
祖父母の家に遊びに行くと、
幼い私は母に何度も何度もこう聞いたらしい。
「おばあちゃんは」
「おじいちゃんを」
「愛していないよね?」
だって、当時の私には、そう見えた。




祖父はいつも大きな声で
「とく!」と呼ぶ。
祖母はどこで何をしていても
「はいはい」と言う。
とく、お茶!
はいはい
とく、行くぞ!
はいはい
・・・・
あれじゃあ、おばあちゃんはまるで召使いか女中。
イマドキの言葉で言えば「パワハラ」
祖母が言葉を発しているのを見たことが無い。
「ぜったい、愛してないよね?」
「我慢してるんだよね?」


祖父は鉄工所を経営していて、工員さん達もたくさんいた。
なかなかの二枚目だったし太陽のように明るくて、
ギャンブルもしてた。
オンナの人にもモテてたに違いない。




私が少し大人になった頃、母がこんな話を。
「おじいちゃんって、右手の指が3本、ないでしょう?」

祖父は右手の真ん中の3本の指がなかった。
「工場で機械に指を挟まれてね」
大けがで病院に長く入院してね。
無くなった指が毎晩、痛くてね。
その時おばあちゃんは、つきっきりで一睡もしないで腕をさすり、
呪文を唱えていたのだそうだ。



祖母はお灸の名士だった。
親戚連中は、身体のどこかが悪くなると皆、
祖母にお灸をしてもらっていた。
私は身体が強く、一度もお灸されたことがなかったのだけど、
あの「もぐさ」や「線香」のニオイは強烈に覚えてる。


「身体が治っていく」香りだ。



おばあちゃんて
魔女なの?
魔女だからそれを隠してあんなふうに
いつも静かで控えめにしてるのかも?



大きな事件が起こった。
私のイトコ(とくさんの孫)が
お風呂を焚く「かまど」に落ちた。
当時、古い家は、まだ薪を焚いてお風呂を沸かしていたのだった。
全身にやけどを負ってしまったイトコ、まだ小さい赤ちゃんだった。
周囲の人が救急搬送を・・・と言うなか、
祖母は迷うことなく「私が治せる」と。


一晩中、呪文を唱えながら傷口を吹いていた。
親戚連中の反対も押し切って。


イトコの身体に、今、やけどの跡が、全くない。
やっぱり。
おばあちゃんは魔女に違いない。





月日が巡り、
祖父が亡くなると
祖母は祖父のための巡礼の旅に出かけた。
白い装束で全国をまわった。
日本中をまわったあと、
たった一人でインドへ巡礼の旅に出た。
海外旅行に一度も行ったことがない祖母が。
その時、80歳を過ぎていた。


おばあちゃんは
おじいちゃんを
本当に愛していたんだなあ。
小さい頃にはそれがわからなかった。



私は遠い地にお嫁に来て、
祖母とは滅多に会わなくなっていた。
そんなある日、
私の家庭でも大事件が起こった。
我が家の三男坊が車に轢かれた。
たくさんの人が見ている目の前で。

ほんの一瞬の出来事。
ボールを取りに行った息子がバックで走って来たトラックに巻き込まれ、
そのままトラックが発進してしまったのだった。
見ていた人の一人が慌てて走ってトラックに追いつき、停め、
トラックの下敷きになっていた息子を引っ張り出してくれた。


大事故だった。
見てた人は全員、泣いてた。
抱きかかえられて連れて来た息子を、私はまともに見れなかった。



でも、主人が、
「大丈夫かも」と。
救急車で搬送され、
病院に向かう途中、やっと、私は、
「大丈夫なのかも」と。
擦りむいた小さな傷が、ほっぺについただけだった。




この事件を、その晩、母に電話で話した時。
「それ、」
「今日の何時ごろの出来事?」


その時刻、
まさにその時間、
母は祖母の家を訪ねていたと。
とくさんは、お経を読んでいたと。
それは
「地蔵のお経」だったと。
地蔵のお経は
「子供を守るお経」
電話口で、私は腰が抜けた。



遠く離れた場所で、
祖母が祈ってくれてたのか!

そしてわかった。
いつも静かな祖母の持ってた不思議なあの力は、
魔法ではなく、


祈りだったってこと。



私が、
目に見えない大きな力を
心から信じていられるのは
とくさんの祈りの日々を
知っているからだと思っている。


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