【声劇台本】人形師瑪瑙(男女ver)

<あらすじ>
時は大正。人形師・瑪瑙(めのう)は、あまりにも精巧な人形を作ることから、「人間を人形にしている」という噂が立ち、「魔女」と呼ばれていた。そんな彼のもとに、一人の新聞記者が訪れる――。

<登場人物>
・瑪瑙(めのう):人形師。二十八歳の男性。
容姿…長身痩躯。中性的な顔立ちだが身体のパーツは男性らしさがある。目は切れ長(灰色)。長い白髪を後ろにまとめている。
性格…皮肉屋。人を揶揄って楽しむところがある。

・畠(はた)みつ子:「帝国新報」の新米新聞記者。二十四歳の女性。人形師・瑪瑙に取材を試みる。
容姿…やや小柄。童顔なので実年齢より若く見られる。頬にそばかすが散っている。丸くて度の強い眼鏡をかけている。
性格…素直で無邪気。思ったことがすぐ口から出る。新聞記者としてはまだまだ未熟。

<本編>
畠:あのぉ、ごめんくださぁい。(しばし、無音)……あら、誰もいないのかな。
……わあ、人形がいっぱいだぁ……。どれも見事だなあ……。目なんか宝石みたいだし、頬も薔薇色ですごくきれい……本当に血の通った人間みたいだ……。(ぶつぶつ)
瑪瑙:お手を触れないでもらえるかな。
畠:おわあっ!? すみませんっ……!
瑪瑙:なんだい、幽霊でも見たような顔をして。
畠:い、いえ……! 完全に油断していたものですから、ついうっかり大きい声が出てしまいまして……!
瑪瑙:……で、何用だい、お嬢さん。ここは子どもが一人で来るような場所じゃないよ。
畠:失敬な! これでももう二十四(にじゅうし)になるのですよ!
瑪瑙:そんなことは聞いていない。何をしに来たのかと聞いている。
畠:ひぃっ、そんな睨まないでくださいよぉ……。あのぉ、人形師の瑪瑙さんという方を訪ねにうかがったのですが……。
瑪瑙:いかにも、俺が瑪瑙だが。
畠:はぇ……? 男の、人……?
瑪瑙:(皮肉っぽく笑い)魔女が男では可笑しいか、お嬢さん。
畠:いえ、そういうわけでは……。
瑪瑙:で、君は何者だ。
畠:はっ……! 申し遅れました、私、「帝国新報」の畠みつ子と申します。
瑪瑙:……記者? 君が?
畠:ええ! 昨年入社したばかりのひよっこではありますが、一応これでも新聞記者をやらせてもらってまして――
瑪瑙:ふっ、冗談はよしとくれ。
畠:本当ですって! ほら、名刺もあります!
瑪瑙:なになに……ふむ、嘘をついているわけではないようだね。
畠:……あのぉ、お話を聞かせていただけないでしょうか。
瑪瑙:……記者風情に話すことなど何もない。
畠:そんなぁ……!
瑪瑙:どうせ君も、面白おかしい三文記事を書くつもりなんだろう。人形師瑪瑙は人間を人形にする魔女だ……という噂を、君も知らないわけではあるまい。だから君は、俺が男だと知って驚いたんだろう?
畠:確かにその噂は存じ上げております……。ですが――
瑪瑙:ならば話は早い。とっとと帰んな。俺に人形にされる前にな。
畠:違うんですっ! 私はその、いわゆる「ごしっぷ」を書きにきたわけではなくてですね! ちゃんと職人としての瑪瑙さんに取材をしに来たんですっ!
瑪瑙:ほう?
畠:悔しくないんですかっ! 瑪瑙さんは真剣に人形を作っていらっしゃるのに、根も葉もないことを好き勝手に言われて……!
瑪瑙:別に、悔しくはないね。こんな噂が立っていても、好事家たちは俺の作った人形を手に入れたがる。別段困っていることなど何もない。
畠:しかし――
瑪瑙:むしろ、人が寄りつかなくてせいせいしているくらいだ。……たまに、君のように興味本位で訪ねてくる人間はいるがね。
畠:興味本位なんかじゃありません! 私は本当に、瑪瑙さんの汚名を払拭したくて……!(泣き出す)
瑪瑙:何も泣くことはないだろう、君……。
畠:だってぇ……。(しゃくりあげながら)
瑪瑙:(溜息)なぜそんなに俺にこだわるんだ。
畠:ぐすっ……小さい頃から、ずっと大事にしている人形があるんです。「瑪瑙」と銘が彫られていて……。私の大事な友達なんですぅ……。
瑪瑙:ほう。となると、君はなかなか良家の子女らしいな。
畠:えへへ、まあ……。女学校ばかりでなく、女だてらに大学まで出させてもらいましたし……。
瑪瑙:とてもそうは見えないがね。
畠:へへっ、よく言われます……。(照れくさそうに)
瑪瑙:……。(呆れ顔)
畠:えへへ……。まあ、私の出自なんて、結局たいしたものではないですしね。私は妾の子ですから。
瑪瑙:へえ、妾。
畠:はい。母は芸者だったそうです。父に見初められて身請けをしたとか。父は、私たち親子に十分な援助をしてくれていましたが、それだけでなく、時々別邸に来てお土産をくれました。
瑪瑙:その一つが、その人形だったと?
畠:はい。それはそれは立派なビスクドールでした。……それから、その子が私の唯一の友達でした。何せ、女学校では出自のせいでなかなか友達ができなくて……。寂しい時はいつも語りかけていました。
瑪瑙:ふうん……。殊勝なことじゃないか。
畠:……あの子は、子ども時代の私の支えでした。少し古びてしまってはいますが、今でもお部屋に大事に飾ってあります。……だから私、記者になったら、どんな小さな三面記事でもいいから、瑪瑙さんのことを書こうって決めてたんです。なのに、少し調べてみたら、へんな噂ばかりあるじゃないですか……。私、悔しくって……。
瑪瑙:なるほどねえ……。
畠:って、私の話なんかどうでもいいんですよ! 私は瑪瑙さんのことが知りたいんです!
瑪瑙:そうは言ってもな。そもそも、君が持っていた人形というのは、おそらく先代が作ったものだと思うよ。
畠:へ……? 先代?
瑪瑙:その人形を親父さんが買い与えてくれたのは、君が幼い時分のことだったのだろう? なら作ったのは俺じゃない。ひとつ前の瑪瑙だ。
畠:ああっ、確かに! ……失礼ですが、先代さんはご健在で?
瑪瑙:俺が二十歳(はたち)の時に死んだ。だから今は俺が「瑪瑙」を名乗っている。
畠:それは……失礼いたしました……。
瑪瑙:別に気にするようなことじゃない。天寿を全うしたとは言えないまでも、工房で人形を愛でながら死んだのだから、大往生だろう。
畠:そうだったんですね……。となると、瑪瑙さんは二代目ですか?
瑪瑙:そうなるな。
畠:先代さんはどうして西洋人形を作り始めたんでしょう? 
瑪瑙:……先代はもともと西洋かぶれの気があってな。産まれたのが維新後のことだったからかもしれない。瓦斯(ガス)灯なんかが立ち始めて、真新しい西欧のものが一気に入ってきた時代だ。
畠:学校で習いました……! 文明開化、すなわち御一新の始まりですね……!
瑪瑙:ああ。先代の家もいわゆる名家の部類だったらしくてな、先代は勉学のためにフランスに渡り、そこでビスクドールに出会った。魅了されたあまり、現地で職人のもとに弟子入りする始末だ。当然、お家からは勘当されたようだが、それでも人形作りの熱は消えなかった。
畠:そんなに熱中するものに出会えるって、素敵なことですねえ……。
瑪瑙:ふっ、そうかもな。……数年後、帰国した先代は、屋号を「瑪瑙」として人形のための工房を作った。現地のような窯をこしらえるのには相当苦労したが、なんとか形にして人形づくりを開始した。
畠:ふむふむ……!
瑪瑙:そんな折だ。先代はある女性に恋をした。
畠:おおっ、ロマンスの予感……!
瑪瑙:相手は華族のお嬢さんだった。お互い惹かれ合って親しくなったものの、相手には定められた許嫁がいた。結局相手は許嫁のもとに嫁いで、先代の恋は叶わなかった。……そこで先代は、彼女を模した人形を作り始めたんだ。
畠:おおっ……?(困惑)
瑪瑙:先代のこだわりようは、それはそれは凄まじかったようだ。その人形を作り上げるのには半年かかった。そうして出来上がった人形を、先代はまるで人間の如く扱い、事あるごとに話しかけ、服を召し替え、寝食を共にした。
畠:なんだか急に風向きが変わってきましたね……?
瑪瑙:そうしているうちに、神が哀れんだのか魂が宿ったのか、ある日人形は人間となった。先代はこれを妻として迎え入れた。それで生まれたのが俺だ。
畠:ええっと……? え……? ええーっ!?
瑪瑙:ふふっ、信じたかい?
畠:えっ?
瑪瑙:(大笑い)その顔、傑作だねえ……。ふふっ……。
畠:もうっ、揶揄わないでください! さすがに途中から怪しいなって思ってましたよ!
瑪瑙:本当かねえ?
畠:本当ですっ! だって最後の方、ギリシア神話のピュグマリオンの話そのままじゃないですか!
瑪瑙:知っていたのか。
畠:一応これでも大卒なんですっ!
瑪瑙:そういえばそうだったな。
畠:……で、結局どこまでが本当なんですか?
瑪瑙:人形作りに至った経緯はそのままだ。けれど彼は、妻もなく子もなく、ただ人形を作り続けていた。
畠:……と、いうことは、瑪瑙さんは養子でいらっしゃるんですか?
瑪瑙:ああ。……御覧の通りの目と髪だ。それこそ「魔女の子」だとか「忌み子」だとか言われて、生家ではひどい目にあった。……寒空の下、裏長屋の外に裸足で締め出されていたところに、先代がたまたま通りがかってな。「うちに来るか」と、そう言ってくれた。……行ってみたらそこら中が人形だらけだったんで、最初は慣れなかったな。
畠:そうだったんですね……。その……容姿こともあって、瑪瑙さんは滅多に表舞台に立たないんでしょうか?
瑪瑙:だって、こんなナリじゃ気味が悪いだろう?
畠:そんなことないと思いますよ。素敵です。雪みたいで、きれいな髪だと思います。
瑪瑙:ふっ、初めて言われたな、そんなこと。
畠:そうなんですか? お顔立ちも、それこそ人形みたいに整っていらして、絵になると思いますよ。写真映えするんじゃないかなあ。……だから私、さっきの話、ちょこっと信じそうになったんですよ。ちょこっとですけど!
瑪瑙:ははっ、そうかい。
畠:先代さんはどんな方だったんですか? お話を聞いた感じだと、なかなかあったかいお人柄の方のようですけど。
瑪瑙:そうだな……。人形への熱は変態じみていたが。まあ、いい人ではあったんじゃないか。
畠:なるほど。先代さんは、養子である瑪瑙さんを、実の親子のように愛してくれていた、という感じでしょうか?
瑪瑙:そう言うとおきれいすぎるな。君たち記者はすぐそうやって美談にしたがる。
畠:す、すみません……。
瑪瑙:そりゃ生活の世話はしてくれたし、情もあったんだろうが、あの人が本当に興味を持っていたのは人形だけだ。……俺を拾ったのも、単に後釜が欲しかったからじゃないかな。
畠:そうですかねえ……。それだけじゃない気がしますけど。
瑪瑙:少なくともその打算はあっただろう。俺が何をしていようが見向きもしなかった人が、人形作りに興味を持った時だけは心底嬉しそうにしていたからな。
畠:それは単純に、自分の好きなものを分かち合える喜び、みたいなものではないですか?
瑪瑙:君は少々人が好すぎるようだな。あの人はそんなタマじゃないよ。
畠:そうでしょうか……。
瑪瑙:十(とお)から二十歳(はたち)まで十年一緒にいた人間の言葉が、そんなに信じられないかい?
畠:いえ、そういうわけではなくて……。
瑪瑙:君たちの悪い癖だな、良いも悪いも極端に誇張するのは。もっとも、その方が大衆からの受けはいいんだろうが。
畠:うっ……。
瑪瑙:あの人は人形に魂を売った悪魔でもなければ、慈愛に満ちた聖人君子でもない。普通の人間だ。あまり美化しすぎるのは、根も葉もない噂を流しているのと変わらない。違うかい?
畠:違わない、ですね……。すみません。気をつけます。
瑪瑙:ふん……。わかればいいんだ。
畠:……あ、あのぉ……、今度は現・瑪瑙さんであるあなたのお話をお聞きしたいんですが。
瑪瑙:俺の話?
畠:はい! その、人形作りに興味を持ったきっかけって、どんなものだったんでしょう?
瑪瑙:先代の背中を見てきたから、ずっと漠然とした興味はあったよ。工作も好きだったしな。……本格的に教わりだしたのは、小学校を出てからだ。
畠:なるほど。師匠としての先代さんはどんな方でしたか?
瑪瑙:……正直、怖かったな。目つきが違うから。少しでも気を抜くと容赦なく叱責された。
畠:ひええ……!
瑪瑙:……けど、俺がはじめてつくったぶきっちょな人形を、いつまでも大事に飾ってくれたな。
畠:わあ、素敵じゃないですか! ……あのぉ、図々しいですが、見せていただくことって……?
瑪瑙:いいよ。ついでに先代のも見せようか。こっちに来なさい。
畠:わーい! ありがとうございます!
(少し、間)
瑪瑙:まず、俺がはじめて作ったのがこれだ。
畠:ほほお……! これが処女作……!? すごくないですか!? 頬のぷっくりした感じや手足のしなやかさ、素晴らしいですね……! あ、でも、確かに顔つきは今の方が洗練されている気がしますね。
瑪瑙:次が、これ。先代の最後の作品だ。
畠:はわ、貴重な品だあ……。(ごくり)……思わず黙って見ちゃいました。異彩を放っていますね。なんというか、技術ももちろんなんですけど、強い気持ちを感じるというか……。迫力があります。
瑪瑙:俺が知る中では一番の最高傑作だ。俺の目標でもあるが……まだまだ、遠いな。
畠:きっとすぐ追いつけますよ!
瑪瑙:だといいんだけどな。……他に何か、聞きたいことは?
畠:そうですね……最後に、瑪瑙さんが人形を作る時に大切にしていることを教えてください。
瑪瑙:これは先代の受け売りだが……「愛する人だと思って作れ」という言葉は、いつも胸に留めている。パーツを形成する時も、滑らかに削る時も、常に人体を扱うように丁寧に扱おうと決めている……かな。
畠:ふむふむ、なるほど……! ありがとうございます! ……今日は貴重なお話、ありがとうございました! 記事になったらまたこちらにうかがいますね。
瑪瑙:ふっ、まあせいぜいがんばりたまえよ。
畠:お邪魔いたしました! 失礼しますっ!
瑪瑙:ああ。……やれやれ、随分と騒がしい子が来たもんだ。さて、俺は仕事に戻るとするかな……。

畠:ひっく……ぐすん……。大将! もう一杯!
瑪瑙:大将、邪魔するよ……おや、誰かと思えば。こんな店に来ていいのかい、君。
畠:だからぁ……! 私はもう二十四(にじゅうし)なんですってばぁ! 
瑪瑙:そう言われても、子どもが飲んでいるようにしか見えないね。
畠:童顔なのは認めますけどぉ……! ひっく。
瑪瑙:随分出来上がっているねえ。例の記事はどうなった?
畠:それが……。編集長ったら、「こんな内容じゃ読者は食いつかない、もっと刺激の強い書き方をしろ」なんて抜かしやがってですね! ふざけてますよ、まったく! 瑪瑙さんをなんだと思ってるんだって話ですよ!
瑪瑙:……まあ、大概そんな気はしていたよ。連中にとって俺は、数ある飯の種のひとつにすぎない。読者を釣るには餌は大きくなきゃいけない、ということだろう。
畠:本ッ当に申し訳ありません! せっかく色々話していただいたのに……。
瑪瑙:別に気に病む必要はない。よくある話だ。
畠:なんでそんなに割り切れるんですか? 私は悔しいですよっ! せっかく記事を任せてもらえて、瑪瑙さんのことが書けるって意気込んでたのにぃ……!
瑪瑙:そんなにか。
畠:そうですよっ! 私はあなたの人形に、そして人形作りの姿勢に心底惚れ込んでいたんですから!
瑪瑙:それはそれは……。けっこうなことだ。
畠:はぁ……。「じゃあなりすと」ってもっと高潔な仕事だと思ってました……。私もうフリーになろうかなぁ……。
瑪瑙:好きにしたらいいんじゃないか。
畠:でもなぁ……。お給金がいいんだよなぁ……。母さんの病院代も馬鹿にならないし……。
瑪瑙:……おっかさん、どこか悪いのかい。
畠:肺を病んでまして……。そのことで父も家に近寄らなくなるし、日に日に憔悴していくばかりで……。せめて私が手柄を立てたところを見せたかったなぁ……。母も瑪瑙さんの人形が好きだったから……。
瑪瑙:そうかい……。
畠:ぐすん……。だー! もー飲まなきゃやってらんねぇですよ! (一気にお酒を飲み干し)大将!
瑪瑙:おいおい、大丈夫か……?
畠:大丈夫れすっ!
瑪瑙:呂律が回ってないじゃないか。
畠:ひっく。こんなの全然、ふあぁ……飲んだうちに、入りません、よ……むにゃ……。(カウンターに突っ伏す)
瑪瑙:おい、ちょっと! おーい。おーい! だめだ、起きない……。こんなところに放っていくわけにもいかないし……。はぁ……。(少しの間の後)……大将、お勘定!

瑪瑙:よいしょっと。……うっ、案外重いなあ。

畠:ううん……。鳥が鳴いてる……。頭痛ぁい……。 はっ!!
瑪瑙:ようやく目覚めたか。
畠:ええっと……? すみません、私、昨晩の記憶が全然なくて……。瑪瑙さんがお店に入ってきたことは覚えてるんですけど……。どういう状況ですか、これ?
瑪瑙:酔い潰れていた君を俺が介抱した。
畠:ということは、ここは瑪瑙さんの家……!? わ、わわ、私、瑪瑙さんとひとつ屋根の下で一晩……!?
瑪瑙:……まあ、そうだな。
畠:ひゃぁっ!? どうしよう、結婚前の乙女がこんなことっ!! はわぁーー!!
瑪瑙:そんな顔をするな。心配せずとも、俺は何もしていない。
畠:そっ、そうなんですか……? 信じますよ?
瑪瑙:誰が君のような芋臭い小娘に手を出すか。
畠:なっ……! それはそれで腹立たしいですね……! これでも一人前の「れでぃ」なんですけどっ!?
瑪瑙:そういうことは、大口を開けて寝なくなってから言いたまえ。
畠:はわ、私そんなんでした?
瑪瑙:ああ。間抜け面もいいところだったよ。
畠:ひええ、とんだ醜態を晒してしまった……! ……というか、すみません、ご迷惑をおかけして……。
瑪瑙:別に。俺は大したことはしていない。
畠:でもでも、布団までお貸しいただいちゃったし……。
瑪瑙:俺は先代のものを使ったから問題ない。もともと二人で暮らしていた家だ。
畠:そうですか……。ならよかったです。
瑪瑙:まあ、運ぶのに少々骨は折れたがね。
畠:うっ……。まあ、瑪瑙さん細いですしね、そういうことですよね、うん。
瑪瑙:……。
畠:……。(咳払い)と、とにかく、介抱してくださってありがとうございました! このお礼は後日また必ず!
瑪瑙:いや、結構だが。
畠:私がしたいんですっ! ……あ、いけない、もうこんな時間!? 私、仕事に行かなくちゃ! 失礼します!
瑪瑙:ああ、気をつけて――
畠:(転ぶ)おわぁっ……!? いててて……。
瑪瑙:……相変わらず賑やかな奴だな。

畠:こんばんはー! 瑪瑙さぁん! いらっしゃいますかー?
瑪瑙:はいはい……また君か。
畠:はいっ!
瑪瑙:そんなに大きな声を出さずとも、聞こえている。
畠:先日はどうもお世話になりました! 仕事帰りに恐縮ですが、これ、お礼の品です!
瑪瑙:ふうん……。米屋(よねや)の羊羹じゃないか。いい趣味だね。
畠:へへっ、先輩に教えていただきまして。
瑪瑙:なるほどね。ありがたく受け取っておくよ。
畠:ありがとうございます!
瑪瑙:……懐かしいな。先代もこの羊羹が好きだったんだ。
畠:そうだったんですかぁ……。ふふっ。
瑪瑙:何をにやついている。
畠:いえ、瑪瑙さんはやっぱり、先代さんのことを慕っておいでなのだなあと思いまして。
瑪瑙:馬鹿言え。あんな奴ただの人形狂いの変態爺だ。
畠:またまたぁ。
瑪瑙:……。(渋面)
畠:あっ、そういえばですね、ひとつご報告がございまして!
瑪瑙:なんだ。
畠:なんと、正式に瑪瑙さんの記事を書かせていただけることになりました! もちろん、「ごしっぷ」じゃなくちゃんとした記事ですよ!
瑪瑙:へえ。これまたどういう風の吹き回しだい。
畠:編集長はお話にならないので、社長に直談判しました! 小一時間瑪瑙さんについて語らせてもらったら、「そこまで言うならやってみなさい」とお許しが出まして!
瑪瑙:……君の押しの強さもここまでくるとあっぱれだな。
畠:えへへ……。(照れくさそうに)
瑪瑙:褒めていないよ。
畠:あれっ、そうなんですか?
瑪瑙:……。
畠:とにかく、後日また取材にうかがいますね。今度は写真屋さんも同伴いたしますので、びしっと決めておいてください。
瑪瑙:写真ねえ……。あまり気は進まないが……。
畠:せっかくきれいなお顔をしていらっしゃるんだから、使わない手はないですよ! きっと注文殺到間違いなしです!
瑪瑙:そうかねえ……。
畠:そうですとも! これを機にビスクドールの魅力が広まれば、きっと先代さんも喜ばれます!
瑪瑙:……だといいんだが。
畠:それでは、あまり遅くなるといけないので、今日はこの辺でおいとましますね。
瑪瑙:ああ。……あ、そうだ。
畠:はいっ?
瑪瑙:今度、君の家にある人形をもっておいで。手入れをしてきれいにしてやる。
畠:(ぱあっと顔を輝かせ)はいっ! ぜひ!
瑪瑙:それじゃあ。気をつけて帰るんだよ。今度は転ばないようにな。
畠:はいっ! ……わあっ!
瑪瑙:……今度はどうした。
畠:見てください! 月がきれいですよ……!
瑪瑙:本当だ、見事だね……。
畠:うふふっ、なんだか嬉しくなっちゃいますね。
瑪瑙:ああ、こら、上を見ながら歩くんじゃないよ。
畠:おわあっ!? あでっ……。
瑪瑙:ほら、言わんこっちゃない……。

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