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「歴史的円安」に感じる違和感

 2024年現在、日本円は「歴史的円安」になっているらしい。日本が貧乏になっている、円が弱くなっているとマスコミも自称専門家も大騒ぎだ。本稿執筆時点で、ドル/円相場は1ドル=160円前後で推移している。これは歴史的な出来事で歓迎できない、という主張だ。
 しかし、少しでも物事を自分で調べる能力がある人は、このような情報をすぐに鵜呑みにしたりしないだろう。過去の為替相場くらいは、ザッと確認したくなるはずだ。調べてみると、1970年前後はドル/円の為替レートが、1ドル=360円程度であったことに気が付く。1970年前後というと、朝鮮戦争から十数年が経過し、日本が戦後復興に沸いていた真っ只中ではないか。
 ここで、そんな大昔の話は参考にならないと思ったかもしれない。従って、1970年(本稿執筆時点で54年前)を大昔と考えるかどうかについて、簡単に説明しておく必要があるだろう。この問題は何を基準として考えるかによって、ある程度定義することが可能だ。例えば、人間の一生(約80年)を基準に考えれば、54年前は確かに大昔なのだろう。一方、人類の歴史(約700万年)を基準に考えた場合、54年前はつい最近の話だ。

 では、投資の観点で考えたらどうか?これを考えるにはまず、1人の人間が投資することが可能な期間を考える必要がある。例えば、資産運用に興味のある若者が25歳から投資を始めた場合、定年退職を65歳と仮定すると、現役時代に約40年の投資可能期間がある。そして、この人物は65歳になった瞬間に全ての投資資産を一括で売却した場合に限り、この人の投資期間は40年ぴったりで終了することになる。しかし、40年間積み立ててきた投資資産を65歳で一気に売却することはあまり現実的ではない。毎年必要に応じて徐々に売却していくはずなので、1人の人間が投資できる(投資を継続することが可能な)期間は40年以上の時間的余裕がありそうだ。資産運用を始めるのが25歳よりも早い場合も遅い場合もあるし、老後の長さも人によってバラバラなので、個人差の大きいところだが、少なく見積もっても個人の投資可能期間は平均的に50年前後はあるだろう。この前提で考えれば54年という期間は1人の個人が投資できる持ち時間とほとんど変わらない。すなわち、これはn=1のデータだ。統計学で言えば全く参考にならない期間の短いデータということになる。投資の観点で考えた場合、54年前は決して「大昔」ではなく、無視していいデータではない。
 すなわち、現在騒がれている歴史的円安が「何を持って歴史的なのか」という根拠が全く示されないまま、大衆が(というか、他人のいうことを鵜呑みにするタイプの人間が)、「円安!インフレ!」と煽られて大騒ぎしているように見えるのが、違和感の正体だろう。

 ちなみに、人間は褒美を得る心理的インパクト(正の昂揚)より、危険や不安に対する心理的インパクト(負の昂揚)の方が、はるかに強力に作用することが知られている。人間は生き残るために、進化の過程で美味しいもの近づくよりも危険なものに近寄らないことを優先してきた。すなわち、人間は一般的にはネガティブな情報(危険や不安など)に対して、より興味を持つようにできている。マスコミもこれをよくわかっていて、新聞やテレビ、ネットニュースは「良いことが起こっている」と報道するより「悪いことが起こっている」と報道した方が、人間の心理に響きやすい(今後、ニュースを見る際は注意してみてほしい。災害や事件などを中心とした不安を煽るような報道が多いことに気がつくはずだ)。彼らはとにかく騒いで注目されることが仕事そのものなので、ある程度仕方のない部分ではあるが、情報弱者を騙すような報道は感心しない。

 なぜ「騙す」という表現を使うのか?それは、程度の問題はあるが、そもそも円安やインフレ自体は悪いことではないからだ。この事実を正確に報道した方がずっと有益だ。それにも関わらず、インフレのせいで生活が苦しくなっているからインフレは悪い、円安で海外旅行ができなくなっているから円安が悪いっと言われると、それらに正しい知識がない人は、インフレや円安を悪者として納得してしまうではないか。子供なら純粋で可愛らしいが、大人なら残念ながら笑えない。円安、円高とは所詮相対的な判断に過ぎない(1ドル=100円が円安なのか円高なのかは相対的に判断するしかない絶対値のないものだ)が、仮に直近10数年が円高だったと仮定するのであれば、その円高が長く続いたデフレの根本的な原因かもしれない。物価が安い国と物価が高い国のどちらが良い国かという比較はできないが「先進的な国家は相対的にどちらの方に多いか」と聞かれれば、それは後者であろう。円安に限らず、インフレも過度に危険視するのは良くない。

 結局、情報というのは自分で咀嚼するしかない。他人(マスコミ含む)のいうことに「そうだ!そうだ!」というだけの人間は、はっきり言って「つまらない」(馬鹿だっと書きたいところだが、表現を控える)。筆者は「歴史的円安」などという話は根拠の曖昧な過大表現だと考えるが、読者はいかがだろうか?ここまで読んだ読者であれば、多少なりとも「自分の」意見を持てているものと期待したい。

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