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2024年のジャーナリズム展望(記者にAdobeとBlenderは必要か)


令和6年能登半島地震で被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。
今回も震災報道の功罪が浮き彫りになっていますが、改めるべきは改め、被災地に寄り添った報道ができるよう業界を挙げて取り組んでいきたいと思います。AIなどがさらに普及する2024年はジャーナリズムにとってもさらなる変貌の年になると思われます。能登半島地震や自民党の裏金問題の報道など年初から大きな課題を次々突き付けられているように感じます。

「データ・ビジュアリゼーション」から「ビジュアル・インベスティゲーション」へ

そんな中、1月9日公開の日経新聞の「JAL機炎上、そのとき何が 検証・羽田空港衝突事故」が話題になっていました。「3D技術を使ったビジュアル・インベスティゲーション」です。これまでとフェーズが変わったなと思ったのは、同時に「羽田空港衝突事故、デジタルで再現 3D調査の裏側」というメイキング記事が公開され、その中にBlenderの画面があったからです。

近年の新聞社はデータ・ビジュアリゼーションをうたい、Flourishで洒落たグラフを作るようなフェーズだったように思います。ただ、力を入れたグラフを公開しても、読者には「ふーん、面白いね」で終わってしまう問題をよく耳にしました(これを私は「ふーん、面白いね問題」と呼んでいます)。今回、Blenderの画面を見て、ついに新聞社でも3D技術の(編集局にごく近い部分での)内製化とそれによる調査報道が本格化するのかと、つまりデータ・ビジュアリゼーションからビジュアル・インベスティゲーションへのフェーズ遷移を実感しました。これは「ふーん、面白いね」の域を超えてくるぞというわけです。

日本でも「フォレンジック・アーキテクチャ」の時代が来る?

既に海外では、ビジュアル・インベスティゲーションが発達しています。最も有名なもののひとつが英国ゴールドスミス・カレッジの「フォレンジック・アーキテクチャ(Forensic Architecture)」でしょう。詳しくはリンク先を見れば一目瞭然かと思います。ぜひ見ていただきたいと思います。2024年は一気にこうした波が「オールドメディア」なる新聞業界に押し寄せることが予想されます。この波を捉えられるか逃してしまうかで、新聞社の明暗が分かれる年になると言っても過言ではないでしょう。

記者に求められる新しいスキルとは

当然、新聞記者や報道記者にも新しいスキルが求められることになるでしょう。以下にリスト化したのは、私が普段使っているアプリケーションやウェブサービスです。熱海土石流などさまざまな取材を補完する技術として内部的に活用しています(諸事情あり日経さんのように公開するまでは至っていませんが)。点群やフォトグラメトリ、3Dモデリング、データサイエンスあたりの分野に偏っている上に、規模も大小入り混じり、詳しい方は違和感を覚えるかもしれませんが、ご容赦ください。ただ、記者でもこのあたりのリストに馴染みが出てくると、ビジュアル・インベスティゲーションのハードルはグッと下がると思います。それぞれの詳細や使いどころについては、また機会を捉えて説明できればしたいと考えています。

ChatGPT
Google Workspace
-Document
-Spreadsheets
-Drive
-Colaboratory
Google Earth
Blender
QGIS
HTML/CSS
Python
JavaScript/Google Apps Script
SQL
R
Unreal Engine
Unity
Godot
Reality Capture
Cloud Compare
Mesh Lab
Scaniverse
Polycam
LumaAI
RealityScan
Adobe Creative Cloud
-Premiere Pro
-Photoshop
-Illustrator
-After Effects
Substance Painter
Quixel Mixer
Oculus/Meta Quest
Pure Ref
KH Coder
VOICEVOX
AWS/GCP/Azure
GitHub
Sketchfabなど

ChatGPTの活用で学習コストを劇的に下げられる

このリストの中でも、特に有用なのはAdobe Creative Cloudの主要ソフト(Premiere Pro, Photoshop, Illustrator, After Effects)、3DモデリングソフトのBlender、ゲームエンジンのUnreal Engineあたりでしょう。地図に関心がある向きは地理情報システムのQGISから入るのもいいかもしれません。記者も言語を学ぶべきかもよく聞かれるのですが、比較的簡単で汎用性のあるPythonやJavaScript、JavaScriptとコアを共有するGoogle Apps Scriptあたりが書けると、結果的に劇的な時短に繋がるかもしれません。さらにデータサイエンスには、言語やソフトだけでなく、統計学の基礎知識も必須です。

気が遠くなった記者の方もいるかもしれません。しかし、ここでChatGPTが輝いてくるのです。記者がビジュアル・インベスティゲーションやデータサイエンスに参入するには、学習コストが最大の課題でした。しかしChatGPTをうまく使い、セルフアクティブラーニングをこなしていけば、案外学習コストを抑えることができる時代になっているのです。ChatGPTを良き家庭教師にできれば、気が遠くなるどころか、学びの喜びを感じられるはずです。

記者のスキルアップはパンドラの箱か

ここで一つ、致命的な懸念が生じます。記者それぞれが新しいスキルを学んでいったときに何が起きるかということです。「日々のアナログな取材がおそろかになるのではないか」という、よくあるおじさんの小言はここでは置いておきます。むしろ、言いたいのは経営側の問題で、「新しいスキルを活用する受け皿(部署)がない」場合、スキルを学んでやる気のある記者ほど転職してしまう可能性が高まってしまうのではないかという懸念です。

ですから、もし新時代に備えて記者にスキルアップを推奨しようと考えている新聞社があるなら、まずは社内に受け皿を整備してから記者のスキルアップを支援していただきたいと思います。経営側は、記者のほうから提案しろと思っているかもしれませんが、ビジュアル・インベスティゲーションレベルのフェーズはある程度の投資(高スペックなPCや学習期間)がどうしても必要であり、ボトムアップではなくトップダウンでないと絶対にうまくいかないでしょう。日経さんには「データビジュアルセンター」というれっきとした専門部署があるからうまく行っているのだと思われます。

むすびに

自分が四半世紀近く新聞記者一筋で来たので、やはり若い記者には体当たりの取材をやってほしいし、そのやりがいを知ってほしいという思いはずっとあります。情報の裏取りをするために夜中の降版時間ギリギリまで地を這い泥をすするような仕事をこれからも記者は使命としてやらなければいけません。一方で、こうした記者の(アナログな)経験や知見はビジュアル・インベスティゲーションにも絶対不可欠なのです。社内のシステムの人間はIT技術に詳しいかもしれませんが、こうした動きに感度が高く理解があるとは限りません。やはり時代に合った最低限のIT知識とスキルを身に付けた現場の記者が増えていくことが新聞社の変革、そして紙面の質の向上に繋がっていくのではないかと信じています。とにかく2024年は日本の記者やジャーナリズムにとって節目の年となりそうです。記者の皆さん、頑張りましょう!



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