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イヴァンカ・トランプさんにお会いした話

NYで大学生だった頃、私には少し歳の離れたお姉さん的存在の友人がいた。何もわからない私をあちこちに連れて行ってくれ、私は彼女から色々なNYルールを学んだ。

ある日、デパートのイベントに行こうと誘われた。私はてっきり、よく日本のデパートで開催される、北海道物産展的なやつに誘われたのだと思い、その日学校へ行った時と全く同じ格好、Tシャツ、ジーンズに黒いリュック姿で彼女のアパートへ向かった。

友人はファッションが大好きな人だったので、その日も相変わらず着飾っていた。バスに乗り、彼女がお気に入りの高級デパート、サックス・フィフス・アベニューへ。このデパートへは彼女に付いて何度も来ていたが、今日は扉を開けるといつもと雰囲気が違う。

入り口で何やらパンフレットを渡されたのと、普段に比べてお客さんの数が少ない。そしてその集まったお客さんたちから、何とも言えないVIP感が漂う。

てっきり物産展に行くのだと勘違いしていた私は、友人に、これは一体何のイベントなのかを尋ねる。彼女は自慢げに、「フフフ。これはね、このデパートで年間に一定額以上を購入した顧客のみが招待してもらえる、デザイナー達と直接会ってお話をして、彼らから直々に商品を購入できるというスペシャルイベントよ」、と答えた。

道理で客層がいつもと違うわけだ。我々は入り口で貰ったパンフレットを手に、各フロアを見て回る。いかにもアメリカのVIPパーティーといった感じの、ビシッとしたウェイター達が、どの売り場へ行っても、シャンパンやフィンガーフードを勧めてくる。

私が買えるような品物は一つも無かったが、雰囲気を味わうだけで、とても楽しかった。だがそれと同時に、通学のままの格好できたことをとても後悔した。周りの人は皆本当にお洒落で、私は明らかに浮いていた。

友人はそんな私のことなど特に気にする様子もなく、次はバッグを見にいこうと提案する。私はただ彼女の後を付いていく。あるバッグ売り場に到着するなり、彼女はそこで接客する金髪の美しい女性を見て私に囁く。

友人:「ほら、イヴァンカ・トランプよ」。

私:「イヴァンカ・トランプ?有名な人?」

友人:「不動産王トランプの娘よ」。

私:「そもそも、私そのトランプが誰だか知らないんだけど」。

友人:「トランプ・タワー、わかるでしょ?あなただって流石に何度もあの前は通ってるはずよ」。

私:「あー、あの金でトランプって書いてある目立つビルね」。

友人:「そうそう、あのビルのオーナー。トランプさんは、アメリカでは有名な不動産王なのよ」。

我々がヒソヒソ話していると、イヴァンカさんが我々の方に近づいてくる。「ようこそ。初めまして。私はイヴァンかよ。どうぞ楽しんで行ってね」と、彼女はとても丁寧に、友人と私の目を見て挨拶し、向こうから握手までしてくれた。

私は何だか女神様に会ったように恍惚としてしまった。私なんて、どう見てもこのデパートで一番彼女のバッグを買わなそうな客だ。招待された客の中には、私の格好を見て、場違いなやつめと不快に思った人もいたと思う。

なのにこのイヴァンカさんは、そんな私も上級顧客と同じように扱ってくれる。友人と私は、バッグを買うつもりなんてなかったが、ウェイターの男性から貰ったばかりのシャンパン片手に、このバッグ可愛いねなどと言って、売り場を見学する。

するとまた直ぐにイヴァンカさんが我々のところ戻ってきた。「ねえ、食べ物は足りてる?沢山あるから遠慮しないでね」。友人の方も見ていたが、彼女は明らかに私に話しかけていた。「はい、大丈夫です。どうもありがとう」、と答える私。

何て優しい人なんだろう。またまた彼女の振る舞いに感動してしまう。デパートへ入店して以来、薄っすら場違い感を感じていた私だったが、彼女の優しい言葉に心が一気にほぐれる。

数分後、またイヴァンカさんが戻ってきた。「大丈夫?楽しんでる?何か必要な時は言ってね」。それだけ言って、また接客へと戻って行った。彼女は明らかに、確実に商品を買う気でいるマダムたちを一旦差し置いて、私たち(厳密には私の)様子を気にかけて見にきてくれていた。

イヴァンカさんは、年齢や格好から私が学生であり、大人に「連れられてきた」のを察して、私があの場から取り残されないよう気を使ってくれたのだと思う。この人素敵だなと思う人に出会うことはたまにある。だが私はこれまでの人生でイヴァンカさん程、外見も中身も美しく、心底素敵な女性だと思った人はいない。

前回トランプ氏がアメリカ大統領になった際、イヴァンカさんも頻繁にテレビでお見かけした。画面に映る彼女を久しぶりに見て思い出したのは、やはりあの時私にとても優しくしてくれた時のこと。

トランプ氏はかなり強烈なキャラで、彼に批判的な人は大勢いる。だが私は、彼のそういうキャラの大部分はパフォーマンスとして作り上げられたもので、あの人は実際には人格者なのではと思っている。そうでなければ、あのように素晴らしいお嬢さんは育たない。

先日も襲撃で、運良く一命を取り留められたが、助かられて良かったと心底思う。イヴァンカさんは、人生のたった10分程度しか関わらなかった方だし、向こうはきっと私のことなんて全く覚えていない。けれど、私にとても親切にしてくれた人の家族が助かったというだけで、私も嬉しいというかほっとする。素晴らしい人には幸せであって欲しい。

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