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大切なものの扱い方:Will You Love Me Tomorrow ?

夫婦でアクセサリー店を訪れ、サイズ直しに出していた結婚指輪を受け取ったのは、つい先日だ。
たった数か月のことだったが、サイズ直しのためにアクセサリー店に、夫婦の結婚指輪と結婚指輪に重ね付けできる2種類のダイヤモンドが埋め込まれた婚約指輪を預けている間、私は何だか落ち着かなかった。こんなことが、心理的に何か影響を与えるはずはなく、ばかばかしいと思いながらも、私はその期間をふわふわとした心地のまま過ごしていた。
 
 
私は結婚して以来、ずっと左手の薬指に結婚指輪を付けており、ほとんど外したことはない。
水仕事をしていて、洗面所や台所の排水口に指輪を流してしまうなんて話もたまに聞くのだが、そういうこともなく、私は基本的に日常生活の中で指輪を外さなかった。
新婚の頃、夫の実家でお姑さんに「ずっと結婚指輪を付けたままなの?錆びないの?」と訊かれたことがある。私は、イオン化傾向が低い『プラチナ』でできた結婚指輪が簡単に錆びることはないと考えていたが、化学的に理由を説明してもお姑さんには理解されないと思い、黙っていた。
 
私とは還暦の年齢差があった今は亡き祖母は、最もイオン化傾向の低い『金』でできた結婚指輪をその命が尽きるまで外すことはなかった。それに比べ、母は「指輪が嫌い」という理由で、結婚指輪をしているところを、子ども時代の私は見たことがなかった。
実際にはいろいろな事情があったのだとは思うが、私の想像では、世代を超えて易く異性を魅了してしまっていた(同じく今は亡き)祖父に対し、祖母は「私が妻である。」という主張に見えたし、母の場合は結婚したことで奪われた本来の自由に対しての抵抗の表現に見えた。
 
私は祖母や母とは違う理由で、結婚指輪を付け続けている。
それには、学生時代に出逢った英語会話の指導をしていただいたネイティブ・アメリカンの女性の話に関係がある。彼女は、かけがえのないダイヤモンドでできたピアスをいつも身に着けている人だった。
 
ある時、私があまりに大きいダイヤモンドのピアスに気づき、まだ生徒が集まっておらず英会話レッスンが始まる前に、二人で英語で話していた時のことだ。
どうしてそんなに立派なアクセサリーを日常的に使うのか、当時の私にはわからなかった。すると、彼女はこう言ったのだ。
 
「日本人は、大切なものをずっと箪笥の中に仕舞い込んで、ほとんど使いもしないのよね。」
 
私は自分の家庭の文化を言い当てられた気がした。しかし、実は私の家庭だけでなく、伝統的な日本文化に染まった家庭には、よくあることなのかもしれないとも思った。当時の私は、伝統的な日本文化を歴史的にも大切に考えているような地域に住んでおり、そのネイティブ・アメリカンの女性は、その地域に住む日本人男性と結婚していた。自分がかつて所属していた文化との違いを彼女は感じていたのかもしれない。
その女性は、自分の母親が亡くなった際、遺産の大きなダイヤモンドのアクセサリーを、親族間で公平に分割し、自分に割り当てられたダイヤモンドをピアスにデザインし直して日常的に身に着けていたのだった。
 
「大切なものだから、普段から身に着けるのよ。使わないなんて、勿体ないじゃない。」
 
彼女はそう言った。
そういう考え方もあるのか、と私は感心したものだ。
大切なものは、壊れないように、傷つかないように、ついつい守り、仕舞い込んだりしてしまう。しかし、彼女の考え方によれば、大切なものこそ、価値ある”パートナー(自分の一部)”として、普段から大切に扱うということなのだろう。
 
そもそも結婚指輪をサイズ直しに出した理由は、子どもの成長を祝う家族写真に間に合うように試しに身に着けようとしたところ、夫は結婚指輪が入らず、私はセレモニーの際は必ず結婚指輪に重ね付する婚約指輪が入らなかったからだ。夫は仕事上”指輪をしないよう”指導する立場で、やむを得ず結婚指輪を付ける機会が結婚記念日や子ども達のセレモニーの時に限られていた。その間、気が付いたら運動不足もあって指まで太ってしまっていたのだろう。私の方は、もう二度と結婚指輪を外せず、ここから指へめり込んでいくのではないのではないかという恐怖を感じるサイズ感で、少しサイズにゆとりを持ちたかった。婚約指輪や夫の結婚指輪に関しては、今年はギリギリだなぁと思いながらも、サイズ直しには出さずに、だましだまし使ってきたことも今まであった。
久しぶりにアクセサリー店で、左手の薬指にはまった結婚指輪を外した時、指輪の形が楕円形に変形し、細かい傷が無数に付いたことで、その輝きも失われているように感じた。新婚の頃に着けた結婚指輪が、今やこんなに変わり果てていたのか、と私は驚いたものだ。
数か月経って返ってきた結婚指輪を私が見た時、その指輪の形は丁寧に直され、研磨されたのか、プラチナを追加されたのか、ピカピカに磨き上げられ、新品同様に光り輝いていた。
 
「クリーニングに出して頂ければ、いつでも無料でピカピカにして差し上げますよ。
お気軽にご利用くださいませ。」
 
感激して感謝を伝えた私に対して、アクセサリー店の店員さんは、親切にそう答えてくれた。
 

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