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私のこと好き?: 現実的に考えてみた【1,000字】

「私のこと好き?」

という言葉を投げかけた記憶が私にはない。
もしかしたら、思い出せていないだけかもしれないけど、思い出せないということは、大した記憶じゃなかったのだろう、と思う。

逆に、

「あなたのことが好きです。」

と言ったり、手紙に書いたりしたことはある。


面と向かって言えたことはなく、相手の顔の表情を見ずに済み、自分の表情も相手に見られなくて済む方法を選んだ。自分の気持ちをストレートに伝えるだけで精一杯で、自分がそれ以上恥ずかしい想いをしたくなかったこともあるし、相手の反応を表情から見る自信も勇気もなかったからだ。
大抵、その場合は恋人として付き合う前の段階で、振られたこともあるし、その言葉をきっかけに付き合うことになったこともある。

関係性を変えてしまう言葉なだけに、
「好き」という言葉は、
言うことそのものに勇気が必要だし、
断られる(今までの良好な関係性までも壊れる可能性がある)覚悟もいる
重い言葉なだけに、
そもそも簡単には使えない。

今では、私は結婚して子育てで手いっぱいなので、現実的に考えるとすると
夫に「私のこと好き?」と面と向かって訊くということだろうか?
夫に「好き」という言葉を使うことに、上述ほどの抵抗感はない。
しかし、それを想像してみた時、“今更感”が拭えない。
その言葉を言うより先に、
じゃなければ、この家庭生活成り立たないでしょ?
となる。

では、倫理的にどうかということを度外視して、
夫以外の人に惹かれたと想定して考えた場合、
私は相手に対してはっきりと「好き」と言うだろうか、と考えると…
それはないだろうと思う。
「好き」という言葉の意味するところが結婚前に比べて遥かに重すぎるからだ。
配偶者(夫)に対する責任、親としての子ども達への責任を考えれば、身軽な独身者と同じになるわけもないし、惹かれた相手が既婚者であれば相手の家族に対する責任まで発生するだろう。当然に「私のこと好き?」なんて訊けるわけはなく、やっぱりあり得ないなぁと思う。

相手のことを本当に好きだったら、
自分のことを好きかどうか相手に訊くよりも、
相手の幸せを願って、その相手自身の幸せを実現できるように、自分にできることをするのではないだろうか?

それこそ、言葉でストレートに訊いたり、言ったりするよりも、愛情表現の工夫を言語表現以外でするような気がする。
極力、心の中に想いは秘めながらも、決して相手の負担にはならないように。


三羽烏さんの企画に初参加してみました。
創作ではなく、現実的に真面目に考えてみました。
面白味はないかもしれません。


# 真面目な現実
# 私のこと好き?
# 三羽烏様

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