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住んでいる街で飲むこと(甲府編)

思えば20代前半まで、「住んでいる街で飲む」っていうことがあまりなかった。
理由のメインは住んでいる街から出た方が友達がいるから。
東京で大学生をしていたときは、大学がある街で飲むことが多かったし、それ以外でも新宿とか渋谷とかみんなが当時出やすかった西側の街で飲んでいた。大阪で大学院生をしていた頃は、大好きな梅田に10分ちょっとで出られたし、他にも天満など周辺に魅力的な街が多かった。それに友達は大体京都にいた。

何度も通った街天満

そんなわけで住んでいる街で飲む、っていうのが楽しいということを長らく知らなかった。それを知ったのは社会人になって仕事で甲府に住んでから。
それまでは、住んでいる街から少し電車で移動すればより栄えている街に出られたので、その方が楽しいと思っていた節もあったけれど、あの辺で甲府は一番栄えている街だったから自然とそこで飲むようになった、というのが発端ではある。

発端ではあるが、住んでいる街で飲むといいことがいろいろある。
まず、顔見知りができる。それはお店の人のこともお客さんのこともあるが、常連ってほどまでいかないとしても、「見たことあるなぁ」という人が街に増えてゆく。単純に、なんとなく知った顔がチラホラいるって落ち着くものだ。お店の人と仲良くなれば一人で飲みに行っても寂しくないし、なんなら「友達呼ぶほどじゃないけどちょっと誰かと会話したいなあ」なんていう時にお店の人やたまたま店に居合わせた人っていうのは最高の距離感だと思う。
そうやってなんとなく街に自分の居場所が増えていくと、「ここはわたしの街だ」みたいな愛着もどんどん育っていく。いいことづくしだ。

というわけで、引っ越してから3年経つ今でもしつこく「ここはわたしの街だ」と思っている甲府の大好きな店を、お得意のはしご酒ルートに乗って回想してみようと思う。

■平日の場合

①健食飲 池田屋

地方都市の夜は短いので、できれば17時台から飲み始めたい。仕事の都合や連れがいればその相手にもよるが、理想は17時半に入店。ビッグエコーの隣の、沖縄料理屋の奥に隠れた謙虚な場所に、わたしが「いちばんのホーム」と思って止まない居酒屋がある。

友人にここが入口だよ〜って教えるために撮った写真

どれくらいそう思っているかというと、一体何人をこの山梨名物が何もない居酒屋に連れて行ったかな?10人くらいは行ったんじゃないかな。酒が飲めない夫も連れて行ったことがある。毎日ブログに今日開ける予定かどうかを更新してくれるので安心して店に行くことができる。

お店に立つのは池田さんとマスコさん。ぱっと見夫婦だと勘違いするけど、元上司・部下の関係性だというから驚く。確かに、友達とも少し違う、絶妙なバディ感がある。

今でもふたりに語り草にされるのが、滋賀から友人Eちゃんが遊びにきてくれた夏の日のこと。河口湖の方で最高の1日を過ごして帰着し、家で白州ハイボールを振る舞った。
なんだかじっとしていられなくて、上機嫌でそのグラスを持ったまま池田屋に飲みにきた。
「あの子は元気?」といつも訊かれるのと同時に(Eちゃんは可憐な可愛らしさが持ち味で皆の記憶にとてもよく残る)、「この人はねえ、飲みながら家から歩いてくるんだよ」と他のお客さんに話すのだ。その度に「その1回だけですよ」と注釈を入れるのだが。

ゴキゲンで向かっている図

ふたりも負けず劣らず酒好きで、いつも濃いめの緑茶ハイやウーロンハイを飲みながら接客をしているのだから呆れるのはこっちの方だ。たまにオーダーを忘れたりしてグダグダになっているところがたまらなくいとおしい。
そんなんだからホッピーを頼むと中が8割くらいとめちゃくちゃ濃いし、日本酒を頼むとグラスのみならず升からも溢れんばかりに注いでくれるので、1軒目からけっこう酔っ払いそうになる。おそろしい店!

武の井酒造の「青煌」はここで覚えた

常連さんが釣ってきた魚だとか持ってきた果物だとかがあると振る舞われることもあり、並んでいる皿の過半数が頼んでいないものだったこともあったような…わたしも実家から届くりんごを携えて行ったことがあるような気がする。

誰かから梨のさしいれ

料理は行く時々で変わるけど大体大衆居酒屋のそれだ。あとはおでんが安くて、全てのネタが100円だった(当時)。
メニューがちょこちょこ変わるというのもリピートしたくなる理由のひとつ。その証拠に常連さんがすごく多いけど、みんな常連風を吹かせていないのがいい。常連の振る舞いとしてお手本にしたいと思っている。
かといって一見客に厳しいわけでもなく、初めて来たお客さんには来てくれてありがとう、と優しく声をかけているのを目にする。かくいうわたしもそうやって声をかけてもらったからこそ、ぽつりぽつりと雑談を交わすようになったうちのひとりだ。

幸せそうなわたし。姿勢が悪い

引っ越す前最後に行ったときはクリスマスの日だったのだが、プレゼントにお店で使いかけの謎のスパイスをくれた。飾らないやさしさが嬉しい。

最近でも何度か甲府に行っているのに、臨時休業などと重なり実はもう1年行けていない。そろそろ行かなければ、今行きたいお店ナンバーワンだ。

②辰巳

オーソドックスなおでん屋。2連チャンでおでんになってしまうのが悩みなのだが、土日休みなので平日のラインナップに高確率で入ってくるお店。

旧店舗時代。テイクフリーで
タカノのチョコレートが置いてあるのもよかったな

かくしゃくとしたおかあちゃんが旦那さんの寿司屋を受け継いで一人で切り盛りしている、コの字型カウンター8席くらいのお店。だったのが移転して、今は横一列のカウンターになった。

引っ越す前にお互いの携帯番号を交換してからは、来店前に念の為営業の有無を確認するようにしている。半々くらいの確率で休み。もしくはいつもいつも2軒目以降で行くので満席で入れないこともしばしば。

初めて来た時、お品書きに値段が一切書いていないのでビビったが、お会計してみると普通に良心的な価格。というかどんぶり勘定?行くたびにややブレがある気がしている。

この店でいちばん好きなエピソードは、3軒くらい飲んで回った22時頃、暖簾をまくりあげて「入れますかあ」と聞いたら、おかあちゃんがわざわざこちらまでやってきて「アンタもう結構飲んでるね。今日はダメ、また来なさい」とデコピンしてきたこと。時間が時間だったのもあると思うけど、「もう終わりなの」とかよりもむしろ愛があると思ってしまった。

ちなみにこの店も酒が濃い。ハイボールがデフォルトでダブル。白州もダブル。贅沢である。

③くさ笛

言わずと知れた甲府の名店。なんと、辰巳が移転したのがこの草笛の向かい!名物おかあちゃんのお店を5秒ではしごできるなんて、嘘みたいな話だ。辰巳より1時間ほど遅くまで開いているので、こちらのお店に後から行く方がいい。出張の人などもよく来るお店なので、少し遅めの時間を選んだ方が入りやすいというのもある。

この店のおかあちゃんはとにかくニコニコと元気でかわいい。ひまわりのような「元気」でもなく、かすみ草のような「かわいい」でもなく、両方においてガーベラくらいがしっくりくる感じの、夜に会っても胃もたれしない元気さ、かわいさだ。いつも着物に白い割烹着をつけて、背筋をシャンと伸ばした姿を見るとこちらも元気になる。

おかあちゃんとマルさん

そんなおかあちゃん、去り際には必ず「また来てね〜〜〜〜〜」と両手を振って言ってくれるので「来るよ〜〜〜〜」と全力で思う。そんな感じで何回も来ているのだが一向に顔を覚えてもらえる気配がない。

最もバイトに入る頻度が高いマルさんという外国籍の女性はわたしのことを覚えてくれている。おかあちゃんが「マ〜〜ル〜〜」とちょっとダミ声でマルさんを呼ぶのを見ているのが好きだ。マルさんは「ちがうよ!その注文はこっちよ!」とかおかあちゃんのミスを正していて頼もしい。

このお店、実は山梨の酒蔵の日本酒が何かしら1種類は置いてあるという「山梨日本酒全制覇」ができる隠れ名店なので、そういう意図で使うこともある。雰囲気や名物おかあちゃんの存在だけではなく、料理や酒だけ見ても来たいと思えるお店。

そして名物の風景なのが、客が頼んだ日本酒を、お猪口をもう一つ出してもらっておかあちゃんにもおすそ分けするというもの。
「おかあちゃんもいかが?」というと喜んで飲んでくれる。そうやって22時過ぎまで客に付き合っているんだから、このおかあちゃん、只者じゃない。お年は少なくともover 80のはず。閉店の時間になると、「ダーリンが迎えに来る」といつも言っているのがまたかわいい。

この店でいちばん好きなエピソードを。
お通し代がないのにも関わらず完全に善意のお通しが出るのがこのお店の良いところのひとつなのだが、めずらしくまだ少し早い時間のくさ笛に着くとおかあちゃんがなんだかいつもより元気がなく「お通しが…」と言っている。お通しがなんだ?と思っていると、「今日のお通しはなんだかすごいものができてしまったが、とりあえず食べてみてほしい」というような意味のことを言われた。
隣ではすでにそれを食べ終えたサラリーマンの方が苦笑いしている。

出てきたものを見てみると、豆っぽいものが見える。「これはなんですか?」と聞くと、「こんにゃくの上にね、納豆を乗せてみたの、美味しいかと思ったらなんだか化学反応が起きていて…」と説明を受けた。納豆の何かの成分によってこんにゃくが溶けているらしい。すごい。いや、意訳すると「まずい」という意味なのだが、店の人に「まずい」と言われたものを食べたことってありますか…?すごい体験だなと思って恐る恐る口に運んでみると、隣のサラリーマンの方と同じ苦笑いの表情になった。

「無理して全部食べなくて大丈夫だけど、これが今日のお通しだから…」と寂しそうに言われた。申し訳ないけれど、残した。
「毎日違うお通しを作るのもなかなか大変でね。でも、サービスでやってるから、稀にこういう変な味のものができちゃっても、しょうがない、しょうがない」最後にはおかあちゃんはそう笑い飛ばしていた。彼女の名誉のために言うが、この時以外のお通しは基本的においしかった記憶しかない。

この出来事の何が良かったかというと、人間味のある、これくらいの感じでいいじゃないと思ったのだ。半世紀くらい店に立っているおかあちゃんでさえ料理の味で失敗することがあり、それをとりあえず一口、と客も食べて共有するということ。失敗したお通しを出さずに「今日はお通し無し」とすることだってできたけど、あえて出すことにわたしはおかあちゃんの真摯さを感じた。

④ripe

甲府には2度住んだことがあるが、最初に住んだ家は繁華街と逆方向にあった。その住宅街にひっそりと開いているコーヒー屋を、締めによく使っていた。

甲府にはふたつの有名なカフェ、「寺崎コーヒー」と「AKITO COFFEE」があるのだが、どちらも夕方に閉店してしまい夜カフェの場所がない。
そんなニーズを汲み取って、わたしが引っ越してきた頃にオープンしたのがこのripeだった。午後から夜の0時まで大体開いていて、楽しく飲んでふわふわとした気持ちをここでクールダウンさせてから歩いて3分の家に帰る、というワンクッションがとてもちょうどいい塩梅なのだった。

この日はDJイベント
ギャラリー使いもできる

店主のミヤケンさんはもともと友達の友達で、「コーヒー屋のお兄さん」と「友人」の間くらいの不思議な立ち位置にいるなぁと今でも思う。
お話し好きのようでいて、掴みどころのない不思議な人だが、こんなふうに夜もふけた頃や、テレワークの合間、何も予定のない夕方などに何を話すでもなく話しに来るのが好きだったなあ、と思い出す。
来ているお客さんもそんな感じで、作業をする人やスマホをいじっている人はほとんどいなくて(というかそもそも作業できるようなテーブルがないし、夜は照明がとても暗い)、ホワンとしたい気分のときの自分の時間を持ち寄って、同じコーヒーという飲みものを媒介に空間を共有している感じがするとてもおもしろい場所。

夜には夜の、しかるべき明るさ

まとめ

こんな感じでだいたい、17時過ぎに家を出て、0時過ぎに家に帰ってくる(7時間、、、長い!)のが、いちばん時間があるときのコース。誰かと一緒のこともあるし、ひとりでふらりと出かけることもある。ここまで書いてきて、わたしが「いいお店だなぁ」と思う共通点がいくつか見えてきた。

・店の規模感がちょうどよく、店主と必ずコミュニケーションが取れる
・常連がついている
・その一方で、一見客にもやさしい
・店主が自分に完璧であることを課したり、客に店の理想を押し付けたりしておらず、ふるまいに人間味がある
・ひとりでも、誰かを連れていってもいい

なんてまとめてしまうと味気ないけれど、そういう店が自分の居住エリアにいくつかあるだけで、肩肘張らないで息抜きに出かけられる場所が増えて、自分の街がもっと好きになるだろうなあ、と思う。
今住んでいる新潟県十日町市でも、そんな良店との出会いがあることを期待したい。

「平日の場合」だけで5000字を超えてしまった、、、「ある一晩のハシゴ」想定だったので、甲府で好きなお店はまだまだあります。また、いつかの機会に。

おわり。

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