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山麓丸 インタビュー|イマーシブな音作り、立体音響について

映像コンテンツや展示、ライブなどで度々用いられ、近年注目を集めているキーワード・「イマーシブ = 没入感」。コンテンツにより集中させ、まるで実際に体験しているかのような臨場感を味わえるというものだ。

その没入感を高めるには、視覚に加えて聴覚の要素が重要となってくる。LADERグループの「山麓丸(さんろくまる)」は、そのイマーシブに特化した音作りに取り組んでいる、日本でも数少ないスタジオだ。

山麓丸には、立体音響のミックスを得意としたエンジニアが所属している。今回彼らにスタジオについて、立体音響について、制作についてなど訊いた。

取材:玉手 ゆみ子
企画・構成:島田 舞

山麓丸スタジオについて


山麓丸スタジオを作った経緯を教えてください。

Chester Beatty(以下、Chester) - 元々はリズムまで取れるスタジオを作ろうとしてて。ヴィンテージの機材が多いから、ヴィンテージ臭のするスタジオを準備していました。

反面、立体音響のスタジオにも興味がありました。親会社のLADERにて、立体音響に携わっていたこともあり、スタジオ計画中にたまたまソニーのスタジオへ見学に行く機会に恵まれたのです。その時初めてReality Audio(以下360RA)を体験するのですが、完全に360RA用のスタジオにシフトしようと思い立ちました。帰り道に3人(Chester、Lader代表・原田、當麻)で話しながら、もうこれしかないねって。

それから急遽、立体音響スタジオの計画に変更するのですが、スタジオ完成前から360 RAの案件いただいていて。あの時はとても大変でした。仮の事務所で制作し、確認のため乃木坂にあるソニー・ミュージックスタジオまで何度も往復し、作業を行いました。しかも技術自身がまだベータ版だったので、慣れるまで時間もかかり。

當麻拓美(以下、當麻)- ただ、技術的に新しいものなので、クライアントからもこれは面白いね!みたいなポジティブな意見をいただきました。その時にもっと面白くエンターテイメント性があるものを作りたいと思い始めました。

360 Reality Audioとは?
360 Reality Audioは、360度の立体音響技術を使ったソニーの新しいイマーシブフォーマットです。歌や楽器などさまざまな音源を、自分を中心とした球状の空間に配置することで、まるで囲まれているかのような立体的な音場を体感できます。

参照
https://www.sony.jp/headphone/special/360_Reality_Audio/

イマーシブオーディオとは?
モノラルやステレオ、サラウンドと音楽の楽しみ方がいろいろありましたが、イマーシブオーディオはさらに高さや前後左右などを加え、三次元的な没入感を音楽で楽しめるフォーマットです。昨今では「スペーシャルオーディオ」「空間オーディオ」「立体音響」などと呼ばれたりもしています。

山麓丸スタジオセッティング
19台(GENELEC)のスピーカーと2台のサブウーファー(GENELEC)があり、Dolby Atmosと360 Reality Audioの2つのフォーマットに対応しています。

スタジオの立ち上げ時にはスタジオ顧問として吉田保氏が就任されていましたね。

Chester - スタジオの設定や、収録マイクの空間配置をどのようにした方がいいのかなど、ご教授いただいています。またどうすれば360 RAの再現性を高めるかなども伺っています。

そのような技術面の部分から関わっているんですね。Chesterさんが吉田保氏が手掛けた音が好きだから、という理由で声を掛けたんですか?

Chester - もちろん個人的に好きだというのもあるんですけど、保さんはリバーブの使い方が上手い。リバーブって要は空間の再現なので、立体音響も当然上手い。さらに保さんは、70年代には4ch、80年代初頭から5.1chなどのサラウンドも手がけていましたし。空間の再現性はすばらしいですよ。


立体音響について


立体音響のMIXは、どのような流れでMIXを行うのですか?

當麻 - 2パターンあって、すでにリリースされている楽曲のステムを頂いて立体音響に再構築するパターンと、イマーシブなアイディアを出しながら、新しいアレンジを、アーティストさまと作っていくパターンです。基本的には、作業は全て*ProToolsで完結します。

*ProToolsはプロ仕様の音楽 標準制作ソフトウェア。

作業は、全てスタジオでやるのですか?

當麻 - 主に自宅で制作した上で、スタジオでモニター・スピーカーを用いて最終調整しています。

360 RAやDolby Atmosの視聴方法は?

當麻;国内で360RAを試聴するならば、Amazon Music Unlimited。DolbyAtmosならば、Apple Musicと、Amazon Music Unlimitedです。

イヤホンやヘッドホンでも視聴できるから、自宅でも外でも楽しめるからいいですよね。

當麻 - イヤホンとかヘッドホンで空間が楽しめる、ということが特長の一つとして考えられますね。そういうフォーマットなんです。

自宅のスピーカーなどで聴くときは、何か制限がありますか?

當麻 - 家庭でのリスニングには、ヘッドホンが推奨されています。もちろんテレビの前に置く、サウンドバーを使うシステムもありますので、そちらで視聴することも可能です。最近のサウンドバーは部屋の反射を利用して立体的に聴かせるような製品も結構出ているので、存分に楽しむことができます。

360 RAとDolby Atmosは、それぞれ何のコンテンツに向いていますか?

Chester - Dolby Atmosは大きなシアターでの体験に適しています。大きな場所ならDolbyAtmos。360 RAはヘッドフォンでの表現が得意です。ヘッドフォンでしっかりと音を楽しみたいということなら、360RAという感じです。もちろん聞くシチュエーションによっても変わります。

立体音響は、映像ではどのようなコンテンツがありますか?

Chester - これまでは映像が先で、後からその音を制作するのが主流でした。しかし最近では音ありきで制作される映像も増えています。
BE:FIRSTのときもそうでしたね。

當麻 - 映像を主軸とした考えではなくて、立体音響を効果的に使って新しい体験ができるための映像は何か?を一緒に考えてもらう。そのためにアーティストさんやディレクターさんに技術を理解してもらった上で、どういう方向でやっていくか相談して作っていく事が面白いですね。いろんな可能性が広がります。

360 RAでのライブ音源はどのように制作されますか?

実際にその場にいるかの様に現地での体験をキャプチャーするため、会場で通常のアンビエンスマイクの他にも必要数マイクを立てさせてもらいます。収録したデータをもとに会場の臨場感などを360RAで再現できるようMIXします。

音楽以外にも、NHKのフィギュアスケートのコンテンツもありましたね。

*自分がスケートリンクの中心に立って、周りをスケート選手が滑走しているのを音と映像で体験できるというもの。

當麻 - アーティスト自身がパフォーマンスしてる時は、自分の音を客席から聴くことはできない。逆に、お客さんはステージ上のアーティストさんの体験はできませんが、360 RAの技術で再現することができます。アーティストから観客、観客からアーティストなど、自分の一人称を他の場所に移すことができるのも、360 RAの特徴です。

360 RAの今後について、展望などを教えてください。

當麻 - アーティストの方々がこの技術を用いて作品をたくさん作っていただけると、更にクリエイティブな技術の応用だったり、リスナーへの認知が増えるので是非作る側にも広めていきたいです。

VRなどの連携は今後あるのでしょうか?

當麻 - そうですね、徐々に進みつつあると聞いてます。

Chester - あとは、アトラクションに立体音響を用いたものとかね。お台場には*イマーシブテーマパークもできるみたいですね。

*IMMERSIVE FORT TOKYO

Chester - 今までは音楽と映像だけだけど、VRを使ったライブを体験できたり、ライブの演出の中で使われてたり、可能性があります。今後が楽しみですね。

ありがとうございました。



Info

山麓丸

LADERグループの「山麓丸」のサイトがリニューアルいたしました。イマーシブに特化した、臨場感あふれる音作りを今後ともお届けして参ります。ぜひご覧ください。

第29回 日本プロ音楽録音賞スタジオ賞受賞

山麓丸:クリエイタープロフィール

Chester Beatty(チェスター・ビーティー)

音楽制作プロデューサー/エンジニア。90年代ごろよりドイツ名門レーベルTRESORやBpitch Controlより作品をリリース。BBCのJohn Peel Sessionに選ばれるなどワールドワイドな活動をおこなう。現在は山麓丸スタジオにてイマーシブ・オーディオの楽曲制作のゼネラルマネージャー/日本レコーディングエンジニア協会(JAREC)常任理事。近著「配信映えするマスタリング入門」(DUBOOKS)。
當麻拓美(とうまたくみ)

山麓丸スタジオチーフ・エンジニア。ホールやライブ会場での立体音響収音設計から楽曲のミックス・マスタリングまで幅広く手掛けている。背面特性に優れたイマーシブ・ミックスを特徴とし、楽曲の表現力を高めることを大切にしている。第29回 日本プロ音楽録音賞Immersive部門、BE:FIRST / SOSにてミキシング・エンジニア最優秀賞受賞。
鳥越裕史(とりごえひろし)

山麓丸スタジオ所属の立体音響エンジニア。これまでにアニソンを中心に、数多くの楽曲を制作行う。前職のMAスタジオで得意だった、ボーカルエディットが活きる、丁寧なミックスが好評。第29回 日本プロ音楽録音賞Immersive部門、BE:FIRST / SOSにて優秀賞受賞(アシスタントエンジニア)。

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