フラット

 陸上部のエース—―

 相内涼太が走り出す。

 圧倒的速さで、またもや「大会新記録!」

  ***

 霧雨の日。

「――今日も……雨か」

 相内涼太の元彼女、愛川桜がひとこと漏らした。

  ***

「ありがとう」

「別れよう」

(――あれから、何日経過したんだろう)

(……私――涼太先輩ナシで、コレカラどうやって生きていけばいいのかな――?)
  ***

「――桜?」

 彼女は、自分自身の名を呼ばれてハッとする。

「――え? あ、私の番ですね……」

 桜は、大学のアルバイト先での打ち上げ――カラオケ――で、ぼんやりと涼太のことを考えていた。

「ありがとうと」

「君にいわれると」

「なんだかせつない・・・・・・」

 ――ダメだ!!

 桜は、マイクをテーブルに置くと、カラオケの個室から走り出した。
 周りのバイト先の人々が不思議そうに彼女のことを見つめる。

 そんななかで、唯一彼女のことを追いかける青年がいた。

「――桜!! どうしたんだよ?!」

 その青年の姿は――

「・・・・・・お兄ちゃん・・?」

「えっ――・・?」

 青年は――桜の兄――愛川空――とは別人だ。

「違うよ。俺は、アンタの兄さんじゃない。何があったのかは、言いたくなかったら言わなくていいけど・・――」

「ごめんなさい。あまりにも兄の・・・空っていうんですけど――に似ていたもので・・つい、口グセで」

 そこで青年は気が付いた。

(――「愛川空」の妹・・・・・・!!?)

「愛川空って――今、ワールドカップに出るかどうかのホープって言われてる・・FWの――アイツの、妹だったのか・・?」

 桜は黙って首を縦に振った。

「ちょっと待てよ・・・桜っていったよな。アンタも、その――サッカーやってるのか・・?」

 桜は、そこに対しては首を横に振り――否定した。

「私は、中学生から――今も、陸上部です。確かに、兄は現在ドイツだったかな・・・? とかどこかに行ってて、日本には暮らしていないんですけど」

 青年は自分自身の過去を思い出しながら、彼女に向き合い、口を開いた。

「桜。えっと・・・まず、名前――言うよ? 俺の名前は、川瀬貴斗」

「――川瀬さん・・ですか」

「うん」

 沈黙の空気が二人の間に流れる。

「君、大1だよね。だから、学年でいえば1コ上。君のお兄さんと同級生で、何回もコテンパンに抜かれたからよく覚えてるよ。俺は、自慢じゃないけど、サッカーのインターハイで、DFをやっていたんだ」

 川瀬貴斗は、愛川空の妹だと知ると、話せずにはいられない過去を次々と口にする。

「高3の50メートル走でも、最速タイムはたったの6秒フラット――要するに、ジャスト。遅いでしょ?」

「そんなことは無いです。サッカーは、走力とドリブル――陸上とは違って、複雑な技術も絡み合ったうえで対戦するスポーツだから・・・」

「何言ってるの? 陸上部って――アンタさ、アイツの妹なら、どうせインターハイとか、ジュニア・オリンピックとか――」

 ***

「はーい、そこのお二人さん!」

「盛り上がってるところ悪いけど――もう時間なんだよね!」

 貴斗と桜はハッとした。

 ***

「ごめんなさい・・・――なんかその、カラオケ代、払わせちゃって」

「いいって! 500円くらい、バイトの時給より安い値段じゃん」

 貴斗はニッと笑った。

「じゃあね。君の寮、この辺だったでしょ?」

「ハイ」

「それじゃあ、その――LINE、また送ってよ。さっきのグループLINEから、俺の名前を友
達追加するだけでいいから。これからもヨロシクね。――じゃっ!」

 貴斗は駆け足で桜のもとから去る。

「え? ――ちょっと! 川瀬さん!?」

 桜が動揺していることにも気づかぬ様子で、貴斗は、ただ真っ直ぐに走り――姿を消した。

 桜は、スマートフォンを鞄からそっと取り出す。

 

 ――あった。

「川瀬貴斗」という名前が――LINEのグループのなかに。

 ――タンッ
 ***

「!」

 貴斗は自分の部屋で、LINEのメッセージを見つけて動揺する。

「・・マズイ。桜に・・・・・あんな余計なこと、言わなきゃよかったな」

 そのように呟きながら、「愛川桜」からの新着メッセージを開封する。

「今日は、カラオケ代とか、いろいろとありがとうございました。これからよろしくお願いしますね」

 至って普通のメッセージだった。

「まったく――こっちが一目惚れしてることにも気付かず、吞気なメッセージを送ってきやがって。そういえば、アイツの兄ちゃんも、モテる自覚が皆無って聞いたことがあるような・・・」

「OK」

 ――タンッ

「まぁ、とりあえずは――このひとことでいいだろう」

 それが、「桜と貴斗の出会い」だった。

 ***

「――ヘェ、お前も?」

「・・・うるせーな! 過去にフラれてるくせに!」

 LINE電話で、貴斗が根室祐也に、リアルタイムで恋愛の相談をしていた。

「――ま、俺はもう未練ないし? さっさと告えよ。桜が今フリーかどうかは知らねーけど、想像通り、ライバルなら山のようにいるはずだぜ。アイツは鈍いからなー」

 根室祐也――金髪碧眼の美青年の彼は、愛川空と中学生の頃、サッカー部でFWの名コンビだった。
 桜と同級生の彼は、当時桜に片思いをするも、彼自身の恋が実ることは無かった。

「そんで? LINEはようやく繋がったぜ! てトコか」

「そうだよ! 文句あんのか?」

「別に―? 俺は、とりあえず彼女いるし? ウザければ電話切れば?」

「あのなぁ!」

 貴斗が、面白がる祐也の態度に少し苛立ちを見せながらも、ダラダラと通話を続けている。

「ま、恋愛なんて結局はタイミングと運だからな。サッカーと同じ? 先手必勝なことは、間違いないね」

「くっ・・・」

 貴斗は正論を述べる祐也の言葉に戸惑い、焦り、困っている。

「だからって、いきなり・・彼氏いる?・・とはきけねーだろ!」

「ま、それはそうだな。弱ってるところを攻めるのは、結構有効だと思うけど?」

「・・オマエ――ひとごとだと思って楽しみやがって!」

「いやー? まぁそりゃあね? 面白いし? 応援してなかったらこんなどうでもいい相談になんて乗らねーよ?」

「――スマン」

 貴斗が謝る。

「いーや? 俺らの仲じゃん? 別に気にしてねーし、アレだ。まぁ、暇な時ならいつでも話くらいなら聞くぜ。じゃっ」

 プツリ。

「なっ・・・!?」

 急に電話を切られたことに戸惑う貴斗。

「・・・・まぁ、いい加減――風呂にでも入って寝るか・・・」

 ***

 起床。

「――本でも読むかな。・・・いや、まずはレポート・・・・・」

 その時だった。

「――!」

 スマートフォンの通知が光った。

「・・・桜――?」

 内容を読まないわけにはいかない。

「まぁ、どうせバイト関連のことだよな・・・?」

 独り言を呟きながら、貴斗はスマートフォンのLINE画面を開ける。

「ーーえっ」

 彼にとって、予想外の内容だった。

「――ん・・・?」

「ごめんなさい。この間泣いていたのは、別れた先輩のことを・・・宇多田ヒカルのFlavor of Lifeを歌っていたらあまりにも感情がこみ上げてきてしまって・・・・・・」

 ――「別れた先輩」ってことは。

「――今はフリーってことは、間違い無いよな?」

 ――タンッ

「俺でよければきくよ? 電話は・・・嫌だよな?」

 

 高鳴る貴斗の心臓の音。

 愛川桜からの通知。

「どちらでも問題ありません」

 スマートフォンの通知で、そのテキストを見た貴斗は、ひとまずロックを解除せず、大学のレポートに取り組もうとした。

 だが――

「・・あーくそ!! 集中できねーよ!!!」

 
 ダンッ!

 ノートパソコンに手をつけようとするが、まったく気持ちの落ち着かない貴斗は、テーブルを両手で叩きつけて立ち上がった。

 すると――

 愛川桜からのLINEの通知が連続で届いていた。

「余計なことを話して不快に思わせていたら、本当にごめんなさい。嫌だったら、ブロックしてください・・・本当にすみません」

 無我夢中で、貴斗はスマートフォンに手をつける。

「ブロックなんてする訳ないだろ?! キツイなら、マジで話し相手くらいはするって! あんまり気にするなよ!」

 ――と、送信。

「・・あ~――」

 貴斗はベッドの上に横たわる。

「せめて、泣き顔じゃなくて――笑顔が見てーよなぁ」

 ちょっと位カワイイ自覚しろよアイツ――等々、独り言を続ける。桜と同様に、彼も寮で一人暮らしをしている。

「――そういえば・・朝メシまだだったな」

 ベッドから起き上がった貴斗は、簡単な自炊を始めた。


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