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魚オタクがイルカを世話した話


ボクの水族館における担当は主に魚類です。

おサカナさん、カニさん、エビさん、クラゲさん…などなど。あと一応ウミガメさんなんかも。


ほぼ魚類、無脊椎動物を担当しておりました。


さてそんな中、いつぞやからかイルカプールの清掃、点検等も任されることになりました。理由は単純、他のスタッフが持っていない潜水士免許をボクが持っていたからです。

潜水士免許は水族館で働く上ではほぼ必須と言っても過言ではありませんが、最近はチラホラ「なくても可」という施設は増えているそうです。

そんなわけで魚類担当なのにイルカも受け持ち、水族館唯一全ての生き物を担当することになりました。


さあイルカプール清掃、てっきりイルカは裏に下げた状態で清掃するものだと思っていましたが、ところがどっこい、全然おるやんけ。え?ウソ?イルカがプールにいる状態でやるん?

展示しているイルカはバンドウイルカ。多くの水族館で飼育展示されている種です。ショーなどを見ると、一見人懐っこくて、かしこくて、かわいい動物というイメージを抱きますが、いざ近くで見るとクソデケェし歯並びヤベェし割とコワイです。

某水族館のバンドウイルカ

そんなちっとビビってるボクにさらに先輩が「手や足をヒラヒラさせてると噛まれるよ」と追い打ちをかけてきやがりました注意をしてくださいました。


これまでダイビング等で様々な生き物に出会ってきました。しかしイルカほどの巨体は流石に初めてです。残念ながらまだ大きなサメやエイなんかとも泳いだことないのです。ぼくの巨体童貞を捨てたのはまさかのおサカナではなく、イルカさまでした。

しゃあねえやってやらあと思い、潜水開始。潜る時、勢いよくドバッ!と潜るとイルカがビビって暴れ出すそうなので、ゆっくり音を立てずに入ってくれと言われました。いや、君たちいつも自分からジャンプしまくって水面叩きつけとるのにボクがやるのはダメなんか……

とかそんなこと思いながらも掃除していると、ボクを見つけるやいなや近づいてきて、ずっと掃除しているボクを見つめてきます。最初は遠かった距離も徐々に縮まり、ついには腕の中に吻先(口先)をグイッと押し入れてきたり、ボクの横にベッタリくっついてじゃれはじめたり。距離の詰め方がもう陽キャのそれ。陰キャのボク、ビビり散らかしまくり。

某水族館のカマイルカ

しかしやはり不思議なもので、回数を重ねると慣れてくるものです。ついにはボクからイルカを撫で回しまくって、イルカが底にのぺーっと寝そべり、ボクがその上にのしかかって全身を撫で回すほどになりました。

イルカが口を開けているときは少し苛立ってたり、こちらをナメている証拠らしく、ひらひら手を出してると噛みつかれるから、手足を引っ込ませて屈んで防御耐性をとれ!と言われました。幸い、口を開けた時に掃除をしたことはあまりなく、大抵いつも友好的に接してくれました。

1回だけ、急ぎだったためにボクがイルカの「ねー遊ぼうよ攻撃」をガン無視して作業していたら、イルカが機嫌を損ねたのかボクのフィン(脚ヒレ)をグッと押して5mくらいギュィーン!と押し出したことがありました。流石に焦りました。

最初は「え、魚にプラスしてイルカもやんの?マジ?給料変わんねぇのに?」と少し不満で、なんならイルカに興味なかったボクですがやっていくうちにイルカと遊ぶのが楽しみにもなってきました。

トレーニングこそしていない(イルカ担当の方がしてます)ですが、魚類担当ながらイルカの飼育をして色々気づいた、思ったことも多々ありまして。

某水族館のイルカショー 写真はバンドウイルカ

よくイルカショーに対する批判の声を聞きます。その中に「生き物を擬人化するのは如何なものか」という意見を聞きます。要するに自然ではありえない芸をさせたり、人間のように扱うことで野生動物である彼らを擬人化して、間違った情報を伝えているのではないか、誤解を与えるのではないか、というものです。

最初ボクもそう思っていた派でした。というかそればかりが頭にこびりついて、水族館に行っても海獣をあまり見ないカタイ人間になっていました。

しかし、特にトレーニングをしていたわけでもない、エサをあげていたわけでもない、ただプールに突然乱入してきたサカナ野郎に彼らは「遊んで遊んで!」と近づいてきたのです。無視したらメンヘラになるほど。決してしつけたりした訳ではないです。だってボクはおサカナ担当であって、イルカのトレーニング担当ではないのですから。

つまり、イルカたちがヒトに「遊んで!」と促してくるのは、ボクらが「こうしろ!」といったわけではなく、彼らの意思なのです。

またイルカを担当したほぼ同時期に野生のイルカに会いに行きました。

野生のミナミハンドウイルカ

ボクが担当したバンドウイルカとは少し違う、ミナミハンドウイルカというイルカの群れを観察しに行きました。

彼ら、「遊んで!」と促してこないものの、ものすごく距離感が近いのです。

ボートのすぐそばに浮いてきたイルカ ボートから近づいたわけではないです

ドキュメンタリー番組なんかでも、ボートのすぐそばに寄ってくるイルカや、アメリカの港で集団で寝そべるアシカの映像を見たことがあります。

そう、もともと海獣とはヒトとの距離感が近い動物だったのです。もちろんすべての海獣がそうだとは言い切れませんが、少なくとも日本の水族館で見れる多くの海獣たちはそうなんじゃないでしょうか。

つまり、ボクが一緒くたにしていた「海獣展示やショーは擬人化」というのは、全部が全部そうではなかった、のだと思います。イルカ自らお客さんにオモチャを投げてきたり、アシカやアザラシが自由にお客さん側とバックヤードを行き来できる水族館なんかもあります。これらの展示は海獣に”やらせている展示”ではなく、”やりたいことを自由にやらせてあげている展示”であり、すなわちそれらは海獣本来の生態を最大限に引き出した展示方法なのです。

先ほど述べたように、もちろんすべての海獣、すべての水族館がそうであるわけではありません。まだまだ課題があるなという水族館はたくさんありますし、なによりボクがここまで述べてきた側面なんて展示を見ただけじゃ誰にも伝わっていない気がしています。カワイイ仕草をする海獣やヒトとの
距離感が近い海獣をみただけで「あ!これが海獣の野生の姿なんだ!」なんて思う人間がいたら変態なんじゃないでしょうかコワイです。

しかし、イルカを担当したこと、野生のイルカたちに出会ったことでボクの海獣を見る目はまるっきり変わりましたし、海獣展示のいい面も知ることができました。

海獣の世界、奥深い・・・・・・・!




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