トヨタ自動車ほか事件・名古屋高判平28.9.28と九州惣菜事件・福岡高判平29.9.7~高年法9条1項の趣旨とは?

弁護士の荒川正嗣です。
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労働判例等の紹介をしながら、思うところを書いていきます。

1 はじめに

 京王電鉄ほか1社事件・東京高判令1.10.24(同事件の解説はこちら)で、労働者側が、会社の設定する再雇用社員制度(高年法(高年齢者等の雇用の安定等に関する法律)9条1項2号所定の継続雇用制度として導入されたもの)が、高年法9条の趣旨に違反し、無効である旨を主張しましたが、それに際して、トヨタ自動車ほか事件・名古屋高判平28.9.28及び九州惣菜事件・福岡高判平29.9.7が引用されています。
 京王電鉄ほか1社事件の高裁判決は、結論として、これら2つの高裁判決について特に言及することなく、再雇用社員制度は高年法に違反しないとしています。両高裁判決は、京王電鉄ほか1社事件の裁判所の判断には影響を特に与えてはいないと解されるのですが、両高裁判決が述べる高年法9条1項の趣旨の解釈には独自のものがあり、疑問があるところです。
 今後も定年後再雇用を巡る紛争で、高年法9条1項の趣旨が問題になり、両判決が引用されることもあると思われるために、以下で、両事件の述べたところを確認、検討したいと思います。

2 トヨタ自動車ほか事件について

(1) 定年前の労働条件と定年後として提案された条件

 定年前は事務職、フルタイムで給与月約56万円、賞与込みの年収970万8700円⇒定年後の労働条件として提案されたのは、シュレッダー機ゴミ交換と清掃業務担当、時給1000円、1日4時間勤務、賞与支給することがあり、というもの。仮にこの条件で契約に応じた場合の年収は97万2000円(4時間×243日間×時給1000円)のほか、賞与29万9500円が支給されたと推測された。

(2) 高裁判決要旨

✓事業者に、定年後の継続雇用としてどのような労働条件を提示するかについては一定の裁量があるとしても、提示した労働条件が、➀老齢厚生年金の報酬比例部分の支給開始年齢引き上げにより、無年金・無収入の期間の発生を防ぐという趣旨に照らして到底容認できないような低額の給与水準であったり、②社会通念に照らし当該労働者にとって到底受け入れ難いような職務内容を提示するなど実質的に継続雇用の機会を与えたとは認められない場合においては、当該事業主の対応は高年法の趣旨に明らかに反する。

※上記➀は、老齢厚生年金の報酬比例部分の支給開始年齢が平成25年4月から段階的に引き上げられることに対応し、平成24年に高年法が改正され、従前、経過措置として認められていた労使協定で定めた再雇用の対象者選定基準の適用が、一定年齢以上の者に段階的に限られていくことになったことを前提した解釈です(平成24年改正についての詳細は厚労省HP参照)。

✓給与水準(1年間の賃金97万2000円+賞与29万5000円=合計127万1500円)は、控訴人(労働者)が主張する老齢厚生年金の報酬比例部分(148万7500円)の約85%の収入が得られるものであり、無年金・無収入の期間の発生を防ぐという趣旨に照らして到底容認できないような低額の給与水準であるとはいえない。
✓高年法の趣旨からすると、被控訴人会社が60歳以前とは異なった業務内容を示すことは許されるが、両者が全く別個の職種に属するなど性質が異なったものである場合には、もはや継続雇用の実質を欠いており、むしろ通常解雇と新規採用の複合行為というほかなく、従前の職種全般について適格性を欠くなど通常解雇を相当とする事情がない限り、そのような業務内容を提示することは許されない(高年法の趣旨に反し違法)。
⇒本件で再雇用時の業務として提示された内容は、事務職としてのものではなく、単純労務職としての内容であり、全く別個の職種に属する性質のものであるとし、結論として、通常解雇相当の事情はなく、上記②の場合に当たり、実質的に継続雇用の機会を付与したとは認められず、高年法の趣旨に反し違法であり、雇用契約上の債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償として、慰謝料127万1500円(控訴人が提示された再雇用の条件で1年間雇用された場合に得ることができたと認められる給与相当額)を認容。

  なお、本判決は、被控訴人会社側が上告せず、確定しています。

(3) トヨタ自動車ほか事件高裁判決の評価

 トヨタ自動車ほか事件高裁判決は、高年法の趣旨について、名言しているのは、上記➀のように高年齢者が60歳の定年退職後、無年金・無収入の期間発生を防止することにあるという点です。これは平成24年高年法改正に絡めた解釈です。
 確かに、同改正の背景には65歳未満の者への厚生年金の報酬比例部分の受給開始年齢が段階的に引き上げられていくことがありました。
 しかし、高年法自体は高年齢者の60歳以降、65歳までの雇用確保措置を講じることを事業主に義務付けるものの、特に継続雇用制度(高年法9条1項2号)の労働条件については何ら規制する内容を定めていません。
 もとより、定年後再雇用の労働条件は、同判決も述べるとおり、事業主の裁量に基本的に委ねられていると解され、私法上はもちろん、公法上も、高年法が事業主に対し、再雇用した定年後の高年齢者に対し、一定水準以上の賃金の支給を義務付けているとは、当然には解釈できないでしょう。
 他方で、同高裁判決は上記のとおりに高年法の趣旨をとらえ、到底容認できない低額な給与水準であってはならない旨を述べるものの、あくまで無年金で無収入となることの防止という観点に立ったものです。このため、実際の判断としては、提示された条件で応じた場合の年収が賞与を含め約127万円程度であるが、これが控訴人が主張する初年度の老齢厚生年金の報酬比例部分約148万円の約85%にはなるために、上記趣旨に照らし到底容認できない低額の給与水準とはいえないとしています。老齢厚生年金の報酬比例部分の金額は、各労働者の定年前の収入等諸条件次第ではありますが、同部分の約85%程度相当の額は、定年後再雇用の年収ベースの賃金でも確保されることは多いのではないかと思われます。そうだとすれば、実際のところ、同高裁判決の述べる高年法の趣旨に照らし、到底容認できない低額な給与水準である場合というのは、ほとんどないことになり、上記➀の規範が機能することがあまりないでしょう。
 同高裁判決は、上記②のように社会通念上、当該労働者にとって到底受け入れ難いような職務内容を提示することは、実質的に継続雇用の機会を与えたとは認められないとし、高年法の趣旨(高年齢者の無年金・無収入期間の発生防止)にも反するとします。挙句の果てには、定年前後の職種が全く別個の職種に属するなど性質が異なるものである場合は、通常解雇と新規採用の複合行為であって、従前の職種全般の適格性を欠くなど通常解雇を相当とする事情がない限り、許されない旨をも述べています。この点が同判決の極めて独特な点であり、同判決のいう高年法の趣旨から、定年後再雇用時の業務内容の設定が制約されることがある、変更の程度が大きければ通常解雇ができる程の事情が必要だとの解釈など導けないことは、論を待たないでしょう。
 ただし、同高裁判決は、被控訴人会社が清掃業務等の単純業務を提示したことは、あえて屈辱感を覚えさえ、控訴人が定年退職せざるを得ないように仕向けたものとの疑いさえ生じるとの旨も述べています。かかる不当目的があるのではないかとの疑いがあるために、控訴人を救済するべく、同事案の解決に当たっての独特の解釈を述べたのかもしれません(不当目的があるとの「疑い」をもって、救済ありきの結論をとり、そのための独自の法解釈論を展開されるのは、使用者側には容認しがたいところですが)。

 なお、本判決は、上告棄却及び上告不受理にて確定しています(ただし最高裁は高裁判決の主文の内容を維持したのみで、何ら積極的な判断をしておらず、高裁判決の理由中の判断まで支持したものではありません)。

3 九州惣菜事件について

(1) 定年前の労働条件と定年後として提案された条件

 定年前は給与計算や決算業務等の事務を担当、フルタイム、給与は月額33万5500円⇒定年後の労働条件として提案されたのは店舗決算業務担当、勤務日月約16日、勤務時間1日6時間、時給900円(16日勤務だと月収8万6400円で定年前の約25%)というもの。

(2) 高裁判決要旨

✓高年法9条1項2号に基づく継続雇用制度の下において、労働条件の決定は原則として、事業主の合理的裁量に委ねられていると解される。
✓高年法9条1項所定の義務は、事業主に定年退職者の希望に合致した労働条件の雇用を義務付けるといった私法上の効力はないが、その趣旨・内容に鑑みれば、労働契約法制に係る公序の一内容を為しているというべきである。
✓高年法(高年齢者雇用確保措置)の趣旨に反する事業主の行為、例えば、再雇用について極めて不合理であって、労働者である高年齢者の希望・期待に著しく反し、到底受け入れ難いような労働条件を提示する行為は、継続雇用制度導入の趣旨に違反した違法性を有するものである。
✓(そして、)事業主の負う上記措置を講じる義務の反射的効果として当該高年齢者が有する、上記措置の合理的運用により65歳までの安定的雇用を享受できるという法的保護に値する利益を侵害する不法行為になり得ると解すべきである。
✓不法行為になる場合の判断基準について検討するに、➀継続雇用制度(高年法9条1項2号)は、高年齢者の65歳までの「安定した」雇用を確保するための措置の一つであり、「当該定年の引上げ」(同1号)及び「当該定年の定めの廃止」(同3号)に準じる程度に、当該定年前後における労働条件に継続性・連続性が一定程度、確保されることが前提ないし原則となると解するのが高年齢者の65歳までの安定雇用確保という高年法9条1項の趣旨に合致する。
✓②例外的に、定年退職前のものとの継続性・連続性に欠ける、あるいはそれに乏しい労働条件の提示が継続雇用制度の下で許容されるためには、同定時を正当化する合理的理由が必要であると解する。
✓被控訴人会社の提案のうち、労働時間の短縮は一般的に不利益でないが、給与については月収ベースの比較で定年前の約25%に過ぎず、定年前の労働条件との継続性・連続性を一定程度確保しておらず、そのような大幅な賃金の減少を正当化する合理的理由が必要である。
✓本件では、労働時間の減少が真にやむを得ないものであったと認めることはできず、月収ベース75%減少につながる短時間労働者への転換を正当化する合理的理由は認められない。被控訴人の再雇用条件についての本件提案は、継続雇用制度導入の趣旨に反し、裁量権を逸脱又は濫觴したものであり、違法であり、不法行為が成立する。
⇒慰謝料100万円を認容。

(3) 九州惣菜事件高裁判決の評価

 九州惣菜高裁判決は、上記➀のように、65歳までの安定雇用確保という高年法9条1項の趣旨からすれば、同条2号の継続雇用制度は、定年の引上げ(1号)及び廃止(3号)に準じる程度に、定年前後の労働条件に一定程度の継続性・連続性が必要だと解釈していますが、これが本判決の独特な点です。
 この点については、同条項の義務が公法上の義務を定めたもので、同2号の継続雇用制度の内容は一義的には決まらず、基本的に労使自治に委ねるべきことからすれば、継続雇用制度の内容が事業主の合理的な裁量を逸脱する場合はごく限定されることになると思われるし、事業主の再雇用の提案が合理的裁量の範囲を逸脱しているとしても、当該提案をする行為が直ちに私法上違法と評価されるかには検討の余地がある旨の指摘がありますが(佐々木宗啓ら編著「類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ」(2021年青林書院)521頁)、正鵠を射たものでしょう。
 同判決は、65歳までの「安定」の中に、定年後再雇用時の労働条件が安定していること、すなわち、定年前からの労働条件の継続性、連続性を読み込むものですが、その主たる論拠は、当然に労働条件の変更を予定するものではない、定年の引上げや廃止と、継続雇用制度の導入が高年法9条1項に1号~3号に並列的に列挙されているということであり、あまりに根拠薄弱です。上記書籍中の指摘も踏まえれば、同判決の「安定」の解釈は独自の見解とされてもやむを得ないものでしょう。
 本判決も、トヨタ自動車ほか事件高裁判決と同様に、救済的な意味合いで、独自の論理をもって、定年後再雇用の労働条件設定への規制を試みたものと解されます。

4 実務対応・両高裁判決をどう見るか

(1) 先例としての価値に疑問はあるが留意は必要

 上記のとおり、いずれの判決も、高年法9条1項2号の継続雇用制度について独自の解釈を施しており、先例的な価値には疑問があります。
 ただし、これらの判決を踏まえると、定年前後で、大きく業務内容を変えて異なる性質のものとするとか、あまりにも大幅に給与が下がるといった労働条件を使用者が提示する場合、その内容次第によっては、裁判所が、高年法の独自の解釈を通じて、労働条件提示における使用者の裁量を制限し、救済的に不法行為等を理由とする損害賠償を命じるリスクがある(これら判決がしたのと同様の解釈、価値判断がされる可能性は否定できない)、とはいえます。また、判決でそのような判断はされないにしても、紛争化し、訴訟となること自体のリスクもあるといえます。
 考え方としては、そもそも高年法9条には私法上の効力はなく、したがって、継続雇用制度の労働条件について、労働者の希望に沿ったものにすることを使用者に義務付けたり、一定の水準が確保されていなければ無効とするような効力はなく(この旨は九州惣菜事件高裁判決も述べており、実務上、定着した考えだといえます)、労働条件を含め、継続雇用制度内容をどう設計するかは、使用者の合理的裁量によるところであるが、理論的な面では疑問はあるも、その合理的裁量の逸脱等をいわれないようにする必要はあります。すなわち、定年まで雇用してきた高年齢者を再雇用するに当たり、人材としてどう活用するか、どのような役割を担ってもらうかを、各自の社内歴、能力、経験に照らしつつ、適材適所の考えで担当業務を決定するというように、業務内容を変えるにしても、その理由を説明できるようにすること、そして、その担当する業務に見合った給与(担当する業務に対する適正な対価)を設定することは、留意すべきでしょう。

(2) 付言 

 なお、両判決ともに、使用者が提示した再雇用の労働条件に不服があり、労働者が応じなかったために、労働契約自体は成立しなかったという事案でしたが、仮に契約自体には応じていた場合にも、高年法の趣旨違反を理由とした争いの余地はあるのかは問題になり得るでしょう。
 ただ、定年後再雇用時の雇用形態がパートや有期雇用であって、定年前後の待遇に相違があるという場合は、同一事業主に雇用されるパート・有期労働者と、無期雇用労働者との間の均衡待遇規制(日本版同一労働同一賃金)を定めるパート有期法8条に違反しないかが問題になりますから、定年後再雇用契約自体は成立している場合の紛争としては、こちらに収斂すると思われます。そして、この均衡待遇規制の問題への対応としても、上記留意点として述べたことは妥当するでしょう。
 ちなみに、定年後再雇用時の賃金と均衡待遇規制に関する近時の裁判例としては、旧労働契約20条下でのものですが、名古屋自動車学校事件・名古屋地裁R1.10.28があります。同事件の解説についてはこちらをご参照ください。

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