中央学院事件・東京高判令2.6.24   ~職務の内容の相違は住宅手当等の不支給の不合理性判断に影響するか~【後編】

弁護士の荒川正嗣です。
主に企業側での人事労務案件を取り扱っています。
プロフィール:https://kkmlaw.jp/professionals/masatsugu-arakawa/
労働判例等の紹介をしながら、思うところを書いていきたいと思います。

1 はじめに

本記事は中央学院事件・高裁判決についての記事の【後編】です。
 上記判決のほかに、住宅手当や家族手当の相違が労働契約法(以下「労契法」)20条に違反するか否かが争われた事件の判決があるのですが、それらの判断と本判決における判断の関係性、整合性を検討したいと思います。
【前編】はこちら。
【前編】でも述べたとおり、労働契約法(以下「労契法」)20条は現在廃止されていますが、これを承継したパート・有期法8条に、労契法20条の解釈適用をめぐる議論や、判例及び裁判例の考えは妥当すると解されます。

【R3.10.13追記】
 本事件は上告及び上告受理申立てがされていましたが、上告棄却及び上告不受理となり(最決令3.1.22)、高裁判決が確定しています。

1 前提‐手当等の労働条件・待遇の相違に係る不合理性の判断枠組み 

 【前編】でも触れましたが、手当等の労働条件の相違について、労働契約法(「労契法」)20条の不合理性の判断枠組みですが、以下のとおりです。

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2 他の事件における住宅手当についての判断
(1) ハマキョウレックス事件・最判平30.6.3

 ハマキョウレックス事件・最判は、トラック運転手のうち、正社員には住宅手当を支給するが、契約社員には支給されないという相違について、住宅手当は従業員の住宅に要する費用を補助する趣旨で支払われるものと解した上で、正社員は転居を伴う配転が予定されており、その予定のない契約社員に比較し、住宅に要する費用が多額になり得るから、上記相違は不合理でないとしました。
 労契法20条法所定の4要素のうち➂の配置の変更の範囲(転居を伴う配転が予定されているか否か)に相違があり、それに関連して支給する、しないの相違を設けることは不合理でないとしたわけです。
 なお、本事件では、職務の内容は正社員と契約社員とで相違はありませんでした。

(2) ハマキョウレックス事件後の裁判例

 そして、その後の裁判例でも、無期雇用労働者と有期雇用労働者との間で①業務の内容や②業務に伴う責任の程度に一定の相違はあっても、そのことは特段考慮することなく(➀や②と住宅手当との関連性を特に述べることなく)、専ら転居を伴う配転が予定されているかどうかという観点から住宅手当に係る相違が不合理か否かが判断されています(例えば日本郵便(東京)事件・東京高判平30.12.13、同大阪事件・大阪高判H31.1.24メトロコマース事件・東京高判平31.2.20。いずれも高裁の判断で確定しています)。

3 他の事件における家族手当についての判断
(1) 日本郵便(大阪)事件・最判令2.10.15

 日本郵便(大阪)事件・最判は、同事件の扶養手当の支給目的・趣旨が、長期にわたる継続的勤務が期待される正社員に対し、生活保障や福利厚生を図り、扶養親族のある者の生活設計等を容易にさせることを通じて、その継続的な雇用を確保することにあるとします。
 そして、継続的勤務が見込まれる労働者に扶養手当を支給することは、使用者の経営判断として尊重し得るとするものの、同事件の時給制契約社員にも扶養親族がおり、かつ、相応に継続的勤務が見込まれるのであれば、上記趣旨は妥当するとも述べます。
 その上で、同事件の時給制契約社員は、契約期間が6か月以内又は1年以内とされており、有期雇用契約の更新を繰り返して勤務する者が存在することをもって、相応に継続的な勤務が見込まれるとし(=扶養手当の趣旨が妥当する)、結論として正社員には扶養手当を支給するが、時給制契約社員に支給しないという相違は不合理だとしました。
 同事件では、郵便業務に従事する正社員と時給制契約社員とで、①業務の内容、②業務に伴う責任の程度、➂職務の内容及び配置の変更の範囲、④その他の事情に相応の相違があったのですが、それを考慮しても上記相違は不合理だとされています。

(2) 井関松山製造所事件・高松高判令1.7.8

 また、上記最判以前ですが、井関松山製造所事件・高松高判令1.7.8は、同事件の家族手当は生活補助的性質を有するが、扶養家族がいることで生活費が増加するのは有期雇用労働者でも変わりがないとし、不支給は不合理だとしました。
 同事件で、会社側は有為な人材確保のための人事施策上の配慮として、家族手当を正社員に支給していると主張しましたが、判決は、同手当の支給基準が職務の内容の差異等(※➀業務の内容、②業務に伴う責任の程度、➂職務の内容及び配置の変更の範囲に一定程度の相違があった)に基づくとは解し難いこと等を理由に、人事施策上の配慮の必要性は認められないとして、採用しませんでした。

 ※なお、前掲長澤運輸事件・最判でも、住宅手当及び家族手当が嘱託乗務員に支給されていないことが不合理かが争われていますが、定年後再雇用という事情があるものなので、ここでは取り上げません。

4 本件判決の判断と他の事件の判断をどう整理するか
(1) 本件判決の判断

 本件判決が、住宅手当及び家族手当に係る相違について、どのように判断したか、詳細は【前編】で述べたとおりですが、簡単にいえば、専任教員(無期)と非常勤講師(有期)との間で、職務の内容に数々の大きな相違があることを考慮し、専任教員としてふさわしい人材を安定的に確保するため、福利厚生の面で手厚い処遇をするのは不合理でないとしたというものです。
 かかる判断は、職務の内容等に大きな相違があり、したがって長期雇用を前提とする専任教員について継続的勤務を確保するためという、福利厚生としての住宅手当や家族手当の支給目的なり趣旨が、非常勤講師に妥当しないという旨の判断をしたものと解され、筆者は妥当な判断だと考えます。

(2) 他の事件の判断との関係‐趣旨等が妥当するかをどう判断するか

 本件判決の判断と、他の事件での住宅手当や家族手当に関する判断との関係ですが、住宅手当や家族手当を支給する趣旨、目的が有期雇用労働者にも妥当するか否かを、それぞれの観点から行ったものであるが、各検討の観点が、他の観点を排斥する関係にあるとは解されません。

【住宅手当について】

 住宅手当については前傾ハマキョウレックス事件・最判が、転居を伴う配転が予定されているかという点で専ら判断していますが、同事件は➀業務のの内容、②業務に伴う責任の程度が同一であったという事案でしたから、そのような観点によったと考えられます。
 なお前傾メトロコマース事件・高判では、①業務の内容、②業務に伴う責任の程度と➂のうち職務の内容の変更の範囲には一定の相違はあったものの、転居を伴う配転が正社員にも、契約社員にも予定されていないことから相違は不合理とされました。➀、②や③のうちの職務の内容の変更の範囲に、どの程度の相違があれば、転居を伴う配転の予定の有無にかかわらず、住宅手当を支給せずとも不合理でないと評価されるかは、事案の集積を待つべきところでしょうが、本件判決のように「数々の大きな違い」があれば、不合理性は大きく否定されるのではないかと考えます。

【家族手当(扶養手当)について】

 前傾日本郵便(大阪)事件・最判が、家族手当(扶養手当)の趣旨、目的が時給制契約社員に妥当するかを「相応に継続的な勤務が見込まれるか」という観点から検討したことから、今後、裁判実務では、継続的な勤務を確保する趣旨、目的の手当や待遇に係る相違がある事案では同様の観点で検討されることが多くはなりそうです。
 ただし、これもあくまで検討の上での指標の一つであり、絶対的な基準とまでは解されません。
 また、同事件では、扶養手当の趣旨、目的が妥当する故に①~④に相応の相違があることを考慮しても不支給は不合理とされていますが、①~④に大きな相違があれば、「相応に継続的な勤務が見込まれるか」にかかわらず、家族手当を支給しない相違があっても不合理でないとされたり、または、そもそも「相応に継続的な勤務が見込まれる」とはいえないと評価されることもあり得ると思われます。特に正社員等と異なり枢要な業務に就くこともなく、高い職責も負わず、代替性も高いといった事情があれば、「継続的な勤務の見込み」を否定する事情になり得ると考えられます。
 他方で、井関松山製造所事件・高松高判は、扶養家族が増えれば生活費が増加するのは契約社員も同じだなどと、形式的な点のみで判断しています。枢要な業務とそれに伴う責任を担わせる正社員たり得る人材の継続的勤務を確保したいという、長期的な人材活用を視野に入れた使用者側のニーズ、そのための施策として家族手当を支給するという趣旨・目的を軽視している感があります(なお、同判決は、最高裁が上告を棄却したために確定していますが、あくまで最高裁は労契法20条違反を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求を認容するという高裁判決の結論部分を指示したのみで、理由について何らの判断も示していません)。

5 付言・趣旨が妥当しても職務の内容の相違に応じた差異を設ける余地あり 

 ところで、職務の内容等に相違はあれども、住宅手当や家族手当を支給する趣旨や目的が有期雇用労働者に妥当するという場合もあり得るでしょうが、その場合でも、当該相違に応じた継続的な勤務を確保する必要性には自ずと差異があって然るべきです。
 このため、職務の内容等の相違と関連付けて説明できることが前提ですが、上記必要性の差異に応じ、当該手当の支給内容(水準)に差異を設けても不合理でないとされる余地はあると解されます。 
 もとより、労契法20条は、均等待遇規制(労働条件に差は設けてはならない)ではなく、均衡待遇規制(無期雇用労働者と有期雇用労働者間で期間の定めがあることに関連した労働条件の相違があること自体はよいとして、その相違がバランスを欠いた不合理なものであってはならない)を定めるものですから、法所定の➀~④の要素の相違に応じた労働条件の相違を設けることは可能です(パート・有期法8条も同じく均衡待遇規制を定めるものです)。
 この点に関して、前掲日本郵便(大阪)事件・最判は、扶養手当が支給されていない相違が不合理としましたが、損害賠償額についてさらに審理させるために原審に差し戻しており、差戻審での損害額についてどのような主張が展開され、どのような判断がされるか、注目されるところです。



 

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